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しおりを挟む反抗期の娘を持つ父親の気分で、重い足を引きずり寝室を出ると、リビングはしんとしている。
いつもならちびが家事を始めている時間だというのに、やはり反抗期なのか、と戦慄しながら、ドアを開けた。
「……ちび?」
恐る恐る声をかけると、ソファの上の小山が緩慢に身じろぐ。
「…あ…せいいちろう…。ごめ…まだ朝ご飯作ってなくて」
「お前……」
ちびの声は掠れ、顔色は悪く、反抗によるストでないことは明らかだった。
「もしかして具合が悪いのか!?」
「だ、だめ!触らないで!」
熱でもあるのかと駆け寄ろうとすると、鋭い制止の声が飛び、征一郎はぴたりと動きを止める。
「……………………………………わ、悪い…」
それはそれとして征一郎自身も嫌われているのか。
征一郎が明らかにダメージを受けたことで、大きな声を出してしまったことに気付いたのだろう。
ちびははっとして、違うというように首を振った。
「ご、ごめん」
「……いや、でも本当に体調は悪そうだぞ。とりあえず休んでろ」
しょんぼりしながら「もう触らねえから」と重ねたが、相手は頑なだった。
「だ、大丈夫ちゃんと家事でき…っ」
言葉の途中で、唐突にちびが激しく咳き込む。
すぐにおさまったが、口を押さえていた手には赤いものが付着していた。
吐血喀血病気家庭の医学死ペットロスーーーー!
征一郎の脳内を不吉な単語が埋めつくす。
「いっいいいいいい医者!アニマルレスキュー!一一七!?」
完全にパニックである。
四面楚歌の戦場でも不敵に笑える豪胆な男だが、本当にアニマルの死にだけは弱い。
「それは時報……」という冷静なツッコミも全く耳に入らず、征一郎はおもむろにちびを抱え上げると自宅を飛び出した。
■都内某所 黒崎芳秀邸 寝室
「おっ……親父ーーーーーー!」
取り次ぎますので少しお待ちを、という静止の声を振り切り、ノックもなく芳秀の寝室へと踏み込んだ。
「何だ、朝っぱらからうるせえな。今取り込み中だ」
煙草の煙で霞む室内に響く嬌声。まるで打擲のような、肌と肌のぶつかる激しい音。
確かめるまでもない、取り込み中である。
しかし、最中だろうと咥え煙草の芳秀は、文句は言っても食事中に来客があったくらいの薄い反応だ。振り返りもしない。
征一郎もまた、朝っぱらから取り込みすぎなんだよと突っ込む余裕もなく、半ベソで腕の中のちびを示してみせる。
「こっちの方が緊急なんだよ!ち、ちびが、血……っ医者、死……!」
慌てすぎて言語中枢に異常をきたしている。
だが、息子の壊れた様子を見ても、芳秀は面倒くさそうに髪をかき上げただけだ。
「仕方ねえなあ。終わるまで待て。あと一時間くらい」
言って、背後から突いていた相手の足首を掴んで持ち上げ、挿入したまま無造作に向きを変える。
高い嬌声が上がり、また高速のピストンが始まった。
終わりそうな気配はない。
取り合わない芳秀の様子に、征一郎はビシッと額に青筋を立てた。
「なげえよ!30秒で終われ!」
怒鳴ると、激しい行為の最中だというのに興奮を感じさせない気の抜けた声音が応じる。
「はいはい。あと五回な」
「何回でもいいから30秒!」
「…ったく、せっかちだなお前は……」
見たくもなかったこのやりとりの一部始終を見てしまった、哀れな部屋住みの若者たちは、何で二人ともこの状況で普通にやり取りしてんだよ、と、全員で頭を抱えたのだった。
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