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しおりを挟む今にも暴れ出しそうな征一郎に助け船を出したのは、意外な人物だった。
「芳秀、私も昼から仕事だからそろそろ寝る。息子の話を聞いてやれ」
「……わかったよ」
掠れ声の訴えを聞いた芳秀は「お前がそう言うんじゃな」と、ごくあっさり退く。
聞いたことのある声に、ちらりと視線を向けると、黒神会の顧問弁護士だった。
「水上……あんたも親父の愛人だったのか」
昔からよく知る男だ。
優秀で、艶のある美貌に愛想はないが、決して冷たい人物ではない。
ごくまともな倫理観を持っているのに何故こちら側にいるのかと思っていたが、こういうことならば、納得できるような……できないような。
驚く征一郎をよそに、芳秀はその辺に投げ捨ててあったワイシャツを羽織ると、新たな煙草に火を着ける。
「お前の筆下ろしより前からだが知らなかったのか?」
「その年月の認識のしかたやめろ…ってだからそれどころじゃなかった!ちびがー!」
一服こいてんじゃねえ!と急かすと、「今行こうと思ってたのに~やる気なくした~」などと小学生のようなことを言い始めた。
やる気がないわけではなく、征一郎が困っているのを見るのが楽しいモードに入っている。
普段ならば、相手をするのが面倒なので陳情を諦めるところだが、今は自分の命と引き換えにしても動いてもらわなくてはならない。
早くしろと急かし続け、結局芳秀が腰を上げたのはたっぷり一本分吸い終えた後だった。
■都内某所 黒崎芳秀邸 研究室
芳秀についていった先は、この家で育った征一郎すら知らない地下の部屋だった。
ドアの向こうには、ずらりと本棚が並んでおり、圧倒される。
ささっている本は古そうなものの、きちんと整えられたベッドが置いてあり、雑多な印象はない。
地下室と言えば、拷問器具が並ぶ暗く血生臭い場所を想像していたが、覚悟は無駄に終わった。
つい部屋を見回していると、ちびをベッドに寝かせるように言われ、慌ててその通りにする。
横たわるちびはくったりとして血の気もなく、心配でたまらなかったが、芳秀は一瞥しただけで診察を終えた。
「何だ、ただのエネルギー切れじゃねえか。朝からみっともなく大騒ぎしやがって」
もっと重大な事態であって欲しかったとでもいうような、面白くなさそうな口調だ。
腹は立つが、今は外道ぶりを咎めるよりもちびの容態をきちんと聞く方が優先だ。
「…エネルギー切れ?」
「ちび。お前、征一郎に話さなかったのか?」
芳秀に問われ、ちびは気まずそうにもそもそとブランケットに隠れた。
一体どういうことかと眉を寄せる。
「具合が悪かった昨夜はともかくとして、今までメシはちゃんと食ってたように見えたが……」
「こいつは基本的に人間の食物からは栄養的のものを摂取できねえんだよ」
寝耳に水どころか硫酸でも流し込まれたような衝撃的すぎる事実に、征一郎は慌てた。
「な 何!?じゃあ何を……」
「精液」
・・・・・・・・・・・・は?
己の聴覚を疑う征一郎に「定番だろ」と、胡散臭すぎる爽やかな笑顔の諸悪の根源が畳みかけてくる。
どこの世界の定番なのか。
ここは本当に自分が生まれ育った地球なのか。
色々なものを見失った征一郎の目は遥か彼方を見つめた。
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