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第02話 小さな希望
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アルベルティナは世間で言う庶子。
貴族の家に生まれて恵まれているのは一部を除いて正妻から生まれた子供だけ。
正妻が悪阻で苦しんでいる時に、ケーニス伯爵が手を付けたのがアルベルティナの母親だった。
アルベルティナの母親の意志など関係なく狭い部屋に2カ月ほど監禁されてケーニス伯爵の欲望のままに玩具にされたことで妊娠してしまった。
正妻に手を付けたことがバレるのを恐れたケーニス伯爵にアルベルティナの母親は解雇されてしまった。
住み込みで働いていたため実家に戻ったが、実家に居場所はない上にアルベルティナの母親がケーニス家で働いた給金が実家の生活を支えていたため、別の働き口を探している時に妊娠が発覚した。
理由など関係なく未婚女性の妊娠は忌み嫌われていて、実家からも追い出されたアルベルティナの母親は身を寄せた教会でアルベルティナを産んだ。母親は生きる力を振り絞りアルベルティナが生まれて2時間もしないうちに神に召された。
ケーニス家に引き取られたのはアルベルティナが8歳の時で、ケーニス家特有の証が原因だった。
嘘か本当か、翼竜との契約と言われている特有の証はオッドアイ。
ケーニス家には片眼がゴールドの子供が5人の1人の割合で生まれて来る。通常時は何の変哲もない瞳だが、感情が極端に昂ったりすると片眼がゴールドになるのである。
オッドアイが発現した時、アルベルティナの周囲では摩訶不思議な事が起きる。
地面から空に向かって水が噴水のように立ちのぼったり、種が恐ろしい速さで目を出し花をつけて枯れたり。
知らせを受けたケーニス家の使用人と王宮の魔導師が鑑定をした結果、アルベルティナは庶子としてケーニス家に引き取られる事になったけれど、正妻はアルベルティナが本宅に足を踏み入れることは許さず庭の隅にある庭師が休憩所として使っていた小さな小屋で住まう事を命じた。
本来なら不思議な力を制御するために魔導師に教えを乞わねばならないが、感情の激振れが無ければオッドアイは発現しない。
孤児の多い教会で生まれた時から生活をしているアルベルティナは生きるために感情を制御できるようになっている事を魔導師すら見抜けなかった。
ただ、あの時は‥‥アルベルティナは過去を振り返った。
時折孤児は希望する里親がいれば貰われていく。
仲の悪い子が貰われていく時にアルベルティナに囁いた。
「アンタは一生親無し。アタシは豪商の娘になるの。パパとママがアタシには出来たけどアンタにはいない。アンタが手に入らないものをアタシは手に入れたの」
言い終わると同時にドンと肩を突かれ、アルベルティナは激怒した。
母親はアルベルティナが生まれる時に亡くなった。しかし子供は母親だけでは出来ない。どこかに父親がいる筈なのだ。どうして迎えに来てくれないのだろう。探してくれてもいないのか。
そう思うとアルベルティナは我を忘れて暴れてしまったのだ。
――おかげで父親は見つかったけど…見つからない方が良かったかも――
今となってはそう思えてならない。
8歳の子供に自炊など出来る筈も無く、食べ物も碌に与えられないアルベルティナを不憫に思った庭師のゼルバや使用人たちは交代でアルベルティナの世話をしてくれた。彼らがいなければ庭の片隅にある小屋の中でとっくに骸になっていただろう。
「あと少しだな」
「うん。18歳の誕生日まであと2カ月!ゼルバさんの家の近所に空き家が出そうなの。ご近所さんになるわね」
「そうか。仕事はどうするんだ?」
「家令のケントさんが薬草店の売り子はどうだって。お給金もなかなかいいのよ。アパートメントから歩いて10分。帰り道には商店街もあるから食べるにも困らないわ」
「金が貯まるまでは帰りにウチに寄って夕食を一緒に取ればいい。爺と婆相手じゃ色気もないが食費は浮くだろう」
18歳になれば成人と見做されて独り立ちが出来る。
それまでは保護監督者の保護下にいないと未成年扱いなので働くにしても親の許可が必要だし、落ちぶれたケーニス家とは言えケーニス伯爵夫妻は許可を出してはくれない。
自分たちの醜聞となる行いは許してはくれないのに、家の中、いや敷地の中に囲うだけで何もしてくれない。餓死でもすれば病死として届ければいい。その程度の思いしかない建前家族に情も何もなかった。
あと少し。希望の光が見えたアルベルティナの元に本宅の執事が言伝を持ってやって来た。
セルバはぺこりと頭を下げて植え込みの間に消えて行った。
やってきた執事はケーニス伯爵の子飼い。必要以上にアルベルティナと一緒にいる所を見られれば先々代との約束があるとはいえ解雇されてしまう。
過去にはアルベルティナが高熱を出した時に世話をしただけで解雇された使用人だっているのだ。
「アルベルティナ。旦那様がお呼びだ」
「旦那様が?でも、私は本宅へ伺う事は禁じられていますので行けません」
「解っている。今回は特別だ。早くいけ」
父を旦那様と呼ばねばならない。
これがアルベルティナの置かれている現状。推して知るべし。
来るなと言われたので、言葉に従っていれば来いと呼び出す。
家鴨を押し付けたエミリアのように用事があるならそっちが来ればいいのにと思いつつ、アルベルティナは仕方なく本宅に向かった。
貴族の家に生まれて恵まれているのは一部を除いて正妻から生まれた子供だけ。
正妻が悪阻で苦しんでいる時に、ケーニス伯爵が手を付けたのがアルベルティナの母親だった。
アルベルティナの母親の意志など関係なく狭い部屋に2カ月ほど監禁されてケーニス伯爵の欲望のままに玩具にされたことで妊娠してしまった。
正妻に手を付けたことがバレるのを恐れたケーニス伯爵にアルベルティナの母親は解雇されてしまった。
住み込みで働いていたため実家に戻ったが、実家に居場所はない上にアルベルティナの母親がケーニス家で働いた給金が実家の生活を支えていたため、別の働き口を探している時に妊娠が発覚した。
理由など関係なく未婚女性の妊娠は忌み嫌われていて、実家からも追い出されたアルベルティナの母親は身を寄せた教会でアルベルティナを産んだ。母親は生きる力を振り絞りアルベルティナが生まれて2時間もしないうちに神に召された。
ケーニス家に引き取られたのはアルベルティナが8歳の時で、ケーニス家特有の証が原因だった。
嘘か本当か、翼竜との契約と言われている特有の証はオッドアイ。
ケーニス家には片眼がゴールドの子供が5人の1人の割合で生まれて来る。通常時は何の変哲もない瞳だが、感情が極端に昂ったりすると片眼がゴールドになるのである。
オッドアイが発現した時、アルベルティナの周囲では摩訶不思議な事が起きる。
地面から空に向かって水が噴水のように立ちのぼったり、種が恐ろしい速さで目を出し花をつけて枯れたり。
知らせを受けたケーニス家の使用人と王宮の魔導師が鑑定をした結果、アルベルティナは庶子としてケーニス家に引き取られる事になったけれど、正妻はアルベルティナが本宅に足を踏み入れることは許さず庭の隅にある庭師が休憩所として使っていた小さな小屋で住まう事を命じた。
本来なら不思議な力を制御するために魔導師に教えを乞わねばならないが、感情の激振れが無ければオッドアイは発現しない。
孤児の多い教会で生まれた時から生活をしているアルベルティナは生きるために感情を制御できるようになっている事を魔導師すら見抜けなかった。
ただ、あの時は‥‥アルベルティナは過去を振り返った。
時折孤児は希望する里親がいれば貰われていく。
仲の悪い子が貰われていく時にアルベルティナに囁いた。
「アンタは一生親無し。アタシは豪商の娘になるの。パパとママがアタシには出来たけどアンタにはいない。アンタが手に入らないものをアタシは手に入れたの」
言い終わると同時にドンと肩を突かれ、アルベルティナは激怒した。
母親はアルベルティナが生まれる時に亡くなった。しかし子供は母親だけでは出来ない。どこかに父親がいる筈なのだ。どうして迎えに来てくれないのだろう。探してくれてもいないのか。
そう思うとアルベルティナは我を忘れて暴れてしまったのだ。
――おかげで父親は見つかったけど…見つからない方が良かったかも――
今となってはそう思えてならない。
8歳の子供に自炊など出来る筈も無く、食べ物も碌に与えられないアルベルティナを不憫に思った庭師のゼルバや使用人たちは交代でアルベルティナの世話をしてくれた。彼らがいなければ庭の片隅にある小屋の中でとっくに骸になっていただろう。
「あと少しだな」
「うん。18歳の誕生日まであと2カ月!ゼルバさんの家の近所に空き家が出そうなの。ご近所さんになるわね」
「そうか。仕事はどうするんだ?」
「家令のケントさんが薬草店の売り子はどうだって。お給金もなかなかいいのよ。アパートメントから歩いて10分。帰り道には商店街もあるから食べるにも困らないわ」
「金が貯まるまでは帰りにウチに寄って夕食を一緒に取ればいい。爺と婆相手じゃ色気もないが食費は浮くだろう」
18歳になれば成人と見做されて独り立ちが出来る。
それまでは保護監督者の保護下にいないと未成年扱いなので働くにしても親の許可が必要だし、落ちぶれたケーニス家とは言えケーニス伯爵夫妻は許可を出してはくれない。
自分たちの醜聞となる行いは許してはくれないのに、家の中、いや敷地の中に囲うだけで何もしてくれない。餓死でもすれば病死として届ければいい。その程度の思いしかない建前家族に情も何もなかった。
あと少し。希望の光が見えたアルベルティナの元に本宅の執事が言伝を持ってやって来た。
セルバはぺこりと頭を下げて植え込みの間に消えて行った。
やってきた執事はケーニス伯爵の子飼い。必要以上にアルベルティナと一緒にいる所を見られれば先々代との約束があるとはいえ解雇されてしまう。
過去にはアルベルティナが高熱を出した時に世話をしただけで解雇された使用人だっているのだ。
「アルベルティナ。旦那様がお呼びだ」
「旦那様が?でも、私は本宅へ伺う事は禁じられていますので行けません」
「解っている。今回は特別だ。早くいけ」
父を旦那様と呼ばねばならない。
これがアルベルティナの置かれている現状。推して知るべし。
来るなと言われたので、言葉に従っていれば来いと呼び出す。
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