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第03話 悪い提案じゃない
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執事に先導されて入った部屋にはケーニス家の一家がソファに座ったままアルベルティナを迎えた。但し誰一人声もかけないし、顔を向ける者はいなかったけれど。
アルベルティナが来たと解るとケーニス伯爵は「早速だが」と切り出した。
「アルベルティナは3日後、ブランシル辺境伯家の選別に行け」
「え?」
「質問は許していない」
――許してないのは質問じゃなく発言よね――
落ち目でもあるケーニス伯爵家が格上の辺境伯家が行う花嫁選びに参加できるなんて光栄の至りだが、裏を返せばそれだけ手を挙げてくれる家がないと言う事でもある。
何故ならブランシル辺境伯家と言えば戦闘狂で有名な一家。
夕食のワインは討ち取った騎士の生き血と言われているし、血の滴る肉は何の肉なのか詮索してはイケナイとも聞く。
血肉を貪り食うので呪われた容姿をしていて、目は3つも4つもあるし、走る時は四つ足、耳の形もまるで悪魔で目を合わせると石になってしまう…なんて噂もある家だ。
そんな家に、たとえ国防の最前線を任されている家だと言ったところで嫁いで来てくれる貴族令嬢が皆無。
先代辺境伯夫人も嫁いだっきり音沙汰がないので、逃げようとして捕まり口封じに食われたのではないかと言われている恐ろしい家だ。
今は嫡男のリュシアンが当主となっていたと思うけどな?と寄せ集めの情報をアルベルティナは頭の中で繋ぎ合わせてケーニス一家を見た。
リュシアンは年齢が21歳でエミリアとは1歳差。
第3子のソフィアはアルベルティナと半年違いの異母姉。
順番から言えばエミリア、次にソフィア、そして相手を見繕ってくれるのならアルベルティナになると思うが、決定事項を伝える父のケーニス伯爵の言葉からすれば、どうやら本気で嫁がせることが目的ではなく、花嫁選びに手を挙げる事で支払われる金が目的だと理解が出来た。
「あ、あの…」
アルベルティナがどういうことかと詳細を聞こうと声を出せば打ち消すようにエミリアが言葉を被せて来た。
「由緒正しいケーニス家の娘である私とソフィアよりも…ふふっ。家鴨と戯れている貴女がピッタリよ。この役目、譲ってあげる。感謝しなさい?」
「そうね。あんな蛮族の家に嫁ぎたい女なんてこの世にいないけど…貴女ならピッタリかも?」
――由緒正しいって…100年とちょっと前に成金になっただけじゃない――
心の声をそのまま発する事は出来ないけれど、間違ってはいない。
石炭が出なければ田舎貴族だったケーニス伯爵家なのだ。莫大な財産を掘って掘って掘りまくって枯渇させて今は落ち目のケーニス家。そこに由緒なんてものはない。
数代豪勢な暮らしをしているケーニス家よりも建国以来千年以上の歴史のあるブランシル辺境伯家のほうにこそ由緒正しいと言葉が添えられる。ただ‥‥国防を最前線で担う家なので血生臭いのは仕方のない事だ。
――つまりは…田舎暮らしも野蛮な噂のある男もエミリアとソフィアが嫌がったってことだ――
「当主となったリュシアン殿にはまだ妻がいない。その事を陛下が気にされていてな。広く貴族に声をかけてくださったんだ。我が家も是非にと声をかけられたんだが…年齢の見合う令嬢がアルベルティナ。お前しかいないだろう?」
――大嘘だよね?目の前にもっと年齢が見合う令嬢いるじゃん!――
可愛い娘は嫁がせたくないけど、国王には歯向かえない。だから要らない子であるアルベルティナを嫁がせて体裁を保とうと考えたのだろうとアルベルティナは見当をつけたがそれだけではなかったようだ。
「いいか?3日後には歩いて田舎に向かえ。いいな?反論は許さん」
「歩き…ですか?」
「あぁ。お前の足なら十分に歩ける距離だ」
――徒歩で何日かかるか知ってるの?旅慣れていても3カ月はかかるよ?――
アルベルティナに纏めるような荷物はない。しいて言えば家鴨と自分の体くらい。
大判のショール1つでも貰えれば着替えの衣類だって包んで背中にたすき掛けで背負えるくらいしか荷物も無かった。
その点では歩くにしても荷物はないので身軽だが、到着をした時のことを考えているんだろうか。従者も荷物もない令嬢なんて相手も驚くだろう。
あぁ、そうか。
女1人が歩いていける距離ではないので、途中で盗賊にでも襲われてしまった、娘は辺境に向かわせたんだから手を挙げる事で貰った支度金は貸さなくていいですよね?とでも芝居をするんだろう。
残念なことにまだ18歳の誕生日を過ぎていないアルベルティナに書面上でも養育者であり、保護監督者であり、そしてケーニス伯爵家の当主である父の言葉に逆らう事は出来ない。
いや、逆らう事は出来るけれどその先にあるのは気が済むまで殴り蹴られる暴力で、それが済めば反省のために監禁されて水すら飲ませてもらえない日々になる。
――でもまぁ、悪い提案じゃないわね――
18歳未満なら家出をすると大騒ぎになってしまうが、18歳になるより前に父親から直々に家を出られる大義名分を得られたのだ。なかなかに僥倖なこと。ならば無駄な体力は使いたくない。
――辺境伯領まで1人旅だもの。迷ったって誰も正しい道順を教えてくれる人はいないって事でもあるし?あなた達の考えている通り、道中で何があっても不思議じゃないしね?――
アルベルティナはケーニス伯爵に向かってにこりと笑った。
アルベルティナが来たと解るとケーニス伯爵は「早速だが」と切り出した。
「アルベルティナは3日後、ブランシル辺境伯家の選別に行け」
「え?」
「質問は許していない」
――許してないのは質問じゃなく発言よね――
落ち目でもあるケーニス伯爵家が格上の辺境伯家が行う花嫁選びに参加できるなんて光栄の至りだが、裏を返せばそれだけ手を挙げてくれる家がないと言う事でもある。
何故ならブランシル辺境伯家と言えば戦闘狂で有名な一家。
夕食のワインは討ち取った騎士の生き血と言われているし、血の滴る肉は何の肉なのか詮索してはイケナイとも聞く。
血肉を貪り食うので呪われた容姿をしていて、目は3つも4つもあるし、走る時は四つ足、耳の形もまるで悪魔で目を合わせると石になってしまう…なんて噂もある家だ。
そんな家に、たとえ国防の最前線を任されている家だと言ったところで嫁いで来てくれる貴族令嬢が皆無。
先代辺境伯夫人も嫁いだっきり音沙汰がないので、逃げようとして捕まり口封じに食われたのではないかと言われている恐ろしい家だ。
今は嫡男のリュシアンが当主となっていたと思うけどな?と寄せ集めの情報をアルベルティナは頭の中で繋ぎ合わせてケーニス一家を見た。
リュシアンは年齢が21歳でエミリアとは1歳差。
第3子のソフィアはアルベルティナと半年違いの異母姉。
順番から言えばエミリア、次にソフィア、そして相手を見繕ってくれるのならアルベルティナになると思うが、決定事項を伝える父のケーニス伯爵の言葉からすれば、どうやら本気で嫁がせることが目的ではなく、花嫁選びに手を挙げる事で支払われる金が目的だと理解が出来た。
「あ、あの…」
アルベルティナがどういうことかと詳細を聞こうと声を出せば打ち消すようにエミリアが言葉を被せて来た。
「由緒正しいケーニス家の娘である私とソフィアよりも…ふふっ。家鴨と戯れている貴女がピッタリよ。この役目、譲ってあげる。感謝しなさい?」
「そうね。あんな蛮族の家に嫁ぎたい女なんてこの世にいないけど…貴女ならピッタリかも?」
――由緒正しいって…100年とちょっと前に成金になっただけじゃない――
心の声をそのまま発する事は出来ないけれど、間違ってはいない。
石炭が出なければ田舎貴族だったケーニス伯爵家なのだ。莫大な財産を掘って掘って掘りまくって枯渇させて今は落ち目のケーニス家。そこに由緒なんてものはない。
数代豪勢な暮らしをしているケーニス家よりも建国以来千年以上の歴史のあるブランシル辺境伯家のほうにこそ由緒正しいと言葉が添えられる。ただ‥‥国防を最前線で担う家なので血生臭いのは仕方のない事だ。
――つまりは…田舎暮らしも野蛮な噂のある男もエミリアとソフィアが嫌がったってことだ――
「当主となったリュシアン殿にはまだ妻がいない。その事を陛下が気にされていてな。広く貴族に声をかけてくださったんだ。我が家も是非にと声をかけられたんだが…年齢の見合う令嬢がアルベルティナ。お前しかいないだろう?」
――大嘘だよね?目の前にもっと年齢が見合う令嬢いるじゃん!――
可愛い娘は嫁がせたくないけど、国王には歯向かえない。だから要らない子であるアルベルティナを嫁がせて体裁を保とうと考えたのだろうとアルベルティナは見当をつけたがそれだけではなかったようだ。
「いいか?3日後には歩いて田舎に向かえ。いいな?反論は許さん」
「歩き…ですか?」
「あぁ。お前の足なら十分に歩ける距離だ」
――徒歩で何日かかるか知ってるの?旅慣れていても3カ月はかかるよ?――
アルベルティナに纏めるような荷物はない。しいて言えば家鴨と自分の体くらい。
大判のショール1つでも貰えれば着替えの衣類だって包んで背中にたすき掛けで背負えるくらいしか荷物も無かった。
その点では歩くにしても荷物はないので身軽だが、到着をした時のことを考えているんだろうか。従者も荷物もない令嬢なんて相手も驚くだろう。
あぁ、そうか。
女1人が歩いていける距離ではないので、途中で盗賊にでも襲われてしまった、娘は辺境に向かわせたんだから手を挙げる事で貰った支度金は貸さなくていいですよね?とでも芝居をするんだろう。
残念なことにまだ18歳の誕生日を過ぎていないアルベルティナに書面上でも養育者であり、保護監督者であり、そしてケーニス伯爵家の当主である父の言葉に逆らう事は出来ない。
いや、逆らう事は出来るけれどその先にあるのは気が済むまで殴り蹴られる暴力で、それが済めば反省のために監禁されて水すら飲ませてもらえない日々になる。
――でもまぁ、悪い提案じゃないわね――
18歳未満なら家出をすると大騒ぎになってしまうが、18歳になるより前に父親から直々に家を出られる大義名分を得られたのだ。なかなかに僥倖なこと。ならば無駄な体力は使いたくない。
――辺境伯領まで1人旅だもの。迷ったって誰も正しい道順を教えてくれる人はいないって事でもあるし?あなた達の考えている通り、道中で何があっても不思議じゃないしね?――
アルベルティナはケーニス伯爵に向かってにこりと笑った。
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