中将閣下は御下賜品となった令嬢を溺愛する

cyaru

文字の大きさ
1 / 40

結婚式

しおりを挟む
隣国との長引く戦争はもう5年の月日を超えてなお王国の人々の生活に影を落としていた。
ハンザ王国の侵攻は隣国の抵抗にあい拮抗した戦況なのである。

物資も滞る様になり貴族と言えどかつての様に夜会や茶会など頻繁に開催できる家はほとんどなかった。
武器を扱う公爵家などは比較的裕福ではあるが、招待をされる側は困窮をし始める者もいて、夜会や茶会どころではないのである。

そんな中、父親が第一騎士団長、兄も近衛騎士団長を務めるシーガル侯爵家の次男であるクラウドは少年兵士として戦地に赴く事になった。
40代を筆頭に20代までの男性に昨年強制的に課された兵役だったが、長い国境を守るのに人数が足らなかった。戦争が長引けば長引くほど剣を交えている国だけではなく、様子を伺っていた国も少し国力が低下したとなれば攻め込んでくるのである。

戦死者ももう2万人を超えていた。国王は己の国の軍力を過信しすぎたのである。
最初は広大な穀倉地帯を欲し、数か月で征服できると考えていたが時代の流れを読んでいなかった。
人間同士が斬り合う場は確かにまだあったが、大砲などの兵器に頼る戦術にシフトをしていた時代である。
剣や槍、弓の腕が優れていても向かい合う前に大砲で吹き飛ばれてしまっては意味がない。
しかし、今更軍備を増強するにも元々国力もさほど裕福ではなかったハンザ王国である。

長引く戦争は国力を削ぎ落していった。
引くに引けず、また国民への説明にも己の首を差し出す事を嫌がる国王はイーブンの戦いでも大勝利だったと国民に発表していた。だが国民も馬鹿ではない。
勝利をそれほど納めているにも関わらず日に日に苦しくなっている生活、働き手を兵に取られる事などから不満も高まっていた。

「クラウド。大丈夫なの?」
「判らないな。父上も兄上も出兵したままもう2年帰っていないし、僕では正確な情報はもらえないんだ」
「そうなのね。心配だわ」
「大丈夫じゃないかな。新兵だし少年兵士扱いだから安全圏での伝令なんかだと思うよ」
「それでも心配よ」

幼い頃からお互いは勿論の事、両親同士も仲が良く、何事もなければあと1年もすれば結婚をしようと誓い合ったクラウドとセレティア。
クラウドはクラウド・ティス・シーガル。シーガル侯爵家の次男。
セレティアはセレティア・ルシィド・エイレル。エイレル侯爵家の長女だった。

セレティアの父であるエイレル侯爵は10年ほど前にセレティアの母を病気で亡くし、最近後妻を迎えた。
病死した妻を思い、憔悴していた侯爵に子爵令嬢だったミレイユは近寄り、ディエナを身籠った。
責任を取る意味で再婚をしたが、義母と義妹が来てからの生活は一変した。
この不況の真っただ中で散財を続ける義母と義妹にエイレル侯爵家の資産はかなり減っていた。

クラウドは婿入りの予定であったが、義母と義妹は侯爵邸からは出ていかないというので、母方の伯爵家の後継者がいない事から伯爵家を継ぎ、セレティアを迎え入れようと考えていた。
そんな矢先、クラウドが徴兵をされてしまった。派遣される先が何処かで生きて帰る確率が大きく違う。
夫、息子2人を戦地に送っているシーガル侯爵夫人の嘆きは痛ましかった。

手持ちのドレスを数着売り、そのお金でセレティアはペンダントロケットを購入した。
先日魔石の写真館で2人の写真を撮影してもらい、ロケットの中にはめ込んだ。

「これで向こうに行っても君の顔が見られる」

微笑むクラウドもまた先に行われた財産分与された絵画や彫刻、宝飾品を売って指輪を買った。

「セレティア。手を出して」

クラウドの瞳の色であるアメジストがついた指輪を左手の薬指にはめる。
驚くほどピッタリな指輪を見て2人は見つめ合った。

神父すら徴兵されて無人となってしまった教会には数人の村人が祈りを捧げていた。
そんな中で2人だけは祭壇の前に立ち、誓いの言葉とキスだけの結婚式をした。

「戻ってきたら、飛び切りのウェディングドレスを着せてやる。みんなが羨ましがるような盛大な式を挙げるぞ」
「いいえ。わたくしは十分。クラウドが生きて帰ってくれるなら‥‥どんな姿になってもいいから必ず帰ってきて」

クラウドはセレティアを抱きしめると「僕の帰るところは君のいる場所だ」と告げると小さく折りたたんだ紙をそっと髪飾りを直すふりをして挟み込んだ。
セレティアの美しいプラチナゴールドの髪をそっと撫でると教会を出る。

「明日‥‥早朝なの?」
「いや、午後だと聞いているよ。先日の雨でぬかるんでるところもあるからね」
「そうなのね。見送りに行くわ」
「いや、それより母上のところに顔を出してやってくれないか」
「わかったわ。午前中にお屋敷に伺いますわ」

セレティアには明日の午後発つと告げたが実際は今夜夜半には騎士団に集合し夜のうちに移動を始めるのだ。
きっと気丈なセレティアが泣いてしまえば、慰めずにはいられないだろうとクラウドは嘘を吐いた。
しおりを挟む
感想 108

あなたにおすすめの小説

どうぞ、おかまいなく

こだま。
恋愛
婚約者が他の女性と付き合っていたのを目撃してしまった。 婚約者が好きだった主人公の話。

完結 殿下、婚姻前から愛人ですか? 

ヴァンドール
恋愛
婚姻前から愛人のいる王子に嫁げと王命が降る、執務は全て私達皆んなに押し付け、王子は今日も愛人と観劇ですか? どうぞお好きに。

【短編】旦那様、2年後に消えますので、その日まで恩返しをさせてください

あさぎかな@コミカライズ決定
恋愛
「二年後には消えますので、ベネディック様。どうかその日まで、いつかの恩返しをさせてください」 「恩? 私と君は初対面だったはず」 「そうかもしれませんが、そうではないのかもしれません」 「意味がわからない──が、これでアルフの、弟の奇病も治るのならいいだろう」 奇病を癒すため魔法都市、最後の薬師フェリーネはベネディック・バルテルスと契約結婚を持ちかける。 彼女の目的は遺産目当てや、玉の輿ではなく──?

【完結】望んだのは、私ではなくあなたです

灰銀猫
恋愛
婚約者が中々決まらなかったジゼルは父親らに地味な者同士ちょうどいいと言われ、同じ境遇のフィルマンと学園入学前に婚約した。 それから3年。成長期を経たフィルマンは背が伸びて好青年に育ち人気者になり、順調だと思えた二人の関係が変わってしまった。フィルマンに思う相手が出来たのだ。 その令嬢は三年前に伯爵家に引き取られた庶子で、物怖じしない可憐な姿は多くの令息を虜にした。その後令嬢は第二王子と恋仲になり、王子は婚約者に解消を願い出て、二人は真実の愛と持て囃される。 この二人の騒動は政略で婚約を結んだ者たちに大きな動揺を与えた。多感な時期もあって婚約を考え直したいと思う者が続出したのだ。 フィルマンもまた一人になって考えたいと言い出し、婚約の解消を望んでいるのだと思ったジゼルは白紙を提案。フィルマンはそれに二もなく同意して二人の関係は呆気なく終わりを告げた。 それから2年。ジゼルは結婚を諦め、第三王子妃付きの文官となっていた。そんな中、仕事で隣国に行っていたフィルマンが帰って来て、復縁を申し出るが…… ご都合主義の創作物ですので、広いお心でお読みください。 他サイトでも掲載しています。

どなたか私の旦那様、貰って下さいませんか?

秘密 (秘翠ミツキ)
恋愛
私の旦那様は毎夜、私の部屋の前で見知らぬ女性と情事に勤しんでいる、だらしなく恥ずかしい人です。わざとしているのは分かってます。私への嫌がらせです……。 ◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆ 政略結婚で、離縁出来ないけど離縁したい。 無類の女好きの従兄の侯爵令息フェルナンドと伯爵令嬢のロゼッタは、結婚をした。毎晩の様に違う女性を屋敷に連れ込む彼。政略結婚故、愛妾を作るなとは思わないが、せめて本邸に連れ込むのはやめて欲しい……気分が悪い。 彼は所謂美青年で、若くして騎士団副長であり兎に角モテる。結婚してもそれは変わらず……。 ロゼッタが夜会に出れば見知らぬ女から「今直ぐフェルナンド様と別れて‼︎」とワインをかけられ、ただ立っているだけなのに女性達からは終始凄い形相で睨まれる。 居た堪れなくなり、広間の外へ逃げれば元凶の彼が見知らぬ女とお楽しみ中……。 こんな旦那様、いりません! 誰か、私の旦那様を貰って下さい……。

【完結】妖精姫と忘れられた恋~好きな人が結婚するみたいなので解放してあげようと思います~

塩羽間つづり
恋愛
お気に入り登録やエールいつもありがとうございます! 2.23完結しました! ファルメリア王国の姫、メルティア・P・ファルメリアは、幼いころから恋をしていた。 相手は幼馴染ジーク・フォン・ランスト。 ローズの称号を賜る名門一族の次男だった。 幼いころの約束を信じ、いつかジークと結ばれると思っていたメルティアだが、ジークが結婚すると知り、メルティアの生活は一変する。 好きになってもらえるように慣れないお化粧をしたり、着飾ったりしてみたけれど反応はいまいち。 そしてだんだんと、メルティアは恋の邪魔をしているのは自分なのではないかと思いあたる。 それに気づいてから、メルティアはジークの幸せのためにジーク離れをはじめるのだが、思っていたようにはいかなくて……? 妖精が見えるお姫様と近衛騎士のすれ違う恋のお話 切なめ恋愛ファンタジー

恋人に夢中な婚約者に一泡吹かせてやりたかっただけ

恋愛
伯爵令嬢ラフレーズ=ベリーシュは、王国の王太子ヒンメルの婚約者。 王家の忠臣と名高い父を持ち、更に隣国の姫を母に持つが故に結ばれた完全なる政略結婚。 長年の片思い相手であり、婚約者であるヒンメルの隣には常に恋人の公爵令嬢がいる。 婚約者には愛を示さず、恋人に夢中な彼にいつか捨てられるくらいなら、こちらも恋人を作って一泡吹かせてやろうと友達の羊の精霊メリー君の妙案を受けて実行することに。 ラフレーズが恋人役を頼んだのは、人外の魔術師・魔王公爵と名高い王国最強の男――クイーン=ホーエンハイム。 濡れた色香を放つクイーンからの、本気か嘘かも分からない行動に涙目になっていると恋人に夢中だった王太子が……。 ※小説家になろう・カクヨム様にも公開しています

愛する旦那様が妻(わたし)の嫁ぎ先を探しています。でも、離縁なんてしてあげません。

秘密 (秘翠ミツキ)
恋愛
【清い関係のまま結婚して十年……彼は私を別の男へと引き渡す】 幼い頃、大国の国王へ献上品として連れて来られリゼット。だが余りに幼く扱いに困った国王は末の弟のクロヴィスに下賜した。その為、王弟クロヴィスと結婚をする事になったリゼット。歳の差が9歳とあり、旦那のクロヴィスとは夫婦と言うよりは歳の離れた仲の良い兄妹の様に過ごして来た。 そんな中、結婚から10年が経ちリゼットが15歳という結婚適齢期に差し掛かると、クロヴィスはリゼットの嫁ぎ先を探し始めた。すると社交界は、その噂で持ちきりとなり必然的にリゼットの耳にも入る事となった。噂を聞いたリゼットはショックを受ける。 クロヴィスはリゼットの幸せの為だと話すが、リゼットは大好きなクロヴィスと離れたくなくて……。

処理中です...