中将閣下は御下賜品となった令嬢を溺愛する

cyaru

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砂浜

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ギスティール王国はその国境を超え、人の住む街並みからまさに異国だった。
カラフルな色合いの屋根が太陽に反射して光っており、それだけで観光ならば気分は沸き立っただろう。

だが、セレティアは観光に来たのではなくあくまでも人質という名の貢物なのである。
馬車の席に腰を据えながらも背を伸ばし時折見える街並みと山の緑を交互に視界に納めて行く。

「この村はレスティーヤ村と言います。ここからは見えませんがもうすぐ海が見えると思います」
「海?でございますか」

ハンザ王国は四方を6つの国に囲まれている完全な内陸にある国だった事や、物心ついた時にはもう義母と義妹の散財が始まっていて父も屋敷に戻らない事からセレティアは王都から少し離れた隣町までしか出た事がなかった。
友人の中には家が商会をしているものもいて、時折父の商談に付き添ってギスティール王国や他国に出かけ、海や、海に似た湖などの話をしてくれたが、絵に描かれても実際に見た事がなく想像も出来なかった海は一度は見てみたいとは思っていた。

ハンザ王国からもエイレル侯爵家からも使用人の一人もつけられなかったセレティアにはギスティール王国で王宮女官をしているというメリルという女性がずっと馬車に同乗している。

国境を超える、と言っても現実的にはもうハンザ王国はその名を消している。正確には街や村の境界を超えたという表現の方が良いかもしれない。

それまで無口でセレティア同様、背を伸ばして時折窓の外を眺めるだけだったメリルもカラフルな街並みが見えて少しするとセレティアに話しかける事を始めた。

「セレティア様は海はごらんになった事はございますか?」
「メリル様、わたくしに敬称は不要ですのでエイレル、若しくはセレティアと」
「いえ、御身は陛下より客人として扱うようにと申し使っておりますので」
「客人?わたくしが?」
「はい。わたくしは元々は女性騎士で王妃様の護衛をしておりました関係で今回お迎えに同行した次第です。わたくしのほうこそ、メリルとお呼びくださいませ」

人質ではないのだろうか。いや、でもそうではないのなら父も断る事は出来たはずだ。
断る事が出来なかったのはやはり敗戦国であり、侯爵家と言えど数代前は国王の妹が嫁いだ家柄。
かなり薄くはなっていても侯爵、公爵家の直系は王族の血が入っている。人質である事は変わらないだろう。そう考えて親しみやすい笑顔で話しかけるメリルにも心を開くのは危険だとセレティアは貴族の仮面を被る。

「わたくしは馬車でも2時間程の隣町までが一番遠い地でしたので、海は話には聞く事は御座いましたが見た事はないのです。話では青く見えるのに桶に汲み取れば透明で、その味は塩辛いと聞きます」

「そうです。海の水は塩辛いのです。もしこの先海で迷われる…遭難と申しますがそのような事があった場合は間違っても海の水で喉を潤してはいけません」

「そうなのですか。毒‥‥と言う事なのでしょうか?」

「いえ、調理などに使用する塩を取ったりもしますし魚や貝、クラゲなど色々な生物も生きております。魚などの中には山で採れるキノコと同じで食べられるものもありますが、毒を持つものもございます。山で採れるキノコは毒があるからと言って、その山が毒で汚染されているという事は御座いませんでしょう?それと同じで毒を持つ魚はおりますが、海水は毒ではありません。ただ潤すつもりで飲んでしまうと余計に喉が渇くのです」

「そうなのですね」

だが、おそらくこの先は何処かで幽閉若しくは軟禁される、最悪牢で生涯を終えるであろうこの身には海水を飲むという機会は訪れないだろうと思うと少しおかしくなってクスリと笑ってしまった。

「し、失礼を致しました」
「いえ、セレティア様は笑われた方がより魅力的でございますね」

同性とは言え面と向かって言われると気恥しいものである。思わず扇を取り出して緩く仰ぎ顔の熱を冷ます。
そうしていると山並みが横に取り除かれるように開けた地に出るとキラキラと光を反射する地上なのか空なのかその境が見えない程の煌めきが目に入った。
思わず感嘆をしてしまう。
はしたないと思われるだろうかと思いつつ、何度も小窓からその光景をチラチラとみると

「あれが海でございます。光っているのは太陽の光を反射しているのです。ほら、あちらの方は濃い青が見えますでしょう?もう少ししましたら海岸線に出ますので休憩の折には砂浜をご案内いたしましょう」

「砂浜?海岸線とは?」

「海沿いに道があるのです。砂浜とは…そうですね見て頂いた方が早いと思います」

メリルはニコリと笑って、そろそろとなる馬車の速度が落ちると先に立ち上がりまだ止まっていない馬車の中で外の様子を伺う。女官とはいえ元女性騎士だったからだろうか、それとも騎士の役割が先に来るのかメリルが帯剣している事に今更ながら驚く。

馬車が止まると中から御者に声をかけ、御者が扉を開くとステップなしで飛び降りたメリルが格納されていたステップを折りやすいように設置する。

「まだ日差しがありますので帽子をお忘れなく」

そう言われて、慌てて帽子をかぶり、メリルに手を貸してもらって馬車の外に降りると不思議な香りがする。
生臭いような、それでいて何かが焦げ始めるようなそんな香りを包んでじっとりとした水分を多く含んでいる空気が頬に当たる。しかし吹いてくる風は心地よくセレティアのプラチナブロンドの髪は風に靡いた。

「昼食の準備が出来るまで少し歩きましょうか。大丈夫そうですか?」
「え、えぇ。大丈夫だと思いますが…その…砂浜というのは歩いた事がありませんので‥」

そう言うと少し踵のあるヒールを見てメリルは周りをキョロキョロとすると1人の兵士を手招きする。
寄ってきた兵士と二言三言話をするが、首を横にふる兵士にはぁと一つ溜息を吐いて

「セレティア様に合いそうな軍靴はないようですので…手前の方だけにしましょう」
「ぐ、軍靴??」

驚きながらもメリルに手を引かれてゆっくりと歩くと思いのほか固いのに沈み込み、足を取られてしまう。よろけながらも10分ほどで砂浜の中間手前まで来ると、打寄せる水、戻っていく水にまたも驚く。
湯あみで湯船の水が溢れるものに似てはいるが、これほど大きく広いものは初めてである。

「先日大雨でしたので少しまだ濁っていますね。晴天が続くと遠浅で凄く綺麗なのですよ」
「雨が降ると濁るのですか?これが濁っていると??」

全てが見えるわけではないが、水の底になにやら石のような物も見えているのにこれで濁っていないというのはどれほどの美しさなのかと想像も出来ない。

「これで濁っているとは思えない程、美しいです」

そう言って昼食の準備が出来た頃だとメリルと来た道を戻る途中、数人の兵士がこちらを見ている事に気が付く。敗戦国の貢物の分際で景観を楽しむなどと、と言われているようでその中の1人と目が合う。逸らす事も出来ないが相手も逸らそうとしない。思わずセレティアは申し訳なくなり、頭を下げた。

「あいつら…いえ、あの者たちは気にされなくて結構です。女性を見る機会が滅多にありませんし、欲望の塊みたいなものですから目が腐ります。さぁ参りましょう」

「え、えぇ…」

メリルに急かされ、手を貸してもらいふらつき乍ら砂浜を抜けると国王の別荘だという屋敷で食事を取るために向かった。その背を1人の騎士がずっと見ている事に気が付かないままセレティアは別荘の中に入った。
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