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父との別れ

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煌びやかな広間から、案内をされたのは少し離れた貴賓室だった。
エスコートをしてくれている背の高い中将をふいに見あげると耳が赤くなっている。
きっとあのような場は緊張されてしまうのだろうとセレティアは思った。

王宮には父の用事で何度か登城した事はあるが、執務用の棟だったのでここまで緊張する事はなかったが、デヴュタントの時、同じように父も耳が赤かった事を思い出した。

「す、す‥…」

何かを言いたそうにしているが、空いている手で溜息を吐いて目を覆う中将ロレンツィオ。
部屋に入りどうしたものかと思っていると王宮の侍女がワゴンを引いて茶の用意を始めると遅れてエイレル侯爵が部屋に入ってきた。

「ティア‥‥」

その声に2人は振り返り、セレティアの手がロレンツィオから離れた。

「お父様」

思わず駆け寄り、父の前に立つとエイレル侯爵はセレティアの肩に両手を置いた。
ただ頷くだけで何も言わない父に思わず涙が零れ、それを見たエイレル侯爵はポケットからハンカチを出すと押し当てるようにその涙をハンカチに吸い取らせた。
見知った者が誰もない異国の地で初見から国王、王妃を目の前にしてやっと緊張が解けたのだ。

「よく頑張ったな…それに…かつてのシシェリーを見ているようだ」

母の名を口にした父は目を細めてセレティアを抱きしめた。
そして背中を優しくトントンと叩くと、己から離して、ロレンツィオの前に出た。
深々と頭を下げ、「娘をよろしくお願いいたします」と言うのが精いっぱいで嗚咽をもらした。

「お義父上、幸せだと言ってもらえるように精一杯尽くします」

ロレンツィオの言葉にハンカチを咥えて、漏れ出る声を抑えるエイレル侯爵。
今度はセレティアが父の涙をハンカチに吸わせた。

侍女がお茶をテーブルに置くと一礼をして部屋から出て行く。
ロレンツィオに促されて、ソファに腰を下ろしても尚、エイレル侯爵の涙は止まらない。

「君も父上の隣へ」

そう言われてセレティアもソファに腰を下ろすと、父を覗き込むようにしながら背中に手を回す。
ゆっくりと背を撫でると、エイレル侯爵は何度も頷いた。

2人の向かいに腰を下ろしたロレンツィオはタイを弛めて、シャツのボタンも2つ目までを外した。
そして侍女の淹れてくれた茶を飲んで、一息ついた。

やっと涙が止まったエイレル侯爵はロレンツィオと向き合い、これまで父として何もしてやれず苦労ばかりをさせてしまったと告白した。
隠しておいてもいずれは判る事であるから、前妻が亡くなりその寂しさから別の女性に傾倒してしまって子をもうけたが、今は離縁し、その子供も籍を抜いた経緯などを洗いざらい話をした。

「ハンザの王はもうすぐ処刑をされます。その時この身もどうなるかはギスティール王次第。この子はもう誰も頼るものがいなくなります。何卒よろしくお願いいたします」

「お義父上なのですから、私からも陛下には恩赦を賜る様に話をします。寂しい事を言わないでください」

「いいえ。もっと早くにこんな戦は終わらせるべきだった。いや、戦そのものをしてはいけなかった。その責任は王だけが取れば良いものではありません」

自身もその責を負うて然るべきと話すエイレル侯爵はロレンツィオがセレティアを大事にしてくれそうだという直感から思い残す事はないと安堵していた。
遠い昔、シシェリーを妻にと奔走したエイレル侯爵。かつての自分と同じ愛を乞う瞳の炎を感じ取ったのかも知れない。目の前の男なら自分以上にセレティアを大事にしてくれると確信をしていた。

時間となり、エイレル侯爵はハンザに戻らねばならないと席を立つ前、セレティアの手を力強く握った。

「あんなに小さかったティアが‥こんなに大きくなったんだな」
「お父様」
「私の事は何も心配しなくていい」

優しくまた抱きしめると背中をトントンと叩く。セレティアが幼い日を思い出しているのか、また涙が溢れそうになったエイレル侯爵はそっと離れると微笑んだ。
ソファを立ち、ロレンツィオと握手をすると一礼して退室する。
その姿をずっと黙ってセレティアは見送った。

2人になった部屋でソファに向かい合って座る。ロレンツィオはしきりにポケットを気にしている。

「セレティア」

決心して名を呼ぶ。セレティアと目が合い思わず挫けそうになるがポケットに手を入れて

「話しておかないといけない事があるんだ」

そう言ってポケットから手を抜くと、テーブルの中央にコトリと手にしたものを置いた。
それを見た瞬間セレティアは驚き、おかれた物とロレンツィオの顔を何度も交互に見る。

ロレンツィオがテーブルに置いたのは、ロレンツィオが持っているはずのない、クラウドが身に着けていたはずのペンダントロケットだった。
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