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VOL:1 出会いは夜会
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わいわいと年若い男女が集まる夜会。
主催者の挨拶という堅苦しい時間が過ぎると軽やかな音楽が奏でられ始め、数組の男女がダンスを踊り始めた頃、エトナ男爵家のサーシャはようよう受付を済ませて会場入りした。
「遅いわよ。もう始まってるわ」
息を切らせるサーシャに声を掛けてきたのは、友人のロンカ男爵家の娘でメアリ。
メアリとは海産物を扱う市場で共に経理の仕事をしている同僚でもある。
サーシャもメアリも8歳になった時から市場で荷捌きの仕事をして日銭を稼ぎ、文字の読み書きや簡単な算術を市場長の細君から教えてもらうと、10年経った今は経理の仕事をして家計を支えている。
貴族と言っても平民と何ら変わらない男爵家の令嬢2人。
御多分に漏れず出会いの場も少なく、爵位があるばかりに行く行くは金のある年老いた貴族の後妻・・・と言えば聞こえはいいが介護要員として嫁ぎ、夫が亡くなれば二束三文の僅かな金を握らされて放り出されるのが常。
裕福な家ならまた別だが、親が婚約者を用立ててくれるはずもなく、決められたレール以外の道を歩むなら相手を自分で見つけて嫁ぐか、高位貴族の家で雇って貰い家を出るしかない。
しかし、高位貴族の家は使用人として雇って貰うにも保証金が必要になる。
サーシャの家、エトナ男爵家は困窮を極めていて父親と兄は猫の額ほどの領地経営の他に商家などへ棚卸や御用ききの配達というダブルワーク以上のトリプルワークをしている。とても出してくれとは言えず、残ったもう1つの方法。相手を自分で見つけるために時間があえば参加費も安い夜会に顔を出していた。
メアリは既に王都周辺の警備をしている伯爵家の四男と結婚間近で本来なら出会いの場に来る必要はないのだが、未だに相手がいないサーシャを気遣ってこの夜会のチケットも手配をしていた。
「ほら!今日はコナー伯爵家のリヒト様も来てるのよ?目立たななきゃ!」
「えぇっ?リヒト様が?」
「そうよ。ほら!襟のレースが丸まっちゃってる!」
令嬢と言っても所詮は男爵家。貴族と言っても貧乏で暮らしぶりは平民と変わらない。サーシャも普通の女の子で幼い頃から家の為に仕事はしているが、人並みに恋もすればカッコいい男性には憧れる。
その中でも近衛騎士のリヒトはサーシャの中の扱いでは有名な歌劇俳優と同じで「姿を見られるだけ」でも昇天級の儲けもの。イチ推しの騎士であり、お近づきになろうとか、話をしようとか、そんな大それたことなど到底できない雲の上の憧れの人だった。
そのリヒトが同じ会場にいる。
それだけでサーシャの心臓は早鐘を打った。
メアリはサーシャの襟を直すのだが、出遅れてしまったサーシャはメアリと共に壁の華。何人かの子息が声を掛けてきたものの、この日も出会いどころか一夜の体目当てな男しか声を掛けて来ない事から今回も収穫なしと引き上げようとしていた時だった。
「お待ちください」
声を掛けてきたのはコナー伯爵家の使用人だった。
家紋入りのペンダントを見せて、「当家のリヒト様が是非お話をと」と言う。
サーシャもメアリもお互いの顔を見て驚いた。
コナー伯爵家のリヒトと言えば王太子の覚えも目出度い近衛騎士。
言わずもがな。サーシャの憧れの人でもある。
美丈夫と言えばと聞けば抜かる事無く名前が上がる子息で、騎士の鍛錬場の公開日にはリヒト目当ての令嬢も列を成していると聞く。嫡男でもあり次期伯爵、いや後を継ぐ頃には侯爵となっているかも知れない。
婚約者と言う特定の女性は居らず恋人と呼ばれる女性の存在は嘘か誠か浮名もそれなりに流れているが、騎士であれば艶っぽい噂話の1つや2つは当然で、誰も彼もが遊びでも良いから付き合いたいと手を挙げていた。
目が合っただけで妊娠したと言い出す者もいた事から、本当に恋人がいるかどうかは知る人ぞ知る。
コナー伯爵家は堅実な商売をしている事でも有名で、時に金よりも実を取ると身銭を切って行っている事業もあり、コナー夫人は臣籍降嫁したが元第5王女。現国王とは母親違いの兄妹関係でもあり近い将来には陞爵も噂されていた。
そんな家の子息が、こんな末端の低位貴族が集まるような夜会に来ている事も驚きだったが、どうして声を掛けてきたのか。そこがそもそも判らない。
どうしようか迷う2人に向かって近づいて来た影。
リヒト本人だった。
本人を前にしてサーシャは息をする事を忘れそうだった。
サーシャとメアリを呼び止めた使用人を下がらせると、リヒトは片手を胸に当てて、サーシャとメアリに向かって騎士の礼を取った。
「コナー伯爵家のリヒトと申します。エトナ男爵令嬢、この私に貴女の名を呼ぶ権利を与えてくださいませんか?」
――リヒト様が私の事を知ってる?!――
「ヒュッ」と息を飲んだのはサーシャだけではなかった。
隣のメアリもまさかの大物のご登場に息どころか唇まで吸い込んでしまっている。
「君がこの夜会に来ると聞いて急いでチケットも手に入れてね。この思いを受け取ってくれないだろうか。実はずっと君の事を心で慕っていた。言い出す機会が無くて・・・今日は勇気を振り絞ってみたんだ」
姿を見るだけでも泣いてしまいそうなのに余りにも衝撃的で、立っている事すら自覚できない。
サーシャはリヒトの言葉に失神寸前だった。
スマートに差し出される手には花が一輪。
赤いチューリップがリヒトの手に握られ、頷くようにと言わんばかりに揺れていた。
主催者の挨拶という堅苦しい時間が過ぎると軽やかな音楽が奏でられ始め、数組の男女がダンスを踊り始めた頃、エトナ男爵家のサーシャはようよう受付を済ませて会場入りした。
「遅いわよ。もう始まってるわ」
息を切らせるサーシャに声を掛けてきたのは、友人のロンカ男爵家の娘でメアリ。
メアリとは海産物を扱う市場で共に経理の仕事をしている同僚でもある。
サーシャもメアリも8歳になった時から市場で荷捌きの仕事をして日銭を稼ぎ、文字の読み書きや簡単な算術を市場長の細君から教えてもらうと、10年経った今は経理の仕事をして家計を支えている。
貴族と言っても平民と何ら変わらない男爵家の令嬢2人。
御多分に漏れず出会いの場も少なく、爵位があるばかりに行く行くは金のある年老いた貴族の後妻・・・と言えば聞こえはいいが介護要員として嫁ぎ、夫が亡くなれば二束三文の僅かな金を握らされて放り出されるのが常。
裕福な家ならまた別だが、親が婚約者を用立ててくれるはずもなく、決められたレール以外の道を歩むなら相手を自分で見つけて嫁ぐか、高位貴族の家で雇って貰い家を出るしかない。
しかし、高位貴族の家は使用人として雇って貰うにも保証金が必要になる。
サーシャの家、エトナ男爵家は困窮を極めていて父親と兄は猫の額ほどの領地経営の他に商家などへ棚卸や御用ききの配達というダブルワーク以上のトリプルワークをしている。とても出してくれとは言えず、残ったもう1つの方法。相手を自分で見つけるために時間があえば参加費も安い夜会に顔を出していた。
メアリは既に王都周辺の警備をしている伯爵家の四男と結婚間近で本来なら出会いの場に来る必要はないのだが、未だに相手がいないサーシャを気遣ってこの夜会のチケットも手配をしていた。
「ほら!今日はコナー伯爵家のリヒト様も来てるのよ?目立たななきゃ!」
「えぇっ?リヒト様が?」
「そうよ。ほら!襟のレースが丸まっちゃってる!」
令嬢と言っても所詮は男爵家。貴族と言っても貧乏で暮らしぶりは平民と変わらない。サーシャも普通の女の子で幼い頃から家の為に仕事はしているが、人並みに恋もすればカッコいい男性には憧れる。
その中でも近衛騎士のリヒトはサーシャの中の扱いでは有名な歌劇俳優と同じで「姿を見られるだけ」でも昇天級の儲けもの。イチ推しの騎士であり、お近づきになろうとか、話をしようとか、そんな大それたことなど到底できない雲の上の憧れの人だった。
そのリヒトが同じ会場にいる。
それだけでサーシャの心臓は早鐘を打った。
メアリはサーシャの襟を直すのだが、出遅れてしまったサーシャはメアリと共に壁の華。何人かの子息が声を掛けてきたものの、この日も出会いどころか一夜の体目当てな男しか声を掛けて来ない事から今回も収穫なしと引き上げようとしていた時だった。
「お待ちください」
声を掛けてきたのはコナー伯爵家の使用人だった。
家紋入りのペンダントを見せて、「当家のリヒト様が是非お話をと」と言う。
サーシャもメアリもお互いの顔を見て驚いた。
コナー伯爵家のリヒトと言えば王太子の覚えも目出度い近衛騎士。
言わずもがな。サーシャの憧れの人でもある。
美丈夫と言えばと聞けば抜かる事無く名前が上がる子息で、騎士の鍛錬場の公開日にはリヒト目当ての令嬢も列を成していると聞く。嫡男でもあり次期伯爵、いや後を継ぐ頃には侯爵となっているかも知れない。
婚約者と言う特定の女性は居らず恋人と呼ばれる女性の存在は嘘か誠か浮名もそれなりに流れているが、騎士であれば艶っぽい噂話の1つや2つは当然で、誰も彼もが遊びでも良いから付き合いたいと手を挙げていた。
目が合っただけで妊娠したと言い出す者もいた事から、本当に恋人がいるかどうかは知る人ぞ知る。
コナー伯爵家は堅実な商売をしている事でも有名で、時に金よりも実を取ると身銭を切って行っている事業もあり、コナー夫人は臣籍降嫁したが元第5王女。現国王とは母親違いの兄妹関係でもあり近い将来には陞爵も噂されていた。
そんな家の子息が、こんな末端の低位貴族が集まるような夜会に来ている事も驚きだったが、どうして声を掛けてきたのか。そこがそもそも判らない。
どうしようか迷う2人に向かって近づいて来た影。
リヒト本人だった。
本人を前にしてサーシャは息をする事を忘れそうだった。
サーシャとメアリを呼び止めた使用人を下がらせると、リヒトは片手を胸に当てて、サーシャとメアリに向かって騎士の礼を取った。
「コナー伯爵家のリヒトと申します。エトナ男爵令嬢、この私に貴女の名を呼ぶ権利を与えてくださいませんか?」
――リヒト様が私の事を知ってる?!――
「ヒュッ」と息を飲んだのはサーシャだけではなかった。
隣のメアリもまさかの大物のご登場に息どころか唇まで吸い込んでしまっている。
「君がこの夜会に来ると聞いて急いでチケットも手に入れてね。この思いを受け取ってくれないだろうか。実はずっと君の事を心で慕っていた。言い出す機会が無くて・・・今日は勇気を振り絞ってみたんだ」
姿を見るだけでも泣いてしまいそうなのに余りにも衝撃的で、立っている事すら自覚できない。
サーシャはリヒトの言葉に失神寸前だった。
スマートに差し出される手には花が一輪。
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