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孤立する侯爵家

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「お前、ジェイス伯爵家が食い物にされているぞ」
「なんだって?」

「どうも帳簿がおかしい。伯爵家から融資されている金額は一定なんだが、侯爵家を経由すると金額の増減が出ている。これを見て見ろ。帳尻をなんとか合わせているがここ3、4年は十億単位で使途不明金がある。調べてみたがどうやら投資をしているようだな。儲かればくすねた分に補填をしているからこんな帳簿になるんだろう」

「しかし、上手い事やってますね。潮流の激しいあの場所に橋は架けられないからトンネルを抜く…確かに海水が溢れだしたと言えば金はかかってしまう。その調査や補修なら後日の日付で帳尻が合わせられる」

「そうだな。調査費として数十億計上し、儲かれば問題なかったとして金を返せばいいし、損をすれば補修をしたと言えばわかりにくいからな。他人の金。まして事業費で投資をすれば大きく賭けられる。よく考えたと言いたいが、最後に投資をしているのが第二王子の事業だったのが運の尽きだ。しかも隣国の取引場でやるとはなぁ」

「抜け目ありませんね。流石ペルデロ侯爵と言いたいけれど今のままでは金は引き出せないか」

「そこでだ。この2つをセットにしてみたらどうかと思うんだが?」
「なるほど。連座ですか」

「あぁ。ジェイス伯爵家が手を引けばペルデロ侯爵家は飛ぶだろう。どんなに功績を上げようが事業費の横領は許せるものではない。返済はまだ始まっていないから事業費をペルデロ侯爵家に払わせる。その時に6親等までを一括りにしておけば‥‥どうだ?」

「なるほど。あの令嬢から見てになるので大叔母が4親等。子がいるとすれば5親等。年齢的に孫がいてもおかしくありませんから逃げられなくなりますね。だが巻き込まれる者が多すぎるのでは」

「だからだ。ペルデロ侯爵家の借金分はおそらく貯め込んでいるだろう。ドアブルがここ数年で軍事に当てた金は20兆を超える。全部ではないだろうが四分の一でも5兆だ。おそらく屋敷の中に坑道への入り口があると俺は睨んでいる。それでチャラにすれば当事者以外は問題ない。借金を返すために縛るだけだからな」

「父の子爵と令嬢が乗ってくるでしょうか」
「婚約破棄として慰謝料で飛ばせばいい。あの父娘が頼るとすれば【小金】を貯め込んでいるオマルしかいないからな。背に腹はかえられんから泣きつく。令嬢と婚約ではなく婚姻をさせる事で一気に行くぞ」



シェリーとの婚姻が成立した日。

ペルデロ侯爵と夫人は貧相そのものだったが何処かに余裕があった。
廃屋の生活なのだから仕方ないと言えばそうなのだが、おそらくは隣国の取引場にはいくらかの資金がまだあるのだろう。

「ところで、ペルデロ侯爵。この度の婚姻で助かるではないか。良かったな」
「助かる?どういう意味です?」
「どうもこうも。残りの負債…いくらだったかな」

王太子が振り向き気味に第二王子に問うと「3兆2千億ですね」と声が返った。
途方もない額に、思案顔の侯爵と落ち込む侯爵夫人。
しかし王太子は続けた。

「あのシェリーという娘の叔母がかなりの資産家だぞ?」
「えっ?本当ですか?」

食いつき気味の侯爵夫妻に王太子と第二王子はニヤリと笑った。

「あぁ。領地そのものは大したことはないが、亡夫がかなりの資産家で下手したら帳消しになるかも知れんくらいは持っているという事だ」

「そうなんですか!‥‥アハハ…凄いな」
「良かったなぁ。カインも捨てたものではないな」
「そうですわね。ダメだダメだと思っておりましたが…神様っているんですね」

「神様は資産はないだろう。あの世まで金は持っていけないからな」

王太子がそう言うと、第二王子はこれ見よがしに銀貨が詰まった袋を差し出した。

「これは子爵家への祝いだそうだ。持たせてやったらどうだ?」
「えぇっと…シェリーという娘に…ですか?」

「アッハッハ。何を言うんだ。子爵だよ。よく考えてみろ。子爵家と縁が出来る事でお前たちは窮地を脱するわけだ」

「えぇ。そうですね」

「だが子爵家は一族郎党で何もかも失う可能性があるんだが、それをその叔母1人でこなす事になる。だとすれば令嬢の父親を叱りつけてでもこの縁談を壊しに来るかも知れないだろう?」

「そっそれは困ります!やっと‥‥元の生活に戻れるのに!」

「元に戻るかはお前たち次第だ。この金を子爵に持たせて父親と縁を切るんだよ。そうすれば借金がなくなった後、親父や叔母が何かを言ってきても跳ねつけられるだろう?」

そう言われるとペルデロ侯爵と侯爵夫人は顔を見合わせて頷いた。
王太子と第二王子は心の中で盛大に拍手を送る。




子爵の叔母とこの侯爵家を切り離す事を提案したのはエルネストだった。

一見叔母の金で解決したように見える侯爵家だが、事業費を横領していた罪は消えない。
横領した金をさらに子爵領から出る「辰砂」に頼ろうとするのは目に見えているし、事業費は言ってみれば借金。そこに犯罪性はない。
だが横領は犯罪なのである。事業費の借金を返したから横領した金は戻るという事になって無罪放免にはならないのである。

つまり、ペルデロ侯爵家は事業費の借金と、横領した金の返済と罪を償う必要がある。

関係を切らせる事で侯爵家を孤立させねばならない。


まして叔母の持っている金はいわば犯罪で得た金。
全てが国庫に入る訳ではなく、既にドアブル帝国に流れた「辰砂」をどうにかせねばならない。

ドアブルに対抗できるとなればもう一つの大国であるトテポロ帝国という国である。
そこに内密に融通して、己の国の安全はからねばならない。
金と情報を渡し、以後は子爵領で取れる「辰砂」をトテポロに割安で売るのである。
オマルが捕えられれば「辰砂」はもう手に入らない。
同じ量をトテポロ帝国も保有しているとなれば、にらみ合いで事が収まるのだ。
オマルがしていた事と同じように殺人兵器と成り得る物を売買する事にもなるが、トテポロ帝国も魔力を持つ国。資源として平和利用できる物に変換をする技術も持ち合わせている。

トテポロ帝国に格安で売る「辰砂」の利益は第二王子が管理をする。


事業費の巨額の負債はシェリーと縁続きになる事で侯爵家は借金を返し終えたかに見えて実は終わっていないのだ。
侯爵家の一族郎党は6親等と言わず3親等から4親等は罪を逃れられない代わりに窓口になる汚れ仕事をハイゲンが担当する事でペルデロ侯爵家と親類縁者の縁を切らせる。

子爵家の一族はオマルが住んでいた領地を守る領主として一族が集まる事で「辰砂」の採掘、管理をする。危険な仕事だが手順を守れば問題がない。
利益優先で防護服も与えずに採掘をさせていたオマルとは違う方法で採掘をするのである。
子爵家の者達を納得させたのもエルネストとハイゲンである。
彼らも国際的な犯罪兵器を親族が扱っていたのだ。だが犯罪人とされるよりはずっとマシである。
採掘にかかった費用などは売り上げから出るし、管理下とはいえ給金の出る仕事なのだ。



「本当に屑は屑だったな」
「愚息があの令嬢に落ちた時点で侯爵家も子爵家も詰んだだけですよ」
「お前もそのおかげでティフェルと結婚できるしな」
「こんな容姿でも怖気づかないのはティくらいですからね」

エルネストは眉目秀麗な男ではない。この国では悪魔と呼ばれる黒髪に黒い瞳。
単純性血管腫という痣が顔の左半分にあり、貴族令嬢たちには影で化け物と罵られてきた。
隣国への武者修行のような家令見習いの業務も治療の為だったのである。
だが、症状が良くなるだけでまだ医学が発達していないため治癒には至っていない。

青空のような美しい髪色に深い緑の瞳がとても綺麗で整った顔のカインとの婚約が決まった時、エルネストは身を引いたのだ。自分の隣にいるよりもカインの隣にいたほうが美しいティフェルには似合っていると。



「そろそろ迎えに行かなきゃいけなんじゃないか?」
「あぁ、もうそんな時間か…」

王太子の言葉にエルネストは立ち上がり、部屋を出ようとした時「忘れ物だ」と呼び止められた。

王太子妃と侍女たちが作ったというパペットを手渡される。
ハチワレネコと三毛猫のパペットだった。

「これは‥‥」
「ティフェル嬢からのリクエストだそうだ。この猫たちの模様は世界に一つしかない個性だからと…えっと確か図案をもらってたぞ?」


結婚を申し込んだとき、ティフェルはエルネストに言った。

「こんな顔だけど…結婚してくれるか?」
「わたくしはエル様のお顔もお心も…全部大好きですわ。なぜそんな事を言うのです?やり直しです!」

「あ、いや…気になるかと思って…」
「シャツのボタンが取れかかっている方が気になりますけれど?」
「ティ…ありがとう。俺と結婚してくれる?」
「はい。エル様‥…ですからボタンを――」

ギュッと抱きしめて「ありがとう」と囁くと背中に回した細い腕に力が入るのが判る。
見つめ合った2人は初めて唇を重ねた。
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