殿下、今回も遠慮申し上げます

cyaru

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1回目の人生

異母弟アレクセイ

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自室で着替えをしていたレオンの元に次官が声をかけてくる。

「殿下。両陛下がお呼びで御座います」
「父上と母上が…あぁ、わかった。直ぐに行く」

上着を手にした従者が手を通し易いように構えた上着に袖を通すと部屋を出る。

「レオン。参りました。お呼びと伺いましたが」

ちらりとレオンを見ると、見るからに不機嫌そうな顔で書類を数枚確認をする国王。
レオンの如何にもこれから出かけるのだという装いに額に手をやる王妃。
王と王妃と向かい合うように側妃とその息子、レオンにとっては異母弟が腰を掛けている。

バサリと投げるかのようにテーブルに書類を置いた国王は王子レオンに座れとも言わずに問うた。

「市井の女を孕ませたとはまことか」

その声は決して孫が出来るという喜びを含んだ声ではない。
しかしレオンはその声の真意には気が付かず、問われた事に返答をする。

「そうです。ジェシーと言う名の女性です。とても働き者で気立てもよく愛し合った証です」
「ほぅ。それで、どうするのだ」
「ジェシーを正妃として迎えたいと思います」
「ヴィオレッタはどうするつもりだ」
「ヴィー、いえヴィオレッタ嬢には側妃として公務をしてもらおうと」

国王はテーブルに無造作に投げた書類を鷲掴みにするとレオンに投げつける。
受けそこなった書類が数枚床に散らばった。

「正妃…ハッ‥夢を見るもよかろうて。そこにおるアレクセイが仮成人を迎える頃に出産となるだろう。産褥期が終わった後、妃として迎えるに相応しいかどうかを決めよう」

「父上っ!よろしいのですか?」

「あぁ、だが妃として相応しくなければお前は廃嫡。王籍を抜け市井でその女と暮らすが良い。上手くいかずとも1人は子を抱けるのだ。その折は種をまかれては困るゆえ処置をするが問題ないだろう」

「は?父上。何故です?廃嫡など!どうしてそのような話になるのです?」

「実の息子であるお前は正直言って王の器ではない。隣に立つ者がヴィオレッタだったからこそ立太子も出来たし順風満帆だっただけだ。今は立太子する前に戻ったただの王子だ」

「その件は心配なさらずとも、ヴィオレッタに公務を行ってもらう側妃とすれば」

「バカ者!」

「王妃となるものが平民。それだけでも十分に問題なのだ。議会にうんと言わせるにはヴィオレッタ以上だと証明する必要がある。お前は内乱を起こす気か!役にも立たん者を王妃として側妃をこき使う。ましてその側妃とお前が指定するのは帝国の血を引く人間だ。今の皇帝はヴィオレッタの母の兄。逆鱗に触れかねぬわ!」

滅多に大声をあげて怒鳴り散らす事などなかった温厚な父の豹変にレオンは怯んだ。
額に置いた手を外すと王妃はレオンを優しく諭すように声をかけるが温度はない。

「そのジェシ―…間違いなく純潔を貴方が奪ったのですね?」
「えっと…多分」
「多分と言うのは?」
「その‥‥初めては月のものが終わるあたりだったので…血は見たんですが」

「その女、いえジェシーが以後他の男と交わっていないとの確証はあるのでしょうね」
「確証と言っても…そんな事をするはずがないので」

「何てこと。証明するものも誰も居らず、腹の子がお前の子だと何故言えるのです」
「それは!ジェシーが僕の子だというから」
「はぁ‥‥判りました。腹から出れば誰の子か判るでしょう」
「そんなっ!ジェシーはそんなふしだらな女じゃないです。母上。訂正してください」

どこでこんなバカで腑抜けになったのかともうかける言葉もなく王妃は黙り込む。
側妃のレクシーはそんな王妃の肩を抱いた。

側妃レクシーは元々王妃付きの侍女だった。騎士の夫を支える良き妻だったが夫は遠征中亡くなった。
20代後半とは言え子爵家の三女であったレクシーに帰る家はない。
夫は平民で両親も既に儚くなっており、結婚で家を出たレクシーの実家は兄が継いでいる。

レオンを出産した後、数回懐妊はしたが流産を繰り返し王妃はもう子を持てない体になった。
王は子が1人は何かあった時に取り返しがつかないと側妃を召し上げるよう矢の催促をする議会と、愛しているのは王妃だけだという男としての立場に挟まれていた。

王妃は側妃としてレクシーを進言したのである。
レクシーは控えめで間違ってもその立場を利用する女ではなかった。レクシーも愛しているのは亡くなったとは言え夫だけでこの先も誰にも嫁ぐ気はないと言っていたのである。
それを王妃はレクシーに側妃になって欲しいと頭を下げて頼み込んだのだった。

レクシーは王妃も加えて御殿医や産婆などと共にお種を受け入れやすい日を学び、3回目の閨が終わった2カ月半後、懐妊となった。生まれたのがアレクセイである。
以後、側妃としてではなく乳母のように母でありながらアレクセイを育てた。
当然、王との閨は3回のみで以降は一度もない。側妃であっても王妃の侍女なのだとそれを譲らない。

レオンを立たせたままで国王は王妃とレクシーに向かい合い、母親違いの実子アレクセイにこちらに来るようにと言って膝の上に乗せる。
アレクセイは4カ月ほど前に9歳になったばかりである。

レオンが王位を継き、己はそれを支え将来は臣籍降下をして公爵家か侯爵家に婿入りすると教育を受けてきた。勤勉な子で将来はレオンを超えるとアレクセイを次期王にと言う声も少なくない。
ヴィオレッタが学院に入った頃からその声はなりを潜めていたというのに、全てをひっくり返したレオンに対し国王はもう怒りしかなかった。

「アレクセイ。明日からは王となるための学問を始めなさい」
「父上。もっとお勉強が出来るのですか?」
「そうだ。王となるための学問は辛いが頑張れるな」
「はいっ!父上のような王になれるように頑張りますっ」

「へ、陛下っ…アレクセイは…」
「レクシー。すまない。気持ちは10年前からよく判っているが背に腹は代えられぬ」
「えぇ。レクシー。こうなった以上わたくしからも…ごめんなさいね」
「判りました。両陛下のお心のままに…」
「貴女にはいつも我慢ばかり…本当にごめんなさい…」
「妃殿下…いいえ。妃殿下のお心にしっかりと添いたいと思います」

その時、レオンは背筋に冷たいもの感じた。立太子出来るのは仮成人をしてからである。
王位を継ぐのは成人後。目の前で父の膝に抱かれる異母弟は10年という時間で帝王学を身に纏う。
ジェシーの成果次第でどう転ぶか判らないのだと否が応でも理解をせざるを得ない。

だが大丈夫だ。ヴィオレッタは王子妃教育、王太子妃教育を6歳で終えた。
王妃教育も学院に通い、生徒会の仕事や王太子の婚約者権限で出来る公務もしながらではないか。ジェシーは頑張り屋だし僕のことを愛してくれている。
幸い子が出来て悪阻はあるが他にする事もないのだから簡単に教育も終わるだろう

ヴィオレッタは決して片手間に終わらせたのではない。帝国の第三王女だった母の厳しい教育もあったのである。この国よりも遥かに高度なものが求められる帝国の教育を身に着けていただけである。

そして何より、学ぶことが当たり前の環境にレオンはいるという事を失念している。
文字の読み書きが出来ない者が当たり前のように読み書きができるようになる苦労など知りもしない。
夜会の参加者が50人いれば2,3日あれば会話がスムーズに出来る資料を頭に叩きこめる。
自分が出来る事は誰でも出来る。そう考えているのがレオンなのだった。

レオンの頭には産褥期が終わらずともジェシーは認めてもらえ、王妃となる。その絵図しか描けなかった。
その絵図にはアレクセイはいない。10年学んだところで何も変わらない。
レオンは一礼をすると【家族】のいる部屋を出て行った。
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