殿下、今回も遠慮申し上げます

cyaru

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1回目の人生

側近候補1人目が消える

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山のようになった書類を見てため息を吐く。やってもやっても終わらない。

「以前より確実に増えているだろう」
「いいえ、どちらかと言えば減っていると思います」
「嘘を吐くな。以前は1時間もあれば終わっていたし、何より量が違う」
「えぇ。以前はコルストレイ侯爵令嬢が婚約者様でしたので陛下が権限をお与えになり、ほとんどを処理されておりました。最もいま目の前にある量でしたら2時間程で終わった後、関係する閣僚や業者を呼び出し疑問点を解消されて陛下に最終確認を頂いておりましたけれども」

文官は「お前はその間に何をしていたのかを考えてみろ」と遠回しにレオンに発言をする。
しかし、レオンは言葉を文字の通りにしか読み取る事が出来ない。

「そうか、ヴィーは頑張っていたんだな」
「殿下。愛称で呼ばれるのはお控えください。誰が聞いているか判りません」
「いいじゃないか。婚約者だったんだから」
「そう。 のです。今はそうでは御座いません」

文官の言葉に手を止め、目を見開いたが直ぐに俯き書類に目を通しだす。
しかし、ほどなくしてまだ終わっていない書類を片付け始める。

「まだ終わっておりません。書類を待っているものもおりますのでお早くお願いいたします」
「それどころじゃない。やっとわかったんだ」
「何がで御座います?ケルト王国との関税の件で御座いますか?」
「いや、違う。そうか、しばらく会わないから…アッハッハ。なんだ灯台下暗しだ」

1人で結論付けるレオンに文官は何がそんなに嬉しいのか、判ったのかと首を傾げる。
だが、行動を起こしたレオンを諫めるも、レオンは止まらなかった。

【ヴィーにジェシーの講師をしてもらえばいいんだ】

それを聞いた時、文官も部屋の隅に控える侍女も。そして扉の外にいる衛兵も耳を疑った。
おやめくださいという文官の声をよそにレオンはヴィオレッタに登城するように手紙を書く。
出してきてくれと言われれば従うしかない。
コルストレイ侯爵家には間違いなく届くだろうが、従うかどうかは別問題である。

1通目の手紙は何の音沙汰もなかった。
2通目の手紙を出した翌々日。母である王妃が血相を変えてやってきて叱られた。
しかし、放っておいてもジェシーの教育は全く進まない。

5通目の手紙を出した後、数日経って従者から返事だとして口頭で伝えられた。

「ご令嬢は領地にお戻りになり王都に戻られる予定はないそうです」

思わず舌打ちをしそうになったが寸前で止めた。
侯爵領は広い上に遠い。それまでの手紙が届いていなかったのは領地を移動していて入れ違いになってしまったのかも知れないと従者が付け加えたからである。

勿論そんな事実はない。ヴィオレッタは王都から離れていないし学院時代に仲の良かった令嬢とは茶会にも招かれ出席をしていた。
時折、兄や従兄弟にエスコートをしてもらって夜会にも出席しダンスも披露している。

その様な場に行く事も出来ない状況に自分自身を追い込んでいるのだという事にレオンは気が付かない。
そして周りにいる従者や使用人達は【自分が確認していない事】には答えない。

勿論手紙の返事を口頭で伝えた従者も【伝えられた言葉】をレオンに伝えたに過ぎない。
彼らは事実しか伝えず、自分が出席もしていない茶会や夜会の話は又聞きでしかないため聞かれても答える事はなかった。情報を遮断されている状況もレオンは把握できない。
その事はレオンを担当している者たちを次の仕事探しに駆り立てる。
先のない主にいつまでも固執しても仕方がないのである。誰だって沈みかけた泥船に乗船はしたくない。




ヴィオレッタとの婚約を解消し4か月目に入ろうとしたある日。

「ケルスラー。時期はずらせないのか?」
「えぇ。もう決まりましたし向こうでも着任を待っていますので」

学院の中等部の頃から護衛騎士を務め、将来王位に就いた時には騎士団団長、その次は総督となる予定だった側近の1人ケルスラー・フル・マレフォス侯爵令息がレオンの部屋を訪れていた。

側近として着用していた隊服ではなく辺境騎士の隊服を身に纏っている。
大事そうに隊服の中にある短剣を仕舞っておくポケットから一振りの短剣を取り出しテーブルに置く。
側近となる3名に主となるものが直々に手渡す宝剣である。

「本日はこれをお返しに参りました」
「いや、これは辺境警備から戻った折にまた側近となるのだから持っていてくれていい」
「いえ、辺境は過酷な地。生きて帰れる保証はどこにも御座いません」
「だが、婚約者がいただろう?彼女の為にも帰るべきだ」
「システィとはもう結婚を致しました。共に辺境の地に参りますので」
「戻らないつもりか」
「そうですね。元々田舎が好きですし骨を埋める覚悟です」

マレフォス侯爵家の嫡男であったケルスラーは家督を弟に譲り辺境の地に赴くという。
年の離れた弟はまだ11歳。中間に妹は2人いる。

「父はまだ引退が出来そうにないと笑っておりました」
「そうか…引き留める事は出来なさそうだな」
ので。申し訳ございません」

出した茶には手も付けないケルスラーだったが、それにも気が付かないレオンだった。
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