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1回目の人生
王妃とジェシー
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コルストレイ侯爵が大臣の座を辞して1か月後の事である。
王妃は頭を抱えていた。
側付きの侍女が冷やした濡れタオルをそっと差し出すと「ありがとう」と言って目元を冷やす。
頭痛持ちではなかったが、息子の連れてきた女性を見て今日の頭痛は特に酷かった。
「わあ!レオのママ!めっちゃ若造りしてんじゃん!」
開口一番に聞いた声である。思わずマナーの講師の顔を見るが小さく首を横に振られた。
壁際に並ぶ数人の侍女も申し訳なさそうに目を伏せる。
「えっと…お義母さん!ここ座ってくださいよ。レオがチビの頃の話聞きたい!」
前もって従者からは話は聞いていた。
【野猿だと思って接してください。言葉が通じると思わないでください】
この国の国民なのでしょう?あり得ないと思いながら部屋を訪れたのだがまだ5分も経たない間に従者の言葉を思い出し噛み締める。
夫である国王はまだこの女性と面会はしていないが、順序を違えた事で立腹。帝国への顔向けが出来ないとレオンには猶予を与えるような事を言ったが既に見限っている。
しかし、【万が一】と言う事もあれば【瓢箪から駒】という事もある。
平民でありながら王子(出会った時は王太子)と添い遂げようとした気概があるのなら、それに見合う根性も見せてくれるだろうと安易に考えていた。
王妃は公務で孤児院などを慰問する事がある。レオンが幼い頃に読んでいた本を寄付し、その本の背表紙を何度も張り替え、ボロボロになるまで読み何事もグングンと吸収し見違えるようになった子もいる。
中には子爵家や男爵家、極わずかだが伯爵家などに養子で引き取られた子も知っている。
辛いかも知れないが悪阻の間に付け焼刃でもいいからマナーを学び、安定期に入れば茶会に誘い先ずは口の堅い高位貴族の夫人とその令嬢に顔合わせをしようと目論んだのである。
しかし目の前の女性は、茶請けにと出されたケーキをフォークも使わず手で掴んで2口で食べきり、皿についたクリームを指で取ると口に入れる。
茶も、カチャカチャと欠けるよりは割れるのではと思うような音を立てる。
「悪阻って、めっちゃ気分悪いんですよねー。もう吐きまくり。ゲロゲロって」
まだ王妃は椅子に座っただけでケーキには手をつけていない。この状況で嘔吐の話をするのかと眉を顰めるが目の前の女性は全く意に介さない。
「お義母さんどうでした?やっぱレオンの時キツかったっしょ?」
「そ、そうね…多少は。あまりに酷いならお薬を頼みなさい」
「あー無理。苦いの嫌だし、ヤクは腹にチビいるならしないほうが良いし」
この言葉使いは数か月で何とかしようにも無理だろうと諦めを付ける。
茶会はもし教育に無期限となっても何年先になるのかと気が遠くなった。
1カ月の間、マナーの講師は3人辞めていった。平民なのだからヴィオレッタに幼少の頃に付けていた講師を頼んだのだが、1週間もしないうちに無理だと断りに来た。
「腹をすかせた野犬の方がまだ賢いし弁えていると思いますよ」
と言われ、彼女はしばらく静養すると言い領地に戻ってしまった。
バカな事をしてしまったと嘆いたが腹を痛めて産んだレオンの想い人。
何か助けになればと考えてもいたが、目の前の態度や物言いでそんな思いは吹き飛んでしまった。
王宮に来てまだ1か月。救いは散財をしない事と他には…褒める所を探そうとするのだがなかなかに見つからない。あら捜しをするつもりはないが嫌でも目に付く。
そして目の前で口を覆いもせずに大きなくしゃみをすると、笑うだけで謝罪もしない。
目の前のケーキと茶を侍女が静かに片づけるのを見て
「えっ?なんで食べないんですかぁ?もったいない。アタシいらないなら貰いますけど?」
と立ち上がるとワゴンに片付ける侍女の元に行き、ケーキを抓んで口に放り込んだ。
クリームでベトベトになった指をドレスで拭くとそのまま椅子にドカリと座る。
茶会の事は抜きにしても、きちんと聞いておくことがあると背をただした。
「こんな事聞かれるのは嫌だと思うけど、誰にも言わないから正直に話して頂戴」
「何?」
「性交をしたのはレオンだけなの?」
「あ~。ねぇ~‥‥ホントに誰にも言わない?」
その返事で王妃はレオンだけではないのだなと確信をする。
そしてその確信をより強固にする発言をためらうことなくジェシーは口にする。
「えっ?息子のを聞きたいの?なんか信じらんない」
「ごめんなさいね、一応レオンも王子だから確認が必要なのよ」
ふーんとしばし考えてジェシーは屈託なく笑いながら答える。
「ハジメテは14歳。近所の兄さん。で…色々付き合ってて何人かとあるのね、彼氏はレオだけなんだけど、元カレともズルズルしちゃってて。今は別れてるから安心していいけど」
「そう。よく判ったわ。悪阻はつらいと思うけど勉強もしっかりやってね」
「うーん…まぁ気分のいい時に?」
「毎日コツコツするのが大事なのよ。講師の方もそろえているから」
「うわ、まじぃ‥‥1日10分でも面倒なのに‥あ、でも食べもんは美味しい」
「そう、良かったわ。ではありがとう」
「えっ?もう帰るの?レオの話聞きたいのに」
「ごめんなさいね。公務の時間があるのよ」
「へぇ、王妃様なのに?そんなの王様にさせりゃいいのに。酷い旦那だね」
レオンの子なら王家特有の証を持って生まれてくる。生まれるまでは性交しているのは確かである以上待つしかない。だがこの女性とこうやって会うのは今日が最後だと王妃は思った。
実質の見限りをしたのであった。
王妃は頭を抱えていた。
側付きの侍女が冷やした濡れタオルをそっと差し出すと「ありがとう」と言って目元を冷やす。
頭痛持ちではなかったが、息子の連れてきた女性を見て今日の頭痛は特に酷かった。
「わあ!レオのママ!めっちゃ若造りしてんじゃん!」
開口一番に聞いた声である。思わずマナーの講師の顔を見るが小さく首を横に振られた。
壁際に並ぶ数人の侍女も申し訳なさそうに目を伏せる。
「えっと…お義母さん!ここ座ってくださいよ。レオがチビの頃の話聞きたい!」
前もって従者からは話は聞いていた。
【野猿だと思って接してください。言葉が通じると思わないでください】
この国の国民なのでしょう?あり得ないと思いながら部屋を訪れたのだがまだ5分も経たない間に従者の言葉を思い出し噛み締める。
夫である国王はまだこの女性と面会はしていないが、順序を違えた事で立腹。帝国への顔向けが出来ないとレオンには猶予を与えるような事を言ったが既に見限っている。
しかし、【万が一】と言う事もあれば【瓢箪から駒】という事もある。
平民でありながら王子(出会った時は王太子)と添い遂げようとした気概があるのなら、それに見合う根性も見せてくれるだろうと安易に考えていた。
王妃は公務で孤児院などを慰問する事がある。レオンが幼い頃に読んでいた本を寄付し、その本の背表紙を何度も張り替え、ボロボロになるまで読み何事もグングンと吸収し見違えるようになった子もいる。
中には子爵家や男爵家、極わずかだが伯爵家などに養子で引き取られた子も知っている。
辛いかも知れないが悪阻の間に付け焼刃でもいいからマナーを学び、安定期に入れば茶会に誘い先ずは口の堅い高位貴族の夫人とその令嬢に顔合わせをしようと目論んだのである。
しかし目の前の女性は、茶請けにと出されたケーキをフォークも使わず手で掴んで2口で食べきり、皿についたクリームを指で取ると口に入れる。
茶も、カチャカチャと欠けるよりは割れるのではと思うような音を立てる。
「悪阻って、めっちゃ気分悪いんですよねー。もう吐きまくり。ゲロゲロって」
まだ王妃は椅子に座っただけでケーキには手をつけていない。この状況で嘔吐の話をするのかと眉を顰めるが目の前の女性は全く意に介さない。
「お義母さんどうでした?やっぱレオンの時キツかったっしょ?」
「そ、そうね…多少は。あまりに酷いならお薬を頼みなさい」
「あー無理。苦いの嫌だし、ヤクは腹にチビいるならしないほうが良いし」
この言葉使いは数か月で何とかしようにも無理だろうと諦めを付ける。
茶会はもし教育に無期限となっても何年先になるのかと気が遠くなった。
1カ月の間、マナーの講師は3人辞めていった。平民なのだからヴィオレッタに幼少の頃に付けていた講師を頼んだのだが、1週間もしないうちに無理だと断りに来た。
「腹をすかせた野犬の方がまだ賢いし弁えていると思いますよ」
と言われ、彼女はしばらく静養すると言い領地に戻ってしまった。
バカな事をしてしまったと嘆いたが腹を痛めて産んだレオンの想い人。
何か助けになればと考えてもいたが、目の前の態度や物言いでそんな思いは吹き飛んでしまった。
王宮に来てまだ1か月。救いは散財をしない事と他には…褒める所を探そうとするのだがなかなかに見つからない。あら捜しをするつもりはないが嫌でも目に付く。
そして目の前で口を覆いもせずに大きなくしゃみをすると、笑うだけで謝罪もしない。
目の前のケーキと茶を侍女が静かに片づけるのを見て
「えっ?なんで食べないんですかぁ?もったいない。アタシいらないなら貰いますけど?」
と立ち上がるとワゴンに片付ける侍女の元に行き、ケーキを抓んで口に放り込んだ。
クリームでベトベトになった指をドレスで拭くとそのまま椅子にドカリと座る。
茶会の事は抜きにしても、きちんと聞いておくことがあると背をただした。
「こんな事聞かれるのは嫌だと思うけど、誰にも言わないから正直に話して頂戴」
「何?」
「性交をしたのはレオンだけなの?」
「あ~。ねぇ~‥‥ホントに誰にも言わない?」
その返事で王妃はレオンだけではないのだなと確信をする。
そしてその確信をより強固にする発言をためらうことなくジェシーは口にする。
「えっ?息子のを聞きたいの?なんか信じらんない」
「ごめんなさいね、一応レオンも王子だから確認が必要なのよ」
ふーんとしばし考えてジェシーは屈託なく笑いながら答える。
「ハジメテは14歳。近所の兄さん。で…色々付き合ってて何人かとあるのね、彼氏はレオだけなんだけど、元カレともズルズルしちゃってて。今は別れてるから安心していいけど」
「そう。よく判ったわ。悪阻はつらいと思うけど勉強もしっかりやってね」
「うーん…まぁ気分のいい時に?」
「毎日コツコツするのが大事なのよ。講師の方もそろえているから」
「うわ、まじぃ‥‥1日10分でも面倒なのに‥あ、でも食べもんは美味しい」
「そう、良かったわ。ではありがとう」
「えっ?もう帰るの?レオの話聞きたいのに」
「ごめんなさいね。公務の時間があるのよ」
「へぇ、王妃様なのに?そんなの王様にさせりゃいいのに。酷い旦那だね」
レオンの子なら王家特有の証を持って生まれてくる。生まれるまでは性交しているのは確かである以上待つしかない。だがこの女性とこうやって会うのは今日が最後だと王妃は思った。
実質の見限りをしたのであった。
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