殿下、今回も遠慮申し上げます

cyaru

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1回目の人生

返金の催促

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「これはどういう事だ?」

渡された紙を文官の鼻先に突きつけるように怒るレオン。
その上で胸元をドンと手のひらで突くものだから文官はその度に1歩また1歩と後退する。
もう背中が壁に当たり逃げ場はない。

「理由でしたら管理院にお聞きください。私はお渡しするように言われているだけです」

それまで潤沢であったレオンの財布の中身。それは王太子用の予算と婚約者用の予算だった。

ヴィオレッタとの婚約解消で王太子ではなく王子となったレオンに王太子用の予算は付かない。
そしてジェシーはまだ婚約者ではないのでヴィオレッタとの間も解消された今、婚約者用の予算も当然レオンには付かない。4カ月を過ぎ、5カ月になろうとする今まで気が付かなかったのはそれまで婚約者用の予算がほぼ使われずに解消となり、本来返却する金を返却せず使い込んでいただけである。

管理院からの手紙は婚約解消時にプールされていた予算4千万を速やかに返金する旨を伝えたものだった。
王太子としての予算は月に2千万ほどあった。
婚約者用の予算はそれとは別に月に1千万である。
1年ごとに婚約者用の予算は余りがあれば返金となり一旦0となる。
婚約者であった終盤半年ほどはヴィオレッタには何もしていない。
もっとも、それまでも必要なものはコルストレイ侯爵家が用意していたのでほぼ使っていないに等しい。
せいぜい誕生日に小物を送る程度で夜会などのドレスも注文はレオンだが支払いはコルストレイ侯爵家が行っていた。周知の事実だったがレオンは自分が贈った気になっていただけである。

予算がつかなくなり、王子に対しての予算は月額で300万ほどである。
それでも今まで通り金が回っていたのは手をつけてはいけない金、婚約者用の予算がトータルで1億ほどあったからである。

この騒ぎになるきっかけを作ったのはやはりレオンである。



数日前、ジェシーに今何をしているのだと問えば、文字を習っているという。
今日は自分の名前が書けたので講師に褒めてもらったというので、時間もあったレオンはジェシーを市井に連れ出して買い物デートをした。

週に3,4回当初はケーキや菓子であったが何か進展があればレオンはご褒美だと言って宝飾品や高価な異国の化粧品をプレゼントしていた。

月数も7カ月近くになりかなり腹が出てきたジェシーは懐かしいと言いながら育った街にある店に声をかけている。
城では久しく聞かなかった大きな笑い声にレオンは目を細めて温かくジェシーを見守った。

「勉強は捗っているか?」
「うーん。名前は書けたけど実はお手本を手のひらに書いてたんだ。何も見ずに書くなんて無理。っていうか呼べばいいんだから書かなくても問題ないし」

「それもそうだが、ジェシーに僕の名前も書いてもらいたいのは贅沢かな」
「贅沢だよー。我儘すぎ!こんなに頑張ってるのに皆ダメしか言わないんだよ?酷くない?」

レオンはこんなにジェシーが頑張っているのに手紙の返事を寄越さないヴィオレッタに少しだけイライラしていた。返事は寄越さない癖に王妃に報告するなど卑怯であると感じたのだった。

そんな金の使い方をしていれば入金のほとんどないレオンの資産は減っていく。
資産と言っても返さねばならない金なので着服の状態でもあった。



臨月近くになれば満足に買い物に連れ出してやることも出来ないと奮発をしたことで冒頭の騒ぎになった。
数百万はするネックレスや指輪、そしてティアラが欲しいというジェシーのお願いで宝飾品を扱う店で支払いとなった時に店主に声をかけられた。

店主は商売柄、いろいろな方面に鼻が効く。目の前のレオンに満足な予算がもう4,5か月は付いていない事を知っていたのだった。その状態で売ったとなれば王家は支払いを拒否するだろう。
王太子でなくなった事はもう発表されているし婚約者はただの平民。国王が認めているのであれば今でも王太子であるはずだが、下ろされているとなれば言わずもがな。
品物だけ中古の状態で戻されても困るだけなのだ。いや、中古ででも戻ればまだマシかも知れない。

店主として取るべき態度を取っただけである。

「殿下、お支払いはどうされますか?」
「支払い?無粋な事を聞くな。いつも通りだ」
「いえ、今回は額が額ですので半金は先に頂きたく存じます」

レオンは確かに今回は額が大きい事を認め、品物は半金の手続きをすればと一旦は城に戻った。
そして自分の資産を見て驚いたのである。
半金どころか1千万も残っていない状態に慌てて管理院に問いただした返答が返金せよだった。

宝飾品店に慌ててキャンセルをいれたがしばらくジェシーは教育を受けなかった。
贅沢に慣れてしまい、文字を2つ3つ書けた、計算が出来たと言えば色々と買ってもらえる。
何も買ってもらえないならわざわざするような事ではないとジェシーなりに学習をしたのだ。

次第にレオンは焦りと共にジェシーの我儘に頭を抱える様にもなった。

目に見えて自分専属の従者が減っている上に明らかに半分以上はレベルが低い。
扉の前に立っている騎士もだらけている事が多くなった。
護衛だというのにジェシーの元には決まった護衛ではなく見るたびに新しい護衛だった。

従者に聞いても

【それは騎士団に確認をしてください】

と返事をするだけである。騎士団に問い合わせても【人員を調整中】と同じ返事ばかりが返る。
ヴィオレッタに何度手紙を送ってもなしのつぶてである。
その上、自由に使える金がないばかりではなく返金。返金をしようにもその金もない。

管理院からの手紙を丸め、床に投げつける事しか出来なかった。
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