殿下、今回も遠慮申し上げます

cyaru

文字の大きさ
上 下
14 / 42
1回目の人生

1度目の人生が閉幕(ざまぁありです)

しおりを挟む
長い階段をやっと終え、リュシェの先導で貴賓室に向けて足を進める。

どの部屋の扉も閉じているのだが声が聞こえてくる。漏れ聞こえるというようなものではなく開け放たれているかのようなハッキリとした声である。

「だからぁ!もうお腹もキュって張るしさ、勉強なんていいじゃん!」
「ジェシー、それではダメなんだ。今度の講師はヴィーだから大丈夫だ」
「誰よ、それ…って言うかぁ‥判んないんだって!そういうのするためにいっぱい人がいるんでしょ」
「それだけじゃダメなんだよ」

リュシェが「少しお待ちください」と2人に声をかけて扉の前にいる兵士に声をかける。
兵士は槍を持っている手はそのままに、空いた手の平を上に少し上げ首を傾ける。

漏れ聞こえた声の中に未だ自分の事を愛称で呼ぶレオンにぞっとした。
背中に毛虫でも放り込まれたのだろうかと、気分が悪くて仕方がない。
見上げるとカイゼルも眉間に皺を寄せ、見るからに心中穏かでない事が伺える。

「はぁ、もう帰りたくなりましたわ」
「僕もだ。早いところ終わらせよう。侯爵家のココアが飲みたい」
「ふふっ…気に入られましたの?」
「あのコクは癖になる。最も君が隣に居ないと味がしない」

我慢はしないと言ったが、兎角ストレートに言葉を発するカイゼルに思わず肘で突いてしまう。
「可愛いな」と言って腰に手を回してくるカイゼルに付ける薬も飲ませる薬もなさそうである。

「お待たせいたしました」とリュシェが声をかけると扉の前まで歩く。
すっかり声のしなくなった扉を兵士が開けると、窓際のテーブルセットに腰掛ける2人が見えた。
立ち上がり、両手を広げて「よく来てくれたね」と言いながらレオンが歩いてくる。

ヴィオレッタはカーテシーを。カイゼルは臣下の礼を取る。

「ずっと手紙を送ってたんだけど届いてなかったみたいだ。会えてうれしいよ」
「ねえっ!その人たち誰なの?」
「あっ、紹介しよう、ジェシーこっちにおいで」
「えぇっ?レオは王子様でしょう?こっちに来させればいいじゃん」

会えたことに舞い上がっているレオンは、礼を解いても良いという言葉をかけるのを忘れたままジェシーを振り返り、ジェシーの元に行ってエスコートをして戻ってくる。

「えっ?なんでまだ礼を?あ、そうか。すまない。頭を上げてくれ」

やっと姿勢を楽に出来た2人にジェシーは見惚れて声も出なくなる。
ヴィオレッタは見知った王宮の従者や侍女たちでも頬を赤らめる美女で、カイゼルはレオンとはまた違った感のある整った顔立ち。騎士ではないが剣も嗜むため体つきもがっしりと男らしい。

「紹介するよ。彼女はヴィオレッタ。彼はカイゼルだ」
「ヴィオ‥‥?ヴィオレ…あっ!レオの彼女じゃん!ていうか、元カノ?」

そう言いながら目の前まで来ると、突然手を握りブンブンと振り始める。
余りの強さにヴィオレッタは顔を歪めてしまった。

「あたし、ジェシーって言うの。レオから聞いてると思うけどもうすぐ子供も生まれんだぁ」
「それはおめでとうございます」
「ねっ?出産祝いとかリクエスト出来ちゃったりする?」
「ジェシー。ダメだよ。まだちゃんと挨拶をしてないだろう?それに座ってもらわないと」
「あっ、そっか。ごめん。ねぇ、あっちに座りなよ」

グイグイと握った手を放すことなく引かれて無理やり椅子に座らされてしまう。
レオンは「まだマナーは途中でね。可愛いんだけど困ったもんだ」と困った様子を全く感じさせない微笑でカイゼルに話しかける。

ガタガタと椅子を引き、膝がつくような距離にヴィオレッタを隣に座らせたジェシーはじろじろと顔を覗き込む。歯を磨いていないのか不快な臭いが鼻につく。

「わぁぁ。ホントにお人形さんみたい。生きてんのかな?ほっぺ引っ張っていい?」
「申し訳ございませんが、ご遠慮頂ければと」
「わぁ!声もめっちゃ可愛い!えぇぇっなんでこれでレオにんの?信じらんない」

歯に衣着せぬ物言いは、素直な気持ちなのだろうが初対面の相手に取るべき言動ではない。
言いようのない緊張感を感じ、レオンが言葉を発しようとした時、カイゼルが先手を取った。

「殿下。本日はコルストレイ侯爵令嬢の護衛を侯爵から依頼をされたのですが、丁度わたくしも殿下にお時間をと思っていた所でございました。これをお返しに参りました」

テーブルにゴトリと置かれる短剣。
その豪華さにジェシーは「わぁぁ」っと声をあげるがレオンは目を見開く。

「何故…カイゼル。持っていてくれていいんだが」
「いえ、本日付けで公爵家の籍を抜かれる身。殿下のお側にはいられません」
「は?なんだって?廃嫡と言う事か?」
「そういう事ですのでお返しに上がった次第」
「ダメだ。私から公爵に話をしよう!嫡男を廃嫡だなどと!」
「おやめくださいっ!」

レオンとカイゼルは言葉を交わす事に意識を向けており気が付かなかった。
見事な宝飾品のついた鞘と柄の短剣にジェシーが腹を潰すように身を乗り出し手にした事を。
ヴィオレッタは少し身を引いたが、いかんせん椅子の位置が近すぎる。

目釘のようなものが付いているので普通のナイフのようには鞘から抜けはしないが、ジェシーは力任せに柄と鞘を逆方向に引く。その動作に気が付いたカイゼルは危険だと手を伸ばすがカイゼルの位置からでは手が届かない。

ピキン!と音がしたと同時に、伸ばしたカイゼルの指の先に嫌な痛みが走った。
そして、円の軌跡を描くように抜かれた剣の残像が見える。

刹那、真っ白なテーブルクロスに霧状になった赤い液体が降り注いだ。

「ヴィオレッタッ!!!」

ぐらりと揺れる体をカイゼルは抱きかかえるが首から吹き出す血で目が開けられない。

「やあぁぁ!!知らない!アタシじゃない!そこにいたその人がいけないだけっ!」
「落ち着いて!ジェシーッ!ジェシーッ!!」

レオンは半狂乱になるジェシーから剣を奪うと放り投げて抱きしめる。
その騒ぎに東棟の従者や侍女たちが入り乱れて騒然となった。

「御殿医はどこだ!御殿医はッ!」
「こっこちらです!ご案内しますっ!!」

はくはくと唇を小さく動かすヴィオレッタに「少し辛抱してくれ」と声をかけて横抱きにするとカイゼルは案内すると言った従者の後を走った。
レオンはジェシーを宥める事に必死でカイゼルがヴィオレッタを抱いて走り出て行った事にも気が付かない。

「ヴヴヴ‥‥痛い…アァッァ!」

ジェシーにもショックが大きかったのか、9カ月目だというのに陣痛が始まってしまった。

「誰か!ジェシーが!ジェシーがぁ!!」

更に騒然となった東棟。落着きを取り戻したのは時計の針が1周と少し回った明け方だった。




「ヴィオレッタ。大丈夫だ。大丈夫だからな」

必死に声をかけるが、医療侍女に引き離され部屋から追い出される。祈る様に手を組み廊下で待つ。
まだ一刻ほどしか経っていないのに扉が開く。呼ばれた声に不安がよぎりながらも入室するとドレスは血まみれだが、顔や手は綺麗に拭かれ、首元に包帯を巻いたヴィオレッタが寝かされている。

「残念ですが…」

という医師の声に、縋りついて名を呼ぶが瞼が開かない。カイゼルの咆哮が響く中知らせを受けたヴィオレッタの父と兄が入ってきた。

ヴィオレッタの葬儀はそれから3日後に行われた。大勢の弔問客は王族をしのぐほどだった。
誰一人として憔悴しきったカイゼルに声をかける者はいない。
棺が置かれ、土がかけられていく様子をカイゼルは静かに見守った。
翌朝、ヴィオレッタの墓標を抱き剣で喉を貫いたカイゼルが見つかる。カイゼルは微笑んでいた。



ジェシーの出産はヴィオレッタの亡くなった翌日の昼の事だった。
従者から先に呼ばれた国王は赤子と面会をした。その間レオンはジェシーに出産の労をねぎらっていた。

「レオン殿下。陛下がお呼びです」
「わかった。直ぐに行く。ジェシー待ってて」
「うん。何か飲み物お願い」
「わかった」

ジェシーの額にキスを落とすとレオンは父である国王の元に向かった。

「レオン。王族の子は王家の血を引く証を持って生まれる事は知っておるな」
「はい。どのような血と交わろうと父上や私、アレクセイと同じ色を持って生まれてきます」
「判っているなら良い。隣の部屋にお前の真実の愛の結晶がいる。その目で確かめよ」

妙な言い回しをすると思いつつレオンは従者に案内されて赤子のいるベッドの前に来た。

「えっ‥‥」

言葉が出ないレオンに言い聞かせるように従者は言う。

「見ての通り髪色はピンク。尚、瞳はオレンジです」
「僕の子じゃ…ない?」
「そうなりますね。ですので陛下からお言葉を賜っております」
「父上から?」
「確認をしたら直ぐに母子を連れ市井にくだり、真実の愛を貫くようにと」
「そんな…僕の子じゃないのに?そうだ、ヴィオレッタは?ヴィーは?」
「コルストレイ侯爵令嬢は昨日、天に召されました」

茫然とする間もなく兵士がレオンの両脇を抱え、侍女が赤子を抱き上げる。
城の門まで行くと先に連れてこられたジェシーが悪露で裾を赤く染めながら喚き散らしている。
放り投げるように掴んだレオンの腕を兵士が放すと、尻もちをついたレオンに侍女が赤子を手渡す。

通りかかった者がその様子を遠巻きに見る中、レオンとジェシーはケンカを始める。
夕刻になるとその姿はなくなる。

レオンの遺体が川に浮いたのは1週間後だったが誰も引き上げる者はおらず流されていった。
ジェシーと思われる赤子を連れた女性浮浪者が物乞いを始めたのもその頃だった。
更に1か月後、雪が降り始める頃にはもうその姿を見たものはいなかった。
しおりを挟む
1 / 5

この作品を読んでいる人はこんな作品も読んでいます!

浮気された聖女は幼馴染との切れない縁をなんとかしたい!

恋愛 / 完結 24h.ポイント:170pt お気に入り:2,661

【完結】五年目の浮気、七年目の破局。その後のわたし。

恋愛 / 完結 24h.ポイント:518pt お気に入り:2,983

ドッペル 〜悪役令嬢エレーヌ・ミルフォードの秘密

恋愛 / 完結 24h.ポイント:56pt お気に入り:523

【完結】触らぬ聖女に祟りなし

恋愛 / 完結 24h.ポイント:788pt お気に入り:731

監禁から始まる恋物語

恋愛 / 完結 24h.ポイント:49pt お気に入り:340

邪魔者はどちらでしょう?

恋愛 / 完結 24h.ポイント:390pt お気に入り:2,438

処理中です...