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2回目の人生
目覚め
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屋敷の使用人達が活動を始める。厨房では火を起こし、従者たちは制服に着替え家令は執事と簡単な打ち合わせをして侍女頭などを呼び、休む者がいないかなどを確認していく。
リビングの暖炉にも火が入り、部屋が暖かくなった頃にコルストレイ侯爵がやってくる。
続いて夫人、兄のエヴァンスがリビングのソファーに腰を下ろす。
「ヴィオはまだ寝ているのか?」
「仕方ありませんわ。昨夜は遅くまでデヴュタントのドレスの採寸から始まってデザインなんかを決めていたんですもの。もう少し寝かせてあげなさいな」
13歳の学園への入学の前になる年に行われるデヴュタント。
これが終われば、当面は父兄同伴が条件となるが夜会への出席が認められる。
「もうすぐ10年か。早いものだな。だが殿下ももう少し早くに仕立て屋を呼んでくれないと」
「そこは仕方がないのでは?」
「来年学園に入るってのに王子教育が終わってないってどうなんだろうな」
「エヴァンス。誰かに聞かれたらどうするんだ」
「いいさ。本当の事だし。たった2年しかも4,5、6歳で王太子妃教育まで終わったヴィオをちっとも褒めやしない。王妃様だって王太子妃教育に7年かかったと聞いたけど?」
ちらりと愛しい妻を見るコルストレイ侯爵。王女だった頃の優雅さを失わず細かい所まで完成された所作は思わず見惚れてしまうほどである。
中途半端になると嫌味を感じるが、呼吸をするように自然に流れ出る優雅さは一朝一夕では身につかない。
厳しいと思いながらも根っからの【活字好き】であるヴィオレッタは文字を覚えると次々に本を読み漁った。
4歳になる前に、経済学書を読んでいた娘に父は顎が外れるかと思った。
母親譲りの美しさは幼児期から既に現れていて、5歳になる少し前4歳で第一王子であるレオンたっての要望で王家と婚約を結んだ。
この婚約にコルストレイ侯爵家は猛反発をした。
中立派であり、帝国の第三王女が妻であるコルストレイ侯爵家としては王家と繋がりを持つことは極力避けたかったのである。帝国以外の国との紛争が起こった時に婚約者の実家だからと頼られるのも困るし、コルストレイ侯爵家を取り込もうと革新派と守旧派が一斉に動き出し本来の業務が滞る可能性も高い。
兎角、面倒ごとしかない事に足を突っ込む気はなかった。
何よりも、侯爵夫妻は妻の一目惚れが要因ではあるが恋愛結婚である。
資産もあり、この国に居られなくなる事情が出来ても帝国は直ぐに受け入れてくれる。
政略結婚に拘る必要は一切なかったのである。
まして分別のつかぬ4歳の子供。今、好きだなんだと言っても心変わりは十分に考えられる。
月日が経って、10歳になった時に第二王子が誕生をした。
数年は問題がなかったが、産まれた時からズブズブに甘やかされて育った第一王子レオンと違い、側妃は第二王子のアレクセイを将来臣籍降下する事を見越し、厳しく育てていると聞く。
「うーん…うん?んん?」
「お嬢様、お目覚めで御座いますか?」
侍女のマリーがヴィオレッタの顔を覗き込む。瞬きをしてマリーの顔を何度見る。
「どうしました?旦那様も奥様もお兄様ももうリビングに居られますよ」
言葉をかけ乍ら、クローゼットを開けて今日のワンピースを選んでいくマリー。
そこに顔を洗うように湯を入れた洗面器を持って、エルザが入ってくる。
ヴィオレッタにはそれが見えていて、現実なのだがどこかデジャヴを感じた。
思わず勢いをつけて起き上がり、首に手を当てる。
暑くもなく、寒くもないのだが、言い知れない不安感にじっとりと汗を掻いているのに気が付く。
心臓がどきどきと拍動する音が耳に聞える。声が出るのだろうか?ふと思った。
「マリー?」
「何でございましょうか?」
声が出て、返事を返された事に驚き思わずびくりと上がった手がエルザの持っている洗面器に当たり掛布の上に湯が零れ落ちた。
「温かい?」
温度を感じた事に更に驚く。もっと驚いているのは湯を撒いてしまったエルザである。
申し訳ありませんと何度も言いながら、あたふたとしている。
「大丈夫だから落ち着いて」
「やっ火傷っ…火傷はっ…」
「そんな温度で顔を洗わないでしょう?大丈夫だから」
大丈夫とエルザに声をかけ乍ら、自分にも大丈夫と言い聞かせる。
今にも取り乱し、錯乱して走り回り、壁に激突してもおかしくないほどに頭が混乱をしている。
ハッキリと言えることは
【夢にしては鮮明過ぎる夢を見た】事だけだった。
それが夢ではない事を自覚したのは、もう一度目が合ったマリーとエルザ。
そして着替えてリビングに向かい、そこにいた家族の顔だった。
【若い】
自覚はしたものの、まだ何かストンと腑に落ちない。
怪訝な顔をしながら、食事室で朝食を取りながら家族の会話を聞く。
「今日は課外学習だったな」
「そうなんだけどさぁ。毎年美術館だったのに今年は王立公園ってどうだって感じだよ」
――王立公園…何かあったような…――
「あっ!」
声をあげたヴィオレッタに全員が注目をする。
「どうした。ヴィオ」
「いえ、あの王立公園って除幕式の時に銅像が固定されてなくて倒れたあの公園?」
「アハハ!ヴィオ。まだ夢の中かぁ?その除幕式が課外授業なんだよ」
「でっですが騒ぎになったでしょう?倒れた銅像の下敷きになってケガ人が出たと!」
「だからぁ!何の夢を見てるんだ?というか、銅像違いじゃないか?ケガ人なんて話は聞かないけど」
何時になくむきになって、えらく細かく話をするヴィオレッタに家族は夢の続きを話しているのだと思われ、兄に笑い飛ばされた朝食だったが、昼を過ぎ母と15時の茶を楽しんでいると兄のエヴァンスが血相を変えて駆け込んで来た。
「ヴィオ!お前‥‥」
「何です。エヴァンス。騒々しい」
「えっと…朝!そう!朝に言ってただろう?」
「何をです?」
「銅像が倒れて人がケガをすると!」
「えぇ‥‥でも夢ですわね。きっと。最近夢見が悪いのかも知れませんわ」
【倒れたんだよ!幕を引いたら銅像が!足元の固定を忘れてたって言うんだ!4人が下敷きになってけがをしたんだよ!】
それが夢ではなく現実で、話した通りの事が起こったとエヴァンスは鼻息荒く語った。
過去に戻ってしまったのだろうか?それともここはまだ夢を見ている途中なのだろうか。
そう考えながらもデヴュタント、茶会、夜会、何気ない会話、全てが知っている通りになっていく事にヴィオレッタは戦慄をした。
婚約者とはいえ、一定距離を保ってレオンと接する。それは1回目の人生と同じである。
しかし大きく違うのは自分の名を呼び、微笑みかけるレオンが気持ち悪くて仕方がなかった。
このままではあの女に殺されてしまう。
原因となる理不尽な婚約破棄で19歳になるまで縛り付けられ、殺される未来。
けれど、カイゼルの熱い思いに心が乱れた事も思い出す。
「わたくし‥‥どうしてこんな感情が…」
これは2回目の人生なのかも知れない。ヴィオレッタはそう思ったが迷いもあった。
2回目のこれまでの人生、そして19年という1回目の人生。そこになかったものがある。
人を、嫌悪、憎悪する気持ちは抱いた事がなかった。そして好きだという気持ちも。
いや、それを好き、愛しているという恋愛感情なのかどうかは判らない。
胸の中にあるまだ2回目では出会ってもいないカイゼルに対しての感情は他のものとは全く違っていた。
ただ、感情があるのだという事は自分自身の事だとは言え、受け入れざるを得なかった。
リビングの暖炉にも火が入り、部屋が暖かくなった頃にコルストレイ侯爵がやってくる。
続いて夫人、兄のエヴァンスがリビングのソファーに腰を下ろす。
「ヴィオはまだ寝ているのか?」
「仕方ありませんわ。昨夜は遅くまでデヴュタントのドレスの採寸から始まってデザインなんかを決めていたんですもの。もう少し寝かせてあげなさいな」
13歳の学園への入学の前になる年に行われるデヴュタント。
これが終われば、当面は父兄同伴が条件となるが夜会への出席が認められる。
「もうすぐ10年か。早いものだな。だが殿下ももう少し早くに仕立て屋を呼んでくれないと」
「そこは仕方がないのでは?」
「来年学園に入るってのに王子教育が終わってないってどうなんだろうな」
「エヴァンス。誰かに聞かれたらどうするんだ」
「いいさ。本当の事だし。たった2年しかも4,5、6歳で王太子妃教育まで終わったヴィオをちっとも褒めやしない。王妃様だって王太子妃教育に7年かかったと聞いたけど?」
ちらりと愛しい妻を見るコルストレイ侯爵。王女だった頃の優雅さを失わず細かい所まで完成された所作は思わず見惚れてしまうほどである。
中途半端になると嫌味を感じるが、呼吸をするように自然に流れ出る優雅さは一朝一夕では身につかない。
厳しいと思いながらも根っからの【活字好き】であるヴィオレッタは文字を覚えると次々に本を読み漁った。
4歳になる前に、経済学書を読んでいた娘に父は顎が外れるかと思った。
母親譲りの美しさは幼児期から既に現れていて、5歳になる少し前4歳で第一王子であるレオンたっての要望で王家と婚約を結んだ。
この婚約にコルストレイ侯爵家は猛反発をした。
中立派であり、帝国の第三王女が妻であるコルストレイ侯爵家としては王家と繋がりを持つことは極力避けたかったのである。帝国以外の国との紛争が起こった時に婚約者の実家だからと頼られるのも困るし、コルストレイ侯爵家を取り込もうと革新派と守旧派が一斉に動き出し本来の業務が滞る可能性も高い。
兎角、面倒ごとしかない事に足を突っ込む気はなかった。
何よりも、侯爵夫妻は妻の一目惚れが要因ではあるが恋愛結婚である。
資産もあり、この国に居られなくなる事情が出来ても帝国は直ぐに受け入れてくれる。
政略結婚に拘る必要は一切なかったのである。
まして分別のつかぬ4歳の子供。今、好きだなんだと言っても心変わりは十分に考えられる。
月日が経って、10歳になった時に第二王子が誕生をした。
数年は問題がなかったが、産まれた時からズブズブに甘やかされて育った第一王子レオンと違い、側妃は第二王子のアレクセイを将来臣籍降下する事を見越し、厳しく育てていると聞く。
「うーん…うん?んん?」
「お嬢様、お目覚めで御座いますか?」
侍女のマリーがヴィオレッタの顔を覗き込む。瞬きをしてマリーの顔を何度見る。
「どうしました?旦那様も奥様もお兄様ももうリビングに居られますよ」
言葉をかけ乍ら、クローゼットを開けて今日のワンピースを選んでいくマリー。
そこに顔を洗うように湯を入れた洗面器を持って、エルザが入ってくる。
ヴィオレッタにはそれが見えていて、現実なのだがどこかデジャヴを感じた。
思わず勢いをつけて起き上がり、首に手を当てる。
暑くもなく、寒くもないのだが、言い知れない不安感にじっとりと汗を掻いているのに気が付く。
心臓がどきどきと拍動する音が耳に聞える。声が出るのだろうか?ふと思った。
「マリー?」
「何でございましょうか?」
声が出て、返事を返された事に驚き思わずびくりと上がった手がエルザの持っている洗面器に当たり掛布の上に湯が零れ落ちた。
「温かい?」
温度を感じた事に更に驚く。もっと驚いているのは湯を撒いてしまったエルザである。
申し訳ありませんと何度も言いながら、あたふたとしている。
「大丈夫だから落ち着いて」
「やっ火傷っ…火傷はっ…」
「そんな温度で顔を洗わないでしょう?大丈夫だから」
大丈夫とエルザに声をかけ乍ら、自分にも大丈夫と言い聞かせる。
今にも取り乱し、錯乱して走り回り、壁に激突してもおかしくないほどに頭が混乱をしている。
ハッキリと言えることは
【夢にしては鮮明過ぎる夢を見た】事だけだった。
それが夢ではない事を自覚したのは、もう一度目が合ったマリーとエルザ。
そして着替えてリビングに向かい、そこにいた家族の顔だった。
【若い】
自覚はしたものの、まだ何かストンと腑に落ちない。
怪訝な顔をしながら、食事室で朝食を取りながら家族の会話を聞く。
「今日は課外学習だったな」
「そうなんだけどさぁ。毎年美術館だったのに今年は王立公園ってどうだって感じだよ」
――王立公園…何かあったような…――
「あっ!」
声をあげたヴィオレッタに全員が注目をする。
「どうした。ヴィオ」
「いえ、あの王立公園って除幕式の時に銅像が固定されてなくて倒れたあの公園?」
「アハハ!ヴィオ。まだ夢の中かぁ?その除幕式が課外授業なんだよ」
「でっですが騒ぎになったでしょう?倒れた銅像の下敷きになってケガ人が出たと!」
「だからぁ!何の夢を見てるんだ?というか、銅像違いじゃないか?ケガ人なんて話は聞かないけど」
何時になくむきになって、えらく細かく話をするヴィオレッタに家族は夢の続きを話しているのだと思われ、兄に笑い飛ばされた朝食だったが、昼を過ぎ母と15時の茶を楽しんでいると兄のエヴァンスが血相を変えて駆け込んで来た。
「ヴィオ!お前‥‥」
「何です。エヴァンス。騒々しい」
「えっと…朝!そう!朝に言ってただろう?」
「何をです?」
「銅像が倒れて人がケガをすると!」
「えぇ‥‥でも夢ですわね。きっと。最近夢見が悪いのかも知れませんわ」
【倒れたんだよ!幕を引いたら銅像が!足元の固定を忘れてたって言うんだ!4人が下敷きになってけがをしたんだよ!】
それが夢ではなく現実で、話した通りの事が起こったとエヴァンスは鼻息荒く語った。
過去に戻ってしまったのだろうか?それともここはまだ夢を見ている途中なのだろうか。
そう考えながらもデヴュタント、茶会、夜会、何気ない会話、全てが知っている通りになっていく事にヴィオレッタは戦慄をした。
婚約者とはいえ、一定距離を保ってレオンと接する。それは1回目の人生と同じである。
しかし大きく違うのは自分の名を呼び、微笑みかけるレオンが気持ち悪くて仕方がなかった。
このままではあの女に殺されてしまう。
原因となる理不尽な婚約破棄で19歳になるまで縛り付けられ、殺される未来。
けれど、カイゼルの熱い思いに心が乱れた事も思い出す。
「わたくし‥‥どうしてこんな感情が…」
これは2回目の人生なのかも知れない。ヴィオレッタはそう思ったが迷いもあった。
2回目のこれまでの人生、そして19年という1回目の人生。そこになかったものがある。
人を、嫌悪、憎悪する気持ちは抱いた事がなかった。そして好きだという気持ちも。
いや、それを好き、愛しているという恋愛感情なのかどうかは判らない。
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