殿下、今回も遠慮申し上げます

cyaru

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2回目の人生

アンジェの大誤算

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王族の乗る馬車は非常に座り心地もよく、揺れもさほどに感じない。
だが、今、アンジェは頭の中が大きく上下左右に揺さぶられ、何ならこの場で吐けるほどに気分が悪い。

その原因は隣に座っている男である。
見た目は申し分ない。地位も財産もこれ以上は望めない程に持っている男だが、いかんせん残念の度合いが振り切れていた。



彼女はアンジェ・ケナ・ゲパン 14歳である。

田舎から側妃レクシーに呼ばれて「アレクセイと仲良くして頂戴」と頼まれたが、7、8歳も違う子供の相手は疲れるだけである。
部屋に籠って出てこない日もあれば、「昨夜は一晩中、玩具で遊んだ」と笑顔で言う。
玩具で遊ぶような子供とそうそう長くは遊んではいられない。詰まらないからだ。

話をしても難しい事を講師と話をする不気味な子。座学は決して嫌いなわけではないが好きでもない。
だが、アレクセイの学んでいる内容は全く理解が出来なかった。

「難しい事を勉強してるのね」と言うと「そこそこまで終わらせていれば玩具でずっと遊べる」と屈託のない笑顔で返されると、それもそうだと思ってしまう。
それでも、学んでいる内容はアンジェには高度過ぎた。

王都は田舎とは全く違う。煌びやかで色んな店があった。着ているドレスも洗練をされていて着せてくれるし、髪も丁寧に梳いてくれる。食事も豪華で美味しく、残しても叱られない。

アレクセイの相手はとてもできないと思っていると、今まで見た事もないような見目麗しい男性が離宮にやってきた。アレクセイの異母兄だという。名前をレオンと名乗った男性はとても優しかった。

少しの段差でもエスコートしてくれるし、学園の中等部に編入するのだと言えば一緒の馬車で行こうと誘ってくれる。

学園に編入したその日に、婚約者だと言ってヴィオレッタという令嬢を紹介された。
思わず見惚れてしまいそうなほどの美人で、肌の色も白いし、目もパッチリして吸い込まれそうな瞳、銀色の髪は光を受けてまるで光の中にいるような女性だという印象だった。

悔しくなりレオンに色々と聞いたが、昼食も一緒に取らないし、習い事をしているようで休日も放課後も一緒になる事はほとんどないと言う。
もしかしたら…そう考えてしまうのも無理はない。

腕を組んでも、頬を寄せてもレオンは嫌がらない、むしろ喜んでいる。
離宮に住まわせてもらっていて、アレクセイの相手をしなくてはいけないからか「妹のようだ」と紹介をされてしまうのが悔しく唇を噛んでしまう。

ずっと一緒にいれば、美人なだけの冷たい婚約者より自分を見てくれる。そして好きになってくれる。そう思ったがレオンは【ヴィオレッタは婚約者だから】と言う。

アンジェは考えた。レオンは近いうちに王になる。そうなればヴィオレッタは王妃。
むしゃくしゃしたけれど、王妃となるにはあのアレクセイがやっているような勉強以上の事を学ばないといけない事や、鞭で叩かれながらやっと覚えた所作やダンスも今以上を求められると言われすんなり諦めた。

面倒なものはヴィオレッタに譲り、今のままレオンと遊べればいい。
街に連れて行ってと言えばレオンは連れて行ってくれる。
王太子と言う立場からか、アンジェには無縁だった店ばかり連れて行ってくれる。
試しにネックレスが欲しいと言えばすんなり買ってくれた。
色違いやデザインの違う物も欲しいと言えば幾つかの宝飾品の店で買ってくれる。

ドレスだって並べてあるものではなく、体の寸法を測って私専用のドレスを買ってくれる。
レオンに聞けばヴィオレッタは欲しがらないので、夜会の時だけは贈るようにしてるだけだと言う。

学園の長期休暇の間は毎日レオンと一緒にいる。たまにアレクセイもいるけれど「僕は玩具で遊ぶ方が楽しい」と部屋に籠ってしまう。2人きりのテラスでアンジェはレオンにキスをした。

「だ、ダメだよ。そういうのは結婚してからだ」
「じゃ、キスしたから結婚して」
「順番があるんだ。ヴィオレッタの後じゃないと無理なんだ」
「どうして?」
「ヴィオレッタは正妃だから。僕が王になれば王妃になるんだ」
「ならそれでいいから婚約してよ」
「二人も婚約者は持っちゃいけないんだよ。それに正妃が許さないと側妃は持てないんだ」

アンジェはある程度の事は学んではいるものの全てを覚えているわけではない。
田舎にいた頃、家庭教師からのテストでそんな事が問題にあった気もするが、その時の回答の正誤も覚えてはいない。婚約者を複数持てるかは覚えていないし判らないが、王になれば王妃の他に側妃が持てる事は知っている。
自分を王都に呼んでくれたレクシーが何よりの証拠である。側妃なのだから。

数日レオンとのやり取りは平行線のままだった。明け方まで言い続ければ折れるかと思ったがレオンは【そういう決まりだから】と譲らない。

そうこうしていると、レクシーからアレクセイを一人にしないで。一緒にいてあげてと叱られる事が多くなった。アレクセイと仲良く出来ないのならここにいる理由もないと言われ、挙句にもう少し年の近い子にしたほうがよかったかしらと言う言葉に焦ってしまった。

正直アレクセイは子供過ぎて無理なのだ。レオンといる方が話も合うし色々買ってくれるし楽しい。
変に頑固なところはあるが、【なるほど】と思わせれば肯定しかしなくなる。
レオンの側妃になるとなれば田舎には戻されない筈だとアンジェは思い至った。
アンジェはレオンと買い物デートの途中のカフェで思い切って提案をした。

「ヴィオレッタさんに、私を側妃って認めてもらったら問題ないでしょう?ヴィオレッタさんは正妃になるんだし、数年後か今ってだけの違いだと思うの」

「そうかなぁ」

「そうよ。だって婚約だって何歳になれば結婚しますって約束でしょう?正妃は変わらないんだからこの子を側妃にするから認めてねって言えばいいんじゃない?婚約者で認めても正妃で認めても、いいよって言うのはヴィオレッタさんなんだもの」

「なるほど、そう言えばそうだね」

そして、その足でコルストレイ侯爵家に2人は向かった。
玄関で止められたのは、多分今ヴィオレッタだけで親はいないとアンジェはほくそ笑んだ。
親がいればレオンが言ったところで、横やりを入れられると思ったのだ。その時はレオンだってそんな話はしないで「久しぶりに顔を見たくて」とお茶を濁すとアンジェは思ったのだ。




しかし、アンジェの想像以上がレオンだった。
田舎令嬢のアンジェでも判る。このまま馬車が事故でも起こしてくれないだろうか。
王宮に‥‥離宮に戻ればきっと側妃のレクシーに叱られてしまう。田舎に戻される。

城に到着し、離宮に直ぐに戻ると言うアンジェをレオンは引き留める。

「父上と母上に一緒に説明してくれないと僕、困るよ」

アンジェは思った。アレクセイが難しい勉強をしているのは王になるためではないかと。
そして目の前の男は、とてつもない貧乏くじで追い出される王子。
年齢的に王太子なだけでそのうち落とされる男なのではないかと。

引かれる手を振りほどこうにもこんな時のレオンは強引だった。

「父上!お話があります!」

全てが終わったと絶望を感じるアンジェにはもう何も聞こえなかった。
レオンが何かを話しているが、目の前の国王は見る間に顔を鬼のように変えていく。

「捨て駒にもならん阿婆擦れが!」

怒気を含んだその声にアンジェは意識を失った。
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