殿下、今回も遠慮申し上げます

cyaru

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2回目の人生

一夜明けた侯爵家

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やっと落ち着いたのは夜中も2時を過ぎたころだった。

やれやれと侯爵夫妻がサロンに来てみれば、マレフォス侯爵家からケルスラーが訪れているのは理解が出来るが、へたり込んでいるドレヴァンツ公爵家のカイゼルに首を傾げる。

「こんな時間まで申し訳ありません。父の代理で伺いました」
「ケルスラー君。すまないね。でも今日はもう休ませてくれないか?部屋を用意しよう」
「そうですね。しかし凄い客でしたね」
「あぁ、びっくりしたよ。釣り書き持参ってどういう事なんだか」
「釣り書き!!」

<<わぁぁぁっ!!>>

突然大声を出したカイゼルに尻が浮くほど驚く一同。
コルストレイ侯爵は腫れ物に触れるかのようにカイゼルに話しかける。

「ど、どうしたんだい?」

くるっと全身をコルストレイ侯爵に向けたカイゼルはその場にまるで土下座のように額を床に付けると、懇願を始めてしまった。

「わっ!私はぁ!ドレヴァンツ公爵家のカっカイ…カイゼルと申しますっ」
「うん、知ってるよ?」
「お、お嬢様の‥‥ヴィ…ヴィオレッタ嬢を僕にくださいっ!」
「えーっと‥‥どういう事?」
「結婚させてくださいっ!全力で幸せにしますっ!」
「カイゼル君、娘からは何も聞いてないんだが…」
「はいっ!プロポーズをさっきしたんですがっ!指輪を失くしました!」

「娘はプロポーズを受けた‥‥のかな?」
「いえっ!返事は貰っていませんっ!」

ハッキリと言い切るカイゼルにコルストレイ侯爵も夫人も言葉が出ない。
どうすればよいのか、部屋の中が静まりかえる中、カイゼルの土下座は続く。
ケルスラーは肩が震えて、頬を膨らませ笑いを必死で堪えている。

「とりあえず‥‥明日でもいいかな?」

というコルストレイ侯爵の言葉に「はいっ」と返事をしたカイゼルが公爵家に帰ったのはもう空が白み始める5時過ぎだった。ヘトヘトに疲れた侯爵夫妻、兄エヴァンス、ヴィオレッタ。そして宿泊が許されたケルスラーが目が覚めたのは昼頃であった。

午前中も訪問客がひっきりなしだったようで、家令も執事も使用人も顔色が悪い。
時間的には昼食だが、寝ても疲れが取れない面々は消化の良い朝食を食べている。

「帝国にはもう早馬はついただろうか」
「途中で2カ所馬を交換する宿場町がありますから今頃はお兄様が憤慨されているわね」
「そうか…兄上にも迷惑をかけてしまうな」
「いいんじゃないかしら。暇つぶしにはなるでしょうし」
「暇をつぶすならいいが、国を潰しかねんからな」
「あなたももう退職しましたし、やっとゆっくりできますわね」
「イヤイヤ‥‥相手は王家だ。面倒な事になりそうな気がするよ」
「そのためのお兄様よ。さっさと派兵してくれないかしら」

物騒な会話にケルスラーは先ほどから飲み始めたミルクがグラスは傾いているが一向に減らない。
エヴァンスとヴィオレッタは黙々と食べ進めている。
しかし、会話はヴィオレッタに振られてしまう。

「ヴィオ?あのカイゼル君だがどうするんだ?」
「どうするも何も…」

カチャリと音を立ててしまったフォークにヴィオレッタの動揺を感じる。
一同はヴィオレッタに注目をしているが、本心など言えるはずがない。
レオンとの関係が完全に切れるとすれば明日か明後日である。それでも直ぐにとなれば聞こえが悪い。
コルストレイ侯爵家は良くてもドレヴァンツ公爵家は判らない。
今は前回の人生ではないのである。

「そう言えば昨日言っていた話とはなんだい?」
「あー‥‥レオン殿下との婚約を解消して欲しくて頼もうかと…それから‥」

ちらりとケルスラーを見る。ケルスラーに聞かれても良いかどうか。
普通に考えれば家族ならまだ笑い飛ばせるが、他人となればそうもいかない。
自分が原因かと悟ったケルスラーはミルクを飲み干す。

「侯爵、侯爵夫人、この後妹の婚約についてお時間を頂いても?」
「あ、そうだね。ケルスラー君も早く返事を持って帰らないといけないね」
「すみません。急かしてしまう事になって」
「待って!僕はブリンダ嬢との婚約はそのままで!なかった事になんて出来ない」
「ありがとうございます。我が家もその方向ですので」
「ホントに?あとでやっぱりダメってのは無しで」
「勿論です。父からも絶対に継続でと言いつかっています」

ホッと胸をなで下ろすエヴァンスに、グっと親指を立てるケルスラー。
時間的には昼食の朝食が終わり、侯爵夫妻とエヴァンス、ケルスラーは両家の婚約についての話を応接室に移動をして始める。

一人残ったヴィオレッタは手持無沙汰で侍女と刺繍を始めようと裁縫箱に手をかけた時、

「お嬢様。ドレヴァンツ公爵とご子息がお見えになっておられます」
「えっ?公爵様も?」
「はい。時間がないのであれば ”取れるまで待つ” と仰っておられます」
「お父様もお母様もケルスラー様とお話を始められたばかりだわね」
「はい、どういたしましょうか」
「仕方ないわサロンにお通しして。お父様たちには声かけをしてくれる?それまでわたくしがお相手をするわ」
「承知いたしました」

執事に案内をされてドレヴァンツ公爵とカイゼルがサロンに入ってくる。
明け方と違ってキッチリと服を着ているカイゼルの頬に殴られたような痕があるのは気のせいか。

「コルストレイ侯爵令嬢、今朝がたは愚息が申し訳ない」

深々と頭を下げる公爵にヴィオレッタは頭を上げてくれと頼む。
折角整えた髪型も、父の公爵にぐいぐいと押されて乱れてしまい手櫛で直すカイゼルが可愛く見えてしまい思わずクスリと笑ってしまった。

「父と母、兄は少し込み入った話をしておりますので、庭を案内いたしますわ」

ヴィオレッタがそう言うと、何故かカイゼルが手を差し出してくる。

「お前が他家の庭を案内するわけじゃないだろう」

カイゼルは公爵からゲンコツをお見舞いされてしまった。
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