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2回目の人生
君に渡したかった物
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時期的に侯爵家の庭にはミツバツツジが見頃を迎えている。
莫大な資産を有し、安定して継続的な鉱物や農産物を産出するからかツツジ系の花が多い。
無駄を嫌う母の希望なのかも知れないが、総じて花言葉に「節制」や「抑制」をもつ花が多いのである。
「これは見事ですな。いや我が家も苗をもらったのですが湿り気が必要なのに水はけのよい土でなければならず、日光にも可能な限り半日以上当てる必要があるので直ぐに枯らしてしまいました。いやぁ…これは見事だ」
「ありがとうございます。父がほとんど家におりませんでしたので、そのような嬉しいお言葉は手慰みにと母が庭師と毎日のように手をかけた甲斐があったというもの」
「この花は‥‥お嬢様のために育てているのでしょうかねぇ」
「ウフフ…あまり物に対して欲がないように見えますかしら?」
「いえいえ、この花は特定の害虫に注意をすれば病気にも強く自生して種を増やし次の代にも花を咲かせるのです。子供の自立、そして子孫繁栄をより強く感じさせてくれる。貴女を見て納得です」
そうかしらと首を傾げてみるが、自分自身が褒められるような事も身に覚えがない。
もしかすれば無表情で無感情、人と一線を引いて付き合っていればそう見えるのかと考える。
「コルストレイ侯爵令嬢、この先どうなさるおつもりか」
「そうですね‥…」
花にそっと手を添えて、考えてみる。
数日のうちにレオンとは婚約の関係は全てが清算をされるだろう。
婚約者に対しての予算も元々が半強制的なものだったため瑕疵を問われるのを面倒がった両親が国庫からの支給される金を使っていない事もあり、慰謝料云々もレオンの不貞によるものだからこちらが辞退をすれば金銭面の手続きはないだろう。
長くかかわったわけではないが、挨拶はそれなりに出来ていたアンジェを考えると、王子妃教育から始めてもレオンが成人するまであと4年ほど。アンジェの成人を待つなら5年の時間がある。
それなりにやってくれるだろうと甘い期待をする。
王家と関わりがなくなれば自由の身となり、望めば帝国などへ留学も出来るだろう。
恋愛は…と考えて思わずカイゼルを見てしまう。
「昨日の今日でこちらから無理強いをする事は致しませんが、我が家の愚息も一考して頂ければ幸い」
「ですがカイゼル様は側近候補では?」
「ハハハ。昨夜の騒ぎに便乗させて頂きマレフォス侯爵と共に役を辞す手続きをしてきましたよ。だから昨夜はこちらに子息のケルスラー君が来られていたのでは?」
「確かに‥‥そうですか…側近を‥」
「側近の話が来た時からこれはどうかと考えた殿下です。ここ最近は第二王子と比べられる事も多かった。ですが…第二王子がまだ幼くて良かった」
「良かったとは?」
「まだ6歳。我が家やマレフォス侯爵家、アベント侯爵家のように汚点のような経歴がつく青年が出なくて何よりだからです。次代を担う世代に強いるのは酷でしょう」
その言葉に、ユーダリスの「真実」の言葉と、兄が連日駆り出されている「沼」を結びつける。
幽閉もしくは粛清をされるのだろうと語らぬ言葉の意味を知る。
「お嬢様、旦那様のご準備が整いました」
いつの間にそこにいたのか、家令が立っている。
「ご案内して差し上げて」と公爵を先に両親の元に案内するように伝える。
一礼をした公爵が家令の先導で屋敷に戻っていく背中を静かに見つめる。
「カイゼル様もご案内いたしますが、少しお待ちいただ…」
「ヴィオレッタ嬢」
言葉を被せるようにカイゼルはヴィオレッタの手を取り、熱い瞳で見つめた。
「俺は本気だ。まだ考えられないとは思うんだが…その…嫌なんだ」
「何が嫌なので御座いますか」
「君が‥‥君が‥‥他の男の隣にいるのが嫌なんだっ」
掴まれたてに力と熱さを感じる。ドクドクと聞こえるのは自分の心臓の鼓動なのか。それとも?
喉元まで出かかる言葉と、目の前の胸の中に飛び込みたい衝動を押さえ込む。
前の人生ではこの年齢でカイゼルに魅かれる事はなかった。
そして、記憶がなかったとしたら同じように魅かれる事もなかったかも知れない。
気になって仕方がない、声を姿を見れば胸が締め付けられ熱くなる。
それはきっと気持ちだけが前の人生の続きだからではないか。なら本当は抱いてはならない気持ちである。
区切りをつけようとカイゼルに握られた手の指先に力を入れる。
「カイゼル様‥‥少しおかしな話をしても構いませんか?」
2人の間にそよ風が吹き抜けていく。
ヴィオレッタはかの日ユーダリスが言った「頭のおかしな子」という言葉を思い出した。
そう思われてもなんら不思議ではない事を今からカイゼルに言うのである。
カイゼルは片方の手を添えて、握ったヴィオレッタの手を包んで微笑んだ。
「大丈夫。俺の方が君の事を考えておかしい話ばかりをしている自覚がある。君の事を愛しいとは思ってもおかしいと思う事など絶対にない」
親同士が話を終えるにはまだ時間がかかるだろう。ヴィオレッタはゆっくりと前回の、そう1回目の人生の事をカイゼルに語った。言葉を遮る事はなく、途中質問をする事もなく静かに話を聞くカイゼル。
話が終わるとカイゼルはスっとヴィオレッタの前に跪いた。
「良かった‥‥なら今回はその続きが出来ると言う事だ」
「ですが、色々と変わった事もあります」
「でも変わっていない。俺は前回も今回も君を紹介されたあの日、君に恋をした。何も変わっていない」
握ったままのヴィオレッタの手。その指先に唇を落とす。
灼熱のような熱さを指先に感じた。
「少し訂正をしていいかな?」
「訂正ですか?」
「あぁ、何も変わっていないんじゃなかった。前回より3年ほど早く君を独占できることが嬉しくて堪らない。19歳までの3年間と19歳から後の人生。俺の隣にいてくれないか?」
カイゼルはポケットから小さな箱を出した。コゥッっと音を立てて開くと深紅の石がついた指輪があった。
「多分、前の人生で俺が両親と共に侯爵家に行き、渡したかったのはこの指輪だと思う」
「え‥‥」
「この指輪はひい爺さんがセレイナひい義祖母様に贈ったものだ。俺が身命を賭してもいいと言う女性に渡せとずっと言われてきた指輪だ。昨日無くした指輪は多分前の人生で先に君に贈った物なんだろう。だから‥‥昨日俺は忌々しいと無意識に棄てたんだと思う」
カイゼルがゆっくり指にはめると、もうヴィオレッタは想いを堰き止める事は出来なかった。
屋敷まで手をつないで戻っていく途中、カイゼルはヴィオレッタに約束をしてくれと言った。
「俺より先に逝くな。何を捨てても守り抜いてやるから」
ヴィオレッタは小さく「はい」と返事をした。
屋敷に戻った2人を見て、公爵と侯爵夫人は手を叩いて喜び、侯爵ははにかんだ顔を浮かべた。
莫大な資産を有し、安定して継続的な鉱物や農産物を産出するからかツツジ系の花が多い。
無駄を嫌う母の希望なのかも知れないが、総じて花言葉に「節制」や「抑制」をもつ花が多いのである。
「これは見事ですな。いや我が家も苗をもらったのですが湿り気が必要なのに水はけのよい土でなければならず、日光にも可能な限り半日以上当てる必要があるので直ぐに枯らしてしまいました。いやぁ…これは見事だ」
「ありがとうございます。父がほとんど家におりませんでしたので、そのような嬉しいお言葉は手慰みにと母が庭師と毎日のように手をかけた甲斐があったというもの」
「この花は‥‥お嬢様のために育てているのでしょうかねぇ」
「ウフフ…あまり物に対して欲がないように見えますかしら?」
「いえいえ、この花は特定の害虫に注意をすれば病気にも強く自生して種を増やし次の代にも花を咲かせるのです。子供の自立、そして子孫繁栄をより強く感じさせてくれる。貴女を見て納得です」
そうかしらと首を傾げてみるが、自分自身が褒められるような事も身に覚えがない。
もしかすれば無表情で無感情、人と一線を引いて付き合っていればそう見えるのかと考える。
「コルストレイ侯爵令嬢、この先どうなさるおつもりか」
「そうですね‥…」
花にそっと手を添えて、考えてみる。
数日のうちにレオンとは婚約の関係は全てが清算をされるだろう。
婚約者に対しての予算も元々が半強制的なものだったため瑕疵を問われるのを面倒がった両親が国庫からの支給される金を使っていない事もあり、慰謝料云々もレオンの不貞によるものだからこちらが辞退をすれば金銭面の手続きはないだろう。
長くかかわったわけではないが、挨拶はそれなりに出来ていたアンジェを考えると、王子妃教育から始めてもレオンが成人するまであと4年ほど。アンジェの成人を待つなら5年の時間がある。
それなりにやってくれるだろうと甘い期待をする。
王家と関わりがなくなれば自由の身となり、望めば帝国などへ留学も出来るだろう。
恋愛は…と考えて思わずカイゼルを見てしまう。
「昨日の今日でこちらから無理強いをする事は致しませんが、我が家の愚息も一考して頂ければ幸い」
「ですがカイゼル様は側近候補では?」
「ハハハ。昨夜の騒ぎに便乗させて頂きマレフォス侯爵と共に役を辞す手続きをしてきましたよ。だから昨夜はこちらに子息のケルスラー君が来られていたのでは?」
「確かに‥‥そうですか…側近を‥」
「側近の話が来た時からこれはどうかと考えた殿下です。ここ最近は第二王子と比べられる事も多かった。ですが…第二王子がまだ幼くて良かった」
「良かったとは?」
「まだ6歳。我が家やマレフォス侯爵家、アベント侯爵家のように汚点のような経歴がつく青年が出なくて何よりだからです。次代を担う世代に強いるのは酷でしょう」
その言葉に、ユーダリスの「真実」の言葉と、兄が連日駆り出されている「沼」を結びつける。
幽閉もしくは粛清をされるのだろうと語らぬ言葉の意味を知る。
「お嬢様、旦那様のご準備が整いました」
いつの間にそこにいたのか、家令が立っている。
「ご案内して差し上げて」と公爵を先に両親の元に案内するように伝える。
一礼をした公爵が家令の先導で屋敷に戻っていく背中を静かに見つめる。
「カイゼル様もご案内いたしますが、少しお待ちいただ…」
「ヴィオレッタ嬢」
言葉を被せるようにカイゼルはヴィオレッタの手を取り、熱い瞳で見つめた。
「俺は本気だ。まだ考えられないとは思うんだが…その…嫌なんだ」
「何が嫌なので御座いますか」
「君が‥‥君が‥‥他の男の隣にいるのが嫌なんだっ」
掴まれたてに力と熱さを感じる。ドクドクと聞こえるのは自分の心臓の鼓動なのか。それとも?
喉元まで出かかる言葉と、目の前の胸の中に飛び込みたい衝動を押さえ込む。
前の人生ではこの年齢でカイゼルに魅かれる事はなかった。
そして、記憶がなかったとしたら同じように魅かれる事もなかったかも知れない。
気になって仕方がない、声を姿を見れば胸が締め付けられ熱くなる。
それはきっと気持ちだけが前の人生の続きだからではないか。なら本当は抱いてはならない気持ちである。
区切りをつけようとカイゼルに握られた手の指先に力を入れる。
「カイゼル様‥‥少しおかしな話をしても構いませんか?」
2人の間にそよ風が吹き抜けていく。
ヴィオレッタはかの日ユーダリスが言った「頭のおかしな子」という言葉を思い出した。
そう思われてもなんら不思議ではない事を今からカイゼルに言うのである。
カイゼルは片方の手を添えて、握ったヴィオレッタの手を包んで微笑んだ。
「大丈夫。俺の方が君の事を考えておかしい話ばかりをしている自覚がある。君の事を愛しいとは思ってもおかしいと思う事など絶対にない」
親同士が話を終えるにはまだ時間がかかるだろう。ヴィオレッタはゆっくりと前回の、そう1回目の人生の事をカイゼルに語った。言葉を遮る事はなく、途中質問をする事もなく静かに話を聞くカイゼル。
話が終わるとカイゼルはスっとヴィオレッタの前に跪いた。
「良かった‥‥なら今回はその続きが出来ると言う事だ」
「ですが、色々と変わった事もあります」
「でも変わっていない。俺は前回も今回も君を紹介されたあの日、君に恋をした。何も変わっていない」
握ったままのヴィオレッタの手。その指先に唇を落とす。
灼熱のような熱さを指先に感じた。
「少し訂正をしていいかな?」
「訂正ですか?」
「あぁ、何も変わっていないんじゃなかった。前回より3年ほど早く君を独占できることが嬉しくて堪らない。19歳までの3年間と19歳から後の人生。俺の隣にいてくれないか?」
カイゼルはポケットから小さな箱を出した。コゥッっと音を立てて開くと深紅の石がついた指輪があった。
「多分、前の人生で俺が両親と共に侯爵家に行き、渡したかったのはこの指輪だと思う」
「え‥‥」
「この指輪はひい爺さんがセレイナひい義祖母様に贈ったものだ。俺が身命を賭してもいいと言う女性に渡せとずっと言われてきた指輪だ。昨日無くした指輪は多分前の人生で先に君に贈った物なんだろう。だから‥‥昨日俺は忌々しいと無意識に棄てたんだと思う」
カイゼルがゆっくり指にはめると、もうヴィオレッタは想いを堰き止める事は出来なかった。
屋敷まで手をつないで戻っていく途中、カイゼルはヴィオレッタに約束をしてくれと言った。
「俺より先に逝くな。何を捨てても守り抜いてやるから」
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