殿下、今回も遠慮申し上げます

cyaru

文字の大きさ
34 / 42
2回目の人生

姉妹の会話

しおりを挟む
何の動きも見せてこない日が2日続いた。嵐の前の静けさのような嫌な空気を誰もが感じる。

そんな中、学園の後期が始まるが登校する生徒は全体の半分もいない。
高位貴族になればなるほど登校するものはなく学園内は憶測が飛び交う。

その憶測の中に、憶測ではない事実もあった。
ヴィオレッタの母の故郷である帝国は、早馬による知らせを受けた皇帝は烈火のごとく怒り挙兵をした。
その進軍先はもちろん、この国、ヘクマレン王国だった。

大軍を率いて向かってくるのであるから気がつかれないはずがない。
何か後ろめたい事のある貴族は早々に荷を纏め、使用人に退職金と言う名の口止め料を渡すと夜逃げを始めた。質素な馬車で隣国などに妻の実家や親戚がいるものはいいが、そうではない者も動き始める。

帝国の大軍はゆっくりと向かっているが、初動部隊は既にヘクマレン王国内に入っていた。
コルストレイ侯爵家ではジルが更に凹んでいる。
潜入している間の失敗は致命傷になりかねない。その事で数日のうちに強制送還されるのである。
刑罰を食らう訳ではないが、やっと昇進したのに平から出直しと言われ凹んでいるのだ。

優雅に茶を飲むのはヴィオレッタの母ともう1人の美女である。
名をフローラと言い、ヴィオレッタの母の姉である。

「お兄様はこちらにいらっしゃるの?」
「まさか。首だけ持ってこいって言ってたわね。出不精ここに極まれりよ」
「ではフローラお姉様がここを?」
「やめて!そんな事を想像するのも止めて頂戴」
「ではここはあのバカにまだやらせる気なのかしら」
「ないわね。跡形もなく一掃してこいって言われているし」
「では誰が?」
「お姉様とその旦那じゃないかしら?筋金入りの潔癖症だからわたくしが掃除係に任命されってわけ~」

ヴィオレッタの母は三姉妹である。出生順は皇帝の兄が一番であるが長女はその兄と双子。
共に俗にいう【冷血】である。

二女がフローラ。主に帝国の暗部を任されている公爵家を興し婿もその系統である。
三女がヴィオレッタの母。恋に生きる自由人でもある。

そしてこの茶の席にはジルの他にもう1人、その身を小さくしている者がいる。
ユーダリスである。

先ほどまで「諜報の何たるか」を延々と正座で聞かされてしょぼくれている。
そして労せずに?就職先が決まった。

「学園なんか帝国の学院に放り込んであげるから安心していいわ。20歳になる頃は引く手あまたの諜報員に仕上げてあげるから。帝国の諜報員なんて漏らすほど嬉しいでしょう?」

「ばいぃぃ…」

見越してなのか正座をしているのは屋外のウッドテラス。
40代という年齢を感じさせない全身を男装の麗人の如く軍服を纏ったフローラはまさに女王様。

ユーダリスの目の前に立つと「面をあげよ」と声をかけ、そのアゴを元帥杖で更に突きこむ。

「坊や、憶測と推測、そして根拠のない主観は不要なの‥‥わかるかな?」
「は、はい…」
「伝えるのは事実のみ。いい?真実じゃないの。じ・じ・つ‥‥OK?」
「はいぃぃ」
「それから…優しい言葉は3回まで。気の抜けた返事は懲罰対象。判った?」
「はいっ!」
「素直で物覚えの良い子は大好きよ」

ツンっと顎をさらにつくとそのままの姿勢で背中から倒れ込む。
先ほどまで座っていた場所が濡れているのはご愛敬なのであろう。

席に戻ってまた茶を飲むフローラ。

「小さい方の僕ちゃんはどうするつもり?」
「どうもしないわ。オイタをする子にはオイタって痛いと教えてあげるだけよ」
「天使になっちゃうじゃない」
「天使?まさか!とんだ堕天使よ。ルシファールもお手上げじゃないかしら」
「大きい方はどうするの?」
「完成されたバカは使い道がないわ。豚の餌にもならない。大丈夫よぅ~お姉様に引き継ぐのよ?埃一つでも残したら、わたくしが叱られるわ」

クイっと残りの茶を飲み干すと、見越したように家令が書簡が届いたと持ってくる。
誰からかなのか考える必要もない。

「あらあら、大層なラブレターだこと」
「読むまでもないわ。どうぞ」
「あら?読んじゃってもいいの?」

無造作に封蝋された封を切るとパンっと便箋を音を立てて広げる。
面白い事が書いてあるとフローラは大喜びである。

「若いっていいわねぇ…ヴィオに会いたいんですってよ?」
「困ったものだわ」
「それも、パパ直々に。子離れが出来ないってやぁねぇ。あら?まさかのロリコンかしら」

国王からヴィオレッタに登城するように書かれたその命令書を二分割、更に2分割と折りたたみ、力任せに破ると暖炉の中に放り込む。

「どうしよう。ヴィオのシャペロン付添い人なんて緊張しちゃう」

軍服の上着を家令に預けて、ヴィオレッタの母にドレスの色を合わせたほうがいいかと楽し気に聞いてくる姉のフローラに思わず苦笑いをしてしまう。

「赤いドレスにしましょうか」
「赤?どうして?」
「ヴィオの彼氏が赤い目だからよ」
「うわっ…ほんと…若いって凄いバイタリティーね。見習いたい」
「お姉様には旦那様がいるでしょうに」
「えぇ、だってバルドゥスの瞳は黒なんだもの、葬儀になっちゃう」

真っ赤なドレスではなく、薄い赤を基本にしたシンプルなドレスを着たヴィオレッタと、赤をベースにしているがほとんど黒い糸で刺繍が前面にあしらわれたドレスを着るフローラ。

「護衛がしたい」とカイゼルが慌てて屋敷に駆け込んでくる。

逃げ出せないようにと考えたのか、国王が呼び出したのはあの東棟3階の貴賓室。
何処まで前の人生が纏わりつくのだろうと嫌悪すら覚えた。

御者はフローラの夫バルドゥス。その隣にカイゼル。
馬車の中にはヴィオレッタとフローラ。

素早く動く風のような影のあと、馬車は王宮に向けて走り出した。
しおりを挟む
感想 181

あなたにおすすめの小説

愛しい人、あなたは王女様と幸せになってください

無憂
恋愛
クロエの婚約者は銀の髪の美貌の騎士リュシアン。彼はレティシア王女とは幼馴染で、今は護衛騎士だ。二人は愛し合い、クロエは二人を引き裂くお邪魔虫だと噂されている。王女のそばを離れないリュシアンとは、ここ数年、ろくな会話もない。愛されない日々に疲れたクロエは、婚約を破棄することを決意し、リュシアンに通告したのだが――

皇太子夫妻の歪んだ結婚 

夕鈴
恋愛
皇太子妃リーンは夫の秘密に気付いてしまった。 その秘密はリーンにとって許せないものだった。結婚1日目にして離縁を決意したリーンの夫婦生活の始まりだった。 本編完結してます。 番外編を更新中です。

どうぞ、おかまいなく

こだま。
恋愛
婚約者が他の女性と付き合っていたのを目撃してしまった。 婚約者が好きだった主人公の話。

王妃そっちのけの王様は二人目の側室を娶る

家紋武範
恋愛
王妃は自分の人生を憂いていた。国王が王子の時代、彼が六歳、自分は五歳で婚約したものの、顔合わせする度に喧嘩。 しかし王妃はひそかに彼を愛していたのだ。 仲が最悪のまま二人は結婚し、結婚生活が始まるが当然国王は王妃の部屋に来ることはない。 そればかりか国王は側室を持ち、さらに二人目の側室を王宮に迎え入れたのだった。

10年前に戻れたら…

かのん
恋愛
10年前にあなたから大切な人を奪った

悪役令嬢の末路

ラプラス
恋愛
政略結婚ではあったけれど、夫を愛していたのは本当。でも、もう疲れてしまった。 だから…いいわよね、あなた?

断る――――前にもそう言ったはずだ

鈴宮(すずみや)
恋愛
「寝室を分けませんか?」  結婚して三年。王太子エルネストと妃モニカの間にはまだ子供が居ない。  周囲からは『そろそろ側妃を』という声が上がっているものの、彼はモニカと寝室を分けることを拒んでいる。  けれど、エルネストはいつだって、モニカにだけ冷たかった。  他の人々に向けられる優しい言葉、笑顔が彼女に向けられることない。 (わたくし以外の女性が妃ならば、エルネスト様はもっと幸せだろうに……)  そんな時、侍女のコゼットが『エルネストから想いを寄せられている』ことをモニカに打ち明ける。  ようやく側妃を娶る気になったのか――――エルネストがコゼットと過ごせるよう、私室で休むことにしたモニカ。  そんな彼女の元に、護衛騎士であるヴィクトルがやってきて――――?

【完結】好きでもない私とは婚約解消してください

里音
恋愛
騎士団にいる彼はとても一途で誠実な人物だ。初恋で恋人だった幼なじみが家のために他家へ嫁いで行ってもまだ彼女を思い新たな恋人を作ることをしないと有名だ。私も憧れていた1人だった。 そんな彼との婚約が成立した。それは彼の行動で私が傷を負ったからだ。傷は残らないのに責任感からの婚約ではあるが、彼はプロポーズをしてくれた。その瞬間憧れが好きになっていた。 婚約して6ヶ月、接点のほとんどない2人だが少しずつ距離も縮まり幸せな日々を送っていた。と思っていたのに、彼の元恋人が離婚をして帰ってくる話を聞いて彼が私との婚約を「最悪だ」と後悔しているのを聞いてしまった。

処理中です...