貴方の望んだ愛は本物ですか

cyaru

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第13話  目が合っただけ

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「明日はいい天気になりそうですね。そう言えば王宮の中庭。つつじが見頃だそうですよ」

明日登城をするクリスタに付き添ってくれるメルルが努めて楽し気に話しかけたが、珍しくクリスタは緊張していた。

明日の登城はクリスタの今までの人生とこれからの人生が切り替わる分岐点になる。
否が応でも緊張をしてしまう。


かの日オリビアと婚約を締結するために王都に来て国王に挨拶をするマリンシー伯爵の姿はクリスタもエクルドール侯爵と共に貴族席に居たので見たのだが、マリンシー伯爵と直接言葉を交わしたことはない。

オリビアの失礼極まりない言動に城の従者が気を利かせマリンシー伯爵一行を控室に連れて部屋を出たが聞くところによればあのオリビアの言動をどうとらえたのか、マリンシー伯爵は「一目惚れをされたそうです」と聞く。

「蓼食う虫も好き好きというけれど、理解できないわ」

王妃からマリンシー伯爵との縁を勧められ、話を受けようと思ったのは、1にライエンとは完全に縁が切れる事、2にマリンシー伯爵家の所有するルベルス領で暮らす事になるだろうが王妃と王太子主導の縁談であるため、受ければ実家のエクルドール侯爵家が心無い誹謗中傷を真正面から受けなくてもいいからだった。


「大丈夫ですか?お嬢様」
「えぇ。大丈夫よ」

メルルも強気で振舞ってはいるが、クリスタの表情が固くなっているのを感じていた。だからこそ明るく振舞って元気づけようとしたのだが空回り。

エクルドール侯爵は「大丈夫だ」とは言うが、身の安全が保障されてもクリスタの心までは護衛騎士も踏み込めない。クリスタの心中を慮るとメルルの胸も苦しくなった。

「大丈夫よ。マリンシー伯爵様はオリビア王女に一目惚れしたとも聞くけれど王妃殿下、王太子殿下の頼みを引き受けてくれたのよ。臣下としての務めを果たしてくださるの。マリンシー家にこれと言った恩恵もないのに私を引き受けてくださるんだもの。感謝しなくちゃ」

マリンシー伯爵には本当に感謝だ。オリビア王女を思いつつもクリスタを受け入れてくれる上に「当家に嫁ぐのであれば迎えに行くのが当然」と出向いて来てくれるのだから。


「でも、お嬢様っ!」

「メルル、泣きそうな顔しないの。修道院と違って10年に1回は会えるかも知れないでしょう?私は大丈夫。ライエンと結婚したってあの調子ではオリビア王女のためにいいように使われるだけの人生だったはず。私と言う個人を必要とされないのはどっちもどっち。貴族に生まれればそれも織り込み済みよ」

「私はお嬢様には、奥様のような愛され奥様になって頂きたいですっ」

エクルドール侯爵夫妻も政略結婚による夫婦で、初めてお互いの顔を見て声を聞いたのは結婚式の日だったと言う。それまで釣書と絵姿だけがお互いの情報。茶会などで人の口を伝って聞こえてくる情報もあったが真偽不明の情報に一喜一憂したとて、結婚する事実は変わらないと腹をくくってみればお互いがストーンと恋に落ちた。

そんな夫婦になれれば幸せだろうが現実にそんな相手と巡り合い、しかもその相手がお互いの伴侶となる確率は天文学的数字になる。

クリスタは「私は覚悟を決めたの」自分に言い聞かせた時だった。


「お嬢様。お客様です」
「客…もしかして」

ホントにしつこい!これだけ連絡を取らないように徹底をしているのにライエンがまた押しかけて来たのかと思うと腹も立った。

「あの、お客さ――」
「追い返して。会いたくもないわ。同じ空気を吸うのも嫌」
「お嬢様、違います。いらっしゃったのはマリンシー伯爵様です」
「マ、マリンシー様?!」

何故此処に
何故今日
何故突然

クリスタの頭の中にグルグルと高速で回り始める「何故」。
「如何致しましょう」困り顔の従者にクリスタは我に返った。

遠方から来るのだから到着予定が明日でも1日早くなることはあり得る話だ。

「お、お通しして。メルル、おかしなところはない?」
「私のお嬢様は何時だって完璧です!(えへん)」

可愛く見せたいわけではない。オリビアに心を奪われたマリンシー伯爵なのだから自分に心を寄せてくれることはないだろうが、初見は大事だ。見っとも無い格好で会うよりも整えていた方がいい。クリスタは慌てながらも冷静を装った。


一番上等な応接室に入って貰い、茶を出したが意味のない時間稼ぎだ。
今日は両親とも帰宅するのが夕刻でこの時間はどう足掻いてもクリスタ1人。

――こんな時にお兄様も会合だなんて!――

エクルドール侯爵家は明日の登城に照準を合わせていたので今日は最終的な仕上げを確認する意味でクリスタ以外が出払ってしまっていた。

時間稼ぎをしても10分程度。誰も帰って来る時間ではないのだから無駄な足掻きだ。

「行くわ」
「お嬢様、大丈夫ですか?」
「だ、ダイジョブ…だじょぶよ」
「お嬢様、舌が縺れてますが」

意を決し、応接室への扉を従者に開けて貰ったがこのタイミングではなかったのかも知れない。

ソファに腰を下ろしている男性は1人だけで、立っている男性が3人。
クリスタが「お待たせ致しました」の「お待たせ」まで発した途端にソファに座っていた男性は茶を飲もうとしたようで、茶器があと少しで唇に触れる直前。

「ウワァァァーッ!!」

大きな声で叫ぶと手にしていた茶器を放り投げた。
咄嗟に従者の男性の1人が茶器を受け止めたのだが、ソファに座っていた男性は脱兎のごとく背凭れを転がるように乗り越えて背凭れに隠れ、目から上だけを覗かせた。

まるで異形の化け物でも見たかのような行動にクリスタは悲しくなってしまったのだが、奇妙な言葉が聞こえる。

「女神、降臨」

聞こえてきた言葉に周囲をキョロキョロと見まわし背凭れに隠れた男性と目が合った。

「兄貴っ!!」

――兄貴?まさか4兄弟?――

背凭れに隠れた男性は真後ろにひっくり返り、気絶していた。

――私の眼力って実は凄かったの?――

クリスタの方が予想もしない展開に気を飛ばしそうだった。
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