あなたが教えてくれたもの

cyaru

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第06話  想定外の出来事

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その日は朝から気が重かった。

月のものと夜会が重なってしまい、気持ちと同じくらい体も重い。
少しだけ気持ちが楽なのは、入場にエスコートされる必要がないと言う事だった。

ロベルトと入場するだけで好奇の目に晒される。17歳になったコーディリアには耐えがたい苦痛の時間でもあったので、サッと入って主催者に挨拶をして早々に帰宅できる。

と、言うのも王家主催の夜会の中でも自由度が高い夜会は参加する貴族の家の数も多く、通常は当主夫妻と後継ぎの夫婦くらいだが、いずれは家を出る嫡子以外の子女も参加が認められているので頼めば入場で名前を呼んでもらえるがそんな事をするのは目立ちたい者だけ。

1人で会場の中に入ったコーディリアはまだ国王、王妃は入場してないけれど3階分の階段を上った先にある2階席に第2王子の姿を見つけたので階段を上り、挨拶に向かった。

その途中で一番会いたくない人に声をかけられてしまった。


「あら?珍しいわね。今日は1人なのかしら」

――あっちゃぁ。声掛けそっちからする?――

初見でもないのだし、挨拶はせねばならないだろうがつくづくこのレティシアという女性には溜息しか出ない。単独で行動の場合は爵位がモノを言うのに。

本来なら伯爵家の娘であるコーディリアがレティシアに話しかけて挨拶なり会話が始まるのだが、レティシアの中では優劣が決まっているのか話しかけてきた。

無視をしてもいいのだが、それも大人げない。

「ごきげんよう。レティシア様もお一人ですの?」

「いいえ?ロベルトと一緒よ。今日は…違ったわね。昨夜からずっと一緒だったの」

「左様で御座いますか。余計な気を回してしまいましたわね」

「強がらなくていいのよ?どう?羨ましい?」

「え?全然。仲がよろしい様で微笑ましく思いますわ」


ロベルトの行動を監視していたわけでもないし、誰かに確認をしたわけでもないがレティシアの言葉は嘘だ。


結婚は20歳以上と決められているので17歳のコーディリアからすれば早くてもあと3年。おそらくは第1王子がロベルトの結婚よりも先に立太子するだろう。結婚をして臣籍降下するのではなく、次の国王が即位をした後に臣籍降下をするのでコーディリアが短い期間王子妃となる可能性は高い。

なのでコーディリアは王子妃教育を受けており王家主催の夜会が開かれる前夜からの手順を知っている。

国王夫妻ですら同衾どころか寝る時間はないのだ。コーディリアはまだ婚約者なので免除されているが、前夜王族は日付が変わるまで遠くからやってくる4つの家の辺境伯の報告に早急な対応。

寝る間もなく立ったままで身支度が始まり、夜会の場では話せない外交官の報告などを王族は対応せねばならない。つまりレティシアが昨夜からずっとロベルトと一緒と言うのは嘘以外何物でもない。

――別に事実でも問題ないって言うか、その方が有難いんだけど――

出来れば言葉通りに既成事実でも作ってくれた方がコーディリアとしては助かる。夜通し一緒にいたのなら騒ぎにならないほうがおかしいのだから。

コーディリアの反応が思ったよりも薄すぎたのが気に障ったのか不機嫌を露わにレティシアがじわりと近寄ってきた。

「本当にいけ好かない女。アンタのせいでロベルトがどれだけ迷惑してるか判らないの?」

――いやぁ、迷惑はこっちなんですけど――

さぁ、どうやって言葉を返そうかな。コーディリアは頭の中で返答を考えたが、レティシアは軽くコーディリアの胸元を手で押してきた。

斜めから突かれる態勢になったが、幸いにも少しよろけても階下に落ちる事はない。落下防止に手摺があると安心したまでは良かったけれど、思いもよらない事が起きた。

「え?手摺が?!」

手摺の天端に手を置いてみれば手摺が吹き抜けになった向こう側にぐらりと傾くではないか。

「嘘‥落ちるっ!?」

バギッ!

手摺の支柱から不気味な音がして、ハッと前を見るとレティシアも驚いた顔をしていた。
コーディリアはその何倍も驚いた。

驚きつつも足を踏ん張り手を伸ばすがコーディリアの手は何も掴めないままに体が宙に放り出された。


階下に体が叩きつけられるまでの僅かな時間。
コーディリアだけ時間がゆっくりと進む。

「どうしよう。落ちちゃう」
「なんで私、突き落とされなきゃいけないのかな」
「誰かが真下にいたらどうしよう」

色んな思いがコーディリアの頭の中を過る。

最後に思ったのは‥。

「落ちたら死んじゃうのかな。だったら無理してでも何か食べとけば良かった」

だった。


どれも答えが出ないままコーディリアは7mある高さから転落し意識を飛ばしたのだった。


★~★

偶々近くにいたロベルトが宙に浮いたコーディリアの姿を見て駆け寄ってきたが間に合う筈もない。

「ど、どうしよう…ロベルトっ!私っ、私のせいじゃないの」

「レティ、何があったんだ?」

「ち、違うの。勝手に落ちたの。どうして…どうして手摺が折れたの?」

手摺の支柱が折れたのはレティシアとしても想定外の出来事だった。

王宮の中は幼い頃からどこもかしこも遊び場で勝手知ったる場。

ここの手摺がグラついていたのは随分前から知っていた。ただ、どの個所も女性の力で小さく揺らす事は出来たので脅かすつもりで少しだけ支柱の根元に切れ込みは深く入れておいただけ。

レティシアは思い切り突き飛ばした訳でもないし、まさか折れるなんて思いもしなかった。

階下は大騒ぎ。
レティシアは自分を見上げている多くの視線に気づき、怯むと咄嗟にロベルトの背に体を滑り込ませた。
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