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第25話 船団の帰国
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ところ変わって王都の南端にあるジャピター子爵家の港。
6年ぶりに海の向こうの大陸に調査に向かわせていた船団が帰国してきた。
ジャピター子爵家は海運業を営む家。
荷馬車を使った陸路ではなく船で海路を使って荷を運ぶ事を生業としている。
この船団が出向した6年前。ジャピター子爵には爵位が無く、そこそこに大きな船を所有する豪商でしかなかった。
この6年で国に功績を認められて、男爵となったのが3年前。
あれよあれよという間に半年前には子爵になった。
長い航海を終えて出迎えた家族と抱き合う船員たち。
歓声と無事の帰国を祝い、労う声で溢れる中、ジャピター子爵は1人の紳士に声をかけた。
「無事の航海なによりだ」
「ジャピターさん!無事に戻って参りました!」
日に焼けた顔に白い歯をニッと見せて少年の様な笑顔を向けた紳士。
「どうだった?海の向こうの大陸には販路拡大が望めそうか?」
「はい。繊維業が盛んでした。原材料になる羊毛、綿花、そして羽毛は幾らあっても足りないと。それから養蚕と言って蚕を使った絹糸の生産も盛んでした」
「そうか。大きな収穫だな。そうそう。これは6年分の手当だ。早く家族の元に持って行ってやれ」
「こんなに‥ありがとうございます!」
「それから…ホピスタル王国では太ももや臀部の皮膚を使って移植と言う医療法も合法化されたそうだ。これはその資料だが目を通しておいて損はないだろう」
「移植‥自分の皮膚をですか…」
手渡された書類に手が震える。
現金はかなりの量になるため、6年分の報酬額が書かれた書類を論文と一緒にジャピター子爵から手渡されたのはコーディリアの兄、オベロン。
家族に合わせる顔がないと家を飛び出したものの行く当てもない。
どうしようかと彷徨っていて、ジャピターに拾われた。
ジャピターは大陸で商売をしているが、いずれは頭打ちになる。
早くから海路を開き、船で10日、2週間、1か月と徐々に日数を重ねることで行ける国との交易も行ってきた。
その中で時化っていない状態で船を1か月半走らせた先にある島で更に向こう側にはマージカル王国のある大陸並みに大きな大陸がある事を教えられた。
これは商売のチャンス!!
しかし問題があった。
当時は半年に及ぶ船旅が出来る船がなく、ジャピターは借金をして大型船を新造した。
オベロンと出会ったのは新造した船の進水式の帰りだった。
船は出来てもジャピターにはまだ問題があった。
あまりにも遠い大陸は当然言語も慣習も異なる。
船員たちは信用のおける者ばかりだが、それは航海に於いての事で長い船旅の先にある大陸で相手国の慣習や宗教をいち早く理解し「対話」が出来る人間を探していた。
勉学にだけ長けていてもダメ。先ずは船旅に耐えられる体力と、海の上では何があっても自己責任。生きては戻れない事も受け入れる精神力も兼ね備えた人間が必要だった。
オベロンは最適だったのである。
言葉は悪いが、後がないのでがむしゃらにやるしかない。
社交もしていて額もあり、後ろがない状態はジャピター子爵には非常に都合が良かった。
なので、6年間の賃金と成功報酬も含めて1億でオベロンと契約をした。
「早く持って行ってやれ。親父さんも妹さんも心配してるだろうからな」
「はい!ありがとうございます」
オベロンもジャピター子爵も知らなかった。
王都から離れた港町。ジャピターが爵位を賜る前にウーラヌス家は没落。ウーラヌス伯爵が天に召された事も、今はコーディリアが当主になって田舎の領に住んでいる事も。
社交を始めた頃にはウーラヌス家の噂もとっくに消えていて過去のものだったので耳に入ることもなかった。
唯一まだ爵位が無かった頃に第3王子が辺境に送られるとか、そんな話は聞こえてきたけれどジャピターが目指していたのは海。山の中にある辺境には王子が送られようが移住しようが興味が無かった。
オベロンは船旅に出たので当然知る由もない。
馬車を乗り継ぎ、時に歩いて走ってオベロンが王都に到着をしたのは帰国をして11日目の事だった。
「変わってないなぁ」
王都の街並みを見て、オベロンはタイムスリップして6年前に戻った気さえしていた。
父とよく仕立てを頼んだ店は相変わらず少し斜めになった看板もそのままに営業しているし、屋敷に食材や消耗品を納品していた商店も相変わらず威勢のいい声を店主が道行く人に掛けていた。
小さな変化はあった。
6年前にまだ幼かった子が可愛い声を上げて看板娘になっていたりと成長を見つけた時は、間違い探しをしているようなワクワクした気分になった。
何も変わっていない。
そんな安心感を覚えながら見知った道を歩き、貴族の住まう一画にきてオベロンの足が止まった。
あるべき筈のものがない。
生れた時から住んでいたウーラヌス伯爵家は取り壊されて広い更地になっていた。
「父上は?リアは?」
キョロキョロと周囲を見回し、見知った顔を見つけると駆け寄った。
「オベロンか?!懐かしいな。元気か?」
「父は?妹は?何故屋敷が無いんです?」
顔なじみだった男爵家の当主の顔は6年前より皴が増えていた。
「心配したんだぞ」と声をかけられるが、オベロンはそこで父が亡くなった事、そして妹のコーディリアがウーラヌス家が所有していた中で一番小さくて貧しいが故に買い手がつかなかった領に引っ越したことを知らされた。
「そんな、父上が?」
「残念だったよ。でも妹さんは生きてる。会いに行ってやれ」
オベロンには男爵の励ましも虚しく聞こえた。
6年ぶりに海の向こうの大陸に調査に向かわせていた船団が帰国してきた。
ジャピター子爵家は海運業を営む家。
荷馬車を使った陸路ではなく船で海路を使って荷を運ぶ事を生業としている。
この船団が出向した6年前。ジャピター子爵には爵位が無く、そこそこに大きな船を所有する豪商でしかなかった。
この6年で国に功績を認められて、男爵となったのが3年前。
あれよあれよという間に半年前には子爵になった。
長い航海を終えて出迎えた家族と抱き合う船員たち。
歓声と無事の帰国を祝い、労う声で溢れる中、ジャピター子爵は1人の紳士に声をかけた。
「無事の航海なによりだ」
「ジャピターさん!無事に戻って参りました!」
日に焼けた顔に白い歯をニッと見せて少年の様な笑顔を向けた紳士。
「どうだった?海の向こうの大陸には販路拡大が望めそうか?」
「はい。繊維業が盛んでした。原材料になる羊毛、綿花、そして羽毛は幾らあっても足りないと。それから養蚕と言って蚕を使った絹糸の生産も盛んでした」
「そうか。大きな収穫だな。そうそう。これは6年分の手当だ。早く家族の元に持って行ってやれ」
「こんなに‥ありがとうございます!」
「それから…ホピスタル王国では太ももや臀部の皮膚を使って移植と言う医療法も合法化されたそうだ。これはその資料だが目を通しておいて損はないだろう」
「移植‥自分の皮膚をですか…」
手渡された書類に手が震える。
現金はかなりの量になるため、6年分の報酬額が書かれた書類を論文と一緒にジャピター子爵から手渡されたのはコーディリアの兄、オベロン。
家族に合わせる顔がないと家を飛び出したものの行く当てもない。
どうしようかと彷徨っていて、ジャピターに拾われた。
ジャピターは大陸で商売をしているが、いずれは頭打ちになる。
早くから海路を開き、船で10日、2週間、1か月と徐々に日数を重ねることで行ける国との交易も行ってきた。
その中で時化っていない状態で船を1か月半走らせた先にある島で更に向こう側にはマージカル王国のある大陸並みに大きな大陸がある事を教えられた。
これは商売のチャンス!!
しかし問題があった。
当時は半年に及ぶ船旅が出来る船がなく、ジャピターは借金をして大型船を新造した。
オベロンと出会ったのは新造した船の進水式の帰りだった。
船は出来てもジャピターにはまだ問題があった。
あまりにも遠い大陸は当然言語も慣習も異なる。
船員たちは信用のおける者ばかりだが、それは航海に於いての事で長い船旅の先にある大陸で相手国の慣習や宗教をいち早く理解し「対話」が出来る人間を探していた。
勉学にだけ長けていてもダメ。先ずは船旅に耐えられる体力と、海の上では何があっても自己責任。生きては戻れない事も受け入れる精神力も兼ね備えた人間が必要だった。
オベロンは最適だったのである。
言葉は悪いが、後がないのでがむしゃらにやるしかない。
社交もしていて額もあり、後ろがない状態はジャピター子爵には非常に都合が良かった。
なので、6年間の賃金と成功報酬も含めて1億でオベロンと契約をした。
「早く持って行ってやれ。親父さんも妹さんも心配してるだろうからな」
「はい!ありがとうございます」
オベロンもジャピター子爵も知らなかった。
王都から離れた港町。ジャピターが爵位を賜る前にウーラヌス家は没落。ウーラヌス伯爵が天に召された事も、今はコーディリアが当主になって田舎の領に住んでいる事も。
社交を始めた頃にはウーラヌス家の噂もとっくに消えていて過去のものだったので耳に入ることもなかった。
唯一まだ爵位が無かった頃に第3王子が辺境に送られるとか、そんな話は聞こえてきたけれどジャピターが目指していたのは海。山の中にある辺境には王子が送られようが移住しようが興味が無かった。
オベロンは船旅に出たので当然知る由もない。
馬車を乗り継ぎ、時に歩いて走ってオベロンが王都に到着をしたのは帰国をして11日目の事だった。
「変わってないなぁ」
王都の街並みを見て、オベロンはタイムスリップして6年前に戻った気さえしていた。
父とよく仕立てを頼んだ店は相変わらず少し斜めになった看板もそのままに営業しているし、屋敷に食材や消耗品を納品していた商店も相変わらず威勢のいい声を店主が道行く人に掛けていた。
小さな変化はあった。
6年前にまだ幼かった子が可愛い声を上げて看板娘になっていたりと成長を見つけた時は、間違い探しをしているようなワクワクした気分になった。
何も変わっていない。
そんな安心感を覚えながら見知った道を歩き、貴族の住まう一画にきてオベロンの足が止まった。
あるべき筈のものがない。
生れた時から住んでいたウーラヌス伯爵家は取り壊されて広い更地になっていた。
「父上は?リアは?」
キョロキョロと周囲を見回し、見知った顔を見つけると駆け寄った。
「オベロンか?!懐かしいな。元気か?」
「父は?妹は?何故屋敷が無いんです?」
顔なじみだった男爵家の当主の顔は6年前より皴が増えていた。
「心配したんだぞ」と声をかけられるが、オベロンはそこで父が亡くなった事、そして妹のコーディリアがウーラヌス家が所有していた中で一番小さくて貧しいが故に買い手がつかなかった領に引っ越したことを知らされた。
「そんな、父上が?」
「残念だったよ。でも妹さんは生きてる。会いに行ってやれ」
オベロンには男爵の励ましも虚しく聞こえた。
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