上 下
31 / 39

31:アレックスの焦り

しおりを挟む
「お前はいったい何をしているんだ!」
「申し訳…ありません」
「成婚の儀まで10日もないんだぞ?隣国とは協定で慶事には争い事を起こさないと取り決めもある。何故ベアズリー侯爵家、しかも子息に先触れなどを送っているのだ」


アレックスの頭の中は生命維持をする以外は卒業式で見た女性の事で占められていた。
けんもほろろにロランドに追い返された後も、ロランドに登城するよう先触れをだしていた。片手の数を過ぎたあたりでベアズリー侯爵家から正式に抗議が国王に届いた。


慶事のある時には他国は攻めて来なくとも魔獣や、野盗は違う。
ベアズリー侯爵家は「成婚の儀を恙無く成功させる」為に警備に当たっている。
そこに成婚の儀の主役であるアレックスから何度も先触れが届く。

「聞けば子息に嫁いだ令嬢の事を聞きたいだと?お前の望み通りにレード公爵令嬢を婚約者とし、成婚の儀も予定通りとしただろう。前回の予言の行き違い、尻拭いに追われている最中だというのに。その上、離宮の改修は全く手つかずではないか」

「離宮についてはレード公爵に任せていますので」

「そう言う事はお互いが話し合い決めるのだ。片方に丸投げをしてどうする!‥‥まさかこの段階になって相手を元に戻せなどという事を言いだすなよ?」

「元に?どういう事です?」

「お前がしつこく先触れを出し!ベアズリー侯爵に問い合わせをしている令嬢はキングル伯爵家からベアズリー侯爵子息に嫁いだ令嬢の事だ。判るか?元婚約者の事を教えろとお前は言っているという事だ!」

「キングル伯爵家っ?まさか…で、ですが…」

「ですがも、ですよもない!15年も婚約をしていた者の事を問うてどうしようと言うのだ?今更何を知りたいと言うのだ」

「違います!あれはマジョリーではありません!」


バシャン!!

音が消えた後、アレックスの足元にポタポタと雫が落ちる。
国王は手元にあった茶をアレックスに浴びせたのである。
侍女が慌ててアレックスに駆け寄るのを国王が止める。

「そんな事はしなくていい。持ち場に戻れ」
「はい、御前を失礼いたしました」

チラリとアレックスを横目で見ると侍女は下がって行く。
侍女がアレックスから距離を取った事で、国王は溜息交じりの声を出した。


「捨てた玩具を他人が拾ったから惜しくなったか?発現もしなかった娘だ。お前のする事は間もなく認定をし直すレード公爵令嬢と成婚の儀を済ませ、子を作る事だ。救世主の血を王家に取り込むのがお前の仕事だ」


国王もキングル伯爵家当主クロフォードには、慰謝料を支払う傍らで新しい婚約者について数人を選び、打診をしたのだが、丁重に断りが届いた。
王家との縁はもう持ちたくないと言葉にせずとも判るのだが、体裁があると言えば「もう決まった」とクロフォードは答えた。

相手はベアズリー侯爵子息。
一度結婚歴はあるが結婚期間は4年でも実質1日も経たずに破綻した男。

――傷物同士で静かに過ごさせたいのだろう――

ベアズリー侯爵子息の過去の離縁については、国王も報告は受けていた。
過去を掘り返すような真似はしたくないし、ベアズリー侯爵家もされたくはないだろうと触れずにいたのにアレックスが動き回る。正式な抗議文まで届いてしまっては静観は出来なくなった。

テレンスによりマジョリーの発現は徹底的に伏せられているため、知る事のない者は王家を含め「過去の女に未練のある王子」だと面白おかしく吹聴し始める。
時期も成婚の儀の直前となれば悪すぎるのだ。

アレックスはあの女性がマジョリーである事が信じられない。
半分意識が放心したまま執務室に戻ってきたアレックスに「新しい知らせ」が届いていた。




新しい知らせは執務室に訪れたレーグ公爵家に置いている従者が齎した。

「ミッシェル様が予言をされました」

従者の声に執事が暦に目をやる。
前回の予言が「勘違いによる不発」に終わって22日目。
普通の人間であれば22日も飲み食いを止められていれば死んでしまうだろう。

「救世主ともなれば、体の造りも変わるのでしょうか」

執事の疑問にアレックスも暦を見た。念のために指も折って数えてみるが22日間である。前後を差し引いても20日間は部屋の扉は開かれていない。
腹が減れば天の声が聞こえるという事は「食欲」という当たり前に感じる者が、人知を超えたものになったのかも知れないと考えた。

「どんな予言だ」
「はい、上弦の月が空に浮かぶ国土の南東。大風が吹き荒れ空に全てが舞い上がる。のだそうです」

「時期は何時だ」
「それが…天の声はこれだけだったと仰っておりますが、上弦の月と言う事は新月から満月に月が満ちるまでの間となりますので、成婚の儀が執り行われるのは満月ですから早ければもうその時期に入っております」

「殿下、予言と合致するかは判りませんが、南東の外れにある島でこの時期特有の大風が渦を巻き、海の水をも空に巻き上げたと報告はあります。第一報ですので数日のうちに正確な情報は入ってくると思いますが」

「ですが、そうなると事象が先に起きたとなります。予言が後だと言われかねません」

「離れた地で起こった事を言いあてられるとは!!殿下、今までは到着する頃にはもう被災民は自活を始めていましたが、これはもしや早々に救助隊などを派遣できるのではありませんか?」

距離があれば時間的なロスはどうしても出てしまう。
第一報がもたらされる前に既に救助隊を派遣出来れば、前回の挽回は出来るのではないか。アレックスは嬉しくもあったが同時に焦燥感に襲われた。


――やはりミッシェルが救世主なのだ――

アレックスの心が葛藤を始めた。
ミッシェルを正妃とせねばならないのはもう確定である。だが諦めきれない。
マジョリーだとは信じられない。髪をで別人だと思うような婚約期間ではない。そもそもでマジョリーに目を奪われた事も、気になった事も一度もない。

今、アレックスの心臓を激しく拍動させるような経験は、マジョリーを目の前にしても一度もなかった。

――あれはマジョリーではなく、キングル伯爵家のもう1人の娘じゃないか?――

ふとアレックスはマジョリーの妹であるローズマリーではないかという思いが脳裏を過ぎる。婚約者ではなくなった事から恥ずかしくて卒業式には出られない。しかし卒業としたという事実を知らしめるために卒業式だけ妹が成りすましたのではないか。

正式な書類も王家に出す必要がないベアズリー侯爵家なのだから、キングル伯爵令嬢と聞いて父の国王は本当はローズマリーなのにマジョリーだと思い込んだのではないか。

――なら、話は簡単じゃないか――

アレックスの表情が明るくなる。その心は声になって周りの耳に届いた。

「よし!南東の島に大規模な救助隊を編成し送る事にしよう。かき集められるだけ兵士と救援物資を集めてくれ。金は離宮の改修も進んでいないのだ。レード公爵に出させればいい。それから‥‥キングル伯爵家に先触れを出してくれ」

「キングル伯爵家?以前の婚約者‥‥の家ですか?」

「そうだ。急いでくれ」


従者は何故今になってキングル伯爵家に連絡を取るのだろうと思いつつも言われた通り先触れを出した。

アレックスは窓に映る己の顔を見て笑みを浮かべた。

妹が嫁いだのであれば、屋敷にいるのはマジョリー。
マジョリーであれば、少々「躾」をすれば妹を呼び戻し、場を設けさせる事も出来る。
あんな顔をした夫よりも、耳元で愛を囁けば簡単に心は手に入れられるだろうとほくそ笑む。

もし、妹ではなくマジョリーなのなら相当に美容に力を入れたのだろうと1人頷いた。
それほどまでに美しくなりたいと思ったのは、アレックスの隣に並ぶのは自分だったのにと、周りを悔しがらせるためだったに違いない。なんと健気で可憐なのだと1人悶えた。


☆~☆
申し訳ないっ!イレギュラーで30日はがっつり時間を取られてしまいました!
年内完結でガンガンとタイピングします!!

申し訳ないです<(_ _)>
しおりを挟む
1 / 5

この作品を読んでいる人はこんな作品も読んでいます!

悪役令嬢の祖母ですが、何か文句でもあるのですか!

恋愛 / 完結 24h.ポイント:28pt お気に入り:552

ぶち殺してやる!

現代文学 / 完結 24h.ポイント:298pt お気に入り:0

【全話まとめ】意味が分かると怖い話【解説付き】

ホラー / 連載中 24h.ポイント:84,348pt お気に入り:650

転生王子はダラけたい

ファンタジー / 連載中 24h.ポイント:10,806pt お気に入り:29,349

詩集「支離滅裂」

現代文学 / 連載中 24h.ポイント:200pt お気に入り:1

死が見える…

ホラー / 完結 24h.ポイント:639pt お気に入り:2

ラブ×リープ×ループ!

青春 / 完結 24h.ポイント:56pt お気に入り:15

処理中です...