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第16話 開かない扉
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船はアイリーンの国では建造が出来ない大きさがある。
甲板から上は操舵室があるが、下部は板で区切られて部屋になっていた。
一番船首にあるのがメレディスの部屋。決して広くはなくて一人用の寝台が2つ並べば足の踏み場もない。半分のスペースに1人用の寝台があって同じ広さで床板が見える。他には壁のフックに服が引っかけられているだけ。
レックスの部屋も同じだがレックスはハンモックで寝るので寝台はメレディスの部屋にある1つだけ。
その寝台はアイリーンが借りていた。
メレディスは敷布も無しに上着を掛布にして床で寝ていた。レックスの部屋で寝ないのは海水がしみ出してくるのでびしょ濡れになるからである。
「明日は出航だ。夜明けとともに出る」
「ではちゃんと起きてくださいね」
さっさと寝台に横になろうとするアイリーンをメレディスは「ちょっといいかな」と完全に体を横たえる前に止めた。
「アイちゃん。気持ちまで俺に向けろとは言わない。でも海上警備隊は甘くないんだ。喧嘩中ですと言っても信用してくれるかどうか」
「では演技ではなく本気でと仰るの?」
「そうだな。警備隊の前でキスするくらいは必要な演技になるかも知れないんだ。抱き寄せた時に表情も無かったら即バレだぞ?」
アイリーンは体を起こすとメレディスが前にしゃがみ込んで目線を合わせてくれた。
「俺とレックスは捕まる訳にはいかない。レックスが捕まると家族が食べて行けなくなるからな。レックスには貸しもあれば借りもあるんだ」
「ならここに置いて行けば――」
「それは出来ないと言った。なぁアイちゃんなんでそんなに死にたがるんだ」
視線を逸らすわけでもないがメレディスがアイリーンの瞳を見ても視線は合わない。アイリーンはメレディスを突き抜けた向こう側を見ていた。
「辛いことがあったんだとは思う。でもさ、投げやりって言うか、やる気のない素振りは止めようぜ」
「メレディスが人の何倍もやる気だからそう見えるだけです」
「いいや、違う。俺の直感が違うと言ってる。ぶっちゃけこの1週間でアイちゃん、変わると思ったけど全然変わらねぇだろ?読みが甘かったのもあるが…どうしてそんなに頑ななんだ?」
アイリーンは答えなかった。
表情もやはり変わらない。
メレディスはアイリーンの手を引き寄せて手で覆った。
「年下だから頼りないと思うだろうし、所詮偽装婚だ。少しの間だけの関係かも知れない。でもな?女が1人でしかも知らない国で生きていくのは並大抵の気構えで挑めるものじゃない。俺は陸に上がっても暫くアイちゃんの面倒は見る。一緒にいる間、隠し事があるなんて嫌だし…言い難いのは解る。でも聞いたことはレックスにも言わない。何か助けになれるかも知れないだろう?言ってくれないか?」
やはりアイリーンは何も答えてはくれなかった。
覆った手をポンポンと優しく叩くとメレディスはアイリーンの隣に腰かけた。
「つい先日からの知り合いだ。信用はゼロだろう。でももし…話をしても良いと思ったら言ってくれ。心の中にずっと抱え込んだままだと息苦しいだろ?」
ゆっくりとメレディスの方を向いたアイリーンにメレディスは「言ってくれるかな?」と期待をしたが…。
「明日は早いのでもう寝ます」
「あ、あぁ…そうだな」
やはりアイリーンの心は固く…かなり心の奥深くに扉があるようで開かれることはなかった。
――徐々に解凍していくしかないか――
メレディスは性急すぎた自身の言動を反省したのだった。
★~★
翌朝。
「メレディス、起きてください」
「んん…あと2時間…」
「ダメです。レックスが待っています」
「じゃぁあと5分…うにゃにゃ」
メレディスは寝起きが悪いのでレックスがそっと起こす秘訣を教えてくれていた。
『まず、掛布を剥ぎ取る。やつは丸くなるから項に濡れた布をあてるんだ。飛び起きるから』
レックスに伝授された通りに試すと学習しないのか毎朝、仕掛けるアイリーンが気持ちいいほどに飛び起きてくれる。
「メレディス。起きてください。今日は出航――あっっ?!」
「起きた」
メレディスはアイリーンの手首を掴んでグッと引き寄せてしまったのでアイリーンはメレディスの上半身に飛び乗る格好になってしまったが、メレディスの片方の手がアイリーンの背中をポンポン。優しく叩いた。
「これが妻の重みか。なんか気持ちいいな」
「停船した時のためでしょう?言ってみれば偽装婚です」
「じゃぁ本当にするか?俺は構わないが?」
「まだ寝ているんですか?起きてください」
「おわっ!!」
手にしていた濡れた布をメレディスの顔にべちゃっとあてたアイリーンはメレディスの腕の中からするりと体を抜いたのだが、メレディスは床で寝ている。四つん這いの姿勢になってしまった。
メレディスは垂れてきたアイリーンの髪の先をアイリーンの頬にコショコショあてたが、アイリーンはさっさと立ち上がってしまった。
「朝食は出来ています。早くお召し上がりください」
「つれないなぁ。アイちゃん。おはようのキスくらいしてくれよ」
「致しません。お食事が冷めてしまいます」
「はいはい。起きますよ」
頭をぽりぽり掻いたメレディスはアイリーンを後ろから抱きしめると肩に顎を乗せて耳元で囁いた。
「おはよ。アイちゃん」
「おはようございます」
「よし、飯、食おう」
隣でアイリーンの肩を抱き寄せて2人は上部にある食事室も兼ねた操舵室に向かった。
甲板から上は操舵室があるが、下部は板で区切られて部屋になっていた。
一番船首にあるのがメレディスの部屋。決して広くはなくて一人用の寝台が2つ並べば足の踏み場もない。半分のスペースに1人用の寝台があって同じ広さで床板が見える。他には壁のフックに服が引っかけられているだけ。
レックスの部屋も同じだがレックスはハンモックで寝るので寝台はメレディスの部屋にある1つだけ。
その寝台はアイリーンが借りていた。
メレディスは敷布も無しに上着を掛布にして床で寝ていた。レックスの部屋で寝ないのは海水がしみ出してくるのでびしょ濡れになるからである。
「明日は出航だ。夜明けとともに出る」
「ではちゃんと起きてくださいね」
さっさと寝台に横になろうとするアイリーンをメレディスは「ちょっといいかな」と完全に体を横たえる前に止めた。
「アイちゃん。気持ちまで俺に向けろとは言わない。でも海上警備隊は甘くないんだ。喧嘩中ですと言っても信用してくれるかどうか」
「では演技ではなく本気でと仰るの?」
「そうだな。警備隊の前でキスするくらいは必要な演技になるかも知れないんだ。抱き寄せた時に表情も無かったら即バレだぞ?」
アイリーンは体を起こすとメレディスが前にしゃがみ込んで目線を合わせてくれた。
「俺とレックスは捕まる訳にはいかない。レックスが捕まると家族が食べて行けなくなるからな。レックスには貸しもあれば借りもあるんだ」
「ならここに置いて行けば――」
「それは出来ないと言った。なぁアイちゃんなんでそんなに死にたがるんだ」
視線を逸らすわけでもないがメレディスがアイリーンの瞳を見ても視線は合わない。アイリーンはメレディスを突き抜けた向こう側を見ていた。
「辛いことがあったんだとは思う。でもさ、投げやりって言うか、やる気のない素振りは止めようぜ」
「メレディスが人の何倍もやる気だからそう見えるだけです」
「いいや、違う。俺の直感が違うと言ってる。ぶっちゃけこの1週間でアイちゃん、変わると思ったけど全然変わらねぇだろ?読みが甘かったのもあるが…どうしてそんなに頑ななんだ?」
アイリーンは答えなかった。
表情もやはり変わらない。
メレディスはアイリーンの手を引き寄せて手で覆った。
「年下だから頼りないと思うだろうし、所詮偽装婚だ。少しの間だけの関係かも知れない。でもな?女が1人でしかも知らない国で生きていくのは並大抵の気構えで挑めるものじゃない。俺は陸に上がっても暫くアイちゃんの面倒は見る。一緒にいる間、隠し事があるなんて嫌だし…言い難いのは解る。でも聞いたことはレックスにも言わない。何か助けになれるかも知れないだろう?言ってくれないか?」
やはりアイリーンは何も答えてはくれなかった。
覆った手をポンポンと優しく叩くとメレディスはアイリーンの隣に腰かけた。
「つい先日からの知り合いだ。信用はゼロだろう。でももし…話をしても良いと思ったら言ってくれ。心の中にずっと抱え込んだままだと息苦しいだろ?」
ゆっくりとメレディスの方を向いたアイリーンにメレディスは「言ってくれるかな?」と期待をしたが…。
「明日は早いのでもう寝ます」
「あ、あぁ…そうだな」
やはりアイリーンの心は固く…かなり心の奥深くに扉があるようで開かれることはなかった。
――徐々に解凍していくしかないか――
メレディスは性急すぎた自身の言動を反省したのだった。
★~★
翌朝。
「メレディス、起きてください」
「んん…あと2時間…」
「ダメです。レックスが待っています」
「じゃぁあと5分…うにゃにゃ」
メレディスは寝起きが悪いのでレックスがそっと起こす秘訣を教えてくれていた。
『まず、掛布を剥ぎ取る。やつは丸くなるから項に濡れた布をあてるんだ。飛び起きるから』
レックスに伝授された通りに試すと学習しないのか毎朝、仕掛けるアイリーンが気持ちいいほどに飛び起きてくれる。
「メレディス。起きてください。今日は出航――あっっ?!」
「起きた」
メレディスはアイリーンの手首を掴んでグッと引き寄せてしまったのでアイリーンはメレディスの上半身に飛び乗る格好になってしまったが、メレディスの片方の手がアイリーンの背中をポンポン。優しく叩いた。
「これが妻の重みか。なんか気持ちいいな」
「停船した時のためでしょう?言ってみれば偽装婚です」
「じゃぁ本当にするか?俺は構わないが?」
「まだ寝ているんですか?起きてください」
「おわっ!!」
手にしていた濡れた布をメレディスの顔にべちゃっとあてたアイリーンはメレディスの腕の中からするりと体を抜いたのだが、メレディスは床で寝ている。四つん這いの姿勢になってしまった。
メレディスは垂れてきたアイリーンの髪の先をアイリーンの頬にコショコショあてたが、アイリーンはさっさと立ち上がってしまった。
「朝食は出来ています。早くお召し上がりください」
「つれないなぁ。アイちゃん。おはようのキスくらいしてくれよ」
「致しません。お食事が冷めてしまいます」
「はいはい。起きますよ」
頭をぽりぽり掻いたメレディスはアイリーンを後ろから抱きしめると肩に顎を乗せて耳元で囁いた。
「おはよ。アイちゃん」
「おはようございます」
「よし、飯、食おう」
隣でアイリーンの肩を抱き寄せて2人は上部にある食事室も兼ねた操舵室に向かった。
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