あなたの愛は気泡より軽い

cyaru

文字の大きさ
42 / 52

第42話  短い手紙

しおりを挟む
王太子を追いかけて部屋に飛び込んだドウェインは不敬などどうでもいい。王太子の二の腕を掴み、前後に揺すった。

「殿下、どういう事なんです?何故アイリーンに献花を?死んだって事ですか?!何故?」
「落ち着け。と言っても無理だろうが」
「落ち着いています。お願いです。殿下はアイリーンの事をまるで知らないかのように言いましたよね?どういう事なんですか!」
「ドウェイン」

錯乱しそうに、いや錯乱しているドウェインに王太子は真っすぐ目を見て名を呼んだ。
動きを止めたドウェインに王太子は静かに言った。

「先に言っておく。これは彼女が選んだ事だ。国として生贄を求めたのは事実だがぎりぎりの直前になって気が変わっても咎める事も罰する事も無い。それを告げた上で彼女が選んだことだ」

生贄とショッキングな言葉にドウェインの目が見開き、王太子の二の腕を掴む手に力が入った。

「長く海が荒れて、国として海を鎮めるために生贄を捧げる事を決めた。何人か娘を使ってくれと申し出る家はあったが、彼女だけが無理やりではなく自主的に申し出て来たんだ」
「自主的に?あり得ません!!」
「本当にあり得ないと言い切れるか?」
「言い切れます!私はアイリーンを愛しているしアイリーンだって同じ気持ちなんです」
「そうかな?彼女が申し入れてきたのはお前が侯爵家に長い愛人遊びから戻る3カ月も前の事だったぞ」

「え」小さな声と同時にドウェインの手が王太子の二の腕からスルリと落ちた。

「彼女の友人も妃も侯爵家の使用人も皆が止めた。考え直せと何度も言った。だが彼女の気持ちは変わらなかった。何故だかわかるか?」
「私が‥‥不貞をしていた事、やはり知っていたのですか?」
「そんな言葉を吐くと言う事は見せつけていたか。最低だな」
「そんな事はしていません!家令に…言われたんです、侯爵家にいた者は知っていると…」
「そうか。彼女は言ったんだよ」
「何を…言ったんですか」

王太子はひと呼吸おいて告げた。

「ドウェインには真に愛する女性が出来た。自分が身を引くのが一番だ。痕跡が残ればお前が愛する女もいい気はしない。だから全てを消す、生まれた事すら消すのだとな」
「違う!違う…アイリーン!私はっアイリーン以外は愛せないのに!!」
「本当にそうか?彼女はお前が別の女に愛の言葉を囁く場を見たんだ。その後は…女に物を買えば請求が何処に来るか。考えもしない程に溺れたのだろう?」
「違いますっ!!私は!!」
「言い訳を吐く相手が違うだろう。尤も…言い訳も謝罪も今となっては出来ないがな。これは家令から預かった手紙だ。家令の手に負えなくなれば渡してくれと頼まれたそうだ。真実の愛の相手が傍に居れば不要だったようだと言われたが」


王太子の差し出した封書。ドウェインには見覚えがあった。
アイリーンが大切な人にだけ出す手紙に使っていた封書だ。

封を切るとほんの少し。ドウェインでなければ気が付かない僅か。アイリーンの香りがした。

震える手で中の便せんを取り出すが、震えが大きく「あ、あ、あ」母音を漏らすだけでドウェインは文字が読めなかった。

「しっかりしろ」

王太子は向かい合ってドウェインの手首を掴んだ。

揺れが小さくなり、ドウェインの目にアイリーンの書いた文字が飛び込んできた。


☆~☆

ドウェイン。
真に愛する女性との幸せが得られた事を、誰よりも祝福しています。

結婚おめでとうございます。
お幸せに。

☆~☆

短い文章だが、インクのない文字筆圧が幾つも重なっているのは書いては破り、書いては破りとしたのだろう。

照明に窪みが文字を見せると何も書かれていない白紙の部分に「愛して」「幸せだった」そんな文字が見えた時、罵倒する文字が並んでいれば。責める言葉であれば。どれくらい許された気になっただろう。

ドウェインは愚かな行いを悔い、涙が溢れて止まらなくなった。

ふとアイリーンの声がした気がして、もう遠く離れた王太子が花を投げ入れた方を振り返る。

【他に愛する人が出来たらちゃんと言って】
【私は貴方の足かせになりたくない】

ドウェインの耳にアイリーンの言葉が聞こえた。

「私っ…私はっ…なんてことを…アイリーン、アイリ…ウアァァァーッ!!」
「祝いの言葉だが、これはお前を諭す手紙だな。手が付けられなくった時に渡せとは。彼女らしいな」

バッと立ち上がったドウェインは船室から出て行こうとしたが王太子はドウェインの腕を掴んで首をゆっくり横に振った。

「殿っ…殿下っ…離してくださいっ!アイリーンがこんな広い海で!!たった1人でっ!!」
「ドウェイン。自死など考えるなッ!!本当に愛しているのならお前だけでもずっと弔ってやらねば彼女の事を人はいずれ忘れていくのだぞ」

王太子に腕を掴まれたままドウェインはその場に崩れ落ちた。

「アァァーッ…アイリッ…アイリーンッ!ガハァーッウグワァー」
しおりを挟む
感想 37

あなたにおすすめの小説

遡ったのは君だけじゃない。離縁状を置いて出ていった妻ーー始まりは、そこからだった。

沼野 花
恋愛
夫と子供たちに、選ばれなかったイネス。 すべてを愛人に奪われ、彼女は限界を迎え、屋敷を去る。 だが、その先に待っていたのは、救いではなかった。 イネスを襲った、取り返しのつかない出来事。 変わり果てた現実を前に、 夫はようやく、自分が何を失ったのかを思い知る。 深い後悔と悲しみに苛まれながら、 失ったイネスの心を取り戻そうとする夫。 しかし、彼女の心はすでに、外の世界へと向かっていた。 贖罪を背負いながらもイネスを求め続ける夫。 そして、母の心を知っていく子供たち。 イネスが求める愛とは、 そして、幸せとは――。

可愛らしい人

はるきりょう
恋愛
「でも、ライアン様には、エレナ様がいらっしゃるのでは?」 「ああ、エレナね。よく勘違いされるんだけど、エレナとは婚約者でも何でもないんだ。ただの幼馴染み」 「それにあいつはひとりで生きていけるから」 女性ながらに剣術を学ぶエレナは可愛げがないという理由で、ほとんど婚約者同然の幼馴染から捨てられる。 けれど、 「エレナ嬢」 「なんでしょうか?」 「今日の夜会のパートナーはお決まりですか?」  その言葉でパートナー同伴の夜会に招待されていたことを思い出した。いつものとおりライアンと一緒に行くと思っていたので参加の返事を出していたのだ。 「……いいえ」  当日の欠席は著しく評価を下げる。今後、家庭教師として仕事をしていきたいと考えるのであれば、父親か兄に頼んででも行った方がいいだろう。 「よければ僕と一緒に行きませんか?」

私があなたを好きだったころ

豆狸
恋愛
「……エヴァンジェリン。僕には好きな女性がいる。初恋の人なんだ。学園の三年間だけでいいから、聖花祭は彼女と過ごさせてくれ」 ※1/10タグの『婚約解消』を『婚約→白紙撤回』に訂正しました。

【完結】私が誰だか、分かってますか?

美麗
恋愛
アスターテ皇国 時の皇太子は、皇太子妃とその侍女を妾妃とし他の妃を娶ることはなかった 出産時の出血により一時病床にあったもののゆっくり回復した。 皇太子は皇帝となり、皇太子妃は皇后となった。 そして、皇后との間に産まれた男児を皇太子とした。 以降の子は妾妃との娘のみであった。 表向きは皇帝と皇后の仲は睦まじく、皇后は妾妃を受け入れていた。 ただ、皇帝と皇后より、皇后と妾妃の仲はより睦まじくあったとの話もあるようだ。 残念ながら、この妾妃は産まれも育ちも定かではなかった。 また、後ろ盾も何もないために何故皇后の侍女となったかも不明であった。 そして、この妾妃の娘マリアーナははたしてどのような娘なのか… 17話完結予定です。 完結まで書き終わっております。 よろしくお願いいたします。

私に用はないのでしょう?

たくわん
恋愛
サクッと読める短編集

お望み通り、別れて差し上げます!

珊瑚
恋愛
「幼なじみと子供が出来たから別れてくれ。」 本当の理解者は幼なじみだったのだと婚約者のリオルから突然婚約破棄を突きつけられたフェリア。彼は自分の家からの支援が無くなれば困るに違いないと思っているようだが……?

私が行方不明の皇女です~生死を彷徨って帰国したら信じていた初恋の従者は婚約していました~

marumi
恋愛
「あら アルヴェイン公爵がドゥーカス令嬢をエスコートされていますわ」 「ご婚約されたと噂を聞きましたが、まさか本当だとは!」 私は五年前までこの国の皇女エリシアだった。 暗殺事件に巻き込まれ、幼なじみで初恋の相手だった従者――アルヴェイン公子と共に命からがら隣国、エルダールへ亡命した。 彼の「必ず迎えに来る」その言葉を信じて、隣国の地で彼を待ち続けた……。 それなのに……。 やっとの思いで帰国した帝国の華やかなパーティー会場で、一際目立っているのは、彼と、社交界の華と言われる令嬢だった――。 ※校正にAIを使用していますが、自身で考案したオリジナル小説です。 ※イメージが伝わればと思い、表紙画像をAI生成してみました。

病弱な幼馴染を守る彼との婚約を解消、十年の恋を捨てて結婚します

佐藤 美奈
恋愛
セフィーナ・グラディウスという貴族の娘が、婚約者であるアルディン・オルステリア伯爵令息との関係に苦悩し、彼の優しさが他の女性に向けられることに心を痛める。 セフィーナは、アルディンが幼馴染のリーシャ・ランスロット男爵令嬢に特別な優しさを注ぐ姿を見て、自らの立場に苦しみながらも、理想的な婚約者を演じ続ける日々を送っていた。 婚約して十年間、心の中で自分を演じ続けてきたが、それももう耐えられなくなっていた。

処理中です...