あなたの愛は気泡より軽い

cyaru

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最終話  気泡の形

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ドウェインは船室に入ってからも「出せ」と暴れていた。

「私の真に愛する女は国にいなかったんです。あの国にいた。私を戻してください!殿下!!彼女こそ私の隣にいるべきなんです!もう迷いません!殿下!殿下!聞えてるんでしょう!?」

ドンドンと扉を叩くドウェインに王太子は答えることはなかった。

「なんて軽い愛なんだ。いや、アイツの父親が重すぎただけか」
「そんなに重いんですか?」

冷たい茶と茶菓子を運んできた船員が王太子に問いかけた。
コポコポと茶を注いでくれる船員の手元にある茶器が目の前に差し出された。

底にあった小さな気泡がポコッと浮かび上がって表面にくると弾けて見えなくなる。

「両極端なんだよ。あの親子は。似た者親子と思っていたんだが違ったようだ」
「ほどほどにって事ですね」
「重すぎて沈んでしまう愛も問題だが、早くに浮かび上がって気泡であった事も無かった事にある愛。極端なのは問題だな」
「そうですねぇ。ゆっくりなのが一番なのかも知れませんね。ほら」


船員が見せたのは茶器に注がれて表面まで上ってきた気泡が弾けずに残っているさま。

底から上ってきた気泡は全てが弾けて消えるわけではない。
ゆっくりと上ってきた気泡は表面を薄い膜で覆い、半球体になって残っていた。

――これが今のアイリーンなのだろうな――

アイリーンを助けようと軍人に食って掛かっていた男性を王太子は思い出した。
カッコいい所を見せようと勇んで行けばアイリーンがケガをする可能性がある。

ドウェインなら突進しただろう。
しかし状況を判断した男性は動きを止めた。
そんな小さな事でも、その先に起きるであろう事も考えての行動が出来るかどうかの判断になる。

関係のない第三者を貫いたアイリーン。
あの場で過去の思いをぶちまけてドウェインを詰る事もしなかった。
アイリーンもまた感情で動くことはせず、今、認めてしまえばどうなるか、先の事を考えての行動をした。

生贄になると決めた時もその場の感情ではなく、その先でドウェインが後悔をするだろうと見越しての事なら大したものだと王太子は感じた。

☆~★

帰国をしたドウェインに王太子は最後の仕事として永久的に出国を禁じる命令を出した。

「何故です?この国を出なければ彼女に会えない!私は名前も知らないんですよ?」
「何も知らない方がお互いにとって幸せだ。大人しくしていろ」
「殿下!私に諦めろと?それは死ねと同義です!」
「そうか。その程度の命の重さだ。直ぐに浮いて弾けることだろう」


ドウェインは生涯出国する事は出来ず、離宮からも追い出されて住む場を失った。
食べるためには仕事をせねばならない。

体まで売っていたシルフィーを探す気は全くなく、日雇いの仕事をしていたが夜空を天井にすれば雨の日は橋の下は早い者勝ちでいつも競争に負けた。

口入屋で住み込みの仕事があると聞いて向かった先は大きなゴミの回収をする会社だった。

「芸術家気取りの気狂いだったらしい。石膏像が大量にあるそうだから腰を痛めるなよ」

何人かとトラックの荷台に乗り込んで庭に散らばった石膏像を荷台に放り込む。
首が取れた石膏像を見てシルフィーに似ている気がしたが、気にせず荷台に放り込もうとしたら明後日の方向に飛んでしまい、池にボチャンと落ちてしまった。

「ま、いいか。池に入ると濡れるしな」

ドウェインはブクブクと沈んでいきながら泡を立てる様子も見ずに作業に戻ったのだった。


Fin

読んで頂きありがとうございました<(_ _)>

この後は‥‥メレディスとアイリーンを使った閑話だけにしとこうと思ったのですけども、リクエストがありましたので、あの夫婦の馴れ初めとその後を番外編で投稿しようかなと思います。

あの夫婦?そう、あの夫婦です(=^・^=)
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