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番外編 先代ブランジネ侯爵夫人の憂鬱~その1~
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「シスター・フィア。お話があります」
司祭に呼ばれ、部屋に出向くと修道女のフィアは考えたことも無かった言葉を掛けられた。
「本日をもって貴女は還俗となります」
「還俗?どういう事でしょう?不手際が御座いましたか?」
フィアには修道院を追い出されるような失態や不手際を犯した記憶は全くなかった。
15歳の時に、5年婚約をしていたジエラ伯爵家のマーカスと、友人のエミリアが不貞行為を犯し婚約破棄になった。
有責ではないけれど、世間はフィアにも原因があったと吹聴する。慰謝料を貰って婚約解消で良いじゃないかと父親は言ったけれど、祖父が頑として許さなかった。
エミリアは男爵令嬢。伯爵家が男爵家に舐められるのは我慢ならないとエミリアの家にも慰謝料を堂々と請求する事の出来る婚約破棄しか祖父には選択肢がなかったのだ。
優先されるは家名にプライド。
祖父は男爵家は破産し爵位返上、ジエラ伯爵家もかなりの窮地に追い込まれる事で留飲を下げようとした。
婚約破棄となる事でフィアも傷物扱いされる事まで考えてはくれなかったのだ。
3女でもあった事から早々に家から離れる事で家へのダメージが抑えられる。
フィアは修道院に入って籍を抜けた。
その日から26年。純潔を守り通し、日々神に身を捧げて奉仕してきたのに突然言い渡された還俗。今更修道院を出てどうやって生きていけと言うのか。フィアは途方に暮れた。
荷物も左程にない。一番嵩張るのは修道服だが持ち出す事も無いのでトランクは置き方次第で荷物が偏ってしまうほどに中身もなかった。
実家のセルモ伯爵家から迎えが来るのかと思えば、フィアを迎えに来たのはブランジネ侯爵家の豪奢な馬車だった。扉が開くと、子供がいれば末っ子になるか。そんな年齢の男性が満面の笑みで降りて来た。
「愛するフィア。もう貴女を煩わせるものは何もありません」
「愛す…え?煩わせるとはどういうことです?」
男性の言葉の意味が判らなかったフィアが振り返ると司祭が見送りに来ていて、「迎えはこの人で間違いない」と言うので馬車に乗りこんだ。
この時フィアは41歳。
憂鬱で束縛のキツイ人生が始まった。
男性の名はレイジェル・ブランジネ。
建国以来長く続く名家ブランジネ侯爵家の当主で年齢は18歳。
家督相続は16歳から出来るので年齢的に問題はないが、問題がないのは法的な年齢だけでレイジェルという男性そのものが問題の塊である事など、馬車に揺られるフィアには思いもしない事だった。
大きな屋敷の門をくぐる。そこはブランジネ侯爵家でフィアは到着して直ぐ、息子と言って過言ではないレイジェルと婚姻が既に調っている事を知らされた。
「結婚式なんて不要だ。私の愛しいフィアが世のオスどもの目に蹂躙されるなんて耐えられない」
「蹂躙って…」
「愛してる。何よりも…この命だってフィアが差し出せと言えば直ぐに差し出すよ」
貴族には政略結婚で夫婦となる男女は少なくなかったので、年齢差が50なんて夫婦も珍しいが無い訳ではない。家の政略で強制的に還俗し、23歳も年齢差があっても嫁ぐしかなかったのだろうかと思ったが違った。
「フィアの事を蔑ろにした家は潰しておいたよ。頑張ったんだ。褒めて」
「褒めてって‥それよりも潰したってどういう事ですの?」
「言葉の通りだよ?」
キョトンとして、真っすぐにフィアの目を見て撫でてくれと頭を差し出してくるレイジェル。
「フィアを虐めた奴は許さないと決めてるんだ。先ずフィアが修道院に入る根本の原因になったジエラ伯爵家のマーカスだったかな。当主になっててね。妻はエミリア。知ってるよね?」
「え。えぇ…」
「邪魔だから潰したよ」
手で子供が泥団子を作る時のようにギュッギュと握っている素振りは言葉とリンクするのか。怖くて想像できなかった。
「フィアの両親と兄も吊るしておいた。爺さんはもう死んでたから墓のある個所を開発するようにしたんだ。もう弔う必要もないねっ♡」
「‥‥っ?!」
吊るすと言う時もまるで狩りをした後に獲った獲物を移動する時に邪魔にならないように縄で縛りあげているかのような仕草。ふと頭を最悪の想像図が描かれそうになったけれど振り払った。
「大丈夫。それって冤罪?なんて言われないようにちゃんと彼らは性懲りもなく罪を犯してる。罪を犯せば罰を受けるのは当然だよ」
後で知ったが、この時マーカスが犯した罪はレストランを出た後に間違って子爵家の馬車に乗りこもうとして間違いを指摘されての難癖で一族連座。実家は兄が平民女性と不貞をしていた事で神への冒涜としてこちらも一族連座。
どちらも罪は罪だが家が潰されたり、一族郎党を巻き込むほどの重罪ではない。
「この程度で?」と訴えて来たのでどの程度なら許されるのかと「ほんの80時間くらい話を聞いた」と軽く言う。異常だ。
その「ほんの80時間」の間に挨拶をしなかった、敬意を払わなかったなど高位貴族に対しての不敬を適用したのだ。
「寝ずにそんな事をしたら誰だって少しくらいは言葉も悪くなるでしょう?」
「僕はならないよ?」
例えるなら、万引きなら窃盗を甘く考えるのか?と公言させられるとなれば誰しも口をつぐんでしまうもの。フィアはレイジェルの笑みの裏に見え隠れする狂気に慄いた。
結婚生活は周囲から見れば「猛獣の檻」がフィア。
フィアの傍に居る限りレイジェルの狂気が外に向くことはない。勿論フィアを否定する事も許されないが。
過度な溺愛はフィアの精神をガリガリと削っていく。
そんあある日、フィアがキレた。
「私は1人で食事がしたいのです!」
「どうして?何故そんな事を言うんだ?」
「貴方が咀嚼したものしか食べられない!口移しでしか飲み物も飲めない!不浄だって1人でさせて貰えない!一緒にいる事が苦痛なの!」
結婚をして2か月。よくぞフィアが耐えられたと誰もが思ったものだが、レイジェルは狂人だった。
「どうして?フィアにとって大事な事だよ?毒が入っていたらどうする?不浄だから狙われる事だってあるんだ。心配なんだよ。離れていると身を引き千切られる思いがするんだ」
自分が間違ったことをしているとは微塵も思っていなかったのである。
「引き千切られるですって?じゃぁ千切りなさいよ!」
「千切れば傍にいていいのか?離れずに済むのか?」
フィアはレイジェルの返しに全身の血が凍ったかと思った。
剣を手に取ったレイジェルは迷うことなく太ももに剣を突き立てて体を引いて血飛沫が上がった。レイジェルから飛び散る血にまみれたフィアは卒倒してしまった。
剣が足に刺さったままレイジェルは駆け寄り抱きしめたが出血が酷くレイジェルは死の淵を彷徨った。
目覚めてからもフィアが「やめて」と手を振り払えば「こんな手はいらない」と自分の腕を切り落とそうとするし、「見ないで」と言えば目を潰そうとする。
それが気を引くパフォーマンスではないから笑えない。
フィアはうっかりとした一言すら許されなくなった。
追い詰められたフィアが倒れれば使用人が責められる。家出などしてしまったら使用人がどうなるか。恐ろしくて想像したくなかった。
そうこうしているうちに、フィアはレイジェルから逃げようにも逃げられない体になった。妊娠してしまっていたのである。
1人ならどこで野垂れ死んでも仕方がないが、長く修道女だったフィアにはまだ腹の中にあると言っても1つの命を消す選択をする事は禁忌とされている以上出来なかった。
「お願いがあるの」
「フィアのお願いなら何でも聞くよ」
「食事はレイと向かい合って食したいの。同じものを同じ時にレイと食べている。そんな幸せが欲しいの」
「僕の咀嚼じゃだめ?」
「それだどレイだけ、私だけでしょう?一緒の動作をしたいの」
「解ったよ」
「お願いがあるの」
「何?フィアのお願いって何だろう。楽しみだな」
「御不浄は1人で済ませたいの」
「何故?危険だよ」
「だから…ドアは閉じないわ。手を繋いで…ダメかしら?」
こんな子供でもしない頼みをせねばならない夫婦関係。
フィアは一度は神に身を捧げたのだからと、レイジェルを受け入れつつも時間をかけてゆっくり妥協点を探す事にした。
歪んだ愛の原因はレイジェルの両親にもあるとフィアは考えていた。
生粋の貴族令嬢だったレイジェルの母はレイジェルの養育を全て乳母や使用人に任せていた。そんな母親である妻を溺愛する夫。
きっとレイジェルは家族の愛に飢えている。
ならば子供が生まれれば乳母や使用人任せにせず、家ではなく家族を築こう。
こんなレイジェルでも父親になれば変わってくれる。
小さな希望だった。
出産の痛みの間隔が短くなってもレイジェルが産婆を呼ばない事ももう諦めていた。子供は秘部から出て来ると知ったレイジェルが産婆が子を取り上げることを許さなかったのだ。
――子供が生まれれば我が子なんだから変わってくれる――
そう信じ、ドウェインをこの世に送り出したが、一瞬で思いは砕け散った。
レイジェルは胎盤に繋がる臍の緒をナイフ出来ると、赤子を放り投げたのだ。
一瞬の事に産婆の助手が滑り込んで受け止めなかったらどうなった事か。
フィアのその後の処置も全てレイジェルが行い、フィアが我が子ドウェインを胸に抱いたのは産後4か月目だった。それまで一目も会わせて貰えなかった理由は、住まいすらドウェインは敷地も別の別邸に追いやられていたからである。
「レイ、どうして?私たちの子供よ?」
「女なら100歩譲って一緒に住んでもいいが、オスはだめだ」
「オスって…貴方の子なのに」
「我が子であろうが男は論外だ。フィアの目に男が映る事は許さない」
我が子なのに夫に隠れてでしかあやす事も出来ない。
レイジェルは出産時のフィアの苦しみを間近に見て、二度と子供は作らないと宣言してしまったことから義両親が後継ぎのスペアを根回しした若い令嬢を送り込んできた。
勝ち誇ったようにフィアを見た令嬢は、2時間もしないうちに首から下の体を失い、見下してきた目は開かれたまま何も映していなかった。
レイジェルは麻袋に入れて、令嬢の親に「侯爵家の侵入者」だと送り返したのだ。
義両親ですら翌日、郊外の屋敷が全焼して亡くなった。
令嬢の実家は死人に口なしで侵入者ではないと擁護してくれる者を失い、慰謝料を払った後は爵位を返上し地方に消えて行った。
レイジェルに娘をと差し出す家はピタリと無くなった。
そんなフィアはドウェインが11歳の初登城の日を迎えた時までに会った回数は10回にも満たなかった。
司祭に呼ばれ、部屋に出向くと修道女のフィアは考えたことも無かった言葉を掛けられた。
「本日をもって貴女は還俗となります」
「還俗?どういう事でしょう?不手際が御座いましたか?」
フィアには修道院を追い出されるような失態や不手際を犯した記憶は全くなかった。
15歳の時に、5年婚約をしていたジエラ伯爵家のマーカスと、友人のエミリアが不貞行為を犯し婚約破棄になった。
有責ではないけれど、世間はフィアにも原因があったと吹聴する。慰謝料を貰って婚約解消で良いじゃないかと父親は言ったけれど、祖父が頑として許さなかった。
エミリアは男爵令嬢。伯爵家が男爵家に舐められるのは我慢ならないとエミリアの家にも慰謝料を堂々と請求する事の出来る婚約破棄しか祖父には選択肢がなかったのだ。
優先されるは家名にプライド。
祖父は男爵家は破産し爵位返上、ジエラ伯爵家もかなりの窮地に追い込まれる事で留飲を下げようとした。
婚約破棄となる事でフィアも傷物扱いされる事まで考えてはくれなかったのだ。
3女でもあった事から早々に家から離れる事で家へのダメージが抑えられる。
フィアは修道院に入って籍を抜けた。
その日から26年。純潔を守り通し、日々神に身を捧げて奉仕してきたのに突然言い渡された還俗。今更修道院を出てどうやって生きていけと言うのか。フィアは途方に暮れた。
荷物も左程にない。一番嵩張るのは修道服だが持ち出す事も無いのでトランクは置き方次第で荷物が偏ってしまうほどに中身もなかった。
実家のセルモ伯爵家から迎えが来るのかと思えば、フィアを迎えに来たのはブランジネ侯爵家の豪奢な馬車だった。扉が開くと、子供がいれば末っ子になるか。そんな年齢の男性が満面の笑みで降りて来た。
「愛するフィア。もう貴女を煩わせるものは何もありません」
「愛す…え?煩わせるとはどういうことです?」
男性の言葉の意味が判らなかったフィアが振り返ると司祭が見送りに来ていて、「迎えはこの人で間違いない」と言うので馬車に乗りこんだ。
この時フィアは41歳。
憂鬱で束縛のキツイ人生が始まった。
男性の名はレイジェル・ブランジネ。
建国以来長く続く名家ブランジネ侯爵家の当主で年齢は18歳。
家督相続は16歳から出来るので年齢的に問題はないが、問題がないのは法的な年齢だけでレイジェルという男性そのものが問題の塊である事など、馬車に揺られるフィアには思いもしない事だった。
大きな屋敷の門をくぐる。そこはブランジネ侯爵家でフィアは到着して直ぐ、息子と言って過言ではないレイジェルと婚姻が既に調っている事を知らされた。
「結婚式なんて不要だ。私の愛しいフィアが世のオスどもの目に蹂躙されるなんて耐えられない」
「蹂躙って…」
「愛してる。何よりも…この命だってフィアが差し出せと言えば直ぐに差し出すよ」
貴族には政略結婚で夫婦となる男女は少なくなかったので、年齢差が50なんて夫婦も珍しいが無い訳ではない。家の政略で強制的に還俗し、23歳も年齢差があっても嫁ぐしかなかったのだろうかと思ったが違った。
「フィアの事を蔑ろにした家は潰しておいたよ。頑張ったんだ。褒めて」
「褒めてって‥それよりも潰したってどういう事ですの?」
「言葉の通りだよ?」
キョトンとして、真っすぐにフィアの目を見て撫でてくれと頭を差し出してくるレイジェル。
「フィアを虐めた奴は許さないと決めてるんだ。先ずフィアが修道院に入る根本の原因になったジエラ伯爵家のマーカスだったかな。当主になっててね。妻はエミリア。知ってるよね?」
「え。えぇ…」
「邪魔だから潰したよ」
手で子供が泥団子を作る時のようにギュッギュと握っている素振りは言葉とリンクするのか。怖くて想像できなかった。
「フィアの両親と兄も吊るしておいた。爺さんはもう死んでたから墓のある個所を開発するようにしたんだ。もう弔う必要もないねっ♡」
「‥‥っ?!」
吊るすと言う時もまるで狩りをした後に獲った獲物を移動する時に邪魔にならないように縄で縛りあげているかのような仕草。ふと頭を最悪の想像図が描かれそうになったけれど振り払った。
「大丈夫。それって冤罪?なんて言われないようにちゃんと彼らは性懲りもなく罪を犯してる。罪を犯せば罰を受けるのは当然だよ」
後で知ったが、この時マーカスが犯した罪はレストランを出た後に間違って子爵家の馬車に乗りこもうとして間違いを指摘されての難癖で一族連座。実家は兄が平民女性と不貞をしていた事で神への冒涜としてこちらも一族連座。
どちらも罪は罪だが家が潰されたり、一族郎党を巻き込むほどの重罪ではない。
「この程度で?」と訴えて来たのでどの程度なら許されるのかと「ほんの80時間くらい話を聞いた」と軽く言う。異常だ。
その「ほんの80時間」の間に挨拶をしなかった、敬意を払わなかったなど高位貴族に対しての不敬を適用したのだ。
「寝ずにそんな事をしたら誰だって少しくらいは言葉も悪くなるでしょう?」
「僕はならないよ?」
例えるなら、万引きなら窃盗を甘く考えるのか?と公言させられるとなれば誰しも口をつぐんでしまうもの。フィアはレイジェルの笑みの裏に見え隠れする狂気に慄いた。
結婚生活は周囲から見れば「猛獣の檻」がフィア。
フィアの傍に居る限りレイジェルの狂気が外に向くことはない。勿論フィアを否定する事も許されないが。
過度な溺愛はフィアの精神をガリガリと削っていく。
そんあある日、フィアがキレた。
「私は1人で食事がしたいのです!」
「どうして?何故そんな事を言うんだ?」
「貴方が咀嚼したものしか食べられない!口移しでしか飲み物も飲めない!不浄だって1人でさせて貰えない!一緒にいる事が苦痛なの!」
結婚をして2か月。よくぞフィアが耐えられたと誰もが思ったものだが、レイジェルは狂人だった。
「どうして?フィアにとって大事な事だよ?毒が入っていたらどうする?不浄だから狙われる事だってあるんだ。心配なんだよ。離れていると身を引き千切られる思いがするんだ」
自分が間違ったことをしているとは微塵も思っていなかったのである。
「引き千切られるですって?じゃぁ千切りなさいよ!」
「千切れば傍にいていいのか?離れずに済むのか?」
フィアはレイジェルの返しに全身の血が凍ったかと思った。
剣を手に取ったレイジェルは迷うことなく太ももに剣を突き立てて体を引いて血飛沫が上がった。レイジェルから飛び散る血にまみれたフィアは卒倒してしまった。
剣が足に刺さったままレイジェルは駆け寄り抱きしめたが出血が酷くレイジェルは死の淵を彷徨った。
目覚めてからもフィアが「やめて」と手を振り払えば「こんな手はいらない」と自分の腕を切り落とそうとするし、「見ないで」と言えば目を潰そうとする。
それが気を引くパフォーマンスではないから笑えない。
フィアはうっかりとした一言すら許されなくなった。
追い詰められたフィアが倒れれば使用人が責められる。家出などしてしまったら使用人がどうなるか。恐ろしくて想像したくなかった。
そうこうしているうちに、フィアはレイジェルから逃げようにも逃げられない体になった。妊娠してしまっていたのである。
1人ならどこで野垂れ死んでも仕方がないが、長く修道女だったフィアにはまだ腹の中にあると言っても1つの命を消す選択をする事は禁忌とされている以上出来なかった。
「お願いがあるの」
「フィアのお願いなら何でも聞くよ」
「食事はレイと向かい合って食したいの。同じものを同じ時にレイと食べている。そんな幸せが欲しいの」
「僕の咀嚼じゃだめ?」
「それだどレイだけ、私だけでしょう?一緒の動作をしたいの」
「解ったよ」
「お願いがあるの」
「何?フィアのお願いって何だろう。楽しみだな」
「御不浄は1人で済ませたいの」
「何故?危険だよ」
「だから…ドアは閉じないわ。手を繋いで…ダメかしら?」
こんな子供でもしない頼みをせねばならない夫婦関係。
フィアは一度は神に身を捧げたのだからと、レイジェルを受け入れつつも時間をかけてゆっくり妥協点を探す事にした。
歪んだ愛の原因はレイジェルの両親にもあるとフィアは考えていた。
生粋の貴族令嬢だったレイジェルの母はレイジェルの養育を全て乳母や使用人に任せていた。そんな母親である妻を溺愛する夫。
きっとレイジェルは家族の愛に飢えている。
ならば子供が生まれれば乳母や使用人任せにせず、家ではなく家族を築こう。
こんなレイジェルでも父親になれば変わってくれる。
小さな希望だった。
出産の痛みの間隔が短くなってもレイジェルが産婆を呼ばない事ももう諦めていた。子供は秘部から出て来ると知ったレイジェルが産婆が子を取り上げることを許さなかったのだ。
――子供が生まれれば我が子なんだから変わってくれる――
そう信じ、ドウェインをこの世に送り出したが、一瞬で思いは砕け散った。
レイジェルは胎盤に繋がる臍の緒をナイフ出来ると、赤子を放り投げたのだ。
一瞬の事に産婆の助手が滑り込んで受け止めなかったらどうなった事か。
フィアのその後の処置も全てレイジェルが行い、フィアが我が子ドウェインを胸に抱いたのは産後4か月目だった。それまで一目も会わせて貰えなかった理由は、住まいすらドウェインは敷地も別の別邸に追いやられていたからである。
「レイ、どうして?私たちの子供よ?」
「女なら100歩譲って一緒に住んでもいいが、オスはだめだ」
「オスって…貴方の子なのに」
「我が子であろうが男は論外だ。フィアの目に男が映る事は許さない」
我が子なのに夫に隠れてでしかあやす事も出来ない。
レイジェルは出産時のフィアの苦しみを間近に見て、二度と子供は作らないと宣言してしまったことから義両親が後継ぎのスペアを根回しした若い令嬢を送り込んできた。
勝ち誇ったようにフィアを見た令嬢は、2時間もしないうちに首から下の体を失い、見下してきた目は開かれたまま何も映していなかった。
レイジェルは麻袋に入れて、令嬢の親に「侯爵家の侵入者」だと送り返したのだ。
義両親ですら翌日、郊外の屋敷が全焼して亡くなった。
令嬢の実家は死人に口なしで侵入者ではないと擁護してくれる者を失い、慰謝料を払った後は爵位を返上し地方に消えて行った。
レイジェルに娘をと差し出す家はピタリと無くなった。
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