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1:婚約の解消

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「婚約」というものはお互いの自由を縛るものでも御座いましたが、意外とあっさり解消できるもののようで御座います。

「お前はそれを「はい、わかりました」と受けてきたのか」

唾を飛ばしながら激昂しているのはわたくしの父方の叔父で父亡き後、この伯爵家の代理当主をしているライネオス叔父様。

「判りましたではなく、承知しましたです」
「そんな小さな違いを正しているのではないっ!」

大きいも小さいもなく、端的に報告をしたのです。


「ジョージ様がお前とは結婚しない。婚約は解消すると仰られました」

と、婚約者の定期茶会から帰宅し、ありのままを報告しただけです。




ジョージ様と言うのは、ほんのつい先ほどまでわたくしの婚約者だったコルム公爵家のご子息で御座います。わたくしとしましては、正直面倒な公爵家との縁が切れて大変に僥倖と思っていたのです。

ジョージ様は重度の母親依存症。所謂「マザコン」で御座いました。
公爵夫人もかなりの重症な息子依存症、所謂「ムスコン」。
公爵夫人の言葉が全てで、片時も公爵夫人から離れようとせず、何をするにも「ママに聞いてからにする」「ママがダメって言うんだ」「ママが君の事は気にしなくていいって言ったし」反吐が出そうでしたもの。



このご縁は遡れば20年前からのご縁。
わたくしソード伯爵家のファマリーとコルム公爵家のジョージ様が婚約するに至った経緯が御座いました。

当時バブバブと人類の中でも未知の言葉を話していたわたくし達はお互いの祖父の取り決めで婚約をしたのです。

25年前に我が国スカップ王国と隣国シャルベ王国との間に戦が始まったのです。コルム公爵家は我先にと多くの兵を従え出兵したまでは良かったのですが、泥沼化していく戦況。
人も物資も兵器も調達するのが困難になったのです。ひとえに戦況を見誤ったからだとは思いますが、要するに「資金不足」に陥ったのです。

戦は兎角金のかかるものですからね。

そこでコルム公爵家にお金を貸したのがわたくしの祖父。
担保も無しに借りるのは気が引けるとコルム公爵は姻戚を結ぶ事を提案。
丁度両家には次期当主の夫婦にコルム公爵家は生後6カ月のジョージ様、ソード伯爵家には生後4か月のわたくしファマリーが生まれておりました。

借りた物を返せばその時点で婚約は無くしてもいいし、そのまま結婚となってもいい。そんな約束で御座いましたが、その後も戦況は一進一退。

お互いが13歳になる頃には隣国に押され気味な戦況となり、兄フェルムが生まれた時に騎士団を退団していた父も一旦置いた剣を手に取り兄と共に出兵。

建前もあったでしょうけども、約束をしたお爺様が無くなってもコルム公爵家に金を貸す約束は反故に出来ず、すっかり傾いてしまったソード伯爵家。
領地も屋敷も全て担保に入れて借りた金を公爵家に貸していたのです。

当主と跡取りが従軍となれば税も免除、倍付けの給付で御座いましたので父と兄は志願致しました。従軍する事で給付される金が無ければ使用人に払う給金も出せないまでに困窮しておりましたので。


それでも兵が足らず15歳を目途に国は「予備志願兵」を募集したのです。

コルム公爵家も同じ頃、代替わりをされたのですが男児がジョージ様お1人。下には妹様が4人おられました。
出兵させてしまえば跡取りがいなくなるからと、何故か婚約者のわたくしが代わりに出兵となったのです。

「ジョージちゃんを?!可哀想でしょう?」
「ですが、ご嫡男ですので後方に配属して頂けると思いますが」
「ダメよ。ジョージちゃんはお馬さんにも乗れないのよ?あぁ眩暈がするわ」


我が子を戦地に行かせたくない公爵夫人の強い要望が優先をされたのです。
父も兄も既に従軍していて、事が判らない母は公爵家に押し切られてしまいました。

女性ですので剣を持つわけではなく、しんがりで医療班として従軍する事になったのは15歳になる3週間前の事で御座いました。

医療班と言っても安全な場所とはとても言えるような配置ではなく、敵の奇襲も度々あって「もう終わりだ」と考えた夜は何度も御座いました。

そんな戦が従軍して3年目、今から2年前に我が国の勝利で終わりました。

しかし、この戦で兄は戦死、父も王都への帰路で負傷した傷が原因で儚くなってしまいました。わたくしは15歳から3年間の間、戦地におりましたので「令嬢」としての教養はほぼない状態。

父と兄が死亡となれば女でも当主になるより道はない。
ジョージ様は婿入りできるはずもない。
と言う事で、婚約の解消を申し出ていたのです。

頑として婚約の解消を受け入れてくれなかったのは、表向きは「ジョージの代わりに戦地に赴いたから」と仰いますが、本音は異なります。コルム公爵に金を貸し付ける事ですっかり傾いたソード伯爵家でございましたが、利息を付けて全額を返金して頂いたおかげでソード伯爵家は国内屈指の資産家となったからなのです。

支払ったものの、わたくしと結婚となれば元の財布に戻る。
そう考えたのでしょう。

しかし、その財も当主としての教育を始めたわたくしでは心もとないと乗り込んできた叔父夫婦に綺麗さっぱり使われてしまい、心労から母も病死。

金の切れ目が縁の切れ目と申します。

ジョージ様は半年ほど前からコルム公爵ご夫妻のご令嬢を伴って「婚約者の茶会」の席につかれるようになりました。こちらが怒り出し、あわよくばそのご令嬢にわたくしが手を挙げてしまうのを瑕疵としたい。そんな狙いが透けて見えておりました。

わたくしは、茶会の席でもご令嬢に警戒は怠らず常に数歩の距離を置いておりました。嫌味な言葉も右から左。普通のご令嬢なら不快さを露わにされるでしょうけども従軍経験のあるわたくし。もっと酷い言葉を昼夜問わず聞いておりましたので受け流しておりました。

よく言われたものです。
「こんな事もご存じないのね…あぁごめんなさい。決して貴方を下卑ているのではないのよ?ただほら?ジョージちゃんの隣に並ぶのは公ではやめてくれる?ジョージちゃんの良さが消えちゃうのよ」

公爵家としては戦時中に金を貸して貰っているという負い目がありますし、わたくしの教育や所作が成っていないのも従軍と言う期間があるからこそなので、こちらからの申し出に頷く事も出来ず、かと言って切り出す事も出来ず。
ついに業を煮やしジョージ様から解消を告げられたのです。



叔父様のお怒りようは判らぬでもありません。
わたくしが次期公爵のジョージ様に嫁ぐ事で公爵夫人となる。
それを担保に各方面から金を借りていたのですから。


「部屋で大人しくしていろ!」

叔父様の怒号を頭の天辺に受けながら礼を解き、すっかり叔父仕様になった部屋から出て西日だけが良く当たる部屋に戻ります。

「来週は誕生日だけど…誰も覚えてないだろうなぁ」

ポスンと寝台に寝転んで天井を見上げます。

「あっつ!!」

季節は夏の終わり。西日はじりじりと肌に当たると熱く感じました。
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