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第14話  セルジュ、キャベツを食む

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「お食べ~おいしい??」
「モッサモッサ・・・モッサモッサ」
「美味しいよね。キャベツ大好きだもんね」
「シャクシャク・・・シャクシャク」


キャベツの柔らかい葉をペリペリと剝いて1枚ごと手ずからセルジュに食べさせるアイリーン。隣には先程までジェシーがいたのだが、お使いを頼んで今は神父さんの元に行ってもらっている。

教会は困った人を助けてはくれるが、ずっと住む場や食事を与えてくれるわけでは無い。
昨日の今日で、しかも明け方近くまで話し合い。

寝不足のアイリーンは、あと2週間だけセルジュを教会に置いてもらえないかと、教会に来る途中でドレスを古着屋に売った金を寄付する事にした。

好きにしていいと言われたドレスはクローゼットの中に沢山ある。
ドレスを売って良いと許可は得たのだが…。

侯爵夫人にセルジヤギュの事を話したが、侯爵家にセルジヤギュを迎え入れるのは難しいと言われてしまった。

厩舎に馬車を引くための馬はいるのだが基本的に貴族は動物を飼わない。

臭い等が問題ではなく、貴族は「世話をされる側」であり「世話をする」事があり得ないと考えられている。仮に犬でも猫でも貴族が世話をすると人間である使用人はペット以下の扱いだと周りに知らしめるようなものなので、どんなに可愛くても飼う事が出来ないのである。

侯爵夫人も子供の頃に迷い込んだ「アライグマ」を捕獲し両親に飼ってくれと懇願した経験があるが、無理だった。「貴族はラスカルとは縁がないのよ」窓の外に視線を移し、在りし日を思い浮かべた侯爵夫人。

「懐いてくれたと思ったのに、野に放ったら一目散だったわ」

そっと涙を拭った。

――確かに。脱兎の如く走って行かれたら泣くわ――



「屋敷では無理だけど、郊外にウサギ狩りの時に使う家があるから使っていいわ」

と、鍵を預かったのだがブレドの話によると実はオルコット侯爵が大のウサギ好き。
ウサギ狩りに行くのは貴族の嗜みなので建てたものの「ウサタンを狩るなんて出来ない!!」っと…立派な道具が飾られているが使わないまま道具も家も放置されている。

かれこれ築30年となる家は人が手を入れないので雨漏りはしているし、扉も付け替えないと丁番が腐って開ける=壊すとなってしまうので、急いで改修工事をしてくれるのだが工事に1週間、雨が降った時も考えて工事には10日を見て欲しいと言われて、その上清掃に2日は必要。

その後も直ぐに移り住めるのではなく暫くは通いになってしまうが、セルジヤギュの住処だけは用意出来た。

ガッカリしたのは「庭の草はそのままでいい」と言ったのだが、貴族は体面を気にする生き物。セルジュのご飯となる伸び放題の草も刈らねばならないと言われてしまった。



更に問題もある。
侯爵夫妻も2年を目途に拠点を領地に移すのでもうすぐ調度品なども片付け始める。

当面通いでも離縁までアイリーンはセルジュと「ウサギ狩り小屋」の家で住む予定であるが、なんせウサギ狩り用と言っても侯爵様が利用する建物なので、アイリーンの考える「家」よりもはるかに大きく部屋数もある。

「連れて行ってくださいよ~。置いて行ったらジェシー泣いちゃいますよ?」
「でも、ほら、その家は仮住まいだし、数年したら領地に――」
「領地でもどこでも行きますよぅ~ジェシーはどこでも行きますぅ~」

ジェシーの家は貧乏で侯爵家には住み込み。

未来に向かって動き始めたオルコット侯爵家。屋敷に残るのはベルガシュ。そしてディララもやって来る事だろう。使用人の間では屋敷に居残る事はババを引くと同じなので、侯爵夫妻について領地に行くものが多数。

アイリーンの家にも家族がいるので王都から3,4年は離れる事が出来ない40人が「働かせてくれ」と直訴して、今朝は屋敷を出るまでに時間もかかってしまった。

「ブレドさんは定年だし…私、行くところないんですよ」
「そうなの?」
「私、こう見えて馬のブラッシングも手伝ったことあるんですよ?使える侍女ジェシー!如何です?」
「セ、セルジュはしなくていいわよ??」

セルジュと1人1匹の夢のメェメェ生活ライフ

邪魔だとは言えないアイリーンは渋々ジェシーの同居を認めることにした。他にも常駐は無理だが通いで良ければ使用人も引き受けることも。


が‥‥行き場がない者がもう一人いた。人間のセルジュである。

アイリーンとしてはヤギのセルジュがいればいいのだが、おそらく食肉にされる寸前で逃げたセルジュを保護してくれたのは人間のセルジュ。

子ヤギはそこそこ良い値で売れるのでボッチで居る所を見つかればまた商会に売られただろう。手慣れた者ならヤギを捕まえるのは比較的簡単。人間のセルジュといたから手を出されずに済んだのだ。


「下男として雇えばいいんじゃないですか?聞けば戦地で傭兵もしてたみたいですし、夜中にヤギを盗みに来る奴からも守って貰えますよ?」

住む家は今の侯爵家のように堀と高い塀に囲まれているわけでは無い。
貴族の家で、女一人となれば襲いやすいと考える野盗もいるだろう。

シスターに頼まれて穴の開いた壁を補修した帰りのセルジュをジェシーが呼び止めた。

「どうしたんです?」
「セルジュさん、教会を出たらどうするんです?もし働き口を探しているならアイリーンさんの護衛しませんか?」
「護衛?まぁ…出来なくはないけど。剣とか持ってないんだが」
「モップで代用出来ないんですか?」

無茶振りをするジェシー。
アイリーンも防犯についてはどうしようかと思っていた事もあり、雇ってもいいかと考えるが人間のセルジュがどんな人間かも判らないので踏ん切りがつかなかった。

「雇ってくれるなら俺は馬小屋でもいいけど、護衛だけで金は貰えないから大工仕事も引き受けるよ」
「ですって!アイリーンさんっ!」

一人二役・・・便利そうなのだが…と思っている所に。

「にゃぉ~にゃぉ」
「おっ?来たかぁ。よしよし。朝飯取っておいたぞ」

――猫さんにパンはダメ!!――

ポケットに手を入れたセルジュに声を掛けようとしたアイリーンだが、セルジュのポケットから出てきたのは紙に包んだ調理する前の肉片だった。

すじになる部分でじっくりと煮込めば食べる事も出来るが、流石の教会でも調理では削いで捨ててしまう。味付けも何もせずに削いで捨てるという肉をもらったセルジュ。

「こいつね、昨日馬小屋で寝てたら子供咥えてやって来たんだよ。なぁ‥ほら、もってけ」

シスターから部屋を用意したと言われたが、寝台で寝た記憶も何時の事やら。「ここは草があるから」と教会の庭で寝ようとして、問答になり落ち着いたのが馬小屋だったという。
そこに馬の餌の残りにありつこうとやってきた野良ネコの親子に約束したというご飯。

――動物に好かれる人に悪い人はいないって言うし――

「お給金は望むほどは出せないかも知れませんよ?」
「金?いや、住むところがあるだけで儲けモンだ。金なんか要らないよ」
「雇うんですからタダと言う訳には!」
「いいって。いいって。寝る場所も庭で良いからさ」
「庭っ?!ダメです!庭はセルジュの食卓なんです!!」
「俺、草はあまり食わな――」
「貴方ではなく!セルジュです!」
「メェェ~メェェ~」
「あ、ごめんね。キャベツまだあるよ~お食べ~」

「俺もセルジュなんだが?」と言おうとしたが、アイリーンは「メェェ」とキャベツを催促するヤギのセルジュに耽るような笑顔を向けてキャベツの葉を千切る。

人間のセルジュはまたもや敗北した事に「ぁい・・・」小さく返事をした。
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