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第13話  ベルガシュの必要経費

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「良かったわ。ねぇベルガシュぅ~今夜は泊まって行く?」

ディララは馬車の中でベルガシュにベッタリと寄り添って甘えた声を出す。
少し上の空のベルガシュに馬車が小石を跳ねてガタンと揺れるたびに甘える声が低くなりディララは機嫌が悪くなっていく。


「ねぇってばぁ!」
「あ?・・・あぁそうだな。良かったよ」
「もぉ~全然ララのお話聞いてないでしょぅ!!」
「聞いてるよ。ちょっと考え事をしてただけさ」
「考え事・・・・・」


少しだけ密着した体を離すとディララはベルガシュの耳を思い切り引っ張った。

「痛い!痛い!何するんだ?!」
「あの女の事を考えてたんでしょ!判ってるんだから!」
「考えてないよ。ディララの誤解だ」
「誤解じゃないでしょ!あの女・・・ベルガシュを舐めるように見てた!抱いたんでしょ!本当の事を言ってよ!」


ディララはかなり重度とも呼べる嫉妬をする。
目が合っただけ、すれ違いざまに肩が触れただけでも癇癪を起したようになり手が付けられなくなる。大人しくさせるには体を重ねるか、強請られるままに欲しいものを買い与えるか。

ベルガシュはそこまで自分の事を好いてくれるディララが堪らなく愛おしい。
過去の恋人も妬いたりしたことはあったが、ベルガシュと年齢が近い事もありどちらかと言えば「嫉妬」よりも「駆け引き」を感じてしまっていた。

常時数人いた恋人に別れを告げ、ディララ1人に絞ったのもディララの強烈な嫉妬が原因。

「ララだけを愛してくれないのなら死ぬ!!本気なんだから!」

ディララはそう言って走って来る馬車の前に飛び出そうとしたり、グラスを叩き割ってその破片で自傷しようとしたりしてしまう。

――そんなにも俺の事を愛してくれているのか!――

感無量となったベルガシュはディララに惜しみない愛を宝飾品など形にして渡し続けた。
今回、侯爵家に帰ったのは金が無くなったと言う事もあるが、「結婚したい」というディララの願いを叶えるためでもある。


だが、面倒だなとも思っていた。
ディララが面倒なのではない。既に妻となったアイリーンが両親に媚びて取り入っていれば「離縁などしない」とごねると思っていた。

過去に付き合った恋人も別れを告げて、すんなり「はい、さようなら」となった令嬢は少ない。程度の差はあるが修羅場となって、ベルガシュの頬が張られた事もあったし、手切れ金を要求される事もあった。破落戸を雇って脅してきた令嬢だっていたほどだ。

――本当に俺と離縁する事に何の未練もないんだろうか――

「別れたくない」と縋られた経験は多いが、アイリーンのようなタイプは初めてでベルガシュは困惑した。


親が決めた事とはいえ、慰謝料が発生することは判っていた。
私財から払えと言われても私財は使い切ってしまっていたし、無い袖は振れない。
金を工面するのが面倒だとベルガシュは考えて、「冷遇される妻でいるよりいいだろう?」とディララと共に侯爵家に住んで、アイリーンから音を上げて逃げ出すようにしよう。そう考えていた。


しかし、アイリーンは白い結婚での離縁には賛成だったし、ベルガシュに対して何の思い入れもなさそうだと直ぐに感じ取った。


――しかも全力で応援するだと?――

もう訳が判らない。
それだけではない。両親でさえ「慰謝料はこっちで何とかする」と言う。


万々歳の筈なのだ。ディララが未成年だったというのは本気で誤算だったが、それでも年齢が足り、結婚し5年という制約期間が過ぎれば離縁は出来るし金も払わなくていい。

――上手く行きすぎなんだよな――

何の問題も発生しなかった事にベルガシュの心には「不安」の芽が小さく顔をだしてしまった。


「また!ちゃんとぉララの可愛いお目目を見てよ!」
「うん、見てるよ、何をしても可愛いなディララは」

息まで吸うほどに深い口付けをすればディララの目がとろんと熱を帯びて来る。いつもなら場所も考えずにディララと体を繋げるのだが、ベルガシュの心の一部の「冷え」は下半身に直結しているようで、トラウザーズの内側に何の変化も感じない。


「えぇ~キスだけ?ねぇ…続きしようよぉ~お泊りしてってぇ」

甘えて来るディララは可愛い。可愛いのだ。それは間違いないのだが…。

「ごめんよ。金を持って来るのを忘れたから今日は取りに帰る。明日、迎えに行くから」
「うそっ!絶対に嘘っ!あの女を抱きに行くんでしょ!」
「違うって。ほら、財布の中・・・空っぽだろ?」

札の入ってない財布を広げ、硬貨を捩じ込むポケットも内側を引っ張り出し本当に金がない事をディララに見せる。

「お金ならララがパパに言ってあげるのにぃ」
「正式に婚約したらね?今からディララのパパに貸しを作ってしまって、面倒な仕事を頼まれたら断れないだろう?ディララと1秒でも長くいるためだよ」
「ぶぅぅ~。明日の朝、ちゃんと迎えに来てよ?来てくれないとララ、何するか判らないんだから!ベルガシュがいないと死んじゃうんだから!」
「判ってる。俺もだ。ディララがいないと息も出来ないくらいだって知ってるだろ?愛してるよ」


拗ねるディララを送り届けたベルガシュは馬車の中で一人になると、狂おしい愛を向けて来たディララを思い出し、体の中心部が熱を持って鎌首をもたげてくる。

そして今日はもう一つ。何故かあっさりと身を引いたアイリーンの事を考えると胸の内側からゾワゾワとベルガシュの全身に痺れを伴った痛みを走らせる。

痛みを感じるほどに怒張した部分はもう暴発寸前だった。

「サムレード通りの2番街にあるアパートメントに行ってくれ」
「畏まりました」


ベルガシュは御者に住所を告げた。

ベルガシュにとって浮気ではない。愛しているのはディララだけなのだから気持ちのない女性を抱くのは必要経費。
「恋人」としてではなく体の付き合いがある「友人」が女性であるだけ。

ディララとは逆の方向に年齢差がある元恋人は50歳を過ぎている。ディララと付き合う少し前に夫を亡くし未亡人となり、「話し相手」を求めていたところにベルガシュが手を挙げた。

ベルガシュが会いに行けば小遣いをくれる。
何時しか、言葉での会話ではなく体で会話をするようになった。

昂ぶりが激しければ激しいほど札の枚数が増えていく。
ディララを相手する時は避妊が必須だが、閉経した「話し相手」に避妊は必要がない。

朝まで獣になって昂ぶりを沈めたベルガシュは、翌日元恋人から「駄賃」を奮発してもらうとディララの元に向かったのだった。
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