旦那様の純愛。全力で応援致します

cyaru

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第22話  NO.1は俺だ!

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デイララと一緒に生活を始めたのだが、ベルガシュは気が休まる時間がない。
ベルガシュの姿が見えないとディララは暴れ出したり、泣き出したりと感情の起伏が激しい。

離れる事が出来ないのでディララがオルコット侯爵家にやってきて実に丸2カ月の間、ベルガシュは庭に出る事も出来なかった。
もう何カ月も未亡人の元に通っていないベルガシュは性欲も当然あるのだが、ディララを見ると途端に気持ちそのものが地の底まで沈み込んで欲求も消えてしまう。

起きている時間、1人になれるのは不浄の中だけ。
しかし、それすら扉の前でディララが待っているので遠慮なのか緊張なのか。出るものも出ない。

食事も向かい合わせではなく隣同士。体を密着させるので利き腕がディララに当たって食べ難くて仕方がない。


離れられるかも知れない!と執務をしようとすれば運ばれてくるのは毎月同じ項目に同じ金額が書かれた書面で一言一句同じなので先月分と比べて異なるのは日付だけ。

それでもディララと離れる時間となるのならと、ベルガシュは「執務だから」とこの1カ月は逃げる事が多くなった。


「他の領地の書類はないのか?こんな子供の間違い探しのようなものではなく複雑な書類だ」
「旦那様より引き継いだのはこの領地の事業のみで御座います」
「そんな筈はない。オルコット侯爵家の領地はここだけじゃないだろう?」


足し算でさえ2桁と2桁で苦戦をするのに、1行の数字にコンマが3つも4つもある複雑な執務が出来るはずもないのにと執事は大きな溜息を吐く。

オルコット侯爵からは領地に出向くまで「連絡係」として役目を引き受けただけ。その係としての仕事はベルガシュとの間を行ったり来たりするだけで、「貴方の執事ではありませんが?」と心で叫びつつ丁寧に執事は答えた。


「私に言われましても、数か月お留守の間にどれだけ事業が進むとお思いで?お連れ様と帰られてから何日お留守にされましたか?旦那様が引き続き行わねば停滞し大変な事になっておりましたよ?坊ちゃまに負担なく出来る事業と問題なく管理できる領地。それがお手元にある書面で全てとなります。この事は旦那様からも説明を受け、納得しましたと署名までされていたではありませんか」

「そ、それは・・・」

長い説明に途中で嫌気がさしたので話を殆ど聞いてはいなかったベルガシュ。
理解したならサインをしろと言われ、「まだ理解出来てない」と言えば父親のオルコット侯爵は長い説明をまた1から始めてしまう。それが面倒でサインをしただけだ。

確かに何も残さない、全て慰謝料として支払ったとなればベルガシュも異議を唱えただろうが、定期的に金もベルガシュの名前宛に入って来るので深く考えてもいなかった。

尤も、サインをした頃はディララに傾倒していて異常性を知らなかったので「今まで通り楽して、遊べて万々歳」と考えていた。今となってはあの時に戻れないかと出来もしない事を考えてしまう。

――アイリーンは全力で俺を・・・間違いを犯した俺を・・・アイリーンは俺の事を一番に考えてくれて身を引く決意をしたんだ。このまま身を引かせていいのか?――

ベルガシュの心が葛藤する。
しかし、耳障りな声がベルガシュを現実に引き戻す。


「ねぇ。まだぁ?ララ、1人は嫌いだと言ったでしょう?」
「まだかかるんだ。向こうの部屋で待っていてくれないか?」
「やだぁ。ベルガシュがいないとつまらないんだもの…あら?執務?お手伝いするわ!」
「い、いや、大丈夫だ。ディララの手を煩わせるようなものじゃないんだ」

「何を言ってるの・・・ぐすっ・・・女主人はララなのに…誰かに言われたの?それともまさか…女主人はあの女なの?!ねぇっ!まだあの女が女主人だというの?!まだララを虐めるんだわ。きっと明日の朝になったらララは血塗れだわ」

――また始まった・・・もう勘弁してくれよ――

しなくていいと言われて、喜ぶ女ならどれほど面倒がなかっただろう。
手伝いたいと言い出したら、手伝わせないとこうやって泣き出して被害妄想をどんどん膨らませていく。

――大人しく菓子食べて茶でも飲んでろよ――

が、ここでさらに突き放すとディララはベルガシュに構って欲しくて自傷行為を始めてしまう。ベルガシュは仕方なく全く意味はないが、手元にある書類の写本をディララに「頼めるかな?俺には難しくて」と願い出た。

「うんっ!ララ、出来るわ。ね?これ、何て書いてあるの?」
「その文字は領地、こっちは管理、で、これは明細だ」
「領地ね。判った!でも明細ってなに?明るい色の服とかかしら?」
「凄いな!流石だ。そうだ。明るい色の服とは何色ですかって事だよ」
「えぇっと…じゃぁこの数字は?ベルガシュのお給金?こんなにあるなら歌劇を観に行きたいっ!」

心の中で「バカなのか?いや馬鹿だよな」と繰り返すのだが、まるで文字を覚えたての子供の「なぜなぜ」に付き合わされている感覚に陥るベルガシュ。

ふと思い出せば小さな文字ばかりの本を「調べ物」だと読んでいたかつてのアイリーンを思い出す。

「もぉ~ベルガシュ!ちゃんとララを見てよ!他の事を考えちゃダメ!」
「アハハ。ディララの事を考えてたんだよ。こんな事も出来るようになったんだなぁと。出会った頃からどんどん成長していくんだなとか思ってたんだよ」
「やだ・・・もうベルガシュったら!でも嬉しいッ!ララの事で頭がいっぱいになるくらいだなんて!」

――あぁ、どうやって別れようか、そればかり考えてるよ――

「では、私はこれで」

ベルガシュは執事の声に顔をあげた。
いつもなら時計が16時になるまではいるのに「逃げよう」としているのかと苛立った。

「いつもより早いじゃないか。何かあるのか?」
「特には。ただ本日は旦那様と奥様にお客様が来られますので」
「客?何故俺の元には来ない?おかしいだろう」
「いいえ。ご当主は旦那様ですので」

礼をして下がって行く執事。ベルガシュはどうにも気になって写本に懸命になっているディララに「おやつを取って来る。少しだけ待てるよな?」声を掛けるとディララが返事をする前に立ちあがって執事の後を追った。


「もうお戻りに?」
「はい、今しがた。旦那様達に報告を済ませたら直ぐにお戻りになられると」
「そうか。ありがとう。では急いで戻らねば。ご挨拶だけもしておきたいからね」
「私からも宜しくとお伝えください。明後日で年季が明けますので田舎に戻るんです。ここにいるとなかなか自由も無くて。旦那様には明後日お暇する際に御挨拶に伺いますが、アイリーンさんにはホント。感謝していると。」
「頼まれよう。体に気をつけてな」


ベルガシュは驚いた。執事と話をしているのは侍女頭だった女性。
ベルガシュが生まれる前からオルコット侯爵家で働いていたが、明後日辞める事は知らなかった。
が、直ぐに「それもそうか」と納得する。

使用人の分配など配置を考えるのは女主人の仕事だが、ディララはオルコット侯爵家に来た翌日、差し出された束の書類に内容を読まず全てにサインをした。

何が起きたかと言えば翌日、使用人が全くいなくなった。
「雇用主の事情による解雇」の書類だったと知ったのはその時だった。

慌てて侯爵夫妻の元に行き、撤回を申し出たが「女主人のした事」と一蹴され、仕方なく侯爵夫妻から使用人を「派遣」してもらっていた。

「処理はこちらでしておく」と言われ派遣費用の請求は来ていない事から、やはりなんだかんだ言って親子なので世話をしてくれたのだとベルガシュは思っていた。

が、それならば侍女頭の話は腑に落ちない。
まるで雇用主がまだ父親にあるような口ぶり。


しかしそれよりも・・・。

――アイリーンが来ているのか――

ベルガシュはディララにはほとほと嫌気もさしていて、別れを常に考えている。
両親にも気に入られ、使用人にも信頼に厚いアイリーン。

――俺がバカだった。やり直そう。まだ夫婦なんだ。はいつでもやり直せる――

ディララを待たせている事もすっかり忘れたベルガシュは裏口から屋敷を抜け出し、庭の木々の間を縫うように走って別邸を目指した。



しかし、待てど暮らせどアイリーンは出て来ない。
執事も別邸に戻って半時ほど経つのにとイライラしていると、春の小川のせせらぎのような声がベルガシュの耳に届いた。

「では、今後は変化がありましたら報告に参ります」
「いいのよ。使いをやればその分貴女の時間も取れるでしょう?」
「こちらも何かあれば知らせるようにするし、休憩も必要だよ。ゆっくりしなさい」
「はい、ありがとうございます。では」

ベルガシュの住まう本宅にアイリーンが寄るはずもない。
アイリーンの乗った馬車がゆっくりと正門を避けて東門から出ていくとベルガシュは走ってその後を追った。

王都の街中を走る馬車の速度は人間が走った方が早い。
後をつけたベルガシュは1軒の家の前で馬車が止まると垣根に身を隠した。

扉が開いて、アイリーンが御者に労いの言葉を掛けている声が聞こえる。
ベルガシュの心臓は初めて恋を知った日のようにドクドクと激しく波打った。

「ただいま!セルジュ会いたかった!!きゃっ♡セルジュ~大好き~♡一番好きよっ」

アイリーンの声にベルガシュの心の中は、先程までの熱い思いが嫉妬と憎悪に変わった。

――セルジュ?!誰なんだ?1番は夫である俺だろう?!――
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