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第34話 名ばかりの妻ですが全力応援!
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「メェェ~メェェ~」ドスッ!ドスッ!
夕食も終わり、テーブルを拭いた布巾を井戸の水で洗っていた人間のセルジュの背中にヤギのセルジュが頭突きを繰り返す。
「小屋の藁は新しいのにしただろ?飯も食ったし…また水桶をひっくり返したのか?これ洗ったら新しい水を汲んでやるからそう急かすなよ」
「メェッ!メメェェーッ」
「だからぁ。待てって言ってる―――ん?誰だ?こんな時間に‥」
「メゲェーッ!メェェーッ!」
ヤギのセルジュを宥めていると馬車が止まる音がする。向かいが先代の王弟殿下の奥さんが住む屋敷なのでその客かとも考えたが、馬車が楽にすれ違える道幅もあり音の程度からするとラビットハウスの前。
ガタガタ、ワイワイと何を言っているかは聞き取れないが、男女が言い争うような声と乱暴に扉を閉じたような音にセルジュ同士顔を見合わせて急ぎ裏口から家の中に入った。
「セルさん。うわっ!セルジュぅ~今日は一緒に寝るの??」
「めぇ~めめぇ~」
ドンドン!セルジュがアイリーンに返事を返すのに被せるように玄関の扉を乱暴にノックする音が聞こえ、「開けろ!アイリーン!俺だ!」と呼んでも無い客の声がする。
「わたくしが相手をするわ。下がっていなさい」
侯爵夫人は飲みかけの食後の茶をソーサーに戻し、席を立って玄関に向かった。
こんな時に限って洗い物はセルジュがするからとジェシーは帰ってしまっている。
ガチャリと侯爵夫人が扉を開けると押しのけるように先に飛び込んできたのはディララ。
馬車の中で頭を掻きむしり、奇声を上げ続けたディララはウィッグがズレて敗走する兵士のようにも見える。
「侯爵夫人とこんな所に!!人の男寝取って!この泥棒猫!侯爵夫人も結婚認めたくせに!こんな所にベルガシュを呼びつけて!母親の癖に汚らわしいッ!」
掠れた声でディララは叫び、アイリーンに飛び掛かろうと突進してした。
人間のセルジュはアイリーンの前に飛び出し、洗ってまだ絞り切っていない布巾をバチーン!!ディララの背中に叩きつけるとディララは打撃が追い風となり顔から壁に激突した。
ドガガッ!!壁に穴こそ開かなかったが、勢いよく壁に当たったディララはその場で転げまわり、まるで水揚げしたエビが陸で逃げるように体を前後にゆすり飛ぶように藻掻いている。
そんなディララなどこの場にいないかのようにベルガシュがアイリーンにゆっくり歩み寄り、何故か微笑んでいる。
――うわぁ…気持ち悪い。なんでニヤついてるの?――
ベルガシュの笑みがニヤニヤとした笑いにしか見えないアイリーンは一歩後ろに引いたが、ベルガシュの視線を切るようにセルジュの大きな壁がアイリーンの前にそそり立った。
側では「フシュー・・・フシュー」鼻で大きく息をして口元は・・・多分唾液を溜めている。
「アイリーン。何もかも俺が悪かった。君の妹だとは知らなかったんだ。本当だ。こんな爛れた関係はもう清算する。やり直してくれないか?2年後、君がどうしても嫌だというなら俺はもっと君の為に尽くす事を誓う」
「ベルガシュ。何を言ってるの。2年後貴方が新しく家族を作り共に歩むのはそこに転がっているお嬢さんよ。わたくしも・・・お父様も認めたあなたの妻よ。わたくし達が選んだ妻は・・・選ばなかったじゃないの」
「母上、それがそもそもの間違いだったんです。認識が甘かったのは俺です。全てを悔いて生まれ変わったつもりでこれからは誠心誠意、アイリーンに尽くします。そこの君、どいてくれないか?愛しい妻の顔が見えないじゃないか」
セルジュの背でベルガシュの顔は見えないが、さぞかし薄気味悪い表情をしている事だろう。
アイリーンは折角の夕食が逆流しそうだったが、いつまでもセルジュの背に隠れている事も出来ない。
「勘違いをされているようですが、離縁はもう決まった事です。私は貴方とそちらにいる女性との真実の愛を精一杯応援させて頂いております。この3年間、何一つ滞る事無く生活が送れるように出来る限りの事はさせて頂きましたし、晴れてご夫婦となっても5年間はその生活が維持できるように手配もしております。お目に触れないように努めるのも私の役目。まだ道半ば、離縁の日まで全力応援する事は変わりませんわ」
「あぁアイリーン。そんなにも俺の事を。判っている。一途で深い愛ゆえに献身的に尽くそうという君の気持ち。無碍にして申し訳なかった。身を引く事はない。むしろ‥この胸にその身が飛び込んできても俺はしっかりと受け止めるよ」
ウゲェ・・・喉元まで夕食が込み上げてくる。
自分に酔いしれたベルガシュの姿を見てしまったアイリーンは酔っ払いが色んな箇所に吐瀉するのも無理はないと思ってしまった。
そんなアイリーンの後ろでよろよろと立ち上がったディララは生誕祭のトナカイのように赤くなった鼻から赤い筋を垂らしてアイリーンを睨みつける。
「アンタが私の姉だなんて認めない!ベルガシュも渡さない!好き勝手にはさせないわ!」
「ハァー・・・あのですね?姉と認めて頂かなくて結構ですよ?私も貴女を妹だなんて考えたくもないです。仮に認めたとして気持ち悪いでしょう?妹としか未来が考えられないと宣った癖に、今度は姉に愛を受け止めるとか寝言をほざく男なんてこっちからお断りですもの」
「強がっても無駄よ!あんたがベルガシュとヨリを戻そうとしてるのは判ってるんだから。全力で応援ですって?ベルガシュの事を愛しているからでしょう?!」
「えぇっと言葉は理解出来るのかしら?全力で応援しないと貴方達を防ぎきれないでしょう?安心して。人にはそれぞれ好みがあるけど同じように生理的に受け付けないってのもあるの。私にとって彼は後者。全力で回避したいから貴女と彼を全力で応援するのよ。だって不良債権を喜んで引き受けてくれる先なんて大海の中で1粒の砂を探すより難しいわ。真実の愛って素晴らしいわね!出会えた奇跡に私も神に感謝を捧げるわ」
「迷惑ってそれが妹に対して言う言葉なの?!ベルガシュ!聞いたでしょう、この女は自分の事しか考えてないし、ベルガシュの事を迷惑だと言い切る阿婆擦れよ!」
「都合よく今度は妹になったのね。どっちでもいいけど貴方達に付き合う時間程無駄なものはないの。帰ってくれない?明日も予定が詰まってるの。全力で応援するって花畑の頭で考え付かないくらいに大変なのよ。気を抜けば足元を掬われる世界を貴方達では生き抜けない。代わりをしている期間だけでも邪魔をしないでほしいわ」
「言いたい放題・・・許さないわ!」
ディララはチェストに飾ってあった花瓶を手に取ると振り被ってアイリーンにまた突進してきた。
「しつこいな。セルジュ!頼んだ!」
「・・・・・!!」
ダダっとダッシュしたヤギのセルジュは玄関の扉に向かって突進し、ドアレバーに前足を掛けるとグッと下におろす。外開きの玄関扉がゆっくりと開くと、人間のセルジュは突進してきたディララの尻をまだ濡れている布巾で思い切りバッチィン!!と加速装置になるよう思い切り叩いた。
空いた手でアイリーンのウェスト付近を腕でぐっと掴んでディララをかわす。
ディララは正面にいたベルガシュに激突し、ベルガシュはディララを抱きかかえるような格好で開け放たれた玄関扉から外へと背中から滑りこんだ。
玄関の扉までの数段の階段の上から2段目あたりにまで頭部が滑って行く。
トテトテ‥‥ニヤリ。
ヤギのセルジュはベルガシュとディララと目が合うとフン!そっぽを向いた‥‥
と、思ったら勢いをつけて
「ブェッシャッ!!」
全てを被弾させるように唾液攻撃をお見舞いする。
「いやぁぁ!!臭いっ!何何何?!口の中にも入ったぁ!!イギイヤァァ!!」
「プェッ!ペっペっ!!臭っせぇ!またやりやがったな!こいつっ!」
ベルガシュが叫ぶ。
しかしそれで怯むようなヤギのセルジュではない。食肉になる寸前で逃げた記憶からすればベルガシュの威嚇などイネに止まるテントウムシより怖くない。
「ブェッシャッ!!」渾身の第二波攻撃がまたもや2人の顔面めがけて炸裂する。
「また!!やだもぉ~ベルガシュのせいだからね!!なんとかしてぇ!!」
「俺の鼻の前で喋るな!臭ぇんだよっ!!」
が、お散歩中のワンちゃんのように後ろ足を広げ、キバる姿勢を取ったヤギのセルジュはそのまま2人に向かって御小水を流し始めた。ヤギの御小水は意外に量がある。
背を伝って髪から頭皮に水気を感じたベルガシュは飛び上がり、待たせていた馬車に飛び込んだ。ベルガシュを追ってディララも馬車に飛び込む。
バタンと扉が閉じた時、玄関の扉も閉じた。
「あとで流しておきますので」
人間のセルジュはディララが激突した壁の周りに散乱した小物を拾って片付ける。
「あの2人は・・・明日屋敷に戻ってもう外に出さないように話し合うわ。二度と会う事がないようにするわ」
「では、1週間だけ頑張って頂けますか?」
「1週間?それはどうして?」
「執務の手伝いも軌道に乗りましたし、もう私が手伝うまでもありません。離縁までの2年間、私は領に行こうと思うんです。夫人にお渡しできるようになるまでに領民の識字率もあげたいんですけど、文字を教える講師がいなくて。私が行けば1人講師を探さなくて済みますので」
「貴女って子は。彼はどうするの?ジェシーは?」
侯爵夫人はセルジュを見た。鼻の頭をポリポリ掻いたセルジュにヤギのセルジュが足元に擦り寄る。
「あ~そうですね。俺は・・・小さい子なら教えられると思うんで行きます」
「ふふっ。ジェシーも行くと思うわ。これで講師を3人探さなくて済むわね」
「あのっ!俺はその・・・変な関係じゃなくて・・・」
侯爵夫人の「ふふっ」と笑う目はセルジュの気持ちを見透かしているようで、セルジュは焦った。
「判っているわ。でも私が領を引き継いだあと、貴方達にはもう2、3年講師をお願いしたいわ。先生が数年でコロコロ変わるのは良くないし…何より・・・」
「続けるのは構いませんけど、なんでしょう?」
「増えた子ヤギも見たいし…引き継いでからなら孫も見られそうじゃない?」
「メェーメェェェー」
セルジュに向かってウィンクを飛ばした侯爵夫人。
セルジュは真っ赤になって俯いたが、アイリーンも頬が紅潮していた。
――まんざらでもないのね。いいわねぇ若いって――
1週間後、ジェシーは先に荷物を載せた荷馬車に乗って。
アイリーンとセルジュ、セルさんは歩いて領地に向かった。
屋敷に戻ったベルガシュとディララは湯を浴びながらもお互いを罵りあった。
ディララは湯殿でガンガンと壁に頭を打ち付けて、額から血を流す。
「ララと別れたい?別れてあげる。でもその別れはララが先に天国に行くだけ。今ここで別れてあげる。だってララはベルガシュなしでは生きていけないの。ベルガシュだけがララを可愛いって愛してくれたでしょう?だから別れたいなら別れてあげるけど、ベルガシュのいない生活はララ・・・無理なの。だから死んで別れるしかないわ」
血塗れの顔でベルガシュに微笑むディララは大きく上体を反らせると先程より強い力で壁に頭を打ち付けようとした。ベルガシュはディララを抑え込み、羽交い絞めにする。
「ララが生きている限り別れられないわよ?フハハっ…アハハ」
「やめてくれぇ。もうやめてくれぇ!!」
狂ったように笑うディララの声とベルガシュの悲痛な叫びが湯殿に響く。
ベルガシュはディララの狂愛から逃げる術がない事を悟った。
★~★
2年後、アイリーンの離縁が成立した同日。
教会で親族のみが参列し、結婚式が執り行われた。
げっそりと痩せて頬もコケてしまい焦点の定まらない花婿と、下腹部が少し目立つようになった花嫁。
恥ずかしいのか距離を取りたがる花婿にべっとりと纏わりつく花嫁。
幸せの絶頂は結婚して5年間続いたのだが、6年目、2人が住んでいた屋敷は「競売」と書かれた札が掛けられていた。
母親にそっくりで2歳頃からずっと「イヤイヤ期」が続く娘と、娘以上に「ねぇねぇ」と何かにつけて夫に感想を求め、その感想でイチャイチャとするか喧嘩を始めるかの夫婦は、ハルテ伯爵家の使用人用の建物で生活を始めた。
食べるためにかつて爵位があった夫婦は使用人に混じって働くのだが、賃金が貰えるほどの働きにならず娘は祖父母となるハルテ伯爵夫妻が引き取った。
今日も使用人の迷惑になるからと「家から出ないで」と言われ、いちゃつく2人。
夫の顔が引きつっていたと報告もあるがおそらく錯覚だろう。
なんせ「真実の愛」を貫き、親の決めた妻を追い出してまで添い遂げた2人なのだから。
「メェメェ」
カランコロンと今日も鈴の音がこだまする。
鉱山しか産業のない領地にやってきたアイリーンとセルジュ、そしてジェシー。
離縁が成立したその翌月。
赤い首輪についたヤギの鈴が真っ赤な絨毯の上をあるく2人を祝福する。
この先は番外編でセルジュが唾液攻撃をするらしい‥‥。
Fin
夕食も終わり、テーブルを拭いた布巾を井戸の水で洗っていた人間のセルジュの背中にヤギのセルジュが頭突きを繰り返す。
「小屋の藁は新しいのにしただろ?飯も食ったし…また水桶をひっくり返したのか?これ洗ったら新しい水を汲んでやるからそう急かすなよ」
「メェッ!メメェェーッ」
「だからぁ。待てって言ってる―――ん?誰だ?こんな時間に‥」
「メゲェーッ!メェェーッ!」
ヤギのセルジュを宥めていると馬車が止まる音がする。向かいが先代の王弟殿下の奥さんが住む屋敷なのでその客かとも考えたが、馬車が楽にすれ違える道幅もあり音の程度からするとラビットハウスの前。
ガタガタ、ワイワイと何を言っているかは聞き取れないが、男女が言い争うような声と乱暴に扉を閉じたような音にセルジュ同士顔を見合わせて急ぎ裏口から家の中に入った。
「セルさん。うわっ!セルジュぅ~今日は一緒に寝るの??」
「めぇ~めめぇ~」
ドンドン!セルジュがアイリーンに返事を返すのに被せるように玄関の扉を乱暴にノックする音が聞こえ、「開けろ!アイリーン!俺だ!」と呼んでも無い客の声がする。
「わたくしが相手をするわ。下がっていなさい」
侯爵夫人は飲みかけの食後の茶をソーサーに戻し、席を立って玄関に向かった。
こんな時に限って洗い物はセルジュがするからとジェシーは帰ってしまっている。
ガチャリと侯爵夫人が扉を開けると押しのけるように先に飛び込んできたのはディララ。
馬車の中で頭を掻きむしり、奇声を上げ続けたディララはウィッグがズレて敗走する兵士のようにも見える。
「侯爵夫人とこんな所に!!人の男寝取って!この泥棒猫!侯爵夫人も結婚認めたくせに!こんな所にベルガシュを呼びつけて!母親の癖に汚らわしいッ!」
掠れた声でディララは叫び、アイリーンに飛び掛かろうと突進してした。
人間のセルジュはアイリーンの前に飛び出し、洗ってまだ絞り切っていない布巾をバチーン!!ディララの背中に叩きつけるとディララは打撃が追い風となり顔から壁に激突した。
ドガガッ!!壁に穴こそ開かなかったが、勢いよく壁に当たったディララはその場で転げまわり、まるで水揚げしたエビが陸で逃げるように体を前後にゆすり飛ぶように藻掻いている。
そんなディララなどこの場にいないかのようにベルガシュがアイリーンにゆっくり歩み寄り、何故か微笑んでいる。
――うわぁ…気持ち悪い。なんでニヤついてるの?――
ベルガシュの笑みがニヤニヤとした笑いにしか見えないアイリーンは一歩後ろに引いたが、ベルガシュの視線を切るようにセルジュの大きな壁がアイリーンの前にそそり立った。
側では「フシュー・・・フシュー」鼻で大きく息をして口元は・・・多分唾液を溜めている。
「アイリーン。何もかも俺が悪かった。君の妹だとは知らなかったんだ。本当だ。こんな爛れた関係はもう清算する。やり直してくれないか?2年後、君がどうしても嫌だというなら俺はもっと君の為に尽くす事を誓う」
「ベルガシュ。何を言ってるの。2年後貴方が新しく家族を作り共に歩むのはそこに転がっているお嬢さんよ。わたくしも・・・お父様も認めたあなたの妻よ。わたくし達が選んだ妻は・・・選ばなかったじゃないの」
「母上、それがそもそもの間違いだったんです。認識が甘かったのは俺です。全てを悔いて生まれ変わったつもりでこれからは誠心誠意、アイリーンに尽くします。そこの君、どいてくれないか?愛しい妻の顔が見えないじゃないか」
セルジュの背でベルガシュの顔は見えないが、さぞかし薄気味悪い表情をしている事だろう。
アイリーンは折角の夕食が逆流しそうだったが、いつまでもセルジュの背に隠れている事も出来ない。
「勘違いをされているようですが、離縁はもう決まった事です。私は貴方とそちらにいる女性との真実の愛を精一杯応援させて頂いております。この3年間、何一つ滞る事無く生活が送れるように出来る限りの事はさせて頂きましたし、晴れてご夫婦となっても5年間はその生活が維持できるように手配もしております。お目に触れないように努めるのも私の役目。まだ道半ば、離縁の日まで全力応援する事は変わりませんわ」
「あぁアイリーン。そんなにも俺の事を。判っている。一途で深い愛ゆえに献身的に尽くそうという君の気持ち。無碍にして申し訳なかった。身を引く事はない。むしろ‥この胸にその身が飛び込んできても俺はしっかりと受け止めるよ」
ウゲェ・・・喉元まで夕食が込み上げてくる。
自分に酔いしれたベルガシュの姿を見てしまったアイリーンは酔っ払いが色んな箇所に吐瀉するのも無理はないと思ってしまった。
そんなアイリーンの後ろでよろよろと立ち上がったディララは生誕祭のトナカイのように赤くなった鼻から赤い筋を垂らしてアイリーンを睨みつける。
「アンタが私の姉だなんて認めない!ベルガシュも渡さない!好き勝手にはさせないわ!」
「ハァー・・・あのですね?姉と認めて頂かなくて結構ですよ?私も貴女を妹だなんて考えたくもないです。仮に認めたとして気持ち悪いでしょう?妹としか未来が考えられないと宣った癖に、今度は姉に愛を受け止めるとか寝言をほざく男なんてこっちからお断りですもの」
「強がっても無駄よ!あんたがベルガシュとヨリを戻そうとしてるのは判ってるんだから。全力で応援ですって?ベルガシュの事を愛しているからでしょう?!」
「えぇっと言葉は理解出来るのかしら?全力で応援しないと貴方達を防ぎきれないでしょう?安心して。人にはそれぞれ好みがあるけど同じように生理的に受け付けないってのもあるの。私にとって彼は後者。全力で回避したいから貴女と彼を全力で応援するのよ。だって不良債権を喜んで引き受けてくれる先なんて大海の中で1粒の砂を探すより難しいわ。真実の愛って素晴らしいわね!出会えた奇跡に私も神に感謝を捧げるわ」
「迷惑ってそれが妹に対して言う言葉なの?!ベルガシュ!聞いたでしょう、この女は自分の事しか考えてないし、ベルガシュの事を迷惑だと言い切る阿婆擦れよ!」
「都合よく今度は妹になったのね。どっちでもいいけど貴方達に付き合う時間程無駄なものはないの。帰ってくれない?明日も予定が詰まってるの。全力で応援するって花畑の頭で考え付かないくらいに大変なのよ。気を抜けば足元を掬われる世界を貴方達では生き抜けない。代わりをしている期間だけでも邪魔をしないでほしいわ」
「言いたい放題・・・許さないわ!」
ディララはチェストに飾ってあった花瓶を手に取ると振り被ってアイリーンにまた突進してきた。
「しつこいな。セルジュ!頼んだ!」
「・・・・・!!」
ダダっとダッシュしたヤギのセルジュは玄関の扉に向かって突進し、ドアレバーに前足を掛けるとグッと下におろす。外開きの玄関扉がゆっくりと開くと、人間のセルジュは突進してきたディララの尻をまだ濡れている布巾で思い切りバッチィン!!と加速装置になるよう思い切り叩いた。
空いた手でアイリーンのウェスト付近を腕でぐっと掴んでディララをかわす。
ディララは正面にいたベルガシュに激突し、ベルガシュはディララを抱きかかえるような格好で開け放たれた玄関扉から外へと背中から滑りこんだ。
玄関の扉までの数段の階段の上から2段目あたりにまで頭部が滑って行く。
トテトテ‥‥ニヤリ。
ヤギのセルジュはベルガシュとディララと目が合うとフン!そっぽを向いた‥‥
と、思ったら勢いをつけて
「ブェッシャッ!!」
全てを被弾させるように唾液攻撃をお見舞いする。
「いやぁぁ!!臭いっ!何何何?!口の中にも入ったぁ!!イギイヤァァ!!」
「プェッ!ペっペっ!!臭っせぇ!またやりやがったな!こいつっ!」
ベルガシュが叫ぶ。
しかしそれで怯むようなヤギのセルジュではない。食肉になる寸前で逃げた記憶からすればベルガシュの威嚇などイネに止まるテントウムシより怖くない。
「ブェッシャッ!!」渾身の第二波攻撃がまたもや2人の顔面めがけて炸裂する。
「また!!やだもぉ~ベルガシュのせいだからね!!なんとかしてぇ!!」
「俺の鼻の前で喋るな!臭ぇんだよっ!!」
が、お散歩中のワンちゃんのように後ろ足を広げ、キバる姿勢を取ったヤギのセルジュはそのまま2人に向かって御小水を流し始めた。ヤギの御小水は意外に量がある。
背を伝って髪から頭皮に水気を感じたベルガシュは飛び上がり、待たせていた馬車に飛び込んだ。ベルガシュを追ってディララも馬車に飛び込む。
バタンと扉が閉じた時、玄関の扉も閉じた。
「あとで流しておきますので」
人間のセルジュはディララが激突した壁の周りに散乱した小物を拾って片付ける。
「あの2人は・・・明日屋敷に戻ってもう外に出さないように話し合うわ。二度と会う事がないようにするわ」
「では、1週間だけ頑張って頂けますか?」
「1週間?それはどうして?」
「執務の手伝いも軌道に乗りましたし、もう私が手伝うまでもありません。離縁までの2年間、私は領に行こうと思うんです。夫人にお渡しできるようになるまでに領民の識字率もあげたいんですけど、文字を教える講師がいなくて。私が行けば1人講師を探さなくて済みますので」
「貴女って子は。彼はどうするの?ジェシーは?」
侯爵夫人はセルジュを見た。鼻の頭をポリポリ掻いたセルジュにヤギのセルジュが足元に擦り寄る。
「あ~そうですね。俺は・・・小さい子なら教えられると思うんで行きます」
「ふふっ。ジェシーも行くと思うわ。これで講師を3人探さなくて済むわね」
「あのっ!俺はその・・・変な関係じゃなくて・・・」
侯爵夫人の「ふふっ」と笑う目はセルジュの気持ちを見透かしているようで、セルジュは焦った。
「判っているわ。でも私が領を引き継いだあと、貴方達にはもう2、3年講師をお願いしたいわ。先生が数年でコロコロ変わるのは良くないし…何より・・・」
「続けるのは構いませんけど、なんでしょう?」
「増えた子ヤギも見たいし…引き継いでからなら孫も見られそうじゃない?」
「メェーメェェェー」
セルジュに向かってウィンクを飛ばした侯爵夫人。
セルジュは真っ赤になって俯いたが、アイリーンも頬が紅潮していた。
――まんざらでもないのね。いいわねぇ若いって――
1週間後、ジェシーは先に荷物を載せた荷馬車に乗って。
アイリーンとセルジュ、セルさんは歩いて領地に向かった。
屋敷に戻ったベルガシュとディララは湯を浴びながらもお互いを罵りあった。
ディララは湯殿でガンガンと壁に頭を打ち付けて、額から血を流す。
「ララと別れたい?別れてあげる。でもその別れはララが先に天国に行くだけ。今ここで別れてあげる。だってララはベルガシュなしでは生きていけないの。ベルガシュだけがララを可愛いって愛してくれたでしょう?だから別れたいなら別れてあげるけど、ベルガシュのいない生活はララ・・・無理なの。だから死んで別れるしかないわ」
血塗れの顔でベルガシュに微笑むディララは大きく上体を反らせると先程より強い力で壁に頭を打ち付けようとした。ベルガシュはディララを抑え込み、羽交い絞めにする。
「ララが生きている限り別れられないわよ?フハハっ…アハハ」
「やめてくれぇ。もうやめてくれぇ!!」
狂ったように笑うディララの声とベルガシュの悲痛な叫びが湯殿に響く。
ベルガシュはディララの狂愛から逃げる術がない事を悟った。
★~★
2年後、アイリーンの離縁が成立した同日。
教会で親族のみが参列し、結婚式が執り行われた。
げっそりと痩せて頬もコケてしまい焦点の定まらない花婿と、下腹部が少し目立つようになった花嫁。
恥ずかしいのか距離を取りたがる花婿にべっとりと纏わりつく花嫁。
幸せの絶頂は結婚して5年間続いたのだが、6年目、2人が住んでいた屋敷は「競売」と書かれた札が掛けられていた。
母親にそっくりで2歳頃からずっと「イヤイヤ期」が続く娘と、娘以上に「ねぇねぇ」と何かにつけて夫に感想を求め、その感想でイチャイチャとするか喧嘩を始めるかの夫婦は、ハルテ伯爵家の使用人用の建物で生活を始めた。
食べるためにかつて爵位があった夫婦は使用人に混じって働くのだが、賃金が貰えるほどの働きにならず娘は祖父母となるハルテ伯爵夫妻が引き取った。
今日も使用人の迷惑になるからと「家から出ないで」と言われ、いちゃつく2人。
夫の顔が引きつっていたと報告もあるがおそらく錯覚だろう。
なんせ「真実の愛」を貫き、親の決めた妻を追い出してまで添い遂げた2人なのだから。
「メェメェ」
カランコロンと今日も鈴の音がこだまする。
鉱山しか産業のない領地にやってきたアイリーンとセルジュ、そしてジェシー。
離縁が成立したその翌月。
赤い首輪についたヤギの鈴が真っ赤な絨毯の上をあるく2人を祝福する。
この先は番外編でセルジュが唾液攻撃をするらしい‥‥。
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