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♡婚約解消のお願い
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『ツリピオニー。すまないが婚約解消をしてくれないか』
プリング公爵家のブルース様はその見目麗しい顔を顰め乍らわたくしに仰いました。日頃の憂いを感じさせるそのかんばせからは、この一言を言うためにこの場を設け伝えねばならない!と並々ならぬ決意をされたのだという気概が伺えたように感じます。
――やっとこの日がきましたのね!――
わたくしは逸る心を抑えつつもなるだけ表情を変えないように向き合いました。
ブルース様のプリング公爵家は建国以来長く続く名家で騎士団総督などを歴任される公爵家。政略結婚で血を繋いでいく貴族が多い中でも【愛する者を守ってこそ騎士】を家訓とされておられるのか珍しく恋愛結婚をされてきている家でもあるのです。
確かに体も精神も使う騎士の仕事ですから、家に帰った時に愛しい人に出迎えて頂ければ疲れも吹き飛ぶというものでしょう。
しかしながら公爵家という立場はどうしても目立ってしまいます。
おまけにブルース様は【見目麗しい殿方と言えば】と問われれば3本の指に必ず入るほどの美丈夫でございますから放っておけば山のような釣り書きが毎日のように届くのも想像に容易いものです。
特に思春期を迎えられた学園への入学前は令嬢のいる貴族が売り込みをかける事が多くなり絵師が多忙で予約に2年待ちと言われるほどでした。
そこでプリング公爵様はわたくしの父に相談を持ち掛けたのです。
わたくしの家であるファータ伯爵家とブルース様のプリング公爵家は父親同士が学園時代学院時代からの親友同士で、、母親同士も幼馴染。わたくしにもブルース様にも婚約者はおりませんでした。
婚姻の出来る20歳になった時に婚約を解消する事で両家は婚約を結んだのです。
妙齢の貴族令嬢は低位貴族と言っても婚約者がいないとなればやはり何かと言われてしまいますし、下に弟妹がいればその婚約にも支障をきたします。
ブルース様は嫡男でいらっしゃいますが、わたくしには兄が居ります。
何時までも婚約者のいない妹がいるとなれば兄の婚約者も良い気はしないでしょう。
これで兄の婚約、婚姻も滞りなく進むと言うものです。
ブルース様には体の良い虫よけ、わたくしも研究に没頭出来ると言うものです。
わたくしは結婚願望はなく出来れば生涯を魔力で植物を育てる事に費やしたいですし、ブルース様も20歳までの5年間でお眼鏡に適う女性が現れるでしょう。
お互いの感情も恋や愛というものは一切なく、政略的なもので結ばれている訳でもない。ただ約束の5年は仲を深める為ではなく婚約者がいるのですよと外に向けてのアピールの為に事務的に茶会をしましょういうものでした。
聊か時期尚早な気も致しますが、ブルース様が20歳になるまであと2か月。
わたくしの誕生日もその2週間後です。多少の誤差は許容範囲という事でしょう。
『今の時点で婚約を解消でございますか?』
『僕の隣に並ぶのに君では役不足なんだ』
これは困りました。
第一王子殿下の側近であるブルース様にとってわたくしが役不足とは。それ以上を望まねばならないとなれば、国王陛下の側近の方しかいないではありませんか。
わたくしはそこまで完成度は高くないと思うのですがそれがブルース様がわたくしに対しての評価なのでしょうか。あまりにも持ち上げすぎでは御座いません事?
そして、ふと首を傾げます。
わたくしとブルース様は確かに婚約者と言う関係性ではありますが世間一般で言う婚約者とは若干の意義が異なるのです。放っておいてもわたくしが誕生日を迎えるあと2カ月と2週間後には解消となるのです。
ブルース様の誕生日の少し前にはその書面も王宮に提出する予定なのです。
いずれにしても、わたくしにブルース様以上の家柄となる方は第一王子か第二王子。縁があるとは全く思えませんが、役不足とまで仰ってくださっているのです。
最後まで良い気分でいさせてくださるのですから受けない訳には参りません。
『ブルース様、婚約解消確かに承りました。父にはわたくしが話を致しますので、ブルース様はプリング公爵様にお話をお願いいたします』
『わかってくれて嬉しいよ。手続きにはどれくらいかかるだろうか』
まぁ、そのような事もご存じないのですね。
御勉学はあまりお得意ではないと聞き及んでおりましたが初歩の初歩ですのに。
『婚約を結ぶ際も解消する際も手続きには1カ月ほどかかりますわ』
『1か月‥‥そんなにかかるのか』
『国王陛下にもご承認頂いておりますし、もっと早くにと言うのであれば婚約破棄という方法も御座いますがこちらは瑕疵があった方が慰謝料を支払わねばなりませんがどういたします?』
『慰謝料か‥‥幾ら位だっただろう。ファータ伯爵家が傾くのではないか』
なんて失礼な事を仰るのでしょう。頂いた方が傾くわけが御座いません。
やはり御勉学はあまりお得意ではないようです。
『ブルース様、この場合ブルース様のご都合で破棄をするのですからブルース様が慰謝料を払うのです。確か婚約締結時にはプリング公爵領にある鉱山の権利全てだったはずですよ』
『なっ!それは困る』
『でしたら1か月はご辛抱くださいませ。婚約解消ならたった1か月の手続きを待つだけで慰謝料は不要なのですから。鉱山がなくなればプリング公爵家は大変な事になります』
『仕方ない。1カ月ならなんとか我慢してくれるだろうか…』
我慢?わたくしは今すぐにでも日めくりカレンダーを作成してカウントダウンをしたいくらいですけれど、この場合はおそらくあの方のご機嫌の事を仰っているのでしょう。
婚約をして5年間。こちらから誕生日にはカフスボタンや家紋入りの帯剣ベルトなどをカード、花束と共に贈りましたが、ブルース様からは走り書きのような文字が付いたカードのみ。
夜会へのお誘いもブルース様のご両親が直々にこちらにおいでになり頼まれますが現地集合現地解散でしたし、入場こそエスコートをくださいましたがダンスは1曲も踊った事はありません。
ダンスは1曲目は基本がエスコートをした男性と踊るもので、それがあって初めて2曲目以降別の方と踊れるのですが、ブルース様のご両親がエスコートはブルースにというものですから、わたくしは父とも兄とも踊れないまま壁を彩る華となるばかり。
王族の方や主催者の挨拶が終わればわたくしは帰途につくという事の繰り返しでございました。
早くにこちらから婚約解消を言い出しても問題はなかったのです。
通常の婚約とはその意義が異なると言っても最低限のマナーは守って頂きたいものですが、この5年間のブルース様がわたくしに対しての扱いはそれは酷いものでございましたもの。
婚約を直ぐにでも解消したい理由は判っているのです。
第一王子殿下が傾倒した平民女性を側近たちもこぞって持ち上げ貢いでおり、側近たちは生涯を独身で貫き愛と忠誠をその平民女性に誓ったのだとか。
不貞ではないかという声もありましたが、絡んでいるのが第一王子となれば声を大きくすることも出来ません。王族が絡めば何かと面倒ですもの。
長い物には巻かれたほうが楽な事もあるのです。
巻かれていれば果報は寝て待て。
こうやってブルース様の方から縁を切ってくださるのですから。
放っておいても3カ月後には円満解消される婚約です。憂いなど何一つ御座いません。
すっかりぬるくなった紅茶をもう一口飲んでわたくしは飛び跳ねたい気持ちを押さえながらも帰途についたのです。
プリング公爵家のブルース様はその見目麗しい顔を顰め乍らわたくしに仰いました。日頃の憂いを感じさせるそのかんばせからは、この一言を言うためにこの場を設け伝えねばならない!と並々ならぬ決意をされたのだという気概が伺えたように感じます。
――やっとこの日がきましたのね!――
わたくしは逸る心を抑えつつもなるだけ表情を変えないように向き合いました。
ブルース様のプリング公爵家は建国以来長く続く名家で騎士団総督などを歴任される公爵家。政略結婚で血を繋いでいく貴族が多い中でも【愛する者を守ってこそ騎士】を家訓とされておられるのか珍しく恋愛結婚をされてきている家でもあるのです。
確かに体も精神も使う騎士の仕事ですから、家に帰った時に愛しい人に出迎えて頂ければ疲れも吹き飛ぶというものでしょう。
しかしながら公爵家という立場はどうしても目立ってしまいます。
おまけにブルース様は【見目麗しい殿方と言えば】と問われれば3本の指に必ず入るほどの美丈夫でございますから放っておけば山のような釣り書きが毎日のように届くのも想像に容易いものです。
特に思春期を迎えられた学園への入学前は令嬢のいる貴族が売り込みをかける事が多くなり絵師が多忙で予約に2年待ちと言われるほどでした。
そこでプリング公爵様はわたくしの父に相談を持ち掛けたのです。
わたくしの家であるファータ伯爵家とブルース様のプリング公爵家は父親同士が学園時代学院時代からの親友同士で、、母親同士も幼馴染。わたくしにもブルース様にも婚約者はおりませんでした。
婚姻の出来る20歳になった時に婚約を解消する事で両家は婚約を結んだのです。
妙齢の貴族令嬢は低位貴族と言っても婚約者がいないとなればやはり何かと言われてしまいますし、下に弟妹がいればその婚約にも支障をきたします。
ブルース様は嫡男でいらっしゃいますが、わたくしには兄が居ります。
何時までも婚約者のいない妹がいるとなれば兄の婚約者も良い気はしないでしょう。
これで兄の婚約、婚姻も滞りなく進むと言うものです。
ブルース様には体の良い虫よけ、わたくしも研究に没頭出来ると言うものです。
わたくしは結婚願望はなく出来れば生涯を魔力で植物を育てる事に費やしたいですし、ブルース様も20歳までの5年間でお眼鏡に適う女性が現れるでしょう。
お互いの感情も恋や愛というものは一切なく、政略的なもので結ばれている訳でもない。ただ約束の5年は仲を深める為ではなく婚約者がいるのですよと外に向けてのアピールの為に事務的に茶会をしましょういうものでした。
聊か時期尚早な気も致しますが、ブルース様が20歳になるまであと2か月。
わたくしの誕生日もその2週間後です。多少の誤差は許容範囲という事でしょう。
『今の時点で婚約を解消でございますか?』
『僕の隣に並ぶのに君では役不足なんだ』
これは困りました。
第一王子殿下の側近であるブルース様にとってわたくしが役不足とは。それ以上を望まねばならないとなれば、国王陛下の側近の方しかいないではありませんか。
わたくしはそこまで完成度は高くないと思うのですがそれがブルース様がわたくしに対しての評価なのでしょうか。あまりにも持ち上げすぎでは御座いません事?
そして、ふと首を傾げます。
わたくしとブルース様は確かに婚約者と言う関係性ではありますが世間一般で言う婚約者とは若干の意義が異なるのです。放っておいてもわたくしが誕生日を迎えるあと2カ月と2週間後には解消となるのです。
ブルース様の誕生日の少し前にはその書面も王宮に提出する予定なのです。
いずれにしても、わたくしにブルース様以上の家柄となる方は第一王子か第二王子。縁があるとは全く思えませんが、役不足とまで仰ってくださっているのです。
最後まで良い気分でいさせてくださるのですから受けない訳には参りません。
『ブルース様、婚約解消確かに承りました。父にはわたくしが話を致しますので、ブルース様はプリング公爵様にお話をお願いいたします』
『わかってくれて嬉しいよ。手続きにはどれくらいかかるだろうか』
まぁ、そのような事もご存じないのですね。
御勉学はあまりお得意ではないと聞き及んでおりましたが初歩の初歩ですのに。
『婚約を結ぶ際も解消する際も手続きには1カ月ほどかかりますわ』
『1か月‥‥そんなにかかるのか』
『国王陛下にもご承認頂いておりますし、もっと早くにと言うのであれば婚約破棄という方法も御座いますがこちらは瑕疵があった方が慰謝料を支払わねばなりませんがどういたします?』
『慰謝料か‥‥幾ら位だっただろう。ファータ伯爵家が傾くのではないか』
なんて失礼な事を仰るのでしょう。頂いた方が傾くわけが御座いません。
やはり御勉学はあまりお得意ではないようです。
『ブルース様、この場合ブルース様のご都合で破棄をするのですからブルース様が慰謝料を払うのです。確か婚約締結時にはプリング公爵領にある鉱山の権利全てだったはずですよ』
『なっ!それは困る』
『でしたら1か月はご辛抱くださいませ。婚約解消ならたった1か月の手続きを待つだけで慰謝料は不要なのですから。鉱山がなくなればプリング公爵家は大変な事になります』
『仕方ない。1カ月ならなんとか我慢してくれるだろうか…』
我慢?わたくしは今すぐにでも日めくりカレンダーを作成してカウントダウンをしたいくらいですけれど、この場合はおそらくあの方のご機嫌の事を仰っているのでしょう。
婚約をして5年間。こちらから誕生日にはカフスボタンや家紋入りの帯剣ベルトなどをカード、花束と共に贈りましたが、ブルース様からは走り書きのような文字が付いたカードのみ。
夜会へのお誘いもブルース様のご両親が直々にこちらにおいでになり頼まれますが現地集合現地解散でしたし、入場こそエスコートをくださいましたがダンスは1曲も踊った事はありません。
ダンスは1曲目は基本がエスコートをした男性と踊るもので、それがあって初めて2曲目以降別の方と踊れるのですが、ブルース様のご両親がエスコートはブルースにというものですから、わたくしは父とも兄とも踊れないまま壁を彩る華となるばかり。
王族の方や主催者の挨拶が終わればわたくしは帰途につくという事の繰り返しでございました。
早くにこちらから婚約解消を言い出しても問題はなかったのです。
通常の婚約とはその意義が異なると言っても最低限のマナーは守って頂きたいものですが、この5年間のブルース様がわたくしに対しての扱いはそれは酷いものでございましたもの。
婚約を直ぐにでも解消したい理由は判っているのです。
第一王子殿下が傾倒した平民女性を側近たちもこぞって持ち上げ貢いでおり、側近たちは生涯を独身で貫き愛と忠誠をその平民女性に誓ったのだとか。
不貞ではないかという声もありましたが、絡んでいるのが第一王子となれば声を大きくすることも出来ません。王族が絡めば何かと面倒ですもの。
長い物には巻かれたほうが楽な事もあるのです。
巻かれていれば果報は寝て待て。
こうやってブルース様の方から縁を切ってくださるのですから。
放っておいても3カ月後には円満解消される婚約です。憂いなど何一つ御座いません。
すっかりぬるくなった紅茶をもう一口飲んでわたくしは飛び跳ねたい気持ちを押さえながらも帰途についたのです。
応援ありがとうございます!
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