お待ちください。宰相閣下!!

cyaru

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シルビア絶体絶命

シルビアはエーチィエムの前で茫然としていた。

【ピー!暗証番号が違います】

「どうしてよ!ニルスの誕生日は2月29日でしょう!?」

0229、2290と入力したがエラーになってしまう。
エーチィエムは3回入力に失敗すると3回目は通帳が出て来なくなる。
行員さんが出てきて、窓口で本人確認をされてしまうのである。

時折、妻が夫の、夫が妻の預金を引き出す際に失敗をすることがある。
そうなると口座名義人の職場などに連絡が入り、本人が銀行に来るまで拘束をされてしまうのである。
あぁ。縄で縛られることはない。だが窓のない「奥の部屋」で一人待たされるのだ。

シルビアに残された回数はラスト一回。世間ではラスイチという。
残念だが、「泣きのもう一回」は通用しない。

「2029かしら…日付を前にして2920、2902?」

ブツブツと呪詛のように呟くシルビアを人々は遠目に見ている。
ピンクの頭をガシガシと掻きむしると髪型は崩れていく。
今ではコントの爆発現場にいる山姥である。

何としてもニルスが仕事から帰るまでに金は引き出さねばならない。
窓口…と考えたがニルスではないので指紋の捺印という壁が立ちはだかる。
諦めるわけにはいかない。

シルビアにとっては絶対に負けられない戦いがそこにあるのである。

一旦落ち着こう。シルビアは壁にもたれて考える。
だが、考えても【誕生日】という数字から離れられない限り意味がない。

「バカすぎて1234とか?あ!アタシの誕生日かも?」

うわぁぁそれマズすぎる!と首を振る。
何故か!?

王宮に勤め始めた頃は【実年齢23歳、詐称年齢18歳】だったため、それなりに遊ぶ男がいた。
複数の男からまんべんなくプレゼントを受け取るために誕生日も詐称していた。

シルビア自身がニルスに誕生日を伝えた事は覚えているが、伝えた日付が何時だったかを忘れているのだ。自業自得である。

知り合った夜会が4月だったのは覚えている。
その後、偶然を装って話しかけたりして進展をしたのが6月。
だが、8月は王宮でもまとまった休みがある月なので、小遣い欲しさに7月と8月上旬の日付はとにかくプレゼントをくれそうな男達に日を変えて伝えていた。

「まさか!クラリスの誕生日だったりするの?」

元カノの誕生日はイラっと来るものがあるが、口座の開設は付き合い始める前ならあり得る話だ。
しかし、ふと壁に貼られたポスターを見入ってしまった。

【暗証番号に連続した同じ数字は使えません】

シルビアは、【暗証番号元カノ説】を打ち消した。
クラリスの誕生日は11月11日だからである。

「いや、判らないわ。日と月を逆にしてるのかも!」

バカである。11月11日。日と月をそのままにしようと逆にしようと変わらない。
悩みに悩んでシルビアはエーチィエムの列の最後尾に並ぶ。

順番が来た!お引き出しを選ぶ!通帳をいれ、暗証番号を入力し、金額で確定!

【ピー!ガシャシャシャ‥‥】

行けたか!?流石アタシ!!

雄叫びをあげながら歓喜の舞を披露したい程に嬉しさがこみ上げてくる。
入力をしたのは誕生日を逆にしてみた【9220】
バカなニルスが誕生日以外の数字の羅列を覚えられるはずがないと踏んだのだ。

「長いわね…」

札が詰まったのか?と思うようなガシャガシャ音が続く。
変だなと思っていると、表示ランプが切り替わる。

【お取り扱いできません。係員が参りますのでお待ちください】

マズイ!

瞬時でシルビアが取った行動は【脱兎のごとく逃げ出す】である。

銀行内で【奥の部屋】に通されれば、ニルスの通帳を持ち出し金を引き出そうとしたのがバレる。
言い訳は絶対に通用しない世界になってしまうのである。

走りながらシルビアは考える。
ニルスが通帳を落としてしまって、拾った人が引き出そうとしたことにしよう!
入れ替えた旧通帳はニルスがウッカリ持ち歩いててアタシ知らないよ?って事にしよう!

だが、悪い事は出来ないものなのである。
逃げ切れるものではない。
銀行もこのような場合を想定して新しい宰相からの通達で1年前から逃げたやつを追いかける【ミッションハンター】を設置している。

ミッションハンターはサングラスを装着し、黒いスーツを身に纏っている。
視界から対象者が消えるまで追いかける【鬼ごっこ】の達人なのである。

シルビアはそれを見越して小さな路地に入る!
しかし!逃げた先にもハンタ―!‥…挟み撃ちである。

呆気なく捕まってしまうシルビア。
「放しなさいよ!」と喚けば喚くほど人々の注目を浴びる。

第一回放送の某タレントのように木に登るという技を使えなかったシルビアの負けである。
連れて行かれた奥の部屋。誰も何も話しかけてこない。
口座名義人に連絡を取れば良いだけなので、聞く必要がないのである。

4時間程待っていると扉が開いた。立っていたのはニルスである。

「シルビア‥‥」
「ニルス、ごめんなさい…」
「どうしてこんな事を」

シルビアは言い訳を必死で考える。借金がある事をニルスに知られてはならないのだ。
何が何でも子供が生まれるまでニルスにはしがみ付いておかねば【子爵婦人】になれない。

「あの、悪気はないの。ちょっと記帳とかしとこうと思って」
「まぁ、ここでする話じゃない。それよりも聞きたい事がある。帰るぞ」

奥の部屋から出て、家までを歩く2人。長い登坂なのにニルスはシルビアに手を貸さない。

「待ってよ!ニルス」

ニルスの返事はない。




少し前‥‥

ニルスは銀行で記帳ができなった事から家に急いで帰ったのだった。
だが、今日は休みだと言っていたシルビアが家にいない。

取り敢えずは、【自分が】どこかに置き忘れたのかも知れないと家の中を探し回った。

するとクローゼットの奥に1個のダンボールがある事に気がついた。
通帳を入れるはずがないのだが、妙に気になったのである。
引っ越し以来数か月開封すらされていないダンボール。

パンドラの箱 であった。

ダンボールの中は同僚の宝飾品などを買い取ってもらった買い取り証明書や金融機関への融資の申込書が詰め込まれていたのである。
日付を見てみると引っ越しをする数日前にネックレスを買い取ってもらった分もある。

ピタリと手を止めて思わず二度見したのは付き合う前の日付に届いた通知書である。

【他社も含めてのご利用額を検討した結果、限度額を引き下げました】

と書かれた通知書。

「まさか?借金?」

ダンボールをひっくり返してみると日付は2年前、3年前のものもあるが督促状もある。
銀行も含めて10社以上から金を借りているのは間違いないとニルスは確信をしたのだ。

無造作に丸められた紙袋を開くと買取計算書と一緒に数個の宝飾品。
計算書には【買取不可】と書かれていて、その数と形状が一致する。
買い取ってもらえなかったものを突っ込んでいたのだろう。

そこに来客があった。騎士団に【ニルスの通帳から金を引き出そうとした者がいる】と言われ直ぐに銀行に行くようにと言われて、銀行にやってきた。

銀行に行くまでの間、通帳は何処かに落としてしまってたのか?いやどうして前の通帳を俺は持ってるんだ?と考えつつも「シルビアを疑って悪かったな」と思ってたのだが・・・。

「あの女性が通帳から引き出しをしようとしていた者です。お知合いですか?」
「‥…」

一瞬声が出なかったが、「妻です」と言うと連れて帰っていいですと言われ今に至る。




家に戻り、玄関を開けると食事をするテーブルが見える。
小分けをされた書類を見てシルビアは「ヒュッ」と息を飲んだ。

「シルビア、説明をしてもらおうか」

ニルスの顔を見る事が出来ないシルビア。絶体絶命である。
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