お待ちください。宰相閣下!!

cyaru

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舞わない夜

クラリス・タッド・ルテシアは少々お疲れ気味である。

プライベートルームと第一執務室の清掃は完了したが、まだ第二、第三執務室はゴミを出しただけである。清掃をしながらエリックの補佐として女官の業務を行わねばならない。

一応清掃の係を回してもらったのだが、清掃の係も元々の仕事がある上に重要な書類をファイル化して棚に並べた事もあって誰彼を手伝わせる事も出来ない。

なのでクラリスは朝3時半に起床して6時50分にエリックを起こすまでの間に掃除をするのである。
朝が早い事もあって夜はもう早めに眠りたい。
エリックが舞い踊るのを子守歌にして眠りにつく日々であるが寝不足は否めない。

先日の台風が一段落をして、特別に休暇がもらえることになった。
それまでにはこの掃除を終わらさないと!!気合も入るというものである。

「コンコン・・・ごほっ…」

掃除をしていると窓は開けているにも関わらず舞い上がる埃とカビの胞子。
服をはたけば埃がバフバフと舞い散る。
そんな中なので、吸いこんでしまったのだろう。最近咳が出るようになってしまった。

「うぅ~明日は休みなのにぃ」

思わず愚痴ってしまうのも仕方なかろう。だが頑張った甲斐があり清掃も完了する。
休み明けからは女官の仕事とエリックの身の回りの世話でいいのだ。
朝も5時半いや、6時まで寝てもいいかも知れない!
浮きたつ心と裏腹に、ブルリと寒さを感じる。

「今日は早めに休ませてもらおうかな。明日もゆっくり寝よう」

クラリスはエリックの湯あみを手伝い、歯磨き指導をする。
ちゃんと寝間着をきせて、明日の服を順番に並べる。

「ねぇねぇ。クラリス♡あのねぇ…」

【お待ちください!!宰相閣下!】

――私は早く寝て、明日はゴロゴロしたいんですっ!――

「朝、起きられたら顔を洗って、うがいをゴロゴロ。そして服を着てくださいね」
「うん、わかった。それで…」
「では、わたくしは休ませて頂きます」
「え…あの…」
「おやすみなさいませ」

寝台に潜り込むとそっと扉を開けるエリックが見える。
「おやすみ」と小さくエリックの声がした。

――これよ!これを望んでいたのよ!――

ライトウィングに来て、初めて求愛のない夜を迎えたクラリスであった。







エリック・ディオン・ヨハネスは久しぶりの休みに浮かれている。

先日の台風も進路が外れた事で被害はゼロで終わった。
だが自然相手に油断はできない。今一度防災用品や設備の点検、補充を指示した。
備えあれば憂いなしである。

一通り落ち着いたので、先に次官たちに順番に特別休暇を取らせてエリックの番である。

明日は余程の事がなければ休日を満喫できるのである。
エリックはクラリスをデートに誘いたいのであるが、今まで連戦連敗。

幾度となく舞った求愛のダンスにもこの頃は【踊り終わったらお休みください】とクゥクゥ寝息を立てて寝てしまうクラリスなのである。つまり効果がないのだ。

【挿絵付き!生き物の求愛ダンス】そっと棚に本を戻す。

これではなかったのか?ロダンの考える人のように色々と考えるエリック。

エリック自身、「はて?」と考える事が増えた。
それまで他人の為に私的な時間を使う事はなかったのだが、クラリスの事を考えると楽しいのである。


クラリスが来てからは部屋も広く使えて、毎日湯あみもして服も着替える。
「あれ?このシャツ前にも着てたな」と思う衣類も増えてきた。

毎日着用する衣類は下着や靴下に至るまでクラリスが用意をしてくれるので非常に助かっている。
先日皇帝ジューダスから「お前、いい匂いがするな」と言われてしまった。
それまでの匂いは【腐葉土が饐えた匂い】だったと言われた。

皇帝ジューダスの元に行った帰りに久しぶりに父母に王宮で会った。

「誰かと思ったらエリック!お前だったのか!信じられない!清潔さがあるじゃないか!」
「ボタンの掛け違えもない!?髪にべたつきもない!一体何があったの?」

父母すら驚く変貌ぶり。エリックは変わりつつあったのである。

そう、エリックは恋をしているのだ。
しかし知識と経験がゼロであるエリック。参考にしている書物は鳥、魚、昆虫である。
全く役に立ってない。

エリックは思いきって相談をする事にした。
お悩み相談を聞いてくる人は一人しかいない。皇帝ジューダスである。

「ジューダス。教えて欲しいんだ」
「お前に教える日が来ようとは…明日は雪が降るな」
「いや、もうすでに降っている」

そう、その日の天候は【雪のち雪】皇帝ジューダスも残念な部類なのか。

「全然クラリスに思いが伝わらない気がするんだ」
「うーん…花でも贈ってみればどうだ?」
「花?しかし‥‥この思いを表現するとラフレシアになるが場所を取る」

エリック、間違っている。大きさもだがラフレシアは腐敗臭を放つ。臭いのだ。
ファブ●ーズお日様の香りでは誤魔化しきれない。

悩んだ挙句に、王都内17店舗から赤いバラを買い占めてしまったのだ。
結果は【掃除が大変】だと叱られてしまった。

失敗の原因はダンスであるが、そこにはまだ思い至らない。


「ジューダス。教えて欲しいんだ」
「お前にまたもや教える日が来ようとは…花は失敗したか」
「そうなんだ。食事はあの台風でお流れになった」
「ならば食事ついでにデートをすれば良いではないか」

皇帝ジューダス。いとも簡単に無理難題を突きつける。
花を贈るミッションも失敗したのに食事プラスデート。

「どんな食べ物が好きなんだろうか」
「女性は甘い物を好むが‥‥お前の場合はそこそこのレストランなんかは会食で利用するからな。新鮮味に欠ける。いっそのことお前が作ってみてはどうだ」

恐ろしく高度な事を言ってのける皇帝ジューダス。
服すらまともに着られないエリックに調理をさせればどうなるか。
食材でないものが皿に盛りつけられるではないか。

結局当たり障りないレストランを予約して、それまで宝飾品などの店を回れと言われてしまう。

「自分の髪とか目の色の宝石を贈る事を忘れるな」

それだけは厳命をされたのであった。


よし!デートに誘うぞ!っと意気込んだもののクラリスに元気がない。

早々に明日着る服を並べられてしまう。

「朝、起きられたら顔を洗って、うがいをゴロゴロ。そして服を着てくださいね」
「うん、わかった。それで…」
「では、わたくしは休ませて頂きます」
「え…あの…」
「おやすみなさいませ」

パタンと扉の音がする。クラリスが部屋に戻ってしまった。

「変だな?」と思いつつ、そっと扉を開けると寝台に潜り込むクラリスが見える。
少し考えて、「おやすみ」と声を掛けて扉を閉める。

クラリスがここにきて初めて舞わない夜になったのだった。
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