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第25話 元気のないリバー
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思い返せばステラは変わった子だった。
言葉使いは丁寧だし、所作も完璧。
驚くようなことを真顔で答えたりもしたが、そういう事なら家事全般を知らなくても不思議ではない。
「なんだ・・・女王様だったんだ・・・そりゃ無理な話だ」
ビッケの話に僅かな希望も抱いてしまったが、あくまでもステラが男爵令嬢だったらの話。雲の上も遥か上、星よりも遠い位置にいるのだと思うと、なんだかあくせくと働いている事も馬鹿らしくなる。
しかし、馬鹿らしくなっても朝が来れば従業員と一緒に片付けに出向くのは変わらない。変わらないのは決められた未来もだ。
アリスと結婚し、子爵家を放逐される未来。
国王は自分の首を差し出して民を守ると言ったようだが、リヴァイヴァールも己の身を差し出し子爵家を、そして事業で雇っている従業員を守るのだと思うと、空を見上げた目から頬に涙が幾筋も伝って落ちた。
ガラガラと馬車の音がしてブロク男爵とブレイドルが帰っていく。
上着も着ずに外に出たリヴァイヴァールの体も心もすっかり冷え切っていた。
「氷のように叩けば心も砕けるかな」
そんな事も考えてしまうが、「やめやめ!ネガティブに入るのはやめだ!」両手で覆うように頬をパチン!と叩くとリヴァイヴァールは父のいる部屋に戻り、「先に寝る」と寝台に潜り込んだ。
リヴァイヴァールが扉の前を離れてブロク男爵とブレイドルが帰って行ったのは半刻ほど後。あの後、どんな話をしていたのかは判らないが、「関係ない事だ」と早く眠れるよう目を固く閉じた。
★~★
翌朝、何も変わらない日常が始まった。
食堂に行けばステラと楽しそうに朝食を取るビッケ。従業員も次々にやって来てトレーをもって並ぶ。リヴァイヴァールもいつもと同じ。朝食が終われば身支度をもう一度整えて従業員たちと荷馬車に道具を積み込む。
「今日はどちらに参りますの?」
「今日はえぇっと・・・」
ステラに話しかけられてリヴァイヴァールは胸の手帳を取り出し、片付けの依頼があった住所を読み上げた。
「お手伝いする事は御座いますでしょうか」
「そうだなぁ。今日の現場は通路が狭いんだ。旗竿地と言って荷馬車が奥までは入れないから積み込みを手伝ってくれると有難いかな」
「承知致しました。積み込みで御座いますね」
「重いものもあるから無理はしなくていいよ」
頼んでもいいのかなと考えてみたが、変に断るのも立ち聞きをしたようでバツが悪いとリヴァイヴァールはいつもよりも静かな口調でステラに指示を出した。
「どうなさったのです?体調が良くないとか?」
「いや?いつもと同じだが?」
「同じではないかと。言葉に覇気がないと申しますか・・・」
「僕に覇気なんて元々ないよ。気にし過ぎ。今日は16時までには撤収しないといけないから、いつもよりハイスピードで頑張って貰わないといけないんだ。出来るかな?」
「それは勿論。お客様の意向が一番重要ですから」
しかし、現場に到着をすると通りに面した通路は両手を広げた巾しかない上に人1人通るのがやっとなくらいゴミが積み上げられていた。
ゴミ屋敷あるあるでもあるが、近隣の人がここに家庭ごみを捨てて行ってしまうのだ。そのせいで地面がゴミから出た水分でぬかるんでしまっていてベトベト。
臭いもかなり酷くて、この時期には余り見ないのに蠅やアブが飛んでいるし、ボウフラもゴミの下に沸いているのかユスリカなども飛び回っている。
「見積もりに来た時よりも酷いな」
「坊ちゃん。見積っていつ来たんです?」
「2カ月前だ。家主がどうしても今月じゃないと困るというんだよ」
「困るねぇ‥まぁ仕方ないっス。おーい!始めっぞぅ!」
かの日、事務所にアリスがやって来た時、入れ違いにリヴァイヴァールが帰ってきたがここの見積もりに出掛けていたのである。
通路を出た通りの道幅も広くはなく、荷馬車をギリギリにまで寄せてはいるし、近所には挨拶回りもしているのだが「通りたいんですけど」と声を掛けてくる住民も頻繁に行き来する。
ステラも空っぽの土嚢袋を抱えて家屋の有る場まで何往復もする。行きは空の土嚢袋、帰りは持てるだけ中身の入った袋を持って小走り。
「お願いいたします」
「ほいよ!」
荷馬車の上で中身の入った袋を男性従業員に渡していると、こんな場には似つかわしくない者が声を掛けてきた。
言葉使いは丁寧だし、所作も完璧。
驚くようなことを真顔で答えたりもしたが、そういう事なら家事全般を知らなくても不思議ではない。
「なんだ・・・女王様だったんだ・・・そりゃ無理な話だ」
ビッケの話に僅かな希望も抱いてしまったが、あくまでもステラが男爵令嬢だったらの話。雲の上も遥か上、星よりも遠い位置にいるのだと思うと、なんだかあくせくと働いている事も馬鹿らしくなる。
しかし、馬鹿らしくなっても朝が来れば従業員と一緒に片付けに出向くのは変わらない。変わらないのは決められた未来もだ。
アリスと結婚し、子爵家を放逐される未来。
国王は自分の首を差し出して民を守ると言ったようだが、リヴァイヴァールも己の身を差し出し子爵家を、そして事業で雇っている従業員を守るのだと思うと、空を見上げた目から頬に涙が幾筋も伝って落ちた。
ガラガラと馬車の音がしてブロク男爵とブレイドルが帰っていく。
上着も着ずに外に出たリヴァイヴァールの体も心もすっかり冷え切っていた。
「氷のように叩けば心も砕けるかな」
そんな事も考えてしまうが、「やめやめ!ネガティブに入るのはやめだ!」両手で覆うように頬をパチン!と叩くとリヴァイヴァールは父のいる部屋に戻り、「先に寝る」と寝台に潜り込んだ。
リヴァイヴァールが扉の前を離れてブロク男爵とブレイドルが帰って行ったのは半刻ほど後。あの後、どんな話をしていたのかは判らないが、「関係ない事だ」と早く眠れるよう目を固く閉じた。
★~★
翌朝、何も変わらない日常が始まった。
食堂に行けばステラと楽しそうに朝食を取るビッケ。従業員も次々にやって来てトレーをもって並ぶ。リヴァイヴァールもいつもと同じ。朝食が終われば身支度をもう一度整えて従業員たちと荷馬車に道具を積み込む。
「今日はどちらに参りますの?」
「今日はえぇっと・・・」
ステラに話しかけられてリヴァイヴァールは胸の手帳を取り出し、片付けの依頼があった住所を読み上げた。
「お手伝いする事は御座いますでしょうか」
「そうだなぁ。今日の現場は通路が狭いんだ。旗竿地と言って荷馬車が奥までは入れないから積み込みを手伝ってくれると有難いかな」
「承知致しました。積み込みで御座いますね」
「重いものもあるから無理はしなくていいよ」
頼んでもいいのかなと考えてみたが、変に断るのも立ち聞きをしたようでバツが悪いとリヴァイヴァールはいつもよりも静かな口調でステラに指示を出した。
「どうなさったのです?体調が良くないとか?」
「いや?いつもと同じだが?」
「同じではないかと。言葉に覇気がないと申しますか・・・」
「僕に覇気なんて元々ないよ。気にし過ぎ。今日は16時までには撤収しないといけないから、いつもよりハイスピードで頑張って貰わないといけないんだ。出来るかな?」
「それは勿論。お客様の意向が一番重要ですから」
しかし、現場に到着をすると通りに面した通路は両手を広げた巾しかない上に人1人通るのがやっとなくらいゴミが積み上げられていた。
ゴミ屋敷あるあるでもあるが、近隣の人がここに家庭ごみを捨てて行ってしまうのだ。そのせいで地面がゴミから出た水分でぬかるんでしまっていてベトベト。
臭いもかなり酷くて、この時期には余り見ないのに蠅やアブが飛んでいるし、ボウフラもゴミの下に沸いているのかユスリカなども飛び回っている。
「見積もりに来た時よりも酷いな」
「坊ちゃん。見積っていつ来たんです?」
「2カ月前だ。家主がどうしても今月じゃないと困るというんだよ」
「困るねぇ‥まぁ仕方ないっス。おーい!始めっぞぅ!」
かの日、事務所にアリスがやって来た時、入れ違いにリヴァイヴァールが帰ってきたがここの見積もりに出掛けていたのである。
通路を出た通りの道幅も広くはなく、荷馬車をギリギリにまで寄せてはいるし、近所には挨拶回りもしているのだが「通りたいんですけど」と声を掛けてくる住民も頻繁に行き来する。
ステラも空っぽの土嚢袋を抱えて家屋の有る場まで何往復もする。行きは空の土嚢袋、帰りは持てるだけ中身の入った袋を持って小走り。
「お願いいたします」
「ほいよ!」
荷馬車の上で中身の入った袋を男性従業員に渡していると、こんな場には似つかわしくない者が声を掛けてきた。
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