あなたと私の嘘と約束

cyaru

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#6  3人の従者

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ハーゲンが夕食でワインを1人で3本空けた。
客間の前を通ると大鼾が空気を振動させていた。


「全く。とんでもない客人ですこと」

ヴァレリアの側付である侍女のコゼットが扉に向かって悪態を吐く。

ハーゲンが見せた書類は全て正式なものでヴァレリアはこの先をどうするか考えた。嫁ぐ事はもう仕方のない事で今更ひっくり返そうにも出来そうにない。

後見人となってくれる貴族と言ってもレナード繋がりとなるため、鬼籍に入っているものが大半で孫の代となれば話を持ち掛ける事に迷惑しか感じないであろうことは容易に予想がつく。

部屋に戻ったヴァレリアはコゼットにレナードの従者を呼ぶように伝えた。
1人になった僅かな時間でヴァレリアは書棚から幾つかのファイルを取り出した。

ハーゲンの元に派遣されているレフリーは王都で会えるとして、共に王都に、いやフルボツ侯爵家に嫁ぐ際に連れていく従者も侍女も選ばねばならない。

年若い者はこの地で生まれ、家庭を持っている者も多く連れてはいけない。
従者の家族まで王都に住まわせてやる資金が心許ない。

「お嬢、こんな時間にどうした?」

先ず部屋にやって来たのは屋敷の掃除係であるジャン。
年は38歳とレナードに仕えていた従者としては若いが、妻はいない。

厨房の清掃が終わり調理長も務めるマシュー、執事のグレマンもやってきた。
グレマンは62歳、レナードが現役を退いた時に執事として雇われた男。
マシューは41歳。両親の代からレナードに仕えている。

グレマンとマシューがヴァレリアの向かいのソファに腰を下ろすがジャンだけは入り口の扉に背を預けて腕を組み、足を軽く交差させて立ったまま。

「ジャン、お嬢様の話があるんだぞ」マシューが声を掛けた。
「俺は掃除係だから。声を落としてもちゃんと聞こえてる」

ジャンの返しに、マシューが「やれやれ」と呆れてヴァレリアに「ご用件は?」と問う。
時間もないヴァレリアは3人に対し、直球で用件を告げた。

「私と一緒に王都、フルボツ侯爵家に行って欲しいの」

一拍の呼吸を置いてグレマンが「承知致しました」と答えればマシューもジャンも小さく頷いた。ジャンは入り口の扉から離れて、グレマンとマシューが腰掛けるソファーのひじ掛けに腰を下ろした。

「決めてたの?」

ヴァレリアの問いにグレマンがにこりと笑う。

「旦那様からお嬢様の事を頼むと仰せつかっておりましたから」

「まぁ、1人気の早い奴はいますけれども、生涯現役でお仕えさせて頂きます」

マシューの言葉にジャンが「俺のこと?!」とひじ掛けに座ったままマシューに上半身を預けるようにもたれかかった。年齢も3歳しか違わないマシューとジャンは兄弟のように育ち、今は男性同士だが夫婦。

レナードは実力を重視していたので、個人の性癖については犯罪でない限り自由だと容認をしていた。ヴァレリアも2人の関係を知っても何も思う事はない。
ジャンはジャンで、マシューはマシュー。夫婦喧嘩をするとジャンは薪風呂の薪を割る事に怒りをぶつける程度だし、マシューはデザートを作る事でストレス発散するので食べ過ぎなければ害はない。

「お嬢、連れて行くのは俺らだけ?」
「そう、3人なら上手くやってくれるでしょう?」

ヴァレリアの言葉に何かを感じ取ったグレマンが、ほほぅと身を乗り出してきた。

「何をなさるおつもりで?」

ニヤリと笑うグレマンにヴァレリアは昼間のハーゲンとのやり取りを伝えた。
話が進むにつれ、苛立ちを露わにするジャンをマシューが宥める。

「ハーゲンは私の誕生日に王都に到着するようにここを明後日出立するそうよ。私を利用しようと思っているんだから、私だって利用させてもらうわ」

「明後日…と言うことは奴は明日何をするつもりなんだ?」

「お父様名義だった領地の書類はお爺様預かりになっているわ。わざわざ2泊3日にした理由、権利証を家探しするつもりだと私は踏んでいるの。見つけてもどうにもならないのにご苦労な事だわ」

「確かに。旦那様はお嬢様を引き受けられる際、エデル様の名義は全てお嬢様に書き換えられました。しかし…あれからもう12年。何も手を打たなかったんでしょうか」

「打たなかったんじゃなく、打てなかったのよ。本来祖母ならまだしも祖母の父が幼子の養育を引き受けるなんてあり得ないわ。懐刀と言われたお爺様だもの。これを見て」


コゼットに3人を呼びに行ってもらっている間に用意したファイルを広げた。
ヴァレリアの名義になっているハップルス伯爵家の領地は5つ。
全てに「凍結」と赤いインクで大きな文字が書かれていた。

「地理院に行っても閲覧すらさせてもらえなかったはずよ。見た所でどうしようもないもの」

「お嬢様は御存じだったのですか」

グレマンは「まさか」と思いつつヴァレリアの顔を見た。

「えぇ、この屋敷にある文字で書かれたものは全て知っているわ。だって眠れない夜は何かを読みたくなるじゃない?」

「本がお好きだとは思っておりましたが…」

「で、ジャンには明日、この書類を全部。そうね、わざわざ目につくように庭で燃やして貰おうかしら」

「け、権利証ですよ?本気で言ってるんですか?!」

マシューの隣で盛大に驚くジャンだが、マシューとグレマンは「なるほど」と頷いた。
そんな2人にジャンだけが「なるほどじゃない!」と声を荒げる。

「ジャン、とにかく明日、綺麗さっぱり灰にして頂戴。それから荷物を纏めないと明後日の出発には間に合わなくなっちゃうわよ?」

「いや、でも。これって言ってみればお嬢の虎の子でしょ?燃やしてしまったら…」

まだ理解できないジャンの肩を片方づつグレマンとマシューがポンと叩いた。
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