あなたと私の嘘と約束

cyaru

文字の大きさ
7 / 25

#7  王都へ出発 

しおりを挟む
翌朝、ヴァレリアの向かいで朝食を取るハーゲンは、変に燻ぶったような香りに窓の外を見た。白い煙が風に流され、砕けて薄くなっていく。

「田舎は朝から庭師も忙しいな」
「えぇ、掃いても掃いても燃すものにキリがありませんから」

ハーゲンのボヤキにヴァレリアは淡々と応えた。
ヴァレリアがナフキンで口元を拭いていると、朝からデザートを3回おかわりしたハーゲンは軽い足取りで「屋敷の中を見せてもらう」と食堂を出て行った。


屋敷の中を見て回るだけのハーゲンがヴァレリアに「何処にある」と主語を飛ばして質問をしてきたのはもう夕方に近い頃。

何食わぬ顔で茶を飲むヴァレリアは涼しい顔で応えた。

「何かをお探しでしたの?」


朝からジャンは頼まれた通りに地面に掘った穴に枯れ木と落ち場を放り込み、火が点いた所に紙をくべていたジャン。昼すぎにはその穴も土を戻して踏み固めた後のこと。

ハーゲンはヴァレリアの読み通り権利証を手に入れるためにわざわざやってきた。

ハップルス伯爵家の動産はレナードの死を知ってフルボツ侯爵家に話を持ち掛けるついでに、ハーゲンの所有になるよう手続きを済ませた。

しかし、一番の本丸と言える伯爵領については地理院で閲覧すらさせてもらえなかった。
だが、権利証があれば名義は「姪」となっていても叔父である証明が出来ると出向いて来た。

その権利証が見つからない事にハーゲンは苛立つが、勝手に持ち出す事を知られては不味い。ハップルス伯爵家の所有する領地とは言え、ここは他家であり窃盗になってしまう。

ヴァレリアの部屋は荷物がまとめられていて引き出しの中にも何もない。
直ぐに見つかるものかと思って2泊3日にしたのだが、甘かった。

その夜は「どうせ置いてはいけないんだから纏めた荷の中にあるだろう」とそのままフルボツ侯爵家に荷を持って行かず、一旦ハップルス伯爵家に戻る日程に代えればいい。
そう思ってその夜もワインを浴びるように飲んでハーゲンは眠りについた。



☆~☆

「荷物はこれだけなのか?」

想像以上に少ない荷物。ヴァレリアの乗る馬車の屋根に荷物はなく、荷馬車もない。
ハーゲンの方が土産物も一切買っていないのに荷物が多いくらいだ。

ヴァレリアの乗る馬車とハーゲンの馬車は別。
こじんまりとした馬車に乗り込むヴァレリアとグレマンのみ。
御者はマシューとジャン。

見送る使用人はいない。これから使用人達は主がいない屋敷の維持管理を行う事になる。高齢だったレナードは自分の死後も使用人が困らないよう「管理」という仕事に対し給金が支払われるようにしていた。

その中にはハインツの父親もいる。
馬車を引いたり遠出をするような馬ではなく、厩舎には領民の畑を耕す農耕馬が繋がれていた。

不老不死などあり得ないと誰もがこの日が来る事を知っていた。
考えていたのと少し違うのはハーゲンがヴァレリアの嫁ぎ先を勝手に決めた事くらい。

「想定の範囲外なんてどこにでも転がっている話よ」

ヴァレリアの乗った馬車はハーゲンの馬車の後を追うようにゆっくりと車輪を回し始めた。
御者席でジャンがマシューに問う。

「本当に燃やしちゃったけど良かったのかな」
「地理院に本人が出向けば再発行してもらえるから、これで良いんだよ」
「あ、そういうこと」
「そう、権利証は個人が持つ原本だが、本当の原版は地理院にある。お嬢様で無ければ再発行も出来ない。あのタヌキにまず一泡吹かせよう、そうお考えなんだろう」
「それもそうだな。権利証が原本なら勝手に自分で作ろうと思えば作れるしな。権利者は家ではなく個人に紐づけされるから旦那様はこうなる事も予測して名義をお嬢様個人にしたんだろう。基本は家の所有になるのを個人、国王陛下も頷かせる旦那様だったって事か」




ハーゲンがハップルス伯爵家に一旦立ち寄ると言ったが、ヴァレリアは了承しなかった。

「私の誕生日にという事でしたでしょう?書面で既に整った婚儀。わざわざ行った事も無い実家に何の用が御座いましょうか。それに夫君もご不在となれば義両親との時間を少しでも早く設ける方が良いのでは御座いませんこと?」


年の割に落ち着いた話をするヴァレリアは「どうしてもと仰るのならご自由に」とハーゲンを突き放した。
人目もある上に、休憩中も3人の従者はヴァレリアから離れないため手をあげて従わせる事も馬車に押し込んで無理やり連れていくことも叶わない。

ハーゲンの舌打ちの数だけ山を越え、馬車は王都に向かってゆっくり進んだ。



その頃、向かう先のフルボツ侯爵家が蜂の巣をつついたような騒ぎになっていようとはハーゲンも知らなかった。
しおりを挟む
感想 42

あなたにおすすめの小説

旦那様、政略結婚ですので離婚しましょう

おてんば松尾
恋愛
王命により政略結婚したアイリス。 本来ならば皆に祝福され幸せの絶頂を味わっているはずなのにそうはならなかった。 初夜の場で夫の公爵であるスノウに「今日は疲れただろう。もう少し互いの事を知って、納得した上で夫婦として閨を共にするべきだ」と言われ寝室に一人残されてしまった。 翌日から夫は仕事で屋敷には帰ってこなくなり使用人たちには冷たく扱われてしまうアイリス…… (※この物語はフィクションです。実在の人物や事件とは関係ありません。)

お姉様優先な我が家は、このままでは破産です

編端みどり
恋愛
我が家では、なんでも姉が優先。 経費を全て公開しないといけない国で良かったわ。なんとか体裁を保てる予算をわたくしにも回して貰える。 だけどお姉様、どうしてそんな地雷男を選ぶんですか?! 結婚前から愛人ですって?!  愛人の予算もうちが出すのよ?! わかってる?! このままでは更にわたくしの予算は減ってしまうわ。そもそも愛人5人いる男と同居なんて無理! 姉の結婚までにこの家から逃げたい! 相談した親友にセッティングされた辺境伯とのお見合いは、理想の殿方との出会いだった。

一級魔法使いになれなかったので特級厨師になりました

しおしお
恋愛
魔法学院次席卒業のシャーリー・ドットは、 「一級魔法使いになれなかった」という理由だけで婚約破棄された。 ――だが本当の理由は、ただの“うっかり”。 試験会場を間違え、隣の建物で行われていた 特級厨師試験に合格してしまったのだ。 気づけばシャーリーは、王宮からスカウトされるほどの “超一流料理人”となり、国王の胃袋をがっちり掴む存在に。 一方、学院首席で一級魔法使いとなった ナターシャ・キンスキーは、大活躍しているはずなのに―― 「なんで料理で一番になってるのよ!?  あの女、魔法より料理の方が強くない!?」 すれ違い、逃げ回り、勘違いし続けるナターシャと、 天然すぎて誤解が絶えないシャーリー。 そんな二人が、魔王軍の襲撃、国家危機、王宮騒動を通じて、 少しずつ距離を縮めていく。 魔法で国を守る最強魔術師。 料理で国を救う特級厨師。 ――これは、“敵でもライバルでもない二人”が、 ようやく互いを認め、本当の友情を築いていく物語。 すれ違いコメディ×料理魔法×ダブルヒロイン友情譚! 笑って、癒されて、最後は心が温かくなる王宮ラノベ、開幕です。

私の手からこぼれ落ちるもの

アズやっこ
恋愛
5歳の時、お父様が亡くなった。 優しくて私やお母様を愛してくれたお父様。私達は仲の良い家族だった。 でもそれは偽りだった。 お父様の書斎にあった手記を見た時、お父様の優しさも愛も、それはただの罪滅ぼしだった。 お父様が亡くなり侯爵家は叔父様に奪われた。侯爵家を追い出されたお母様は心を病んだ。 心を病んだお母様を助けたのは私ではなかった。 私の手からこぼれていくもの、そして最後は私もこぼれていく。 こぼれた私を救ってくれる人はいるのかしら… ❈ 作者独自の世界観です。 ❈ 作者独自の設定です。 ❈ ざまぁはありません。

【完結】気付けばいつも傍に貴方がいる

kana
恋愛
ベルティアーナ・ウォール公爵令嬢はレフタルド王国のラシード第一王子の婚約者候補だった。 いつも令嬢を隣に侍らす王子から『声も聞きたくない、顔も見たくない』と拒絶されるが、これ幸いと大喜びで婚約者候補を辞退した。 実はこれは二回目の人生だ。 回帰前のベルティアーナは第一王子の婚約者で、大人しく控えめ。常に貼り付けた笑みを浮かべて人の言いなりだった。 彼女は王太子になった第一王子の妃になってからも、弟のウィルダー以外の誰からも気にかけてもらえることなく公務と執務をするだけの都合のいいお飾りの妃だった。 そして白い結婚のまま約一年後に自ら命を絶った。 その理由と原因を知った人物が自分の命と引き換えにやり直しを望んだ結果、ベルティアーナの置かれていた環境が変わりることで彼女の性格までいい意味で変わることに⋯⋯ そんな彼女は家族全員で海を隔てた他国に移住する。 ※ 投稿する前に確認していますが誤字脱字の多い作者ですがよろしくお願いいたします。 ※ 設定ゆるゆるです。

噂(うわさ)―誰よりも近くにいるのは私だと思ってたのに―

日室千種・ちぐ
恋愛
身に覚えのない噂で、知らぬ間に婚約者を失いそうになった男が挽回するお話。男主人公です。

【完結】ご期待に、お応えいたします

楽歩
恋愛
王太子妃教育を予定より早く修了した公爵令嬢フェリシアは、残りの学園生活を友人のオリヴィア、ライラと穏やかに過ごせると喜んでいた。ところが、その友人から思いもよらぬ噂を耳にする。 ーー私たちは、学院内で“悪役令嬢”と呼ばれているらしいーー ヒロインをいじめる高慢で意地悪な令嬢。オリヴィアは婚約者に近づく男爵令嬢を、ライラは突然侯爵家に迎えられた庶子の妹を、そしてフェリシアは平民出身の“精霊姫”をそれぞれ思い浮かべる。 小説の筋書きのような、婚約破棄や破滅の結末を思い浮かべながらも、三人は皮肉を交えて笑い合う。 そんな役どころに仕立て上げられていたなんて。しかも、当の“ヒロイン”たちはそれを承知のうえで、あくまで“純真”に振る舞っているというのだから、たちが悪い。 けれど、そう望むのなら――さあ、ご期待にお応えして、見事に演じきって見せますわ。

【完結】転生したら悪役継母でした

入魚ひえん@発売中◆巻き戻り冤罪令嬢◆
恋愛
聖女を優先する夫に避けられていたアルージュ。 その夜、夫が初めて寝室にやってきて命じたのは「聖女の隠し子を匿え」という理不尽なものだった。 しかも隠し子は、夫と同じ髪の色。 絶望するアルージュはよろめいて鏡にぶつかり、前世に読んだウェブ小説の悪妻に転生していることを思い出す。 記憶を取り戻すと、七年間も苦しんだ夫への愛は綺麗さっぱり消えた。 夫に奪われていたもの、不正の事実を着々と精算していく。 ◆愛されない悪妻が前世を思い出して転身したら、可愛い継子や最強の旦那様ができて、転生前の知識でスイーツやグルメ、家電を再現していく、異世界転生ファンタジー!◆ *旧題:転生したら悪妻でした

処理中です...