あなたと私の嘘と約束

cyaru

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#9  逃げたハインツ

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田舎を出た時には夢があった。
しかし、そんな夢は直ぐに消えた。

騎士団の入団試験に挑んだハインツは見事合格した。
しかし、その日からハインツには地獄が始まった。

領ではそこまで体の線が細かった訳ではないが、同期で入団した騎士見習いの中でも小柄だったハインツはあっという間にヒエラルキーの底辺に居場所が出来た。

平民の子供で騎士を目指す者は確かに多いが年齢が17,18歳になってからの者が多い事は見習いになってから気が付いた。
衣食住は確保出来るがその他は自前で用意せねばならない事をハインツは知らなかった。
剣も無く防具もない。服は支給をされるが通常は私服。ハインツには服を買う金も無かった。

合格をすると支給される支度金。
何も知らなかったハインツは見るモノ、聞くモノ全てが初めてで刺激的な王都の街に先輩に誘われるまま出向き、騙された。

ハインツに支給された金はたった1晩で先輩の酒になり、ハインツは何も持たないまま鍛錬もせねばならなかった。見かねた副団長が模擬刀を貸してくれたが、真剣で勝負をする勝ち抜き戦には出られない。
ハインツは模擬刀は貸して貰えても防具までは貸して貰えなかった。

そんな中でもハインツは未来を夢見て鍛錬に励んだ。
鍛錬でも打ち合いに参加出来ないハインツは廻りとどんどん差がついて行く。

ハインツの転機となったのは、数人が一組となって街の警備を任された時だった。
王都は人が多い。そして犯罪も多かった。

「じゃ、適当に見回りして帰ろうぜ」

班長の言葉に本来は禁止されている単独行動でただ街を歩くだけの警護を始めた。隊服を着ている者が歩くとスリや置き引きをする者達はそれだけで警戒をする。

いつものように一人で歩いているとハインツの耳に悲鳴が聞こえた。
声のした方向に走っていくと、高齢の女性が倒れていて買い物帰りにかっぱらいに狙われたのか買い物をした食材が籠から飛び出して散らばっていた。

「大丈夫ですか!」
「あぁ…大丈夫・・・」

女性は籠を手に取ると散らばった荷物を拾い始めた。

「手伝います」
「すまないね。ありがとう」

リンゴなどを拾っているとハインツの目に女性のものであろう財布が目に入った。

――いや、だめだ――

頭では最低の行為とわかっていたが、隙間から見える札にハインツは拾うふりをしてポケットに財布を捩じ込んだ。

「財布がない・・・」

女性の声にハインツは心臓がドクンと1つ飛び跳ねた。
ポケットの中にあるのだから落ちているはずが無い。

もう一度探すふりをして、ここにある!と見つけたふりをしよう。
ハインツは「返さなきゃ」と思いながらも探すふりを続けた。

「昨日息子に生活費を貰って全部入れてたんだよ・・・落ちてないかねぇ‥」

「財布を狙ったんだと思う。拾っている時には気が付かなったな…もう一度探してみるかい?」

「これだけ探して財布だけないとなると・・・諦めるしかないねぇ」

がっくりと肩を落とす女性にハインツは籠を持たせ「気を付けて」と声を掛けた。



ポケットの中が気になって仕方がないが、部屋に戻るまでハインツは堪えた。
堪えて、堪えて、食事を流すように胃に放り込むと「先に戻ってる」と1人部屋に戻ってポケットに手を入れた。

財布の中にはハインツの1か月分の給料よりも少し多い額が入っていた。
札を抜き取り、財布をどう処分するか考え、食事係の時に竈に放り込んで灰にした。


休みの日、ハインツはその金を持って防具を買おうと武具屋に行った。
新品はとても買えないが、手持ちの金は盗んだ金を合わせても中古の武具を買うのに少し足らなかった。

諦めきれずに迷っているハインツの背中に親子で買いものに来た少年の声が突き刺さる。

「ねぇこれが欲しいよ」
「そうだなぁ。よし、誕生日なんだ。奮発してやろう」

父親はいとも簡単に購入を決めるとハインツの持っていた金より多くの札を出して少年に剣を買った。

――こんなに苦労してる俺が中古すら買えないのに――

気が付けばハインツは店を飛び出して走っていた。
力尽きるまで走り、河原でしゃがみ込んでそのまま寝転がり、目覚めたら朝だった。

「どうしよう」

無断外泊は懲罰があり、20周以上鍛錬場を走らねばならない。

――もう辛いのは嫌だ。なんで俺ばっかりこんな辛い目に!――

ハインツは騎士団の領には帰らず各地に向かう辻馬車が集まる馬車溜まりに来ていた。もう領に帰ろうと思ったからである。

切符を買ったものの、ハインツは乗る馬車を間違えてしまった。
しまったと思った時はもう歩いては帰れない場所まで来ていた。

馬車の向かう先は紛争の多い地域で一人、二人と下車していくと鼾をかいて寝ている兵士と2人きりになった。

「はぁ…」ため息交じりに鼾をかいて寝ている兵士をみると今にもポケットから落ちそうな小さな箱が顔を覗かせていた。

――なんだろう?――

そっと這うように近づいた時、ガタンと馬車が石を撥ねて揺れた。
その揺れで兵士のポケットから小箱が落ちた。

そっと手を伸ばし、開くとカフスのセットが入っていてそのカフスには家紋があった。
どこの家の家紋だろうと考えるが、かの日見せてもらったロイス家のものでもハップルス伯爵家のものでもない。

考えるのも面倒になってハインツはそのまま寝入ってしまった。
そして目が覚めると兵士はもう何処かで降りた後。

ハインツは慌てて次の停車で馬車を降りたが、足を下ろした場所が何処なのかも判らなかった。


それからのハインツは昼間に留守の家に忍び込んで空き巣を繰り返した。
見つかって警護団に突き出されても、小柄なハインツは年齢よりも若くみられ親も兄弟もいないと話せば同情した兵士から食事も奢って貰えた。
「二度と盗みなんかするんじゃない」何度もそう言われ釈放されるのに理由がある事も知った。

14歳未満は罪に問わないという法があったのだ。

ハインツは17歳になるまで捕まる度に年齢を偽り、釈放されるとまた盗みを繰り返した。
盗んだ金で各地を転々とする中で、少し大きな街にやってきたハインツは空き家を見つけて寝床にした。

その街であのカフスも手に入れてから年数が立っているし売れるだろうと買取店に持って行くと、そこで初めて『フルボツ侯爵家』の家紋だと言うことを知った。

これは高値で売れる!そう思ったのだが当てが外れた。
侯爵家の家紋入りとなると買い取ってもらえなかったのだ。

不貞腐れたハインツが向かったのは娼館。
そこでハインツはイエヴァと出会ったのだった。
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