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#11 別居宣言
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その日の夕食、ヴァレリアにはフルボツ侯爵家に来て初めての食事となるのだが、イエヴァも同じだった。
「貴方がいないと生きていけない」と泣いて縋っていればアルフレードは鼻の下を伸ばし、イエヴァの涙を指で掬い、夕食の時間まで2人きりで時間を過ごした。
ハンスが泣いていると扉の向こうで声を掛ける使用人に「泣かせておけばいい」と言い放つ。
イエヴァは一目で目の前のアルフレードがハンスの父であるアルフレードではないと判ったが、ここは侯爵家であり、目の前のアルフレードは間違いなく侯爵家の次期当主。
娼婦だった経験からアルフレードのような男は腐るほどいる。
何人もの女を孕ませておいて知らぬ存ぜぬを貫き通すクズな男。
カフスについて何にも覚えていない事はイエヴァには追い風になった。
ハンスだけでなく、ここで上手く子種を腹に宿せば揺るぎない生活が保障される。
イエヴァは娼館には二度と戻りたくはなかった。
金さえ払えば何をしても良いと、何度も手を振り上げ、イエヴァが泣いて懇願すればするほど興奮を高める脂ぎって臭い息を吐きだす男達。
娼館の女将は守銭奴で一晩に5人の客の相手をする事もあった。
アルフレードと名乗る男の家に転がり込み、娼館に見受けの金を払ったと聞いた時は心底驚いた。神様にすらみえたほどだ。
侯爵子息のアルフレードの噂は一緒に住み始めてからは耳にするようになった。
尤も、それまで逃亡されては堪らないと昼間も娼館の女将は外に出してくれなかったし、用を足す時ですら用心棒が扉の向こうに立っていた生活。
見受けされて太陽の下を堂々と歩けるようになったイエヴァは他愛無い会話を近所の主婦とするのも新鮮で楽しかった。
戦が好きと言う割にはゲジ〇ジやゴキ〇リが出るとイエヴァの後ろに隠れて怯え、街の人が話をするほど激戦になっている紛争地には「面倒だから」と行きたがらない。
家にいる時と、仕事の時はモチベーションが違うのだろうと思っていたが、別人だったのならもっと理解はしやすい。
一緒に住み始めて直ぐにハンスがお腹に宿り、働けとは言わなくなった男に今、イエヴァは感謝しか感じない。あの男がいなければ今の自分はいないと思えば、出来るだけハンスも可愛がろうと言う気持ちも沸いて来ようと言うものだ。
もう1人のアルフレードが何処の誰だが知らないが、やっと運が向いて来たとほくそ笑んだ。
「さぁ、ここに座るといい」
ヴァレリアが案内をされたのは侯爵夫妻の向かいの席。
少し視線を横に向ければ意気投合したのか、アルフレードとイエヴァが仲良く先に食事を始めていた。
――まぁ、小説でもこういうくだりはあるのかも?――
そんな事を思いながら食事を始めると、フルボツ侯爵が話しかけてきた。
「屋敷の中が窮屈なら庭に離れでも建てるが…」
「庭を見て、ここが良いと言うところを教えて頂戴ね?」
どうあってもヴァレリアに逃げられる訳にはいかないフルボツ侯爵はネコナデ声でヴァレリアに問いかける。
「離れならあるじゃないか。その女と彼女が入れ替わればいい」
「いいのぉ?嬉しいっ!でも…睨んでるわ。怖い」
睨んではいない。なんならそちらに顔も向けていない。向いているのは後頭部、表情が読み取れるのなら諜報などと言う仕事は存在していないだろう。
14歳と言う年齢。ヴァレリアに全く食指の動かないアルフレードは両親が媚びを売るヴァレリアが気にくわない。イエヴァを優先させる事でヴァレリアに屈辱を味あわせたいだけで、考えがない事はヴァレリアも感じ取っていた。
――どうでもいいけど、頭の中は子供ね――
「お言葉に甘えまして、東門近くにある離れを使わせて頂きたいと思います」
「東門?ここまで遠いわよ?」
「食事なども離れで済ませますので。ご心配でしたら女性の使用人を何人か回して頂ければ」
使用人を住まわせてもいいと言うヴァレリアに幾分安心したのかフルボツ侯爵は二つ返事で離れの使用を許可してくれた。ただ、長年使っていない事もあって掃除が行き届いていない。
かと言ってイエヴァの使っていた屋敷を使えと言えば侯爵夫人も女。
それは矜持が許さないだろうとヴァレリアの選んだ離れの壁紙や床板なども一新すると言い出した。
「その女に何をしたって無駄だ。白い結婚が成立すれば放り出してやる」
――その白い結婚の期間に私に逃げられては困るのが判らないのかしら――
「白い結婚も屋敷の中で何が起こるか判らない。世間の目も御座います。この話をお聞きした時に彼は不在との事でしたが、状況が変わってしまった事はご理解頂けるかと。屋敷の敷地外が望ましいとは思いますが、嫁いだその日に出ていくとなればこれもまた世間の目が御座います」
「子供のくせに生意気な事を!」
「子供であっても世間体もあるという建前を知る年齢ですので」
笑みを浮かべる事も、声を荒げるアルフレードのほうを見る事も無いヴァレリアにアルフレードは「気分が悪い」とイエヴァの腕を引いて食事室を出て行こうとした。
が、両親もアルフレードが席をたったのに引き留める素振りもない。
「なんで引き止めないんだ!」
――かまってちゃん…なのかしら?面倒臭いわね――
侯爵家の使用人は次の食事を給仕するトレイを持って部屋に入って良いのか躊躇っている。侯爵夫妻は何も言わずにもくもくと食べ物を口の中に詰め込む。
食べ物が口にある間は話をするものではないと叩きこまれているから、喋らずに済む方法でもあるのは確かだが、飲み込む前に次を口に放り込む事から、このままアルフレードをやり過ごそうとしているのだとヴァレリアは感じた。
――事なかれ主義って訳ね――
「食事が終わったんでしょう?居座る理由は何処にもございませんわ」
ヴァレリアの言葉に「勝手にしろ!」アルフレードは捨てセリフを残し今度こそイエヴァと共に部屋に戻って行った。
「貴方がいないと生きていけない」と泣いて縋っていればアルフレードは鼻の下を伸ばし、イエヴァの涙を指で掬い、夕食の時間まで2人きりで時間を過ごした。
ハンスが泣いていると扉の向こうで声を掛ける使用人に「泣かせておけばいい」と言い放つ。
イエヴァは一目で目の前のアルフレードがハンスの父であるアルフレードではないと判ったが、ここは侯爵家であり、目の前のアルフレードは間違いなく侯爵家の次期当主。
娼婦だった経験からアルフレードのような男は腐るほどいる。
何人もの女を孕ませておいて知らぬ存ぜぬを貫き通すクズな男。
カフスについて何にも覚えていない事はイエヴァには追い風になった。
ハンスだけでなく、ここで上手く子種を腹に宿せば揺るぎない生活が保障される。
イエヴァは娼館には二度と戻りたくはなかった。
金さえ払えば何をしても良いと、何度も手を振り上げ、イエヴァが泣いて懇願すればするほど興奮を高める脂ぎって臭い息を吐きだす男達。
娼館の女将は守銭奴で一晩に5人の客の相手をする事もあった。
アルフレードと名乗る男の家に転がり込み、娼館に見受けの金を払ったと聞いた時は心底驚いた。神様にすらみえたほどだ。
侯爵子息のアルフレードの噂は一緒に住み始めてからは耳にするようになった。
尤も、それまで逃亡されては堪らないと昼間も娼館の女将は外に出してくれなかったし、用を足す時ですら用心棒が扉の向こうに立っていた生活。
見受けされて太陽の下を堂々と歩けるようになったイエヴァは他愛無い会話を近所の主婦とするのも新鮮で楽しかった。
戦が好きと言う割にはゲジ〇ジやゴキ〇リが出るとイエヴァの後ろに隠れて怯え、街の人が話をするほど激戦になっている紛争地には「面倒だから」と行きたがらない。
家にいる時と、仕事の時はモチベーションが違うのだろうと思っていたが、別人だったのならもっと理解はしやすい。
一緒に住み始めて直ぐにハンスがお腹に宿り、働けとは言わなくなった男に今、イエヴァは感謝しか感じない。あの男がいなければ今の自分はいないと思えば、出来るだけハンスも可愛がろうと言う気持ちも沸いて来ようと言うものだ。
もう1人のアルフレードが何処の誰だが知らないが、やっと運が向いて来たとほくそ笑んだ。
「さぁ、ここに座るといい」
ヴァレリアが案内をされたのは侯爵夫妻の向かいの席。
少し視線を横に向ければ意気投合したのか、アルフレードとイエヴァが仲良く先に食事を始めていた。
――まぁ、小説でもこういうくだりはあるのかも?――
そんな事を思いながら食事を始めると、フルボツ侯爵が話しかけてきた。
「屋敷の中が窮屈なら庭に離れでも建てるが…」
「庭を見て、ここが良いと言うところを教えて頂戴ね?」
どうあってもヴァレリアに逃げられる訳にはいかないフルボツ侯爵はネコナデ声でヴァレリアに問いかける。
「離れならあるじゃないか。その女と彼女が入れ替わればいい」
「いいのぉ?嬉しいっ!でも…睨んでるわ。怖い」
睨んではいない。なんならそちらに顔も向けていない。向いているのは後頭部、表情が読み取れるのなら諜報などと言う仕事は存在していないだろう。
14歳と言う年齢。ヴァレリアに全く食指の動かないアルフレードは両親が媚びを売るヴァレリアが気にくわない。イエヴァを優先させる事でヴァレリアに屈辱を味あわせたいだけで、考えがない事はヴァレリアも感じ取っていた。
――どうでもいいけど、頭の中は子供ね――
「お言葉に甘えまして、東門近くにある離れを使わせて頂きたいと思います」
「東門?ここまで遠いわよ?」
「食事なども離れで済ませますので。ご心配でしたら女性の使用人を何人か回して頂ければ」
使用人を住まわせてもいいと言うヴァレリアに幾分安心したのかフルボツ侯爵は二つ返事で離れの使用を許可してくれた。ただ、長年使っていない事もあって掃除が行き届いていない。
かと言ってイエヴァの使っていた屋敷を使えと言えば侯爵夫人も女。
それは矜持が許さないだろうとヴァレリアの選んだ離れの壁紙や床板なども一新すると言い出した。
「その女に何をしたって無駄だ。白い結婚が成立すれば放り出してやる」
――その白い結婚の期間に私に逃げられては困るのが判らないのかしら――
「白い結婚も屋敷の中で何が起こるか判らない。世間の目も御座います。この話をお聞きした時に彼は不在との事でしたが、状況が変わってしまった事はご理解頂けるかと。屋敷の敷地外が望ましいとは思いますが、嫁いだその日に出ていくとなればこれもまた世間の目が御座います」
「子供のくせに生意気な事を!」
「子供であっても世間体もあるという建前を知る年齢ですので」
笑みを浮かべる事も、声を荒げるアルフレードのほうを見る事も無いヴァレリアにアルフレードは「気分が悪い」とイエヴァの腕を引いて食事室を出て行こうとした。
が、両親もアルフレードが席をたったのに引き留める素振りもない。
「なんで引き止めないんだ!」
――かまってちゃん…なのかしら?面倒臭いわね――
侯爵家の使用人は次の食事を給仕するトレイを持って部屋に入って良いのか躊躇っている。侯爵夫妻は何も言わずにもくもくと食べ物を口の中に詰め込む。
食べ物が口にある間は話をするものではないと叩きこまれているから、喋らずに済む方法でもあるのは確かだが、飲み込む前に次を口に放り込む事から、このままアルフレードをやり過ごそうとしているのだとヴァレリアは感じた。
――事なかれ主義って訳ね――
「食事が終わったんでしょう?居座る理由は何処にもございませんわ」
ヴァレリアの言葉に「勝手にしろ!」アルフレードは捨てセリフを残し今度こそイエヴァと共に部屋に戻って行った。
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