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#12 離れの生活
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フルボツ侯爵家は資産家だけあって、公爵家にも引けを取らない広大な敷地に屋敷を構えている。
離れはイエヴァが住んでいるモノを含めて5つあり、ヴァレリアが選んだ東門近くの離れは何代か前の子息が住んでいた家屋。生涯を独身で過ごした子息は家を継いだ兄弟に迷惑にならないようにとこの東門近くの離れにだけは厨房や湯殿、不浄だけでなく使用人の泊まり込む部屋もある。
グレマン、マシュー、ジョンの部屋も必要だし、レフリーは市井に部屋を借りているようだが出来れば近くにいて欲しいのと、もうハップルス伯爵家とは関係を切っても良いとヴァレリアは考えていた。
壁紙も床板も改修すると言っていたが本宅にいたくない気持ちが先行し、ヴァレリアは清掃が入ったその日のうちに離れに住まいを移した。
「で、穀物については脱穀はせずにもみ殻は付いたままで出荷でいいのかしら?」
「はい、その方が日持ちはしますし、実のところ脱穀をした後のもみ殻だけを買い取りたいという事業者もいるんですよ」
「もみ殻を?何に使うのかしら」
「半分を炭に、半分はそのまま畑に撒くそうです。保温効果もあるようですよ」
「そうなのね。判ったわ。でもエドウィンさんは熱心なのね」
「フォェッ?いっいやっ。それほっどでもっ」
固い話が終わり、エドウィンを褒めただけだが、また緊張から声が上ずるエドウィン。
ヴァレリアが引き継ぐ領地で収穫できる作物などの輸送から販売先への仲介までを引き受ける事業をマティアスと共同で行なっている。
あたふたと書類をカバンに詰め込むと、「また来ます!」と躓いて転びそうになりながら帰っていく。
エドウィンを見送った後、グレマンとマシューが心配そうにヴァレリアの顔を覗き込んだ。5つある領地のうちヴァレリアは3つを手放し、その資金でロイス領を王家から買い取る事を考えていた。
「お嬢様、よろしいのですか?」
「よろしいも何も。お父様やお母様を繋げるのは今やハップルス伯爵家という家名だけ。中身はもう全く別物と言っていいわ。潰れてしまおうが傾こうが関係ないわ。それを心配してたら国王陛下は全ての家に金を注がなきゃいけないわよ?」
「そうですけれど…」
「私ね、ハインツと約束をしたのよ。年をとっても一緒にいるって。だから――」
「お嬢様、ハインツなのですが」
「ハインツがどうかしたの?」
言い淀むグレマンは既にハインツが王都にはいない事をヴァレリアに告げた。
「懲罰が怖かったのか…行方知れずだそうです」
「そんな!ハインツのお父様はなにも言ってなかったわ」
「僅かですか仕送りは時々届いていたようで、フーゴはハインツが騎士をもうしていない事は知らないかと」
「約束したのよ・・・ほら見て…この花冠が証拠って‥宝石の代わりって…」
ヴァレリアが持ってきた荷物は少ない。持ってきた荷物の中で一番大きく場所を取っているのがハインツからもらった花冠を入れたガラスのケース。
水分はもう抜けきって乾燥し、少し動かすだけで脆く崩れてしまう。
王都に来るまでの道中、馬車の揺れで頑丈に編まれていた茎は朽ちてどこも繋がっていない。
「ほら見て」と指差したケースを見てヴァレリアは息を飲んだ。
もう原型は殆ど留めていない。あの花冠がもう思い出の中でしか無くなっている事を突きつけられているような感覚だった。
聞こえない筈のハインツがヴァレリアを呼ぶ声がどんどん遠くなっていく。
「お嬢様」
マシューの声にヴァレリアは我に返った。
「早速ですが、侯爵夫人から使用人のリストを預かっております」
「え?もう?」
「元々本宅の方を切り盛りして頂こうと考えていたようですよ。事前に用意されていたようですから」
本宅と聞いてヴァレリアは舌を出して「ウゲェェ」思い出したくもなかった。
だが、止まっていても仕方がない。パチンと頬を軽くたたいてマシューからリストを受け取る。
ぱらぱらと捲っていくと侯爵夫人がランク分けをしているようで使用人の名前の欄外にはAからEの文字が書かれていた。
「息子はランク外なのにね。使用人をランク分けするなんて」
「全くです。内容については明日にでもレフリーに聞けば人となりが知れるかと」
「そうね、夫人のランク分けなんてあてにならないわ」
こじんまりとしているがやはり使用人は何人か必要。
ジャンがお茶を淹れてくれるのだが、渋すぎるか白湯に色が付いただけかの両ぶれでやって来る客には出せたものではない。
ヴァレリアが淹れると言ったのだが、エドウィンやマティアスは兎も角として一般的に貴族は茶などは主が用意して振舞うのは茶葉どまり。
主自らが茶を淹れるとなれば足元をみられてしまう。
「面倒臭いわね」
「彼らが言うには古き良き~だそうですよ」
「出た・・・古き良き・・・全然良くないし時代について来られない老害の言い訳だわ」
「お嬢様・・・お嬢様も大概な所は御座いますよ」
「えっ?どこ?どこ?」
「まぁ、私達のような人生半世紀な者と違和感なく話せる‥その時点で片足突っ込んでますよ」
ピキリとヴァレリアは硬直してしまった。
離れはイエヴァが住んでいるモノを含めて5つあり、ヴァレリアが選んだ東門近くの離れは何代か前の子息が住んでいた家屋。生涯を独身で過ごした子息は家を継いだ兄弟に迷惑にならないようにとこの東門近くの離れにだけは厨房や湯殿、不浄だけでなく使用人の泊まり込む部屋もある。
グレマン、マシュー、ジョンの部屋も必要だし、レフリーは市井に部屋を借りているようだが出来れば近くにいて欲しいのと、もうハップルス伯爵家とは関係を切っても良いとヴァレリアは考えていた。
壁紙も床板も改修すると言っていたが本宅にいたくない気持ちが先行し、ヴァレリアは清掃が入ったその日のうちに離れに住まいを移した。
「で、穀物については脱穀はせずにもみ殻は付いたままで出荷でいいのかしら?」
「はい、その方が日持ちはしますし、実のところ脱穀をした後のもみ殻だけを買い取りたいという事業者もいるんですよ」
「もみ殻を?何に使うのかしら」
「半分を炭に、半分はそのまま畑に撒くそうです。保温効果もあるようですよ」
「そうなのね。判ったわ。でもエドウィンさんは熱心なのね」
「フォェッ?いっいやっ。それほっどでもっ」
固い話が終わり、エドウィンを褒めただけだが、また緊張から声が上ずるエドウィン。
ヴァレリアが引き継ぐ領地で収穫できる作物などの輸送から販売先への仲介までを引き受ける事業をマティアスと共同で行なっている。
あたふたと書類をカバンに詰め込むと、「また来ます!」と躓いて転びそうになりながら帰っていく。
エドウィンを見送った後、グレマンとマシューが心配そうにヴァレリアの顔を覗き込んだ。5つある領地のうちヴァレリアは3つを手放し、その資金でロイス領を王家から買い取る事を考えていた。
「お嬢様、よろしいのですか?」
「よろしいも何も。お父様やお母様を繋げるのは今やハップルス伯爵家という家名だけ。中身はもう全く別物と言っていいわ。潰れてしまおうが傾こうが関係ないわ。それを心配してたら国王陛下は全ての家に金を注がなきゃいけないわよ?」
「そうですけれど…」
「私ね、ハインツと約束をしたのよ。年をとっても一緒にいるって。だから――」
「お嬢様、ハインツなのですが」
「ハインツがどうかしたの?」
言い淀むグレマンは既にハインツが王都にはいない事をヴァレリアに告げた。
「懲罰が怖かったのか…行方知れずだそうです」
「そんな!ハインツのお父様はなにも言ってなかったわ」
「僅かですか仕送りは時々届いていたようで、フーゴはハインツが騎士をもうしていない事は知らないかと」
「約束したのよ・・・ほら見て…この花冠が証拠って‥宝石の代わりって…」
ヴァレリアが持ってきた荷物は少ない。持ってきた荷物の中で一番大きく場所を取っているのがハインツからもらった花冠を入れたガラスのケース。
水分はもう抜けきって乾燥し、少し動かすだけで脆く崩れてしまう。
王都に来るまでの道中、馬車の揺れで頑丈に編まれていた茎は朽ちてどこも繋がっていない。
「ほら見て」と指差したケースを見てヴァレリアは息を飲んだ。
もう原型は殆ど留めていない。あの花冠がもう思い出の中でしか無くなっている事を突きつけられているような感覚だった。
聞こえない筈のハインツがヴァレリアを呼ぶ声がどんどん遠くなっていく。
「お嬢様」
マシューの声にヴァレリアは我に返った。
「早速ですが、侯爵夫人から使用人のリストを預かっております」
「え?もう?」
「元々本宅の方を切り盛りして頂こうと考えていたようですよ。事前に用意されていたようですから」
本宅と聞いてヴァレリアは舌を出して「ウゲェェ」思い出したくもなかった。
だが、止まっていても仕方がない。パチンと頬を軽くたたいてマシューからリストを受け取る。
ぱらぱらと捲っていくと侯爵夫人がランク分けをしているようで使用人の名前の欄外にはAからEの文字が書かれていた。
「息子はランク外なのにね。使用人をランク分けするなんて」
「全くです。内容については明日にでもレフリーに聞けば人となりが知れるかと」
「そうね、夫人のランク分けなんてあてにならないわ」
こじんまりとしているがやはり使用人は何人か必要。
ジャンがお茶を淹れてくれるのだが、渋すぎるか白湯に色が付いただけかの両ぶれでやって来る客には出せたものではない。
ヴァレリアが淹れると言ったのだが、エドウィンやマティアスは兎も角として一般的に貴族は茶などは主が用意して振舞うのは茶葉どまり。
主自らが茶を淹れるとなれば足元をみられてしまう。
「面倒臭いわね」
「彼らが言うには古き良き~だそうですよ」
「出た・・・古き良き・・・全然良くないし時代について来られない老害の言い訳だわ」
「お嬢様・・・お嬢様も大概な所は御座いますよ」
「えっ?どこ?どこ?」
「まぁ、私達のような人生半世紀な者と違和感なく話せる‥その時点で片足突っ込んでますよ」
ピキリとヴァレリアは硬直してしまった。
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