何も出来ない妻なので

cyaru

文字の大きさ
上 下
8 / 15

クズと呼ばれる夫

しおりを挟む
☆前半若奥様、後半エリオナルの視点です☆

☆若奥様☆

リリルの街にやってきて2週間が経ちました。ここから伯爵家に離縁がどうなっているか手紙を出して聞きたいところですが、配達はおそらく3、4日でされるでしょうからもう少し待った方が良いかも知れません。

きっとエリオナル様はずっとお城で執務と護衛をされて屋敷にはお戻りになられていないでしょう。使用人さん達がのんびりと過ごしている事を願うのみで御座います。

離れていれば、思い出す事もないだろう、思い出しても徐々に気持ちが薄くなるかと思えば、正直なところエリオナル様に対しては変化が御座いません。
屋敷にいる頃から「風邪をひかないように」「ケガをされないように」と思っておりましたが、言ってみれば誰しもそうなのです。

気持ちとしてはエリオナル様に思う感情の揺れはないのですが、使用人さん達の事はどうなっているのだろうと心配してしまいます。
洗濯係のメイドは新規オープンする雑貨店の事を楽しそうに教えてくださいました。なんでもオープンから数日は特価セールですが招待状を手にするにも抽選なのだそうです。屋敷を出た時は、抽選の為の申し込みをした時でございました。抽選に当たり無事招待状を手にしてお目当ての雑貨が買えたのだろうかと心配をしてしまいます。

庭師のヨハンお爺さんは最近剪定ばさみを新しく注文したと仰っておりました。切れ味を是非聞いて欲しい剪定を見て欲しいと言っておられましたが聞けずじまいの上、見学も出来ませんでした。切れ味の良さをこの目で見たかったのにとつい握った手に力が入ってしまいます。

寒がりだった窓ふき専門のメイドさん。冷え性に悩んでいないかしらと薬草を見つければ煎じて粉にし、切り傷の多かった馬丁さんには狸脂のクリーム、目元に隈のような痣があるのが悩みだという皿洗いの男の子には男性でも使えるコンシーラー。
手紙と一緒に送ろうとした荷物はもう箱を一回り大きくせねば入りそうにありません。

あぁ、そう言えばお屋敷に根菜を納品してくれていた業者さんの娘さんがお絵描きをするのにクレヨンを約束したのでした。

思い出す事はもう使用人さんの事がほとんど。時折お義父様、そしてお義母様の事も思い出しますが、あらどうしましょう‥‥夫であるエリオナル様の事があまり思い出せません。
そしてまだ離縁は成立していない時期なので夫ですのに‥‥夫ですのに…。

――お顔が思い出せません――

困りました。婚約時代のお顔は…あぁこちらも【こんな感じ】としか思い出せません。
何という事でしょうか。やはり至らぬ妻でございました。御顔すら思い出せないなんて…。

今日の朝食のミョウガの酢の物が原因では御座いませんわね。
ミョウガを食べると物忘れが酷くなるというのは迷信。

「こんちはー!来季の警護団の申請にきましたー」

扉が開きます。ここには辺境の守り…と言っても戦などはなくてほとんどが害獣の駆除だったり野盗からの護衛希望だったりの依頼に応える兵士さんが登録をする場なのです。

雪が降れば畑は耕せませんし、狩猟も動物が冬眠しますのでそのような国から出稼ぎに来られるのです。言葉はある程度分かるのですが、「なまり」と言いましょうか。独特の言い回しや発音で首を傾げる事も多いですがやりがいのあるお仕事です。

「あれ?新人さん?可愛いね?俺の現地妻にならない?」
「ふふっ。間に合っておりますわ」
「なんだー旦那持ちかぁ…え?でも住み込みじゃね?」
「えぇ。こちらにお世話になっております。何と言っても辺境伯様の別邸ですもの。警備は万全ですから」

ふと申請者さんの言葉に思う事がございました。
「現地妻」そう‥‥殿方はあまり体内に精を貯めておくのは良くないと聞いた事が御座います。
ミョウガのような迷信かも知れませんが‥‥長らく城から戻られなかったエリオナル様。もしかすると帰らずとも良いような仲の女性が居られたのかも知れません。

そう思うと、胸の奥がツキンと傷みました。あら…心臓の痛みかしら?
来週の健康診断でお医者様に相談してみなくては…。

「あら?こちらに生年月日をお願いいたしますわ」
「生年月日?なんだそりゃ」
「お生まれになった日ですわ。ほらお誕生日など祝われるでしょう?」

「いや?しないけど?っていうか生まれたなんて考えた事もなかったな。赤ん坊の時にいちいちカレンダーで確認してこの日に生まれた!なんて考えねぇだろ」

それはそうで御座いますが…。ガサツな方が確かに多いのですがそれも勉強で御座います。わたくしは貧乏でも子爵家の出。なので生年月日が確かなのですが、他国の方は【多分28歳】【この前16って言ってたの何年前だっけ】というくらいの気軽さで御座います。
なのでほとんど皆様同じ誕生日。自分より幾つ上だからと年だけが違う感じで御座います。

「へぇ。俺の名前ってそんな字を書くんだ」
「そうですね。アルマドさんのルがRなのかLなのかは迷うところでございますが」
「そうなの?俺迷わせる男?イケてる感じ?どう今晩?」
「間に合っておりますわ。今夜は約束がありますの」
「つまんねぇなぁ」

今日は辺境伯様の本邸から使用人さんが来られるのです。
申請をして全員認めるのではなく、辺境伯様がこれから選別をされるのです。
月に2回。やってきて今日がその日なのです。

書類を纏めて箱に入れていきます。今日もそろそろ受付が終わりです。




☆エリオナルの視点です☆

屋敷に戻った私は、急ぎで着替えると簡単にまとめて貰った荷物を馬の鞍に付けた。

「どちらに行かれるのです?」
「先ずは義兄上の元に。きっとそこにいるだろうから」
「どうでしょうか…」

それはそうだろうと思うのだが、家令は首を傾げるばかりだ。
聞けば先月義兄上のところは子が生れたそうだ。なので生まれたばかりの子がいるのに兄を頼って暫く面倒を見てくれとはきっと言わないと言うのだ。

だが、だとすれば何処へ?身寄りは遠い地にそう言えば親戚だった程度の者しかいなかったはずだ。兄を頼らずそちらを頼るとは思えない。

「最後に送っていったものは誰だ」

私の言葉に年老いた馬丁が呼ばれてやってきた。
だが、馬車を下りたのは遠方に行く馬車が集まる場でどの馬車に乗ったのかは判らないという。
停まっていれば邪魔になるので一般の馬車は早々に立ち去らねばならないため、どの馬車に向かったかまで見ている事も出来ないのだ。

しかしここで問答を繰り返しても仕方がない。私は馬に跨った。

「旦那様、どちらに」
「ダメで元々。義兄上の所に行ってくる。暫く帰らないから留守を頼む」
「今更で御座います」
「えっ?」
「旦那様が帰らず、留守を預かる事など今更で御座います」
「そ、そうだったな…すまない。後は頼む」

馬の手綱を引くと、侍女のミライが息を切らせて走ってきた。
いったいどうしたと言うのだと思えば…。

「もう若奥様を自由にしてあげてくださいませっ!!」
「だが、私には側にいて欲しい女性ひとなのだ」
「散々放っておいて何を言ってるんですか!旦那様の鬼!クズ!人でなし!」
「そうだそうだ!旦那様は鬼畜にも劣る!」
「もう帰って来るなぁ!馬だけ帰ってきたらいいんですっ!」

余程に私は嫌われているようだ。
罵倒されても仕方がない。それは甘んじて受け入れよう。
今度こそ私は手綱を引き、振り返ることなく屋敷を後にした。
しおりを挟む
1 / 5

この作品を読んでいる人はこんな作品も読んでいます!

【完全完結】 シンデレラは騎士様に拾われる

恋愛 / 完結 24h.ポイント:42pt お気に入り:560

婚約破棄させてください!

恋愛 / 完結 24h.ポイント:56pt お気に入り:3,011

俺を裏切り大切な人を奪った勇者達に復讐するため、俺は魔王の力を取り戻す

ファンタジー / 連載中 24h.ポイント:5,248pt お気に入り:91

幼馴染が熱を出した? どうせいつもの仮病でしょう?【完結】

恋愛 / 完結 24h.ポイント:489pt お気に入り:4,498

あなたの愛は要らない

恋愛 / 完結 24h.ポイント:491pt お気に入り:288

処理中です...