何も出来ない妻なので

cyaru

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奥様業とはなんでしょう

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「本当に申し訳ございません」

平身低頭でわたくしは破格の対応で折角雇い入れて下さった辺境伯様の使用人さんに頭を下げます。折角のお休みでしたのに騒ぎを聞きつけた方が、お寛ぎされている辺境伯様の使用人さんの元に行き駆け付けて下さったのです。

蠅ではないけれどお日様の下で何故が頭の上をブンブンと飛ぶ小さな虫の群れのようなものが部屋のあちこちに飛んでいます。そう。エリオナル様が持ち込まれたのです。
聞けば今日で19日という間、湯あみを一切されていないとの事。虫も飛びますし臭うはずです。

夜は安宿でもお泊りにならなかったのかと聞けば、わたくしがアウトドアに目覚めて野宿をしているかも知れないとテントを張れるようなポイントになる場所を森に入って捜索されていたのだとか。


わたくし、アウトドアを匂わせるような事はしていなかったと思いますし、そちらに考えが向かれてしまうほどエリオナル様と接点はないと思うのです。
もしかすれば、領地に行くのに騎乗して馬を駆けさせておりましたので野宿もすると思われたのでしょうか。日帰りは難しい距離ですが、領地で一泊すれば女の手綱さばきでも大丈夫ですのに。

1泊以上はお義父様の事も在り出来なかったのもあって、わたくしはいつも最短で領地に向かって帰っておりましたが、そうですわね。アウトドアスキルがあれば強引に30時間程で行き来できたかも知れませんわね。
純粋に機会があればやってみたいと思ったわたくし。靴の次は馬を買えるようにお金を貯めねばなりませんね。


「えーっとミスクトン殿。この先に共同浴場があるからその身なりを何とかしてきてくれませんか。彼女とお知り合いだというのは判りましたが、その風貌では今度は通報されるかも知れません。それに…大事な話をするのなら場所もですが身なりも整えるのは最低限の礼節ではありませんかね」

「ぁい…はい…申し訳ない。気が急いてしまった‥一旦王都に戻り、出直してきます」

ペコリと頭を下げると、わたくしをじぃぃぃぃぃっと見つめられて、何故かテヘっと笑われた後、受付所から出て行かれます。ですが入り口の扉の前で立ち止まられているのです。

「どうされました?」

「いえ、さっき押して入ってきたんですが、出る時はどうしたらいいのかと。レバーハンドルがないので引っ張ろうにも引っ張れない。この扉と扉の隙間にはちょっと指が入りそうになくて」


エリオナル様。いったいどうされたのでしょう。入ってくるときに扉はピタっと止まらずにパタンパタンとなっていたではありませんか。180度開閉タイプですので出る時も押せばよろしいのですよ。


「出られる際も押してください。あぁそれと私も彼女も勤務シフトがありましてね。出直すと言われてもその際に彼女が勤務しているとは限りません。よろしければご予定を伺っても?」

「そうだな…今からスィートを飛ばして…着替えて折り返し…明後日の早朝になるかと思う」

「それ、鬼の行軍なみのスピードですよね。そう言うところですよ。(ぼそっ)※彼女を慕う気持ちは判りますが周りを振り回すとまた同じことの繰り返しになりますよ※(ぼそっ。終) で、何時頃に?」

「あ、そ、そうだな…5日後…いや7日後だな」

「7日後。あぁその日は私も彼女も出勤日ですね。判りました。お待ちしております。営業時間は午前8時から午後4時までですのでお間違いなく。あ、昼休憩中もだめですよ」

「判りました。ありがとうございます‥‥それと…」

「何でございましょう」

「妻を…助けて頂きありがとうございました。食べる物、着る物、寝る場所…女性一人なので心配していたんです。知らない者ばかりの土地で不安だったと思います」

「助けてなどいません。彼女は必要とされてここで働いているのです。よくやってくれていますよ。1を言えば7まで考えて動き、残りの3で回りに合わせ、更にその先を考えてます。たった2か月ほどで何十年分の申請書をファイル別に分けてくれましてね。何処に置いたか探す事もなくなったんです。粗暴な者も多く来ますがちゃんとさばいてくれていますよ。不安どころか意外と楽しいと思っているんじゃないでしょうか」

「そうですか…」

「人は一人では生きていけません。ですが貴方が思うほど彼女は守られねばならない訳ではないと思います。支える人は必要でしょうけど、守る事と支える事は違いますからね」


エリオナル様は辺境伯様の使用人さんとなにやら話をしておりましたが、もう一度ペコリと頭を下げられると出て行かれました。

夕刻になりモップで床を掃除していると話しかけられました。

「どうするの?王都に戻って奥様業に戻るのかい?」

わたくしはここを辞める事は考えてもおりませんでした。奥様業と言われふと考えますが奥様業とは何をすればよろしいのでしょうか。

エリオナル様は騎士も辞められたと仰っていました。と、いう事は伯爵家の家令さんや執事さんと共に領地経営に勤しまれるはずです。今までわたくしがやっていた事をエリオナル様がされるとなればわたくしは何をすればいいのでしょう?

もう25歳も目の前に来ているというのに、同伴するパートナーであったエリオナル様が警備で出られないため、わたくしは夜会にも行ったことがないのです。
貧乏伯爵家でしたから、お茶会にも行ったことは御座いません。
やれと言われれば出来ない事もないでしょうけど、正直な気持ちとしては行きたいと思わないのです。

「あの、奥様業とはいったい何をすれば良いのでしょう?領地の経営をエリオナル様がされればわたくし…暇をつぶす事を見つけねばなりません。16歳で嫁ぎ領地経営と介護、家の切り盛りで‥‥暇の潰し方を知らないのです。暇が潰せなければ何も出来ないと言われてしまいます。でも奥様業が何かも判らないんです」

「そうか‥‥そう言われると奥様業というのは定義が難しいね。よしわかった。明日にでもケイト殿に頼んで奥様業を君にレクチャーしてもらう事にしようじゃないか」


マーサ様もですがケイト様も旦那様がいらっしゃいます。そしてお二人とも行商もしながら大衆食堂もしたり、ゴミ拾いと称して破落戸を牢屋に集めるボランティア活動もされています。


そして翌日ケイト様の講義は一言で終わったのです。

「あのケイト様、奥様業とはいったい何をすればいいんでしょうか」

「何を聞くかと思えば。ははぁん…昨日の乞食もどき君だね?決まってるじゃないか」

「何をするんでしょう」

「旦那を手のひらで踊らせる事よ」


じっと手のひらを見ます。エリオナル様…文鳥になってくださるでしょうか。
※それ指です…
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