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第07話  愛車の売りは入った年季

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ファルグレイドは長く王都にいられるわけではない。

領地は年々人口が減り続け、若い人には領地に留まって欲しいけれど仕事がない。家はあっても何処か補修をせねばならないけれど、所得も低いので家の改修に回せるほど稼ぐとなれば出稼ぎをするしかない。

出稼ぎをすれば2つの家庭を回すだけの金が必要となり、そうなれば両親を呼んで仕事のある地方で働く方がいい。

抜本的な改革として即効性があるのは何か大規模な工事をすれば良い。
街道を抜く、山に風穴をあけるが如くトンネルを抜く、橋を架けるなどではあるが残念な事にベージェ伯爵領を通過しても隣国の王都に行くには回り道となってしまうので意味がない。

その昔は魔法使いが居て、ベージェ伯爵領はかなりの賑わいも見せていた。

何故かと言えばベージェ伯爵領には魔力を安定させる果実マジカルグレープが実っていて、その実を食べれば制御できないような大きな魔力も抑え込む事が出来たし、不安定な魔力なら穏かに保つことも出来た。

ただ魔法使いの数は年々領地の人口のように減少し、天候次第で収穫が左右されるマジカルグレープを必要とする事もなくなった。

人の手が入ら無くなれば、山火事も起きるものだから主要な産業としてはもう誰も栽培しようとはしなかった。

唯一ベージェ産としてそこそこの値で取引をされるのは小麦だった。
しかしこれも余りの水不足のために植える畑も干上がってしまい土もカラカラ。

そんな土地でも育つカボチャなどを育て始めてはいるが売り上げと呼べるような金額には程遠い。

なので、従者と言っても執事と雑用係と御者を兼任している男を1人連れてくるのがやっと。泊まる宿も雑魚寝の素泊まりすら出来ず乗って来た馬車を利用する。王都に来たかと言って贅沢など出来るはずもなかった。


ベージェ伯爵領に帰る日、ファルグレイドはガッセル公爵家に立ち寄った。
見た目はかなり残念過ぎる馬車だが、ファルグレイド曰く父の代から使っている愛車。

――もしかして買い替えるお金がない?――

そんな事をついつい考えてしまうのは仕方ないだろう。
苦笑いのままクレセルはファルグレイドにルツィエを紹介した。


「妹のルツィエだ。水魔法の使い手でもある。水路の件はなんとか国にも掛け合ってみるから少し待ってくれないか」
「額が額だからな。作って元が取れるかと言えば微妙過ぎるしな」

アハハと笑って見せるが、ファルグレイドは領民にこれと言った収穫もなくほぼ手ぶらで戻らねばならない事に肩を落とした。

領を出る時もあまりに巨額な工事費と聞いて領民も「聞いてみるだけならタダ」と期待はしていないとファルグレイドに気負わないようにと言ったが、その通りになろうとは。

それでも久しぶりの魔法使い。
ファルグレイドはルツィエに手を差し出した。

「ベージェ伯爵家の当主をしていますファルグレイドです。遠い田舎ですがどうぞよろしく」

「こちらこそ。お役に立てるように頑張りますわ」


離縁をした時と同じ。数個のトランクを屋根の上に落ちないようロープで縛りつけてもらうと、ルツィエは馬車に乗り込んだ。

「あぁっと…散らかってるんだけどゴミじゃなくて」

王都に滞在中も馬車で寝泊まりをしていたため、販路拡大に話を持ち込んだ家で断られても何か収穫はあるだろうと細かく文字が記入をされていた。

「何軒の貴族に?」
「アハハ…もう何軒だったか…120は超えてると思います。半分以上は門前払いでした」
「まぁ…お話も聞いて頂けませんでしたの?」

笑って誤魔化すファルグレイドだったが、御者も兼任で同行している執事がパカっと箱を開ける。そこには封も切られていない先触れが入っていた。

「大きく分けて3つです。先触れすら読んでくれず門前払い、挨拶はさせてくれるけれどお断り、そして話は聞いてくれるけれどそれだけ。王都まで来ましたが…正直、収穫はゼロでした」

「ゼッゼロ?!どなたも?」

「えぇ。ブランド品として出せる小麦は収穫量も安定していない上に今年の作付は種苗が買えずに見送り。他の野菜はと言えば始めたばかりなので味も品質も素人の家庭菜園の方がまだ良いとされるレベル。売るものが何もないのですから仕方ないです」

「そうなのね…」


御者を兼任する執事も元はただの領民。人がいないので領地に帰れば家の畑も耕すし手の空いた時間にファルグレイドの執務を手伝う。

ファルグレイドは「本当に何もなくて申し訳ないくらいだ」と力なく笑う。

正直な気持ちとしては「大丈夫かな」と思ったけれど、兄のクレセルに送って来た手紙はファルグレイドが自分の足で領地をくまなく歩き、なんとか売り出せないかと兄に問うたもの。

商品化するレベル以前の問題だったのでクレセルもルツィエに見せたのかも知れない。


「取り敢えずは領地ですわ。状態をみない事には始まりませんもの」

散らばった書類をバサバサと無造作に纏めたファルグレイドは最後に破れかけた座面の埃を叩こうとパンパン!!

「うわっ!余計に酷くなった!!ちょ、ちょっと待って。換気、換気…くそっ!窓が開かないッ」

狭い馬車の庫内は埃が舞い、息をすると何か異物が喉に張り付いたようになって咳き込んでしまう状態になってしまった。

慌てて入り口とは反対にある窓を開けようとするのだが留め具が錆びついてしまっていて開かない。

「なんで開かないんだ?くそっ!おりゃ!!」

バギッ

「あ・・・・」

開かない窓を無理矢理開けようと壁面に足を踏ん張ったのだが、外に壁を突き破ってしまった音だった。

「わたくしの馬車が使えれば良いのですが…」


ルツィエも個人で馬車は所有しているが小さ目の馬車の上、石畳みの上を走る仕様であぜ道など土の上を走る事は滅多にない。

旅のような長距離移動用でもないので、乗り換えた所で直ぐに壊れてしまうだろう。
ファルグレイドは「気持ちだけ受け取るよ!」とサムズアップし穴の開いた馬車の壁を体で隠すように動く。

「い、板を打ち付ければ穴は塞がるから!」

――そう言う問題なの?――

前途多難なベージェ伯爵領に向けての旅が始まったのだった。
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