離縁は恋の始まり~サインランゲージ~

cyaru

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第11話    2人の初夜、ボッチの初夜

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「お嬢様、大丈夫ですか?」
「えぇ。ニーナ。大丈夫」

ぶつぶつと文句を言いながらも初夜の花嫁を仕上げねばならないニーナは「ライネルさんが来るまで」とビオレッタに上着を羽織らせた。

初夜の花嫁は夫となる男性だからこそ見せられる下着のような寝間着を着て夫を待つ。

時計を見て22時になったのを確認し、ニーナは「何かあれば隣の部屋にいますから」と言い残し部屋を出て行った。

寒くないようにと暖炉に火も入ってはいるが、身につけているものが薄手過ぎてブルッと小さく震えたビオレッタは暫く暖炉の前で体を温め、その後は時計を見ながら部屋の中を歩き回った。

何度も訪れた事のある部屋。ここが夫婦の間だと言う事も知っている。
これからライネルと夜を明かし、名実ともに夫婦となるのだと思うと溜息が出た。

これが負傷する前なら、喜びと期待に満ち溢れた気持ちだっただろうが、今は絶望感しかない。

一緒に住んでいると言ったソフィアは見かけなかったが、どこかに家を借りてやったのだろうと思うと、結婚する前から愛人の存在を明け透けにするような男に恋心を抱いていた自分が情けなくて仕方がなかった。

「もう、そろそろかな」

時計を見れば23時。男性の支度は早いと聞いていたけれど時間がかかっているのだなともう一度暖炉の前でビオレッタは体を温めた。

しかし、ライネルは来なかった。

時計が日付を超えた時間を指し示し、賑やかな声も静かになり使用人達が後片付けをする音がし始めてもライネルは来ない。

コンコンとノックの音がして、振り返ればニーナがそっと扉を開けて顔を覗かせていた。

「まだ来ませんか?」
「えぇ。皆と一緒に片付けでもしてるのかしら」
「まさか!主役がそんなことしませんし、アガトン伯爵家だってさせませんよ」
「でも、もう2時よ。もしかすると・・・」

「ソフィアさんの元に行っているのかも」と言おうとしたが、それはそれでビオレッタの矜持が言葉を発する事を止めた。


結局、空が白み始めても、太陽がすっかり顔を出してもライネルが夫婦の間に現れることはなかった。



★~★

馬を走らせたライネルがソフィアに借りてやった家に到着をすると外からでもはっきりとわかる。火が点いたように泣く子供の声が聞こえた。

階段を急いで駆け上がり、扉を開けるとよたよたと歩いてソフィアの子供、オルクがライネルに飛びついた。

同時にドアが開いて顔を出したのは隣か、それとも階の違う住人か。

「ホンット。いい加減にしてくれよ!ガキがギャンギャン泣いてさ!寝られねぇっつぅの!」
「申し訳ない。今後は気を付ける」
「頼むわ。マジで。ここ毎日だぜ?夫婦そろって子供置いて夜中に何処行ってんだってぇの!」

言いたいことを言えば思い切り扉を閉じて男は戻って行ったが、ライネルは男の言葉に疑問を持った。

「ソフィア、夜中に子供を置いて出かけてるのか?」
「まさか!そんなことしません。ただ泣くので・・・宥めてたりしたらノックされても気が付かなかったのかも知れません。お屋敷だったら誰かがオルクを宥めてくれたんですが・・・私1人だと宥めるだけで大変で」


部下が子供の夜泣きは大変だと言っていた事があったが、男である部下も手を焼くのだからそんなものかも知れないとライネルはオルクを抱きあげた。

ずっと泣いていた事で体は熱かったが、発熱をしているような熱さではない。
引っ越しをした時に、やっと国内でも乳幼児用の粉ミルクが売り出された事を知り一揃い購入してソフィアに持たせたのだが、使ってはいるがそのまま放置していたようで使用後の哺乳瓶も洗ってはいなかった。

ライネルも粉ミルクは野営中の栄養補給に湯で溶かし飲む事があるが哺乳瓶は初めての経験。しかし用具を揃えたはずなのにミルクを作ろうにも白湯もない事に唖然とした。

野営なら単に沸騰させた湯に適温まで水を足すが、負傷の状態が酷いものは赤子と同じと聞いた事があり、泣き喚くオルクを抱えて白湯から作らねばならず、時計をみて気持ちばかりが焦る。

やっと作ったミルクを哺乳瓶で飲ませればオルクはあっという間に飲み切って寝入ってしまった。

「熱はないんじゃないのか?腹が減ってただけのようだが」
「どうでしょうか・・・本当にずっと泣いてて。ゴボって吐いたし」
「取り敢えずは寝たし・・・もう大丈夫だろう」
「あ、お待ちください!お茶を淹れたので。これだけでも飲んで行ってください」

早く屋敷に戻りたかったのだが、喉も乾いていたのは事実でライネルは出された茶を飲んだ。

飲みながらまた疑問がわいてきた。

(どうして哺乳瓶でミルクは作らないのに茶は淹れるんだ?)

しかし、そんな事をソフィアに聞いたところでまた泣かれても面倒だと帰ろうとしたのだが「待ってください」とソフィアが呼び止めた。

「まだ何かあるのか?」
「いえ、片付けをしていて・・・どこに置いたんだろう。直ぐに探すので待ってください」
「明日でもいいよ」
「いえ、こういうのちゃんとしとかないと気持ち悪いんです。盗んだみたいに思われても嫌ですし」

ソフィアが言うには、引っ越しをしてくる時にオルクが引き出しに入っていたブローチなのかカフスなのか。宝飾品を握ってしまったままだったと言う。

ライネルは時間を気にしながらも少しだけ待つことにしたのだが、ソフィアは部屋のあちこちに置いた荷をひっくり返しガタガタと大きな音をさせる。

その音にさっき寝付いたばかりのオルクが目を覚まし、また泣き出してしまった。

「あぁ!どうしよう!オルクが!でも探さないと!!」
「オルクは見ているから早く探してくれ」
「すみませぇん。じゃぁお願いします」
「もう少し静かに探さないとまた近所も怒鳴り込んでくるぞ」
「そうなんですけどぉ・・・あっれぇ・・・どこに置いたんだっけ」

余計に解らなくなるくらいソフィアは荷物をひっくり返し、部屋の中は足の踏み場もない。
心の中では(いい加減にしてくれ)と思いながら、ライネルはオルクを寝かしつけるためにオルクに添い寝をして、トントン・・・トントン・・・ゆっくりと優しくオルクを撫でるように叩いた。

寝るはずではなかったし、寝たとしても数時間で目覚めるのが常だったライネル。

ハッと気が付いた時、空はもう明るく時計を見れば11時・・・自分の腕を見て心臓が止まるかと思うような衝撃がライネルを襲った。

(なんで・・・何も着てないんだ?)

混乱するライネルの鼻にはスープを煮込む香りが漂ってくる。

カタカタと小さな音は調理をする音で、オルクの「きゃぁう!」と何か喜んでいる声もする。

「ライネル様、お目覚めですか?朝食・・・出来てます。あの・・・昨夜の事・・・誰にも言いませんので」

頬を染めるソフィアの声、シーツの端についた自身の残滓にライネルは戦慄した。
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