11 / 25
第11話 2人の初夜、ボッチの初夜
しおりを挟む
「お嬢様、大丈夫ですか?」
「えぇ。ニーナ。大丈夫」
ぶつぶつと文句を言いながらも初夜の花嫁を仕上げねばならないニーナは「ライネルさんが来るまで」とビオレッタに上着を羽織らせた。
初夜の花嫁は夫となる男性だからこそ見せられる下着のような寝間着を着て夫を待つ。
時計を見て22時になったのを確認し、ニーナは「何かあれば隣の部屋にいますから」と言い残し部屋を出て行った。
寒くないようにと暖炉に火も入ってはいるが、身につけているものが薄手過ぎてブルッと小さく震えたビオレッタは暫く暖炉の前で体を温め、その後は時計を見ながら部屋の中を歩き回った。
何度も訪れた事のある部屋。ここが夫婦の間だと言う事も知っている。
これからライネルと夜を明かし、名実ともに夫婦となるのだと思うと溜息が出た。
これが負傷する前なら、喜びと期待に満ち溢れた気持ちだっただろうが、今は絶望感しかない。
一緒に住んでいると言ったソフィアは見かけなかったが、どこかに家を借りてやったのだろうと思うと、結婚する前から愛人の存在を明け透けにするような男に恋心を抱いていた自分が情けなくて仕方がなかった。
「もう、そろそろかな」
時計を見れば23時。男性の支度は早いと聞いていたけれど時間がかかっているのだなともう一度暖炉の前でビオレッタは体を温めた。
しかし、ライネルは来なかった。
時計が日付を超えた時間を指し示し、賑やかな声も静かになり使用人達が後片付けをする音がし始めてもライネルは来ない。
コンコンとノックの音がして、振り返ればニーナがそっと扉を開けて顔を覗かせていた。
「まだ来ませんか?」
「えぇ。皆と一緒に片付けでもしてるのかしら」
「まさか!主役がそんなことしませんし、アガトン伯爵家だってさせませんよ」
「でも、もう2時よ。もしかすると・・・」
「ソフィアさんの元に行っているのかも」と言おうとしたが、それはそれでビオレッタの矜持が言葉を発する事を止めた。
結局、空が白み始めても、太陽がすっかり顔を出してもライネルが夫婦の間に現れることはなかった。
★~★
馬を走らせたライネルがソフィアに借りてやった家に到着をすると外からでもはっきりとわかる。火が点いたように泣く子供の声が聞こえた。
階段を急いで駆け上がり、扉を開けるとよたよたと歩いてソフィアの子供、オルクがライネルに飛びついた。
同時にドアが開いて顔を出したのは隣か、それとも階の違う住人か。
「ホンット。いい加減にしてくれよ!ガキがギャンギャン泣いてさ!寝られねぇっつぅの!」
「申し訳ない。今後は気を付ける」
「頼むわ。マジで。ここ毎日だぜ?夫婦そろって子供置いて夜中に何処行ってんだってぇの!」
言いたいことを言えば思い切り扉を閉じて男は戻って行ったが、ライネルは男の言葉に疑問を持った。
「ソフィア、夜中に子供を置いて出かけてるのか?」
「まさか!そんなことしません。ただ泣くので・・・宥めてたりしたらノックされても気が付かなかったのかも知れません。お屋敷だったら誰かがオルクを宥めてくれたんですが・・・私1人だと宥めるだけで大変で」
部下が子供の夜泣きは大変だと言っていた事があったが、男である部下も手を焼くのだからそんなものかも知れないとライネルはオルクを抱きあげた。
ずっと泣いていた事で体は熱かったが、発熱をしているような熱さではない。
引っ越しをした時に、やっと国内でも乳幼児用の粉ミルクが売り出された事を知り一揃い購入してソフィアに持たせたのだが、使ってはいるがそのまま放置していたようで使用後の哺乳瓶も洗ってはいなかった。
ライネルも粉ミルクは野営中の栄養補給に湯で溶かし飲む事があるが哺乳瓶は初めての経験。しかし用具を揃えたはずなのにミルクを作ろうにも白湯もない事に唖然とした。
野営なら単に沸騰させた湯に適温まで水を足すが、負傷の状態が酷いものは赤子と同じと聞いた事があり、泣き喚くオルクを抱えて白湯から作らねばならず、時計をみて気持ちばかりが焦る。
やっと作ったミルクを哺乳瓶で飲ませればオルクはあっという間に飲み切って寝入ってしまった。
「熱はないんじゃないのか?腹が減ってただけのようだが」
「どうでしょうか・・・本当にずっと泣いてて。ゴボって吐いたし」
「取り敢えずは寝たし・・・もう大丈夫だろう」
「あ、お待ちください!お茶を淹れたので。これだけでも飲んで行ってください」
早く屋敷に戻りたかったのだが、喉も乾いていたのは事実でライネルは出された茶を飲んだ。
飲みながらまた疑問がわいてきた。
(どうして哺乳瓶でミルクは作らないのに茶は淹れるんだ?)
しかし、そんな事をソフィアに聞いたところでまた泣かれても面倒だと帰ろうとしたのだが「待ってください」とソフィアが呼び止めた。
「まだ何かあるのか?」
「いえ、片付けをしていて・・・どこに置いたんだろう。直ぐに探すので待ってください」
「明日でもいいよ」
「いえ、こういうのちゃんとしとかないと気持ち悪いんです。盗んだみたいに思われても嫌ですし」
ソフィアが言うには、引っ越しをしてくる時にオルクが引き出しに入っていたブローチなのかカフスなのか。宝飾品を握ってしまったままだったと言う。
ライネルは時間を気にしながらも少しだけ待つことにしたのだが、ソフィアは部屋のあちこちに置いた荷をひっくり返しガタガタと大きな音をさせる。
その音にさっき寝付いたばかりのオルクが目を覚まし、また泣き出してしまった。
「あぁ!どうしよう!オルクが!でも探さないと!!」
「オルクは見ているから早く探してくれ」
「すみませぇん。じゃぁお願いします」
「もう少し静かに探さないとまた近所も怒鳴り込んでくるぞ」
「そうなんですけどぉ・・・あっれぇ・・・どこに置いたんだっけ」
余計に解らなくなるくらいソフィアは荷物をひっくり返し、部屋の中は足の踏み場もない。
心の中では(いい加減にしてくれ)と思いながら、ライネルはオルクを寝かしつけるためにオルクに添い寝をして、トントン・・・トントン・・・ゆっくりと優しくオルクを撫でるように叩いた。
寝るはずではなかったし、寝たとしても数時間で目覚めるのが常だったライネル。
ハッと気が付いた時、空はもう明るく時計を見れば11時・・・自分の腕を見て心臓が止まるかと思うような衝撃がライネルを襲った。
(なんで・・・何も着てないんだ?)
混乱するライネルの鼻にはスープを煮込む香りが漂ってくる。
カタカタと小さな音は調理をする音で、オルクの「きゃぁう!」と何か喜んでいる声もする。
「ライネル様、お目覚めですか?朝食・・・出来てます。あの・・・昨夜の事・・・誰にも言いませんので」
頬を染めるソフィアの声、シーツの端についた自身の残滓にライネルは戦慄した。
「えぇ。ニーナ。大丈夫」
ぶつぶつと文句を言いながらも初夜の花嫁を仕上げねばならないニーナは「ライネルさんが来るまで」とビオレッタに上着を羽織らせた。
初夜の花嫁は夫となる男性だからこそ見せられる下着のような寝間着を着て夫を待つ。
時計を見て22時になったのを確認し、ニーナは「何かあれば隣の部屋にいますから」と言い残し部屋を出て行った。
寒くないようにと暖炉に火も入ってはいるが、身につけているものが薄手過ぎてブルッと小さく震えたビオレッタは暫く暖炉の前で体を温め、その後は時計を見ながら部屋の中を歩き回った。
何度も訪れた事のある部屋。ここが夫婦の間だと言う事も知っている。
これからライネルと夜を明かし、名実ともに夫婦となるのだと思うと溜息が出た。
これが負傷する前なら、喜びと期待に満ち溢れた気持ちだっただろうが、今は絶望感しかない。
一緒に住んでいると言ったソフィアは見かけなかったが、どこかに家を借りてやったのだろうと思うと、結婚する前から愛人の存在を明け透けにするような男に恋心を抱いていた自分が情けなくて仕方がなかった。
「もう、そろそろかな」
時計を見れば23時。男性の支度は早いと聞いていたけれど時間がかかっているのだなともう一度暖炉の前でビオレッタは体を温めた。
しかし、ライネルは来なかった。
時計が日付を超えた時間を指し示し、賑やかな声も静かになり使用人達が後片付けをする音がし始めてもライネルは来ない。
コンコンとノックの音がして、振り返ればニーナがそっと扉を開けて顔を覗かせていた。
「まだ来ませんか?」
「えぇ。皆と一緒に片付けでもしてるのかしら」
「まさか!主役がそんなことしませんし、アガトン伯爵家だってさせませんよ」
「でも、もう2時よ。もしかすると・・・」
「ソフィアさんの元に行っているのかも」と言おうとしたが、それはそれでビオレッタの矜持が言葉を発する事を止めた。
結局、空が白み始めても、太陽がすっかり顔を出してもライネルが夫婦の間に現れることはなかった。
★~★
馬を走らせたライネルがソフィアに借りてやった家に到着をすると外からでもはっきりとわかる。火が点いたように泣く子供の声が聞こえた。
階段を急いで駆け上がり、扉を開けるとよたよたと歩いてソフィアの子供、オルクがライネルに飛びついた。
同時にドアが開いて顔を出したのは隣か、それとも階の違う住人か。
「ホンット。いい加減にしてくれよ!ガキがギャンギャン泣いてさ!寝られねぇっつぅの!」
「申し訳ない。今後は気を付ける」
「頼むわ。マジで。ここ毎日だぜ?夫婦そろって子供置いて夜中に何処行ってんだってぇの!」
言いたいことを言えば思い切り扉を閉じて男は戻って行ったが、ライネルは男の言葉に疑問を持った。
「ソフィア、夜中に子供を置いて出かけてるのか?」
「まさか!そんなことしません。ただ泣くので・・・宥めてたりしたらノックされても気が付かなかったのかも知れません。お屋敷だったら誰かがオルクを宥めてくれたんですが・・・私1人だと宥めるだけで大変で」
部下が子供の夜泣きは大変だと言っていた事があったが、男である部下も手を焼くのだからそんなものかも知れないとライネルはオルクを抱きあげた。
ずっと泣いていた事で体は熱かったが、発熱をしているような熱さではない。
引っ越しをした時に、やっと国内でも乳幼児用の粉ミルクが売り出された事を知り一揃い購入してソフィアに持たせたのだが、使ってはいるがそのまま放置していたようで使用後の哺乳瓶も洗ってはいなかった。
ライネルも粉ミルクは野営中の栄養補給に湯で溶かし飲む事があるが哺乳瓶は初めての経験。しかし用具を揃えたはずなのにミルクを作ろうにも白湯もない事に唖然とした。
野営なら単に沸騰させた湯に適温まで水を足すが、負傷の状態が酷いものは赤子と同じと聞いた事があり、泣き喚くオルクを抱えて白湯から作らねばならず、時計をみて気持ちばかりが焦る。
やっと作ったミルクを哺乳瓶で飲ませればオルクはあっという間に飲み切って寝入ってしまった。
「熱はないんじゃないのか?腹が減ってただけのようだが」
「どうでしょうか・・・本当にずっと泣いてて。ゴボって吐いたし」
「取り敢えずは寝たし・・・もう大丈夫だろう」
「あ、お待ちください!お茶を淹れたので。これだけでも飲んで行ってください」
早く屋敷に戻りたかったのだが、喉も乾いていたのは事実でライネルは出された茶を飲んだ。
飲みながらまた疑問がわいてきた。
(どうして哺乳瓶でミルクは作らないのに茶は淹れるんだ?)
しかし、そんな事をソフィアに聞いたところでまた泣かれても面倒だと帰ろうとしたのだが「待ってください」とソフィアが呼び止めた。
「まだ何かあるのか?」
「いえ、片付けをしていて・・・どこに置いたんだろう。直ぐに探すので待ってください」
「明日でもいいよ」
「いえ、こういうのちゃんとしとかないと気持ち悪いんです。盗んだみたいに思われても嫌ですし」
ソフィアが言うには、引っ越しをしてくる時にオルクが引き出しに入っていたブローチなのかカフスなのか。宝飾品を握ってしまったままだったと言う。
ライネルは時間を気にしながらも少しだけ待つことにしたのだが、ソフィアは部屋のあちこちに置いた荷をひっくり返しガタガタと大きな音をさせる。
その音にさっき寝付いたばかりのオルクが目を覚まし、また泣き出してしまった。
「あぁ!どうしよう!オルクが!でも探さないと!!」
「オルクは見ているから早く探してくれ」
「すみませぇん。じゃぁお願いします」
「もう少し静かに探さないとまた近所も怒鳴り込んでくるぞ」
「そうなんですけどぉ・・・あっれぇ・・・どこに置いたんだっけ」
余計に解らなくなるくらいソフィアは荷物をひっくり返し、部屋の中は足の踏み場もない。
心の中では(いい加減にしてくれ)と思いながら、ライネルはオルクを寝かしつけるためにオルクに添い寝をして、トントン・・・トントン・・・ゆっくりと優しくオルクを撫でるように叩いた。
寝るはずではなかったし、寝たとしても数時間で目覚めるのが常だったライネル。
ハッと気が付いた時、空はもう明るく時計を見れば11時・・・自分の腕を見て心臓が止まるかと思うような衝撃がライネルを襲った。
(なんで・・・何も着てないんだ?)
混乱するライネルの鼻にはスープを煮込む香りが漂ってくる。
カタカタと小さな音は調理をする音で、オルクの「きゃぁう!」と何か喜んでいる声もする。
「ライネル様、お目覚めですか?朝食・・・出来てます。あの・・・昨夜の事・・・誰にも言いませんので」
頬を染めるソフィアの声、シーツの端についた自身の残滓にライネルは戦慄した。
94
あなたにおすすめの小説
【完結済】後悔していると言われても、ねぇ。私はもう……。
木嶋うめ香
恋愛
五歳で婚約したシオン殿下は、ある日先触れもなしに我が家にやってきました。
「君と婚約を解消したい、私はスィートピーを愛してるんだ」
シオン殿下は、私の妹スィートピーを隣に座らせ、馬鹿なことを言い始めたのです。
妹はとても愛らしいですから、殿下が思っても仕方がありません。
でも、それなら側妃でいいのではありませんか?
どうしても私と婚約解消したいのですか、本当に後悔はございませんか?
誰でもイイけど、お前は無いわw
猫枕
恋愛
ラウラ25歳。真面目に勉強や仕事に取り組んでいたら、いつの間にか嫁き遅れになっていた。
同い年の幼馴染みランディーとは昔から犬猿の仲なのだが、ランディーの母に拝み倒されて見合いをすることに。
見合いの場でランディーは予想通りの失礼な発言を連発した挙げ句、
「結婚相手に夢なんて持ってないけど、いくら誰でも良いったってオマエは無いわww」
と言われてしまう。
公爵令嬢は結婚前日に親友を捨てた男を許せない
有川カナデ
恋愛
シェーラ国公爵令嬢であるエルヴィーラは、隣国の親友であるフェリシアナの結婚式にやってきた。だけれどエルヴィーラが見たのは、恋人に捨てられ酷く傷ついた友の姿で。彼女を捨てたという恋人の話を聞き、エルヴィーラの脳裏にある出来事の思い出が浮かぶ。
魅了魔法は、かけた側だけでなくかけられた側にも責任があった。
「お兄様がお義姉様との婚約を破棄しようとしたのでぶっ飛ばそうとしたらそもそもお兄様はお義姉様にべた惚れでした。」に出てくるエルヴィーラのお話。
聖女に負けた侯爵令嬢 (よくある婚約解消もののおはなし)
蒼あかり
恋愛
ティアナは女王主催の茶会で、婚約者である王子クリストファーから婚約解消を告げられる。そして、彼の隣には聖女であるローズの姿が。
聖女として国民に、そしてクリストファーから愛されるローズ。クリストファーとともに並ぶ聖女ローズは美しく眩しいほどだ。そんな二人を見せつけられ、いつしかティアナの中に諦めにも似た思いが込み上げる。
愛する人のために王子妃として支える覚悟を持ってきたのに、それが叶わぬのならその立場を辞したいと願うのに、それが叶う事はない。
いつしか公爵家のアシュトンをも巻き込み、泥沼の様相に……。
ラストは賛否両論あると思います。納得できない方もいらっしゃると思います。
それでも最後まで読んでいただけるとありがたいです。
心より感謝いたします。愛を込めて、ありがとうございました。
婚約者の幼馴染って、つまりは赤の他人でしょう?そんなにその人が大切なら、自分のお金で養えよ。貴方との婚約、破棄してあげるから、他
猿喰 森繁
恋愛
完結した短編まとめました。
大体1万文字以内なので、空いた時間に気楽に読んでもらえると嬉しいです。
貴方もヒロインのところに行くのね? [完]
風龍佳乃
恋愛
元気で活発だったマデリーンは
アカデミーに入学すると生活が一変し
てしまった
友人となったサブリナはマデリーンと
仲良くなった男性を次々と奪っていき
そしてマデリーンに愛を告白した
バーレンまでもがサブリナと一緒に居た
マデリーンは過去に決別して
隣国へと旅立ち新しい生活を送る。
そして帰国したマデリーンは
目を引く美しい蝶になっていた
【完結】愛も信頼も壊れて消えた
miniko
恋愛
「悪女だって噂はどうやら本当だったようね」
王女殿下は私の婚約者の腕にベッタリと絡み付き、嘲笑を浮かべながら私を貶めた。
無表情で吊り目がちな私は、子供の頃から他人に誤解される事が多かった。
だからと言って、悪女呼ばわりされる筋合いなどないのだが・・・。
婚約者は私を庇う事も、王女殿下を振り払うこともせず、困った様な顔をしている。
私は彼の事が好きだった。
優しい人だと思っていた。
だけど───。
彼の態度を見ている内に、私の心の奥で何か大切な物が音を立てて壊れた気がした。
※感想欄はネタバレ配慮しておりません。ご注意下さい。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる