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第12話 昼間の言い訳
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屋敷に帰るライネルの足取りは重かった。角を曲がり屋根が木と木の間に見えると溜息も出てしまう。
ライネルは国王から授かった爵位は男爵。住まいとしている屋敷もかつては豪商の男爵が所有していたが栄枯盛衰。今はもうその男爵家はなく税金未払いの差し押さえで男爵家だった土地と建物は国の所有になった。
若干改修や改装で手を入れ、2回目の褒賞として貰ったのがこの土地と屋敷。
周囲では豪華な方に入るが、その周囲は?と言えば平民とさして変わらない「名ばかり爵位」と揶揄されている準男爵家や男爵家。少し離れた所に子爵家はあるがこの場が市井となんら変わりない事をライネルは忘れていた。
「あら?隊長男爵さん。朝から溜息なんていったいどうしたの?」
話しかけてきたのははす向かいの準男爵夫人。
サエズリ夫人とも呼ばれていて近所の話題はこの夫人から広まると言って過言ではない。
不味い人に見つかったとライネルは手汗で手綱を落としそうになった。
「いや、ちょっと寝不足でね」
「寝不足?こんな昼間っから何言ってんだか~新婚さんはお熱い‥あら?」
「ちょ、ちょっと急ぐんだ。妻に頼まれ物をしてね」
中身は空っぽの馬の鞍にぶら下げた小さなバッグを軽く叩いて「ここに入っている」と示したライネルは馬を少し早めに歩かせて門をくぐった。
昨夜が初夜だった事は近所の者も知っている。ライネルもビオレッタも実家は伯爵家で身内だけとは言え双方の両親だけではなく叔父夫婦や叔母夫婦も来ていて屋敷の前の道には馬車がずらりと道幅を半分占領していた。
「結婚のお披露目を行うので」と家令と執事が前もって住民に心づけと菓子を配り、近所から苦情が来る事はなかったが、同時に昨夜が「初夜」である事は周知の事実。
なのに夫が朝帰りならぬ昼帰りとなれば穏かな話ではない。
妻からの要望で何かを買いに出たか、引き取りに行ったのかを思わせる言葉を信じてくれればいいんだがとライネルは余計な不安まで抱えることになり更に頭が痛くなった。
屋敷の中はまるで針の筵だった。
ビオレッタについてやって来た使用人はライネルの屋敷の使用人とは問題なくやれているようだったが、全員がライネルの事を無表情で睨むのが居た堪れない。
「何処に行っていた」と問い質される方がまだ気持ちが楽になりそうだが、家令ですら目をがあうとフッと顔を背け側にいた使用人に指示を出し始める。
「ビオレッタはどこだ?」
ライネルが声を出すと家令がゆっくりと近づいて来た。
「朝食を済まされ、ご体調は日頃と何ら変わらないとの事でしたので、1時間ほど前にファッセル侯爵令嬢がお祝いにと駆け付けて来て下さりお通し致しました。現在はお部屋で歓談されております」
「参ったな・・・」
ライネルは直ぐにでも昨夜、朝を一緒に迎えられなかった事を詫びようと帰りの道のりで言い訳を必死に考えたのにファッセル侯爵家の令嬢が来ているとなれば、会話に割り込む事も出来ないし、うっかり詫びれば「何の侘びだ」とファッセル侯爵令嬢に気付かれてしまう。
初夜に捨て置かれた花嫁はそれだけでも十分に醜聞だからビオレッタは気付かれないように振舞ってくれるだろうとは思っても、義理の姉妹になる関係の2人だ。昨夜いなかった事を既に告げているかも知れない。
「どっちだろう?」
ポツリと呟けば家令が「奥様のお部屋は右側ですが?」と返してくる。
そんな事は言われずとも判っているが、「どっち」という言葉の真意を家令に説明するのも何か違う。
私室に入ったライネルはソファに座りこんで頭を抱えた。
ソフィアの部屋で目が覚めたライネルは「食事を用意したのに」というソフィアの声を振り切って脱ぎ散らかされた服を急いで着るが、寝台のシーツにまだ乾く事も無く残る残滓に「違っていてほしい」と思いつつ鼻を近づけると、自己処理でよく嗅ぐ香りと同じだった。
無言でシャツを着るライネルにソフィアは「熱い夜」を語った。
「ジョゼフの事はもう忘れろと仰ってくださって・・・日陰の身でも私は構いません」
そんな事を言った記憶は全くないが、体は正直で溜まっていたものが全て出された後の快調さを感じる。3回もコトを済ませれば軽いはずだと思いつつも、その記憶も全くない。
「屋敷に戻るよ」
「今夜も来て下さいますよね?」
「何を言ってるんだ!」
「では明日は?明日なら来て下さいますよね?でないと・・・オルクを連れてお屋敷に‥」
「わかった!わかったから。来られる日を連絡するよ」
屋敷までオルクを連れて来られては困る。何時とは約束しなかったが連絡すると言い残しライネルはソフィアの部屋を飛び出したのだった。
「どうしよう…ビオレッタに何と言えば・・・」
今になってソフィアの存在をビオレッタに告げてしまったことも後悔してしまう。
ソフィアの態度からすれば隠し通すのは難しいし、記憶がない事も含めソフィアと関係を持った事を正直に話してビオレッタに許してもらった方が楽になる。
そうは思うが、それが良い方法だとも思えない。
過去は消せない。事実を知る事が必ずしも良い事ばかりではない事もライネルは知っている。
「どんなことでも受け止める」と言った部下の遺族が部下の最期を知れば「聞きたくなかった」と言い出す事も多かった。
楽になるのは告げた方で、聞かされた方は心にダメージを負ってしまう。
「よし、決めた」
ライネルはソフィアが「オルクが発熱した」と言ったのは本当なのだから、そこに嘘を混ぜることにした。
子供が高熱で瀕死の状態だったから、なんとかしなければと向かった。快方に朝までかかった。ソフィアとオルクは昼前に医療院に連れて行った事にしようと帰り道で考えた言い訳をビオレッタに告げることに決めた。
(優しいビオレッタなら子供の命が危ういとなれば信じてくれる)
言い訳の内容が決まるとライネルはホッとした気分になった。
ライネルは国王から授かった爵位は男爵。住まいとしている屋敷もかつては豪商の男爵が所有していたが栄枯盛衰。今はもうその男爵家はなく税金未払いの差し押さえで男爵家だった土地と建物は国の所有になった。
若干改修や改装で手を入れ、2回目の褒賞として貰ったのがこの土地と屋敷。
周囲では豪華な方に入るが、その周囲は?と言えば平民とさして変わらない「名ばかり爵位」と揶揄されている準男爵家や男爵家。少し離れた所に子爵家はあるがこの場が市井となんら変わりない事をライネルは忘れていた。
「あら?隊長男爵さん。朝から溜息なんていったいどうしたの?」
話しかけてきたのははす向かいの準男爵夫人。
サエズリ夫人とも呼ばれていて近所の話題はこの夫人から広まると言って過言ではない。
不味い人に見つかったとライネルは手汗で手綱を落としそうになった。
「いや、ちょっと寝不足でね」
「寝不足?こんな昼間っから何言ってんだか~新婚さんはお熱い‥あら?」
「ちょ、ちょっと急ぐんだ。妻に頼まれ物をしてね」
中身は空っぽの馬の鞍にぶら下げた小さなバッグを軽く叩いて「ここに入っている」と示したライネルは馬を少し早めに歩かせて門をくぐった。
昨夜が初夜だった事は近所の者も知っている。ライネルもビオレッタも実家は伯爵家で身内だけとは言え双方の両親だけではなく叔父夫婦や叔母夫婦も来ていて屋敷の前の道には馬車がずらりと道幅を半分占領していた。
「結婚のお披露目を行うので」と家令と執事が前もって住民に心づけと菓子を配り、近所から苦情が来る事はなかったが、同時に昨夜が「初夜」である事は周知の事実。
なのに夫が朝帰りならぬ昼帰りとなれば穏かな話ではない。
妻からの要望で何かを買いに出たか、引き取りに行ったのかを思わせる言葉を信じてくれればいいんだがとライネルは余計な不安まで抱えることになり更に頭が痛くなった。
屋敷の中はまるで針の筵だった。
ビオレッタについてやって来た使用人はライネルの屋敷の使用人とは問題なくやれているようだったが、全員がライネルの事を無表情で睨むのが居た堪れない。
「何処に行っていた」と問い質される方がまだ気持ちが楽になりそうだが、家令ですら目をがあうとフッと顔を背け側にいた使用人に指示を出し始める。
「ビオレッタはどこだ?」
ライネルが声を出すと家令がゆっくりと近づいて来た。
「朝食を済まされ、ご体調は日頃と何ら変わらないとの事でしたので、1時間ほど前にファッセル侯爵令嬢がお祝いにと駆け付けて来て下さりお通し致しました。現在はお部屋で歓談されております」
「参ったな・・・」
ライネルは直ぐにでも昨夜、朝を一緒に迎えられなかった事を詫びようと帰りの道のりで言い訳を必死に考えたのにファッセル侯爵家の令嬢が来ているとなれば、会話に割り込む事も出来ないし、うっかり詫びれば「何の侘びだ」とファッセル侯爵令嬢に気付かれてしまう。
初夜に捨て置かれた花嫁はそれだけでも十分に醜聞だからビオレッタは気付かれないように振舞ってくれるだろうとは思っても、義理の姉妹になる関係の2人だ。昨夜いなかった事を既に告げているかも知れない。
「どっちだろう?」
ポツリと呟けば家令が「奥様のお部屋は右側ですが?」と返してくる。
そんな事は言われずとも判っているが、「どっち」という言葉の真意を家令に説明するのも何か違う。
私室に入ったライネルはソファに座りこんで頭を抱えた。
ソフィアの部屋で目が覚めたライネルは「食事を用意したのに」というソフィアの声を振り切って脱ぎ散らかされた服を急いで着るが、寝台のシーツにまだ乾く事も無く残る残滓に「違っていてほしい」と思いつつ鼻を近づけると、自己処理でよく嗅ぐ香りと同じだった。
無言でシャツを着るライネルにソフィアは「熱い夜」を語った。
「ジョゼフの事はもう忘れろと仰ってくださって・・・日陰の身でも私は構いません」
そんな事を言った記憶は全くないが、体は正直で溜まっていたものが全て出された後の快調さを感じる。3回もコトを済ませれば軽いはずだと思いつつも、その記憶も全くない。
「屋敷に戻るよ」
「今夜も来て下さいますよね?」
「何を言ってるんだ!」
「では明日は?明日なら来て下さいますよね?でないと・・・オルクを連れてお屋敷に‥」
「わかった!わかったから。来られる日を連絡するよ」
屋敷までオルクを連れて来られては困る。何時とは約束しなかったが連絡すると言い残しライネルはソフィアの部屋を飛び出したのだった。
「どうしよう…ビオレッタに何と言えば・・・」
今になってソフィアの存在をビオレッタに告げてしまったことも後悔してしまう。
ソフィアの態度からすれば隠し通すのは難しいし、記憶がない事も含めソフィアと関係を持った事を正直に話してビオレッタに許してもらった方が楽になる。
そうは思うが、それが良い方法だとも思えない。
過去は消せない。事実を知る事が必ずしも良い事ばかりではない事もライネルは知っている。
「どんなことでも受け止める」と言った部下の遺族が部下の最期を知れば「聞きたくなかった」と言い出す事も多かった。
楽になるのは告げた方で、聞かされた方は心にダメージを負ってしまう。
「よし、決めた」
ライネルはソフィアが「オルクが発熱した」と言ったのは本当なのだから、そこに嘘を混ぜることにした。
子供が高熱で瀕死の状態だったから、なんとかしなければと向かった。快方に朝までかかった。ソフィアとオルクは昼前に医療院に連れて行った事にしようと帰り道で考えた言い訳をビオレッタに告げることに決めた。
(優しいビオレッタなら子供の命が危ういとなれば信じてくれる)
言い訳の内容が決まるとライネルはホッとした気分になった。
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