離縁は恋の始まり~サインランゲージ~

cyaru

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第13話    どちらが大事か

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ファッセル侯爵家は福祉に力を入れている家。
そんな家で育ったナタリアもハンディを背負ってしまった人々には物心ついた時から接しているので偏見も何も持っていなかった。

ビオレッタが負傷し、耳が今までのように音を拾えないと聞くとビオレッタの病床にいき、詩集を読んで聞かせた。
声に反応するビオレッタを見て、聴覚がどれほど残っているか確かめるのが本当の目的だった。

雑音が混じる気がする、少し聞こえる、全く聞こえない。聴覚の障害にも段階がある事が判っている。ビオレッタの負傷は運が悪かったとしか言いようがないが、ファッセル侯爵家には丁度ビオレッタには朗報とも言える情報が舞い込んでいた。

そのことを早く伝えたくてビオレッタがオルバンシェ伯爵家にいる間に知らせに行きたかったが、試作品が届いたとファッセル侯爵家が支援している事業所から知らせが来たのが昨日の結婚式の日。

流石に結婚式の当日はばたばたしているし、失礼だろうとまだ弟レイスの婚約者でしかないナタリアは1週間ほどしてビオレッタを訪ねようと思っていた。

しかし、朝になり朝食が終わった時間に母の侯爵夫人と懇意の中であるビオレッタの母が泣きながら屋敷を訪れた。何事だろうと思えば日の出の時刻から少し経った頃にニーナが使わせた従者がオルバンシェ伯爵家に驚きの知らせを持ってきたと言う。

「娘が・・・娘が・・・初夜を1人で過ごしたというの!あんまりだわ!陛下のお言葉まで使って娘を娶ったのに初夜に捨て置くなんて!どうしたらいいの!アァァーッ!!」

(初夜に捨て置かれた?お義姉様が?)

ナタリアも息が出来ないほど胸が苦しくなって混乱した。
当事者であるビオレッタの心を慮れば涙が溢れて止まらない。

時代は進み、昔ほどではないにしろ初夜に捨て置かれた当主夫人の扱いなど考えたくもないほどおぞましい。

誰も口にはしないが「後取りを産む必要すらない奴隷」としての扱いを受けると言う事に等しい。

ナタリアはビオレッタが負傷した日、公演時間は16時なのに14時と待ち合わせを早めたライネルには今となっては不信感しかなかった。
「もしかすると?」と考えてしまうのだ。

事前に爆破犯が犯行に及ぶのを知っていてビオレッタを呼んだのでは?と。
だから遅れて来て救護に当たったと言うのも褒賞狙いとも考えてしまう。

そこに初夜、ビオレッタへの「放置」という仕打ちを考えるともうナタリアは我慢できなかった。

「お義姉様の元に参ります。お母様、今夜からお義姉様をここにお泊めしてもよろしいかしら?」
「あら?ナタリア。同じ事を考えていたの?」
「親子ですもの。お義母様、心配なさらないで。お義姉様を連れ出しますわ」
「そ、そんな事をしたらファッセル家にも迷惑が」
「迷惑でなんか!!お義姉様をこのままになんてしておけないだけですわ」


結婚の翌日に花嫁を訪ねるなど失礼極まりない行為だったが、出向いたライネルの屋敷でナタリアは使用人も憤慨している事に驚いた。

さらに驚いたのは初夜を放り出しライネルが向かったであろう場所だ。

「愛人がいると言うの?!」
「旦那様は違うと仰られておりますが・・・昨夜からお姿が見えず今朝もまだ‥となれば私達ももう何を信じて良いか判らず。兎に角中にどうぞ。奥様にお取次ぎ致します」

使用人達も驚いたのだ。初夜だったのだから朝食も不要かも知れないと思っていたらニーナがやって来て7時半に食堂で朝食を取ると言う。

食堂に来たのは夫人となったビオレッタ1人。ライネルはと問えば「お姿を見ておりませんので」とニーナが答え、使用人は心が瞬時に冷えた。

慌ててランドリーメイドが夫婦の間に行けば昨日整えた状態で使われていない寝台。ビオレッタの寝室が少し横になったのだろうという僅かな乱れがあっただけだった。

私室でライネルが寝入っているかと思えばそれも違う。ライネルの私室も使われた形跡がなかった。

騎士の名残を強く引き継ぐ兵士が初夜の意味を知らない筈がない。
家令を含め、使用人は全員がライネルを見限ったのだった。



「では、参りましょう」
「えぇ」
「お気をつけて」

結婚の翌日だと言うのにビオレッタを連れ出したナタリア。
ライネルの家令も快く送り出した。

ライネルは部屋の中で壁を挟んで聞こえる音に耳を澄ませ、ファッセル侯爵令嬢が帰宅するのだなと感じ、少し間をおいてビオレッタの部屋に行こうと考えた。

30分ほどして「もういいかな?」とビオレッタの部屋を訪れたライネルはそこでビオレッタの不在を知った。

「結婚の翌日なんだぞ?出掛けるなんて!しかも夫である私に何も言わずに!あり得ないだろう!」
「左様でございますか。わたくし共にしてみれば初夜、花嫁を放り出し、何も言わずに昼に帰宅する夫があり得ないと考えますが」
「そ、それは・・・仕方なかったんだ。ソフィアが・・・オルクが熱を出したと!」
「だから何です?旦那様、今一度お聞きしますが旦那様にとっての優先順位はどちらが上でしょう?」
「優先順位・・・」
「考えるほどではないと存じますが、噛み砕けばビオレッタ様とお連れ様、どちらが大事かと聞いております」

やはりソフィアの元に出向いていたのだと、数人の使用人は控室に向かい自分の荷物を纏めた。脳筋は仕方ないにしても初夜から愛人の元に行くような主に仕える気持ちなど持ち合わせていない。

(やるならせめてバレないようにやってくれ)というのが見解の一致。



「で、でも子供が瀕死かと思えば誰だって行くだろう?!目の前で子供が溺れていたら助けようと思うだろう?同じだよ。ビオレッタだって判ってくれる。それとも何か?お前たちは見捨てると言うのか?必死の思いでソフィアがここに知らせに来たんだぞ?」

「だとしてもです。助ける方法が旦那様が出向かねばならない、それが唯一で御座いますか?そもそもで瀕死の子供を置いてここまで来ますかね?お披露目会をしているこの屋敷に来る前に途中にある医療院なり教会、もっと近くの近所に助けを求めることだって可能です。旦那様の言い分でしたらここにお連れ様が来る選択をせずとも住まいの近くに幾らでも助けてくれる手があると言う事です」

家令の言葉が的を得ている事はライネルも判ったのだが、もう引っ込みがつかなかった。

「そうだとしてもだ!ソフィアが頼れるのは私しかいなかったんだから仕方ないだろう!世の中二者択一で渡っていけないだろう!」

その場に残った使用人も家令の問いに答えるライネルには呆れて物も言えなかった。
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