殿下の御心のままに。

cyaru

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戦場の殺戮魔への縁談

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アンカソン公爵と2つの国の中間にある永世中立国であるセヘル公国の使者が訪れ、皇太子レオグラン、シルグラ侯爵、侯爵夫人と握手を交わした。
セヘル公国はアンカソン公爵夫人の実家がある国であり、使者は夫人の姉婿でもある。
事が起こり、公爵夫人は姉を頼ってツェツィーリアの新たな輿入れ先を打診したのだ。しかしセヘル公国はどちらかと言えばタスレイ王国の王家よりな貴族が多く動きを悟られては堪らない。
そこで外交で得た顔の広さを利用し河川の水質改善対策を共同事業で行っているマイセレオス帝国で個人的にも付き合いのある貴族に話を持ち込んだのだ。

丁度皇太子レオグランが視察で訪れていたのには運があったのかも知れない。

「丁度いいのがいるぞ。人柄と家柄は申し分ない。俺が保証しよう。身綺麗である事も条件に付けくわえて頂いても一向に問題がない。早く妻帯者となれと口を酸っぱく言っているのだが婚姻は相手がいてこそだから渡りに船とも言える」

皇太子レオグランは意気揚々と皇都に戻ると最近は護衛として登城している騎士に話しかけた。





その3日後、国境を3つ挟んだマイセレオス帝国では・・・


シルグラ侯爵家の嫡男であるペルセウスは皇太子レオグランから告げられた。
通常の業務とどこが違ったかと言えば首を傾げるほど当たり前のように。

「暁の月12日に婚約発表となるからそのつもりでな」
「承知致し・・・・・え?どういうことです?」

先ほど言葉を告げた皇太子には長らく待たせた婚儀の礼を1年後に控えた公爵令嬢の婚約者がいる。皇太子妃、ひいては皇后となるに申し分ない令嬢で、婚約発表はもう5年以上前に終わっているはずだったのだが?と首を傾げた。


「何を呆けた顔をしておるのだ。侯爵も承諾済みだ。腹を括れ」
「えっと、お待ちください?と、いう事は私の婚約という事でしょうか?」


「他に誰がいると言うのだ。30を超えてヤモメの男を側に置くと俺も疑われるからな。ちなみにこれは父上から当主であるお前の父への王命となっている。そうでもせんとお前に任せていたら還暦を迎えてしまうからな」


「申し訳ありません。父とは滅多に時間が合いませんので何も――」
「相手はアンカソン公爵家、年は20だったか?」
「殿下、現在御年齢は19歳でございます」
「だ、そうだ。30歳と19歳なら許容範囲内だろう」

「お、お待ちください。アンカソン公爵家と言うと…」
「あぁ、タスレイ王国の公爵令嬢だ。なんの問題ない」
「はっ?お待ち下さい。問題しかないの間違いでは御座いませんか!」
「お前にしか頼めない。上手くやってくれ」

突然の事に二の句が出ないペルセウスに父の侯爵が登城しているから詳細を聞いてこいと言いながら皇太子は執事と共に執務に入った。




ペルセウスと皇太子であり第一皇子でもあるレオグランとは旧知の中である。
共に30歳となり、国内情勢もひと段落付いた事でやっと婚儀の礼が現実味を帯びてきた。
幼馴染とも言える2人だったが、こうやって専属で護衛をするようになったのは半年前の事である。

黒髪に黒い瞳。体躯も大勢の騎士たちがいる中でもひと際目立つ上背と肩幅。
まさに武将と呼ばれるに相応しいペルセウスはひとたび剣を持ち、馬に跨れば人が変わったように疾風となり敵陣を蹴散らしていく。
だが、報告書を書くためのペンを握れば握力で何本のペンが残骸となった事だろう。


半世紀ほどに渡りこのマイセレオス帝国は領土を拡大してきた。
大陸の7割ほどを手中に収め、やっと統治がまともに動き出したのはここ10年ほどである。
ペルセウスも皇太子の専属護衛となるまではかつての隣国で現在は統治下にある地の反乱軍を押さえ込むための部隊に所属をしていて駆け回っていた。

皇都に帰還するのも年に数日ほどで城内での業務に忙殺され、家族ですら年に数日しか会わないため姉や妹が自宅のサロンで茶を楽しんでいるのを見て、どこの令嬢だと執事に聞いたほどだ。

15歳で部隊に入隊し15年近く戦地にいた事もあって、剣の扱いは他の追随を許さないが女性に関してはからっきし。レオグランと行動を共にしていればその護衛も兼ねており春を買うなど時間も暇もなかった。
レオグランと離れての部隊の時は、将としての立場にあり自分用の野営テントには戦略の順序がかかれた紙が無造作に置かれている。そんな中に娼婦など呼び込めるはずもなければ、翌朝までに何度も念入りにシミュレーションするペルセウスにはやはり房事をする時間も性欲を発散する時間もなかった。

まわりが妻帯者になっていく中、騎士はどうしても「戦死」がつき纏う。
武功を挙げれば褒賞は賜れるが、その分ケガをして再起不能となり人の手を借りねば起き上がる事も出来ない体になる者も少なくない。
【戦場の殺戮魔】とも二つ名のあるペルセウスはいつしか妻を娶る事はどこか蚊帳の外に置き、部下たちのその日を生き抜き、明日の日の出を見るために忙殺されてもいたのである。

皇太子レオグランの話では、ツェツィーリアはまさに【儚い】という言葉が似あうような美人だと聞いてはいるが、この手の話は半値八掛けで聞くに限る。そう思うとペルセウスは父である侯爵の王宮内に割り当てられている執務室へと足を運んだ。



ガチャっと乱暴に扉をノックもせずに開けると大股で部屋の入っていく。

「父上、殿下から先程!先程ですよ?何故言ってくれないのですか」
「言う前にお前が屋敷に居らんのが原因ではないか!」

30歳の息子が屋敷に帰れば母が山の様な釣り書きを持って追いかけてくるし、どこから聞きつけたか姉や妹もどこの令嬢と茶会をしろだのと馬車を走らせ乗り込んでくる。
それが面倒で屋敷には帰らず休日となれば前夜は仲の良い騎士たちと街で飲んで二日酔いとなり騎士団にある自室で寝て過ごしてきた。

机の上に置かれた書類は数枚。どれも婚約者いや、妻となるアンカソン公爵家の令嬢ツェツィーリアの報告書だった。生後間もなく王太子アルフレッドの婚約者に選ばれていた令嬢はまさに清廉潔白。
アンカソン公爵家も評判は聞き及んでいるが税務を担当する統括だけあって問題点がない。だが、1枚の書類でペルセウスの捲る手が止まった。


「ご令嬢は‥‥婚約解消の手続き中?」

「あぁ、だが心配ない。近日中に婚約は白紙撤回される」

「理由をお聞きしても?」
「何でも相手の王太子が恋人探しを始めるそうだ」
「は?恋人探し?このご令嬢が婚約者だったのでは?」

誰しもそう思うだろう。婚約者がいて数年のうちには婚姻関係となるのに何故恋人を探さねばならないのか通常の思考回路であれば疑問符を片手に首を傾げるしかない。

「婚約は2か月後だが、顔合わせは来週だ。いいな?絶対に遅れるなよ?」
「それなのですが、やはり11歳も年齢が違うと言うのは…」

「気にするな。向こうさんもまさか30歳なのに妖精になり損ねた朴念仁だとは驚く事だろう。お互いさまと言う訳だ。あぁこれは絵姿だ。本物の5割増しか5割減か。会うのが楽しみになるぞ」

手渡された絵姿には儚げなご令嬢が1人、こちらを向いて微笑を浮かべている。
絵姿でこれでは本物が5割減だとしてもそれは人間ではなく神ではないか。
ペルセウスは独り言ちたのだった。
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