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婚約解消
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☆この回は王太子アルフレッドの視点となります☆
いつもと同じように本日の日程を聞いているのだが何かがおかしい。
「予定はそれだけか?」
先日から交代した執事に聞き返せば「はい」と短く答えるのにやはり違和感は消せない。
何が違うのだろうと考え、思いついた。
――どうしてリアが登城しない?――
私の婚約者であるアンカソン公爵家のツェツィーリアが訪れる事があの日以来ない事に私は気が付いたのだった。それまで週に2回。多い時で父のアンカソン公爵に付き添って4回は登城し、たわいもない話で茶を飲んだりして息抜きをしていたものだ。
「リアは容体でも悪いのか」
少々の発熱や捻挫、一度骨折をした事もあったがリアが登城を1週間以上しなかったのは過去に流感の【麻疹】や【水疱瘡】など感染力の強い病気になった時くらいである。
ふと見れば執事が渋い顔をして私を見ていた。
「どうした?何かリアにあったのか」
「いえ、あったとすれば殿下のお言葉ではないでしょうか」
私が何を言ったというのだろうか。城に来るななどと言ったことは一度もない。
5歳の時に生まれたばかりのリアの元に連れて行かれ、「この子が貴方の妻となる女性」と言われ私はそれまでサボり気味であった学問にも打ち込むようになった。
小さくまだ大人の手を借りねば何も出来ないリアを守る立場を与えられた私はリアが立ちあがる頃には2か国語を習得し、1人で茶を溢さずに飲めるようになる頃には王子教育を修了し剣術を始めた。
隣に座り講師から王族の在り方を講義される頃には、騎士団でも10傑に入る腕前となり何時だってリアを優先してきたつもりである。
年下ながらもリアの出来は歴代でも類を見ないと言われるほどに良く、次の治世は安泰だと誰もが口を揃えて並ぶ私達に声を掛けたものだ。
私の目から見てもリアは王子妃、王太子妃の素質は十分で視察の際も技官を唸らせたり、更に効率化を図りつつも失業者を出さないようにと尽力していた。
歴代の王太子妃が行ってきた低所得者層や、それ以下の民への事業もより力を入れ今では望まぬ妊娠をするもの、子を棄てる、売る親の著しい減少など成果も伴ってより改革を進めていた。
王妃である母上よりも民衆からの支持が厚いとも言われている。
そんなリアに向かって私が登城をしなくなるような事を言うはずがない。
この執事は入れ替えも必要だと憤慨した。
「私はリアにそんな登城も出来なくなるような事を言ったことはない」
言い切った私に執事は申し訳なさそうな顔をした。
ほら、見ろ。私に間違いなどある筈がないのだ。しかし何か言いたそうな顔をしている。
「私に問題があるのだと言うのであれば聞こう」
「いえ、殿下に間違いは御座いません。私は又聞きに過ぎませんので」
王族である私に間違いを指摘する者はあまりいない。
いるとすれば御用学者であったり、騎士でも騎士団長か副団長。後は両親である両陛下だ。
間違いを指摘すると言うよりも、事柄を付け加えると言った方がより正確だ。
王子いや、王太子である以上私の発言は非常に重い。王命とも言えるものを含んでいるため私も自身の発言には熟慮と考慮を重ね、間違いがないかを何度も反復し口にするのだから。
「そう言えばカレドウスに連絡を取ってくれないか」
「カレドウス‥‥と申しますと市井に下った侯爵子息でしょうか」
「他に誰がいると言うのだ」
「殿下、お言葉では御座いますがこの時期、市井に行かれるのは自重なさった方が宜しいと存じます」
さほど市井に出向いている訳ではない。行ったところで月に1回程度。
今回は視察ではなくカレドウスに会う事が目的だと告げるとまた渋い顔をする。
「承知致しました」と答えるものの表情が変わることはなかった。
この時、私は横柄な態度を取らず執事の表情から言いにくい事も聞きだす事をしなければならなかった。聞いてさえ置けば対処法や猶予はあったかも知れない。怠ったばかりに私はその後、窮地に陥るのだ。
「殿下、両陛下が至急来るようにと仰せでございます」
部屋にやってきた執事が告げた。
何か私が担当している事業で失態でもあったかと考えたが、少々難のある問題は後日の御前会議での議案となっているはずだ。変だと思いつつも私は両陛下の待つ部屋に向かった。
部屋に入るなり、両陛下の機嫌が良くはない事を私は悟った。
向かい合って座るリアの父母であるアンカソン公爵夫妻は満面の笑みである。
この差は何だ?と今日最大の違和感を感じながらも母である王妃の隣に腰を下ろした。
するとテーブルに置かれている書類が目に入る。
「婚約…白紙撤回‥?どういう事でしょうか?」
振り返り先日から交代した執事を見やればふいと目線を逸らされてしまった。
「お前は黙ってサインをすればいい。新しい婚約者はこの時期だ…難航するだろうが可能な限り早くに選出する事にするから、大人しく部屋で執務をこなせ」
もうそれ以上は話をしたくないと言わんばかりに吐き捨てるように父である国王は私に告げた。目の前のアンカソン公爵夫妻は微笑みながら私がペンを走らせるのを待っている。
少しばかり震える手で書類を捲って行けば間違いなく全てが婚約解消についての書類で、私以外のサインが全て記入されている事を知った。
「ま、待ってください。どうしてこんな急に…」
「急では御座いませんよ。かれこれ…9日明日で10日でしょうか」
アンカソン公爵は私に言った。9日前?何があったと頭の中でその日を思い浮かべる。
そう、その日を最後にリアが登城しなくなった。
まさか‥‥。嫌な考えが心過る。あの日の帰り道でリアに何かあったのではないか!
「リアは、リアは無事なのか!?」
私の言葉に少し首を傾げたアンカソン公爵夫人は【嫌ですわ】と少し笑って
「殿下、娘の事は家名でお呼び下さいませ。あと無事かとはどういう事でございましょう?娘に命の危機があったかのようなお言葉に聞えてなりませんわ」
「そうですよ。殿下。娘は今日も元気でいつもと変わらぬ毎日を過ごしております。決して床に伏せったり何かに呆けたりという事は御座いません。貴族と言え健康第一ですからな」
「な、なにもないのなら良いんだが…でも何故婚約解消なのだ」
そして気が付いたのだ。両親である両陛下は怒りと失望を隠そうとしていないが、目の前のアンカソン公爵夫妻は笑っているように見えて目は笑っていない事に。
「はぁ」と溜息を吐き出したのは母である王妃殿下だった。
さも残念な子を見るような憐みの目で私を見て口からその言葉を発した。
「早くサインをしてあげて頂戴。もうこんな場に居たくないわ」
「納得が出来ない!リアとは問題なかったはずだ。どうしてこんな突然!絶対に嫌だ」
「保険という訳ですか?どこまで公爵家をバカにすれば気がすむのです?」
「保険?どういう意味だ…」
訳が分からず、私は両陛下の特に父の国王の顔を見た。ムッとした表情は変わらない。だがその言葉で私は取り返しのつかない言葉をリアに浴びせたのだと気が付いたのだった。
「運命の出会いをしたい‥‥癒されたい、ドレスを贈りダンスを踊りたい…そう言ったそうだな。アンカソン公爵令嬢にそう言ったことはその場にいた執事、従者たちからも証言は取れている。その場で諫められなかった者達は既に配置換えなどの処分済みだ。寄りにもよって婚約者の前で他の女を探したいからなどと…恥ずかしげもなく言えたものだ」
「そんなつもりはっ!でもそうしたところでリアの立場は変わらないでしょう?私の妻となり王妃となるのはリアでしょう?」
「では、殿下。その運命の出会いでお相手が見つかればどうされるのです?殿下が仰っているのは見つからなかった時でも娘がいるから問題ない。保険は掛けてある。そうとしか聞こえません。お答えください。運命の相手が見つかった時、娘はどうすれば良かったのですか?」
「それは‥‥」
私は何も言えなかった。そう【運命の相手】を探したいと思ったのは本当だが、いた時にどうなるか。共に話をし、私の贈ったドレスでダンスを踊り…部分的にしか考えていなかったのだ。
多くの令嬢は私の色がついたドレスを贈られ、人の前でダンスを踊ればどういう立ち位置なのかを理解するだろう。そこにリアに対しての気配りも、こうなる事への配慮も一切が欠けていたのだ。
「すまない、申し訳なかった。そういうお気持ちがあるのでしたらサインをお願いいたします」
「待ってくれ。でもリアもあの時何も言わなかったんだ。判った。リアに。リアにちゃんと話をする。だからこの場でのサインは待ってほしい。時間の猶予をくれないか!」
「言えるはずがないでしょう?あの子が殿下の婚約者となった時、あの子がその立場を望みましたか?考えさせてくれと時間の猶予を願い出ましたか?娘が出来る事は知らぬ間に結ばれた婚約でも従い、頷く事だけです。ただ陛下がが温情をくださったのです。一度だけの我儘を叶えると。これがその我儘です。我儘を通さねば殿下が運命の相手を探す足枷になると身を引いたのです」
私は、まだ方法がある筈だと思いながらサインをするより他になかったのだ。
いつもと同じように本日の日程を聞いているのだが何かがおかしい。
「予定はそれだけか?」
先日から交代した執事に聞き返せば「はい」と短く答えるのにやはり違和感は消せない。
何が違うのだろうと考え、思いついた。
――どうしてリアが登城しない?――
私の婚約者であるアンカソン公爵家のツェツィーリアが訪れる事があの日以来ない事に私は気が付いたのだった。それまで週に2回。多い時で父のアンカソン公爵に付き添って4回は登城し、たわいもない話で茶を飲んだりして息抜きをしていたものだ。
「リアは容体でも悪いのか」
少々の発熱や捻挫、一度骨折をした事もあったがリアが登城を1週間以上しなかったのは過去に流感の【麻疹】や【水疱瘡】など感染力の強い病気になった時くらいである。
ふと見れば執事が渋い顔をして私を見ていた。
「どうした?何かリアにあったのか」
「いえ、あったとすれば殿下のお言葉ではないでしょうか」
私が何を言ったというのだろうか。城に来るななどと言ったことは一度もない。
5歳の時に生まれたばかりのリアの元に連れて行かれ、「この子が貴方の妻となる女性」と言われ私はそれまでサボり気味であった学問にも打ち込むようになった。
小さくまだ大人の手を借りねば何も出来ないリアを守る立場を与えられた私はリアが立ちあがる頃には2か国語を習得し、1人で茶を溢さずに飲めるようになる頃には王子教育を修了し剣術を始めた。
隣に座り講師から王族の在り方を講義される頃には、騎士団でも10傑に入る腕前となり何時だってリアを優先してきたつもりである。
年下ながらもリアの出来は歴代でも類を見ないと言われるほどに良く、次の治世は安泰だと誰もが口を揃えて並ぶ私達に声を掛けたものだ。
私の目から見てもリアは王子妃、王太子妃の素質は十分で視察の際も技官を唸らせたり、更に効率化を図りつつも失業者を出さないようにと尽力していた。
歴代の王太子妃が行ってきた低所得者層や、それ以下の民への事業もより力を入れ今では望まぬ妊娠をするもの、子を棄てる、売る親の著しい減少など成果も伴ってより改革を進めていた。
王妃である母上よりも民衆からの支持が厚いとも言われている。
そんなリアに向かって私が登城をしなくなるような事を言うはずがない。
この執事は入れ替えも必要だと憤慨した。
「私はリアにそんな登城も出来なくなるような事を言ったことはない」
言い切った私に執事は申し訳なさそうな顔をした。
ほら、見ろ。私に間違いなどある筈がないのだ。しかし何か言いたそうな顔をしている。
「私に問題があるのだと言うのであれば聞こう」
「いえ、殿下に間違いは御座いません。私は又聞きに過ぎませんので」
王族である私に間違いを指摘する者はあまりいない。
いるとすれば御用学者であったり、騎士でも騎士団長か副団長。後は両親である両陛下だ。
間違いを指摘すると言うよりも、事柄を付け加えると言った方がより正確だ。
王子いや、王太子である以上私の発言は非常に重い。王命とも言えるものを含んでいるため私も自身の発言には熟慮と考慮を重ね、間違いがないかを何度も反復し口にするのだから。
「そう言えばカレドウスに連絡を取ってくれないか」
「カレドウス‥‥と申しますと市井に下った侯爵子息でしょうか」
「他に誰がいると言うのだ」
「殿下、お言葉では御座いますがこの時期、市井に行かれるのは自重なさった方が宜しいと存じます」
さほど市井に出向いている訳ではない。行ったところで月に1回程度。
今回は視察ではなくカレドウスに会う事が目的だと告げるとまた渋い顔をする。
「承知致しました」と答えるものの表情が変わることはなかった。
この時、私は横柄な態度を取らず執事の表情から言いにくい事も聞きだす事をしなければならなかった。聞いてさえ置けば対処法や猶予はあったかも知れない。怠ったばかりに私はその後、窮地に陥るのだ。
「殿下、両陛下が至急来るようにと仰せでございます」
部屋にやってきた執事が告げた。
何か私が担当している事業で失態でもあったかと考えたが、少々難のある問題は後日の御前会議での議案となっているはずだ。変だと思いつつも私は両陛下の待つ部屋に向かった。
部屋に入るなり、両陛下の機嫌が良くはない事を私は悟った。
向かい合って座るリアの父母であるアンカソン公爵夫妻は満面の笑みである。
この差は何だ?と今日最大の違和感を感じながらも母である王妃の隣に腰を下ろした。
するとテーブルに置かれている書類が目に入る。
「婚約…白紙撤回‥?どういう事でしょうか?」
振り返り先日から交代した執事を見やればふいと目線を逸らされてしまった。
「お前は黙ってサインをすればいい。新しい婚約者はこの時期だ…難航するだろうが可能な限り早くに選出する事にするから、大人しく部屋で執務をこなせ」
もうそれ以上は話をしたくないと言わんばかりに吐き捨てるように父である国王は私に告げた。目の前のアンカソン公爵夫妻は微笑みながら私がペンを走らせるのを待っている。
少しばかり震える手で書類を捲って行けば間違いなく全てが婚約解消についての書類で、私以外のサインが全て記入されている事を知った。
「ま、待ってください。どうしてこんな急に…」
「急では御座いませんよ。かれこれ…9日明日で10日でしょうか」
アンカソン公爵は私に言った。9日前?何があったと頭の中でその日を思い浮かべる。
そう、その日を最後にリアが登城しなくなった。
まさか‥‥。嫌な考えが心過る。あの日の帰り道でリアに何かあったのではないか!
「リアは、リアは無事なのか!?」
私の言葉に少し首を傾げたアンカソン公爵夫人は【嫌ですわ】と少し笑って
「殿下、娘の事は家名でお呼び下さいませ。あと無事かとはどういう事でございましょう?娘に命の危機があったかのようなお言葉に聞えてなりませんわ」
「そうですよ。殿下。娘は今日も元気でいつもと変わらぬ毎日を過ごしております。決して床に伏せったり何かに呆けたりという事は御座いません。貴族と言え健康第一ですからな」
「な、なにもないのなら良いんだが…でも何故婚約解消なのだ」
そして気が付いたのだ。両親である両陛下は怒りと失望を隠そうとしていないが、目の前のアンカソン公爵夫妻は笑っているように見えて目は笑っていない事に。
「はぁ」と溜息を吐き出したのは母である王妃殿下だった。
さも残念な子を見るような憐みの目で私を見て口からその言葉を発した。
「早くサインをしてあげて頂戴。もうこんな場に居たくないわ」
「納得が出来ない!リアとは問題なかったはずだ。どうしてこんな突然!絶対に嫌だ」
「保険という訳ですか?どこまで公爵家をバカにすれば気がすむのです?」
「保険?どういう意味だ…」
訳が分からず、私は両陛下の特に父の国王の顔を見た。ムッとした表情は変わらない。だがその言葉で私は取り返しのつかない言葉をリアに浴びせたのだと気が付いたのだった。
「運命の出会いをしたい‥‥癒されたい、ドレスを贈りダンスを踊りたい…そう言ったそうだな。アンカソン公爵令嬢にそう言ったことはその場にいた執事、従者たちからも証言は取れている。その場で諫められなかった者達は既に配置換えなどの処分済みだ。寄りにもよって婚約者の前で他の女を探したいからなどと…恥ずかしげもなく言えたものだ」
「そんなつもりはっ!でもそうしたところでリアの立場は変わらないでしょう?私の妻となり王妃となるのはリアでしょう?」
「では、殿下。その運命の出会いでお相手が見つかればどうされるのです?殿下が仰っているのは見つからなかった時でも娘がいるから問題ない。保険は掛けてある。そうとしか聞こえません。お答えください。運命の相手が見つかった時、娘はどうすれば良かったのですか?」
「それは‥‥」
私は何も言えなかった。そう【運命の相手】を探したいと思ったのは本当だが、いた時にどうなるか。共に話をし、私の贈ったドレスでダンスを踊り…部分的にしか考えていなかったのだ。
多くの令嬢は私の色がついたドレスを贈られ、人の前でダンスを踊ればどういう立ち位置なのかを理解するだろう。そこにリアに対しての気配りも、こうなる事への配慮も一切が欠けていたのだ。
「すまない、申し訳なかった。そういうお気持ちがあるのでしたらサインをお願いいたします」
「待ってくれ。でもリアもあの時何も言わなかったんだ。判った。リアに。リアにちゃんと話をする。だからこの場でのサインは待ってほしい。時間の猶予をくれないか!」
「言えるはずがないでしょう?あの子が殿下の婚約者となった時、あの子がその立場を望みましたか?考えさせてくれと時間の猶予を願い出ましたか?娘が出来る事は知らぬ間に結ばれた婚約でも従い、頷く事だけです。ただ陛下がが温情をくださったのです。一度だけの我儘を叶えると。これがその我儘です。我儘を通さねば殿下が運命の相手を探す足枷になると身を引いたのです」
私は、まだ方法がある筈だと思いながらサインをするより他になかったのだ。
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