殿下の御心のままに。

cyaru

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顔合わせが求婚の場となる

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父である公爵はいないけれど、お母様と、お母様のお姉様である伯母様、そして伯母様の旦那様の義伯父様と共に待ち合わせ場所に参りました。


アルフレッド様もなかなかの美丈夫で御座いますが、現れた男性は更にその上を行くかんばせ。そして思わず息を飲んでしまうほどの圧倒的なオーラ。
入室して目の前で微笑むけれど、頬が引きつり、わたくし上手く笑えているかしら。

そのお立場が何たるかは直ぐに義伯父の言葉で悟り、不敬を詫びつつもわたくしはカーテシーを取ったのです。タスレイ王国などこの方の御怒りに触れれば吹いて飛ぶかのような存在。
その方はマイセレオス帝国の皇太子殿下レオグラン様であらせられました。

そして不思議だったのは護衛の方のお召しになられている隊服が異なりました。
大柄な方は白の正装。小柄な方は濃紺のマイセレオス帝国の軍部の方がよくお召しになっている隊服。はて?と考えるものの、役職によってお色が異なるやも知れぬと早計な事を口走らないようにと思ったのでございます。


「レオグラン殿下。わざわざご足労頂き感謝致します」
「いや、こちらも願ったり叶ったりだ。なぁペルセウス」

そう言ってレオグラン殿下が視線を送った先には白い隊服に身を包み、胸に沢山の褒賞を付けた屈強な騎士様が顔から湯気が出そうなほどに赤らめて、体に似合わぬ小さな返事を「はい」と返されたのです。

出がけにお父様から「今日は会わせたい人がいる」とだけ伺っておりましたが、どうやらこのペルセウス様のようです。アルフレッド様とのお話もお父様が今頃王宮で話を付けてくださっているはず。
身軽になったのだと心底思ってしまったわたくしは失態を犯してしまいました。

「で?率直に言ってアンカソン公爵令嬢。この大男をどう見る」
「どう見る…で御座いますか?」
「いや、言い方が悪いな。この男をもらってやってくれないか」
「もらう…護衛に?という事でしょうか?」

隣でお母様と伯母様、義伯父様が失笑を堪えられておりません。
何か間違った事を言ってしまったのかと、手のひらに汗が滲んで参ります。

「護衛か。まぁこの男ほど護衛として役に立つ者はいない。二つ名を教えて――」
「レオグラン殿下っ!ゲフンゲフン」

なんと!殿下のお言葉を遮られる騎士様ですが、突如咳き込み風邪でも召されたのでしょうか。
本日の待ち合わせとなった場はマイセレオス帝国よりは少し肌寒く感じる気候。思わぬ気温の変化に気管支が追いつかないのかも知れません。

「あの、大丈夫で御座いますか?」
「大丈夫、大丈夫。こいつは剣で斬られてもその剣が折れるほどに丈夫だ」

いえ、内臓疾患と外科的な負傷は比べられるものでは御座いません…と面と向かって皇太子殿下に言えるはずもなく、差し出したハンカチを仕舞うにも戸惑っておりますと、騎士様がハンカチを受け取ってくださいました。

「感謝する。助かった。後日新しいハンカチを贈ろう」
「いえ、日常使いの量産品ですのでお気遣いなく」

心なしか、渡したハンカチの香りを深く吸い込んでおられるのは気のせいかしら。
えぇ。きっと気のせい。気のせいですわ。

「ツェツィ、今日はお顔を拝見するだけですが、この方が貴女の婚約者、そしてその後の伴侶となられる方よ。ご挨拶なさいな」

ハンカチをお渡しして良かったと思いました。お母様の言葉を聞いた後でしたらきっとハンカチをポロリと落としてしまっていたでしょう。手にしていた物を落とすなと皇太子殿下の前であるまじき行為です。

名誉挽回とはならないかも知れませんが、わたくしは立ちあがりカーテシーを取りました。
騎士様がレオグラン殿下の隣にいてくださって良かったと思いました。
離れた場所ですと、2度のカーテシーとなり手間取ってしまいますもの。



「申し遅れました。わたくしツェツィーリア・ベルン・アンカソンと申します。以後お見知りおきくださいませ」

「こちらこそ紹介が遅くなり申し訳ない」

いたずらっ子のようにレオグラン殿下はニヤリとされると騎士様を紹介くださいました。

「こいつは私の腹心の部下でペルセウス・レガン・シルグラ。シルグラ侯爵家の嫡男で30歳になる。現在は私の護衛を務めているが軍部で陸軍第一騎兵隊総督と兼任で全軍の参謀職となっている」


なかなかに凄い肩書なので御座いますが、騎士団も平和ボケしているタスレイ王国では軍と言われてもその規模が上手く把握できません。不勉強で御座います。

さらに驚く事態となってしまうのです。

サッとわたくしの前に跪くとペルセウス様はポケットから小さな箱を取り出し、大きな指でそっと開かれました。中には黒曜石のついた指輪がございました。
親指と人差し指で抓み、引き抜かれると目の前にグっと差し出されるのです。


「ペルセウスと言います。生涯貴女だけを守り愛し抜くと誓う。つ…つ…妻に…にゃってくださいっ」


噛みました。間違いなく嚙まれました。

どうしたものかと思っておりますと、レオグラン殿下はペルセウス様の後頭部をバチーンと叩かれるのです。そして立ち上がるとこう仰いました。


「今日は顔見せだ!何処の世界に初見で求婚する阿呆がおるのだ!お前はいつもそうだ!一足飛び過ぎるといつもいつも言っておるだろう!特に女性関係には疎いッ!疎すぎるッ!折角の嫁とりのチャンスを自ら手放してなんとするのだ!」

「お言葉ですがッ!この機を逃しては生涯独身も辞さずの心つもり!皆から秘策を聞き、最善とした策を取ったまでで御座いますッ!」

「何が最善の策だっ!今日は顔を見て自己紹介だけだ!正式な見合いの日取りは伝えただろう!それでもまだ指輪は早すぎる!幾ら逃がしたくないと言っても限度と言うものがあるッ」

「エ‥‥あ、そうでした」


――え?お見合い前の顔見せでしたの?――


わたくしはお父様から、会わせたい人がいるとしか聞いておりませんでしたので、アルフレッド様の婚約者を外れた今、てっきり護衛の方をご紹介だと思ったままを答えてしまいましたのね。
なんと恥ずかしい。

ですが、あまりにも熱烈なお言葉を頂き、胸がドキドキするのです。
早急に求婚をこの場でされたのも、最善の策であり、生涯わたくしを愛してくださるとのお言葉。アルフレッド様とは対極に居られるような方ですが、皇太子殿下に向かって仰った言葉でふと思ったのです。


【ペルセウス様って面白くて素敵な方だわ】


いけません。思っただけの気持ちが音となり、言葉となって口から飛び出してしまいました。お母様も含め皆様の視線が痛ぅ御座います。
居た堪れなくなったわたくしは、ペルセウス様の手にした指輪を受け取ってしまいました。

ですが、目をカっと見開かれた後、ペルセウス様は真後ろにそのままひっくり返られてしまわれたのです。受け取らないほうが良かったのでしょうか?
フォローをしなくては!と思ったわたくしは指輪を指にはめてみました。

<< あ・・・ >>

卒倒されたペルセウス様以外の声は部屋にハモリングで御座います。

ペルセウス様のお指の大きさに合わせた指輪はどの指にも合わず、クルクルしてしまったのです。


【こいつ、自分の指に合わせたな】


レオグラン殿下は卒倒されたペルセウス様の手を掴まれると指をクイっと押されます。
剣だこで節くれた指にすんなりと通る指輪は、わたくしの両手の小指を合わせると丁度でございました。
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